時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集)   作:さんかく@

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「例えば私が貴方のことを――」

 

そう言って、彼女は急に黙り込んだ。いつもそうだ、大抵何か大事なことを伝えようとするのに彼女は最後まで伝えてくれない。

 

――いや、それはあたしの所為だ

 

蒼い(時に幼馴染が空の様だと例える)髪の少女は、黒髪の少女の横顔を見つめる。ずっと前から綺麗だと思っていて未だに見慣れることのできないそのとても美しい横顔を。

 

「ねえ、こっち見て話して」

 

ふわり、と地面に落ちていた桜が舞い上がって、降り注ぐ桜と混ざり合った。視界を薄桃色で遮られ、慌てて右手でそれを払うと蒼い髪の少女は目を見開いた。薄桜色の隙間から現れたのは少女の面影を宿した妖艶な大人の女性だったから。

 

「ほ――」

 

名前を呼ぼうとして、少女はそのまま口を閉じることができなかった、惚けたようにただその女性を見上げる。長い艶のある黒髪を軽く右手で梳いて、こちらを見下ろす漆黒のドレスに身を包んだ女性。アメジスト色の瞳は煌々と輝いて。ニイ、とやけに嬉しそうに口角を上げると、目を細め、そうして少女の名前を呼んだ。

 

「さやか」

 

――綺麗

 

足が震えた、まだ見慣れない大人の怖いくらい美しい女性は、確かに蒼い髪の少女の知っている、あの無愛想で綺麗な「転校生」だ。だが、初めて名前で呼ばれたからなのか、それともそのぞっとするほどの美貌のためか、見えない威圧感からか、ただただ少女の身体は震えるばかりで。ふ、と嘲るように女性が笑う。

 

「私が怖い?」

 

流れるような黒髪は波打って、その艶のある低い声は少女の耳をくすぐる。震えながらもどこか心地よいこの感覚。少女は未知の感覚に怯えながら、それでも必死に頭を振った。

「いい子ね」

 

白い細い手が伸びてきて、少女の目の前で止まる。黒い手袋に包まれた掌、それをしばらく見つめ恐る恐る少女はそこに自身の手を重ねた。

 

その瞬間、ばさ、と音を立てて女性の背中から大きな翼が生える。包み込むように広がってくるその羽根は禍々しいほど黒く闇そのもので。

 

「そろそろ目を覚ましなさい、美樹さやか」

「え?」

 

吹きあがる強い風、勢いよく腕を引っ張られ、少女の足が地面から離れる。舞い散る桜と黒い羽根で視界はいっぱいになり、思わず少女は目を瞑った。

 

浮遊感。

 

おそるおそる目を開ければ、そこには半分に欠けた月、蒼白い光で夜は深い海の様で。

 

「わあ…」

 

思わず声を漏らした少女は、ふと何かに気づき驚愕の表情を浮かべた。それは、己の手、華奢だった手は以前よりも大きくがっしりとして。視線をスライドさせていく、長い腕、そしてしっかりとした肩、黒いパンツスーツを身に着けた両脚。左手で頬に触れる、シャープになった輪郭をなぞり、ようやくつい先ほどまで少女だった蒼い髪の女性は気づく。

 

「あ――わたしは」

 

黒髪の女性が手を離す。

 

「わあ、ちょ、ちょ!」

 

以前よりも低い声が出て驚きながらも、女性は叫んだ、笑顔で浮かんでいる美貌の女性の名を。

 

「ほむら!」

 

*****

 

「さやか」

 

女性の声、そして強い力で腕を掴まれ、蒼い髪の女性――美樹さやかは我に返る。

 

「起きた?お寝坊さん」

 

ビルの隙間を落下している黒いパンツスーツ姿の女性と、それに合わせて飛翔している黒い翼を生やした美女。さやかは瞬時に思い出す。そう、彼女達は高層ビルを縦横無尽に文字通り飛び回り魔獣と戦闘を繰り返していた。

 

「私――」

「魔獣の攻撃を受けて眠りこけるなんて初めて見たわ」

 

一瞬茫然としてさやかは呆れたようにこちらを睨んでいる女性――暁美ほむらを見つめる。夢の中で会った美しい大人の女性。それはいつも傍にいてくれる、無愛想でそしてぞっとするほど美しいさやかの「相方」

 

「ほむら、私――」

「何」

 

落下しながら、さやかは微笑む。それはいつになく穏やかでどこか深みのあるもので。

 

「――夢を見たの、あんたの」

 

蒼い瞳に怪訝そうな表情の美貌が映るが、すぐにそれは険しいものに変わる。

 

「くるわよ」

「OK」

 

翼を生やし進化した魔獣達が二人めがけて急降下してくる。ほむらはさやかを放り投げた。くるくると駒の様に回転し、ビルの縁へ足をつけると、ぐっと力を入れ垂直に飛ぶ。

 

「行くわよ」

 

己の身体を一瞬抱きしめ、思い切り開くとその両手には西洋の剣が握られていて。そのまま魔獣へと突っ込んでいく。光の弾丸の様に魔獣を一閃すると、再び向こう側のビルの縁に足をつけ、もう一匹、もう一匹と飛び移りながら魔獣を切り刻んでいく。

 

「やるわね」

 

不敵に笑みを浮かべると、ほむらは残りの魔獣と共に空へと舞い上がる。高く高く。そうして右手をかざす。紫色に輝くダークオーブが出現し、焼けているような夕闇を照らす。奇声をあげながら一気に消失していく魔獣達。ひゅう、とさやかが口笛を鳴らした。器用にビルの壁を走りながら、隣接するビルへと移っていくと、屋上へ飛び移った。剣を肩に担ぐようにして、降下してくるほむらを迎える。

 

「すごいじゃん」

「造作もない事よ」

 

翼を折りたたみながら、長い黒髪をたなびかせモデル然としてさやかの方へ歩み寄ってくるほむら。

 

「それより、貴方どういうつもり」

「へ?」

 

その表情は険しくその美貌をより際立たせていて。

 

「魔獣の攻撃をもろに受けるなんて、愚かにもほどがあるわ」

「ひど!‥‥いや、ごめん、確かに私油断したわ」

 

長い溜息をつく悪魔、どうしようもないとでもいう様に首を振ると、きっ、とさやかを睨み顔を近づけた。

 

「今度…こんな風に攻撃を受けたら、私が貴方を殺すわよ」

「わかったわ」

 

神妙な表情で頷くさやか。ようやく溜飲が下りたのか、視線を落とし、ほむらはさやかに背を向ける。さやかが寄り添うように近寄ると、横目で睨みながらもその身体にもたれてきた。

 

「馬鹿」

「ごめん」

 

長い年月は二人を戦友に、そして相方にした。落ちていく夕日を眺めながら、さやかがほむらに囁いた。

 

「ありがとう、ほむら」

「礼には及ばないわ」

「うん、でも現実でも夢でもあんたに助けられたわ」

「…どんな夢?」

「14歳だった私が、今のあんたと出会う夢」

「そう…」

 

たそがれている悪魔は、ふとさやかの方へと顔を向けた。

 

「どうだった?私と出会って」

「怖かったわ」

 

不本意な答えだったからか、ほむらは肩をすくめ、また夕日へと視線を戻す。

 

「でも、とても綺麗だなあって」

 

さやかの言葉に悪魔の顔は少しだけ――だが何も言わず、そのままじっと茜色から闇へと変わっていく空を見つめている。それを見て苦笑するさやか。そうして言葉を続けた。

 

「私、あの頃からあんたの事好きだったみたい、今ならわかるの」

 

まるで軽い挨拶を交わすような、そんな柔らかさで。

 

「寝言は寝てから言いなさい」

「本当よ」

 

返事の代わりに長い息を吐くと、ほむらは馬鹿ねと小さく呟いた。そうして更に体重をかけてさやかにもたれる。嬉しそうに微笑むさやか。言葉よりも仕草で多くを語る彼女のことがとても――

 

「ねえ」

「何」

「私、あれは夢じゃなかったと思うの、あれはきっと――」

だが言葉は続かなかった、その口を悪魔がふいに塞いできたから。夜の帳の中、二人はしばらくそのままで。

 

 

例えば私が貴方のことを――

 

その言葉の後はもう聞かなくてもわかるような気がした――

 

 

 

 

END

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