時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集)   作:さんかく@

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クリスマスイブの朝の話。甘々(当社比)


雪と悪魔と鞄持ち

「わ、雪!」

 

嬉しそうに蒼い髪の女性は空を見上げる。傍にいた黒髪の女性はそれを呆れたように見つめるが、しばらくして薄く笑った。元々冷笑をよく浮かべていたこの黒髪の女性は、今では少しだけだが「普通に」笑えるようになっていて。だが今は心底可笑しいのだろう、空を見上げたまま口を惚けたように開けている女性を見て、とうとう笑みを浮かべながら囁いてしまった。

 

「まるで犬ね」

 

そう囁くのも実は致し方ないことで、どうにもこの蒼い髪の女性の挙動は犬のそれに近いと彼女は思っている。例えば魔獣との戦いの後のはしゃぎようだったり、今こんな風に雪を見上げている時の嬉しそうな表情だったりを見ていると、ついてないはずの尻尾がぶんぶんと振られているのも想像に容易い。長い睫毛を揺らし、目を細めながら黒髪の女性が蒼い髪の女性の横顔から腰まで視線をスライドさせていったのも脳内で彼女を犬に変換しているからかもしれない。

 

歩行者信号が青に変わる。

 

あたりは朝の早い時間だからか、クリスマスイブだというのに街は静かで。所々にイルミネーションが飾り付けられてあるので、きっと夜は美しく光輝くのだろうと黒髪の女性はそれを想像して目を細めた。

 

あの子と見たい――

 

桃色の髪をした女性が黒髪の女性の脳裏に浮かぶ。世界を改変してから10年。何もかもが変わった。変わらないのはあの子に対する思いだけ。

すれ違う歩行者たちが時折黒髪の女性を見てハッとした表情を浮かべる。それは黒髪の女性の美貌のためだった。本人はいたって無頓着なのだが、彼女はとても美しかった。

 

「いや~、行き交う人々はまたあんたに見惚れてますなあ」

 

おどけた様子で蒼い髪の女性はからかうが、黒髪の女性はいたって無表情…いや、少しは怒気を含んできたようで。寒そうにコートのポケットに入れていた細い白い手を出すと、胸元の前まであげて『パチン』と指を鳴らした。

 

「あぶなっ!」

 

舞い散る雪が手のひらサイズの雪の塊となって、蒼い髪の女性の顔めがけてぶつかっていった。が、見事な反射神経でそれを避ける。くすくすと笑う美女。

 

「お見事ね」

「ひどいよ、ほむら」

 

蒼い髪の女性は黒髪の女性――暁美ほむらを軽くにらんだ。といっても、たれ気味の目のためどこか迫力に欠けるのだろう、ほむらはただ口元を緩め横目で見つめるばかりで。

 

「あら、貴方がからかうからよ、美樹さやか」

「私が?」

 

蒼い髪の女性――美樹さやかがすっとんきょうな声をあげる。身に覚えが全く無いらしい。はあ、とため息をつくほむら。

 

「前に言ったでしょう?私は私以外の誰かにどう見られようとも気にならないって」

「ああ…」

 

そう言えばそうだった、とさやかは思い出す。

 

『この人達の視線なんて、私はなんとも思わないし、どう思われても気にならない、私自身に影響はないし、関係が無いもの。だけど貴方の視線は――』

 

「あ、でも私は気になるって言ってなかった?」

 

そう、確かに彼女はそう言った、とさやかは言いながら思い出す。そうしたら珍しいことにほむらの切れ長の目は少しだけ丸くなった。どうやら言った本人である彼女も忘れていたらしく――

 

「あ、ほむらびっくりしてるでしょ」

「うるさいわね」

 

美しく整った顔にこれまた珍しく人間らしい表情を見せて、ほむらはさやかから顔を背けた。ふふ、とさやかが笑った。

 

――クリスマスイブだからかな?

 

ふと、さやかは考える。

普段とどこか違う雰囲気、静かだけれど心が躍る様なそんな日は悪魔も女神の元かばん持ちも人となんら変わらぬ者になるのではないかと。もしそれなら――

 

黒いコートを着こなした女性の後ろ姿をさやかは見つめる。艶のある長い黒髪はこんな寒い日もさらさらと美しく流れて。それをしばらく見つめ、ぶんぶん、とさやかは頭を振る。もし目の前の美しい黒髪の女性がそれを見たら、また犬みたいとからかうのだろうが、生憎ほむらは何かを見つめている様だった。さやかも彼女と同じ方向を見つめてみるが、視界に映るのはまだ明かりが灯らない街灯とビルの街並みだけで。

 

「ああ」

 

さやかのたれ気味の目が何かを捉えた。

 

「夜になったらイルミネーション綺麗でしょうねえ、ね、夜にまた来てみない?」

「そうね…ねえ」

 

振り向いたほむらが、何か言いたげにさやかを見つめ、そうして口をつぐんだ。

 

「どうしたのさ、今日は珍しいわねえ」

「…何が?」

「あんた人間みたい」

 

ボスッ、とさやかのダウンジャケットが音を立てる。

 

「あいたっ」

 

みぞおちあたりを抑えるさやか。

 

「ちょっと、あんためっちゃ痛いんだけど!」

「貴方も人間らしいじゃない?」

 

ニイ、と鮫の様に笑うほむら。

 

――前言撤回だわ!

 

さやかが顔をしかめる。愛情表現と楽観的に解釈するにしても今のパンチは強すぎる。みぞおちを撫でるさやかを見つめ、ほむらがぽつりと囁いた。

 

「私と見たいの?」

「へ」

「イルミネーション」

 

小首をかしげてこちらを見つめるほむらは、さやかから見て美しく、そしてどこか幼かった。

 

「当たり前でしょ?一人で見るより、あんたと一緒に見た方が楽しいし…って、あんたもしかして私と見たくないとか?」

 

ふふっ、と何故かほむらが笑い出した。

 

「何が可笑しいのさ」

「だって、貴方この世の終わりの様な顔してるんだもの」

「え」

 

思わず顔を抑えるさやか。見ようにも己の顔を鏡無しで見る方法はない。

 

「馬鹿ね…見たくないわけないわ」

 

そうしてほむらは空を見上げる、言葉を選ぶためなのか、己の感情を整理するためなのか考え深げな表情を浮かべて。

 

「ただ、私は…あの子のことしか考えていないのよ」

「まどかでしょ?」

「…あの子とイルミネーションを見たいって思ったわ…でも」

「私のことは考えなかった…でしょ?」

 

驚いたほむらの瞳。

 

「まあ…そんなもんでしょ、あんたまどか一辺倒だしね、よく知ってるわよ」

 

ひらひら、と両手を胸の前で振るさやか。気にするな、のジェスチャーなのだろう。

 

「貴方…」

 

そう言って、ほむらは口を閉ざした。最も険悪な関係を築いたこともあるこの蒼い髪の女性にこんな風に理解され、許容される日が来ようとは。時の流れがどんなに偉大なものか、皮肉にも悪魔はこの鞄持ちの成長によって実感するようになっていた。

 

「それよりさ、何か食べてかない?ここらへんに美味しい――」

 

ぽすっ、とさやかのダウンジャケットが音を立てて、二人の女性が重なり合う。ほむらがさやかの身体にもたれてきたのだ。ちょうど少しだけ背の高い蒼い髪の女性の首元にほむらの顔がついて。

 

「何さ…こんなとこで」

 

顔を徐々に赤らめながら、さやかがほむらに囁いた。だがほむらは返事をしない。ほむらの肩に触れながら、慌ててキョロキョロと周囲を見渡すと、歩行者が興味深げに二人を横目で見つめながら通り過ぎていった。

 

――時間止まってないじゃない!

 

心で叫んだ後、さやかがほむらの顔を覗き込むと、ほむらもまたさやかを見上げていた。アメジスト色の瞳にさやかの顔が映し出される。

 

「――せて」

「え?」

 

ほむらの口元が微かに動き、そうしてその顔がさやかの顔に近づいていく。

 

白い雪が舞い落ちる中、さやかの唇に冷たい柔らかいものが触れた。

 

 

「―――貴方の唇、温かいわね」

 

妖艶に微笑んで、ほむらはさやかを見上げる。

 

「そ――」

 

何か言いかけたさやかから身体を離し、ほむらは笑いながら背を向けた。そうして早足で歩きだす。

 

「もう、待ってよ!」

 

頬を紅潮させながら、さやかはその後を追う。白い雪の降る中、悪魔と鞄持ちはまるで子供の様に追いかけ合って。そうして笑顔を浮かべる。

 

 

――貴方のことしか考えられないようにさせて

 

 

白い世界にまるで二人だけがそこにいるように――

 

 

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