時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集)   作:さんかく@

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元旦から数日後初詣に出かける二人だったが――


初詣にて

元旦から数日経ったというのに、見滝原市の郊外にある神社には大勢の参拝客がいた。

 

「うわ~すごい人だね」

「姉ちゃん、ほらぶつかるよ」

 

ぐい、と鹿目タツヤは姉の腕を掴み自分の傍へ引き寄せた。10歳年上であるこの桃色の髪の女性は、20代とは思えないほど(弟の視点では)子供っぽく無邪気であり、どうにも放っておけないのだ。

 

「ありがとう、タツヤ」

 

桃色の髪の女性――鹿目まどかは、自分より背が高くなった弟を頼もしげに見上げた。

 

「気をつけろよ…まったく」

 

そう言って、タツヤはそっぽを向いた。ダッフルコートにジーンズ姿のタツヤに、可愛らしいワンピースの上にコートを羽織った姉。傍目から見たらどう見えるのだろう?とタツヤは秘かに考えていて。

 

「ふふふ、タツヤも大きくなったんだね」

 

嬉しそうにまどかは微笑んだ。幼稚園の先生をしているせいだろうか、まどかは弟を14歳の少年というより、どちらかというともっと年下の子供の様に扱っていた。手を伸ばし、背の伸びた少年の頭をよしよしと撫でる。弟は面白い様に反応して、変な声をあげて身体を硬直させた。

 

「うわ、ちょ、ちょっと子供扱いすんなよな!」

 

思わず家の中の様に大声をあげる。周囲にいる人だかりもその声に反応し、数人が姉弟へ視線を向けた。それに気付きタツヤは顔を更に赤くし、姉の手を取ると強引に引っ張って足早に境内へ向かう。

 

「…もう、外でそんなことすんなっつーの」

「ふふふ、ごめんごめん」

 

まどかは無邪気に笑う。彼女からすれば弟はまだ4歳の頃のままなのだろう。

鹿目家は例年家族総出で初詣に出かけていたのが、今年はそうもいかなかった。母親がどうしても仕事を休めなくなったからだ。二人の母親である鹿目訽子は、会社でもかなりの重要なポストに就いているらしく、父親いわく「社長の右腕」らしい。正月の三が日と会社の行事が重なりどうしても休めなかったのだ。

 

「でもよかった、タツヤと初詣行けて」

 

まどかはふんわりと柔らかく弟に笑顔を向ける。

 

「…まあ毎年家族で行ってるし」

 

姉の笑顔にどうにも弱い弟は、赤くなった顔を見られたくないためか、顔をそむけぼそりと呟いた。

 

「でもさあ…」

「何?タツヤ」

 

弟は去年のクリスマスイブと同じ台詞を呟いた。

 

「彼氏とかと行こうとか思わないの?」

「そんなものはまだいませんって、いったでしょ?」

 

しつこいな、とからかうように囁いて、まどかが甘えるように弟の身体に体当たりした。まどかが小柄で体当たりが弱かったのか、弟の方はびくともしない。

 

「てかさあ、姉ちゃんくらい――」

 

――可愛かったら

 

と言おうとして何故か言えなくてタツヤは口を閉ざして。きっとまどかを知っている(あるいは見ている)男達は皆姉に惚れるのではないか、とタツヤは内心思っていた。姉を見て惚れない奴はいないという、やや盲目的な弟の視点ではあるが。姉を見て騒ぐ友人達を見て、勝ち誇った気分を味わうことも正直あるが、どちらかといえばよくわからない「不安」にかられることも多い。それは姉を取られるかもしれないという不安で、それがどこからくるものなのかは、まだタツヤにはわからなかった。

 

「なあに、タツヤ?」

「……いや、てかさあ、姉ちゃん前好きな人いるっていってなかったっけ?」

「ああ…でも内緒って言ったでしょ?」

 

可愛らしく囁くと、まどかは片目を瞑った。ちぇっ、とタツヤは呟く。以前好きな人がいるとは姉から聞いていたが、それが誰かは未だわからない。

 

「いつか教えろよな」

「うん、いつかね?」

 

そう言って、桃色の髪の女性は、あれ?と不思議そうに呟いた。それはあまりに唐突なので、弟も不思議そうに姉の顔を見つめる。

 

「姉ちゃん、どうしたの?」

「うん…あれ?なんかね…前にもタツヤとそんな話しをしたような」

「前って、去年話したじゃん」

「うん、そうじゃなくて…あれ、ずうっと昔…そうだ、タツヤじゃなくてママとだったかな?」

 

どうにも記憶の錯乱が起こっているらしく、まどかは額を抑えた。

 

「姉ちゃん?」

「大丈夫、ごめんね」

 

えへへと笑って己の頭をこつんとまどかは叩いた。時折姉はこうなることがある、とタツヤは思い起こした。時々急に不思議なことを口走るのだ。弟の心配そうな顔を見て、まどかはそれを吹き飛ばすように笑顔を浮かべると、さあ行こう?と弟と再び手を繋いだ。

 

*****

 

「…人がいっぱいね」

 

黒髪の妙齢の女性が子どもの様に囁いた。そしてそれに頷く蒼い髪の女性。

 

黒のワンピースに黒のコートと黒一色の服装を身に纏った美しい女性――暁美ほむらと、仕事帰りのスーツの上にキャメルのダッフルコートを纏った蒼い髪の女性――美樹さやかは初詣にこの郊外の神社を訪れていた。だが予想外に人が多く、二人は困惑していた。さやかとほむらは双方とも人混みはどうにも苦手で。(その理由は様々だが)とりあえずそのために元旦を外してこの神社に来たというのに、予想を上回るほどの参拝客だったため、二人はしばし呆然と立ち尽くす。

 

 

「ほんとそうねえ…予想外だわ…でもまあ…せっかく来たんだしとにかく行こ?」

 

そう囁いてさやかはほむらの腕を取る。

 

「あら、エスコートしてくれるの?紳士ね」

「せめて淑女と言って」

「いやよ」

 

さやかの言葉にほむらは可愛らしく舌を出して返答した。そうして二人器用に人混みをすり抜け歩き出す。時折ほむらの美貌に気付いた参拝客がぽかんと呆けたように視線を向けるが、二人とも気にしない。と、黒髪の女性が何かを見つけたのか、歩を止め、蒼い髪の女性に囁いた。

 

「ねえさやか、せっかくだからあれ…したいわ」

「あれ?」

 

黒髪の美女の視線をさやかが追うと、そこには「おみくじ」とでかでかと書かれた屋台。ああ、とさやかは笑った。

 

「あんたそう言えば好きよね、おみくじ」

「貴方もでしょ?前もあんなにはしゃいでたのに」

「まあね、あれって、おみくじを開くところが楽しいのよね」

 

陽気にさやかが笑いながら、おみくじを開くジェスチャーをした。ちょうど開き終えた仕草のあたりでほむらが「凶」と艶のある声で囁く。

 

「ちょっと!」

「冗談よ」

 

くすくすと笑い、ほむらはさやかに身体を預けもたれた。どうやら悪魔と鞄持ちもつかの間の平和を楽しんでいるようで。

 

「とりあえず参拝をすませてからおみくじ引こうよ」

「賛成よ」

 

そうして二人は身を寄せ合って歩き出した。

 

 

****************

 

人混みの中でひとしきり騒がしいところがあるので、タツヤは気になって視線を向けた。

 

「…あれ?」

「どうしたのタツヤ?」

「うん、あれって…」

 

タツヤの視線の先に蒼い髪の女性が見える。そしてその傍に黒髪の女性。

 

「さやかじゃないかなあ?」

「え?ほんと?」

 

まどかが弟の視線を慌てて追う。確かに蒼い髪が見える。

 

「ほんとださやかちゃんだ…ほむらちゃんもいる」

「呼んでみる?」

「うん、あ、気付いたみたい」

「マジ?」

 

あんなに離れているのに、まるでアンテナがついているかのように、二人はこちらに気付いた。嬉しそうに手を振る姉に合わせてタツヤも手を振る。

 

「さやかちゃん、ほむらちゃん!」

 

人混みを掻きわけ、蒼い髪の女性と黒髪の女性がこちらに歩いてきた。

 

**************

 

まどかの事に関しては、ほむらもさやかも他の者の追随を許さない。何故なら二人ともまどかを「愛して」いるから。どんな人混みにあっても二人はまるでアンテナがついているかのようにまどかの存在を察知するのだ。最初に気付いたのはほむらだった。

 

「…さやか、まどかの気配を感じるわ」

「え、マジ?…あ、ほんとだわ、ほらあそこに」

 

さやかの視線の先に、桃色の髪の女性の姿があった、嬉しそうに手を振っている。

 

「まどか」

 

まるで蕩ける様に相方が表情を和らげるものだから、さやかは毎度のことながら驚いた。

 

「…あんたほんとまどかの事になると別人よねえ…」

「あら、妬いてるの?」

「え」

 

驚いた様にさやかがほむらを見る。ほむらも不思議そうに己の唇に指をあてて。そうして見つめ合う。

 

「さやかちゃん、ほむらちゃん!」

 

名前を呼ばれ、二人は再び視線を数メートル先にいる桃色の髪の女性のところへ向けた。嬉しそうに手を振っている姿を見て、思わず二人も笑みを漏らす。そうして二人はまどかのところへ歩き出した。

 

******************

 

奇偶とは正にこのことだろう。

ほむらとさやか、そしてまどか達は市の郊外にある神社で偶然出会った。

 

「すごい偶然だね、さやかちゃん、ほむらちゃん」

「本当だねえ、お、タツヤ君も一緒じゃん」

 

まどかの傍にいる少年にさやかは手をあげて笑顔を浮かべる。少年もまた照れくさそうにしながらも笑みを浮かべ蒼い髪の女性の手を軽く叩いた。ハイタッチだ。それを見てまどかは面白そうに目を細めた。

 

「えへへ、さやかちゃんとタツヤって、まるで男の子の兄弟みたいだね」

「何を~せめて気のいい近所の美人なお姉さんと少年と言ってほしいわ」

「美人なお姉さんは無いわ」

「こら!」

 

タツヤの冗談にさやかが半ば本気で怒る。それを見て笑う姉弟。

 

「あ、ほらもう挨拶をすっかりすっとばしたわ、新年あけましておめでとうまどか、タツヤ君」

 

さやかの言葉に姉弟も挨拶を返す。それに続く様に黒髪の美女も軽く会釈し新年のあいさつを交わした。

 

「明けましておめでとうまどか…そしてタツヤ君」

「は、はい?!」

 

黒髪の美女がこちらに視線を送ってくるというのは滅多に無い。タツヤはほむらのアメジストの瞳をみつめたまま硬直した。恐ろしいほど美しい容貌を怯えながら見つめていると、ほむらは礼儀正しく会釈した。

 

「明けましておめでとう」

「は、はい、こちらこそおめでとうございます!」

 

タツヤはまるで部活の鬼コーチといきなり会ったかのように深々と頭を下げ、叫ぶ様に挨拶した。吹き出すさやかときょとんと不思議そうに弟を見つめるまどか。

 

――あいつは喧嘩最強よ

 

さやかの言葉をタツヤは思い出す。どうやらさやかが言うにはこの黒髪の女性は素手で5、6人の大人を瞬殺できるらしい。なんだろう、空手か合気道の達人なのだろうか、そうでなければMMAでもやっているのだろうかとタツヤは真剣に怯えていた。

 

「それじゃあさ、せっかく会えたんだし一緒に参拝しようよ」

 

さやかの言葉に嬉しそうに頷くまどか。なんだかさやかといる姉は子供の様だとふとタツヤは思う。顔も赤くてものすごく嬉しそうで――

 

「タツヤ君」

 

艶のある声でタツヤは現実に引き戻される。気付けば頭ひとつ背の高い黒髪の女性が傍にいて。

 

「は、はい」

 

じい、と切れ長の目で見下ろされるとまるで自分が無力な存在の様に感じて仕方が無い。何故だろう、とタツヤは思った。年は姉とさやかと変わりないはずなのに、どうにもこの黒髪の女性はもっとずうっと年上の様に思えてしまうのだ。

 

「…行かないと置いてかれるわよ」

「あ…」

 

気付けば姉と蒼い髪の女性は仲良く寄り添って前を歩いていて、タツヤは慌てて頷いて歩き出した、その傍であわせて黒髪の女性も歩き出す。普段とは違った組み合わせにタツヤは気が気ではない。と、タツヤが視線を前に向けると蒼い髪の女性が振り向いてこちらを見ていて。

 

――ドンマイ

 

とさやかの口が動いて、そうしてニイ、と笑って親指を立てた。

 

――鬼!

 

タツヤが心で叫ぶ。そうなのだ、あの年の離れた蒼い髪の友人はタツヤがほむらを苦手に思っているのを知っているのだ。それでいてわざとからかうようにこの組み合わせにしているのだ。

 

「…まったく」

 

いらただしさを抑え、タツヤは息を吐く。さやかの方はと言えば、タツヤの姉の方へ顔を向け何やら楽しげに会話を始めていた。嬉しそうに笑う姉は普段よりもなお一層可愛らしくて。ああ、姉もあんな表情をするんだな、とタツヤは新鮮に感じていた。そうして、ふと横にいる黒髪の女性の顔をタツヤは見上げた。とても綺麗だとタツヤは思う。とても美しいというのは以前から認識しているが、タツヤにとってこの黒髪の女性は未だ得体の知れない存在で、憧れというよりどちらかといえば畏怖の存在に近い。

 

――だが悪い人ではない

 

タツヤはそう確信していた。何故なら彼女の姉を見つめる時の視線がとても優しいものだったから。今も姉の後ろ姿を優しく見つめている。ふと、タツヤはまるで母親の様だと思った。と、前にいる二人が(正確にはさやかが)いきなりはしゃぎだして、あろうことかさやかがまどかに抱きついた。まどかが悲鳴をあげて顔を真っ赤にする。

 

「――殺さないと」

「え?」

 

いきなり物騒な言葉を横にいる美しい女性が口走ったものだから、タツヤが驚いた。その目は先ほどの母親の様な目とは全く違った、怒りに満ちた目で。その視線は蒼い髪の女性に注がれていた。その目を見て、思わずタツヤは口を開いた。

 

「ほむら…さんって」

「何?」

 

名前を呼んだはいいが、アメジストの瞳で見つめられると、その後の言葉がうまく続かずタツヤは戸惑う。不思議そうに黒髪の女性は小首をかしげた。左耳につけているアメジストのイヤリングが輝いて。

 

「言いたいことがあるのなら、言った方が後悔しないわ…」

「はい…」

 

そうなんだけど、どうして今自分は口を開いたのだろうとタツヤは不思議に感じていた。そうなのだ、まるで天啓の様に少年は口を開いていた。その時思った事を言うのは意外と勇気が必要で、数秒ほど逡巡して少年は言葉を紡いだ。

 

「―――のこと好きなんですか?」

 

*******

 

参拝を済ませ、ほむらとさやか、そしてまどか達は別れた。帰路についた黒髪の女性と蒼い髪の女性は、それぞれのおみくじの結果を語り合った後、互いに何をお願いしたか探り合う。

 

「ねえ、あんた何をお願いしたのさ」

「内緒よ貴方は?」

「私も内緒」

「ふうん…」

 

黒髪の女性は蒼い髪の女性を見上げ、じいと見つめた。

 

「…何よ」

「どうしてこんな犬の事をと思って見てるのよ」

「何気にひど!てかどういう意味よ」

「別に」

 

そのままの意味よ、と囁いて、悪魔はさやかの腕に自分の腕を絡めた。

 

「それより…貴方よくもまどかに抱きついてくれたわね」

「あ、やっぱあんたそれ怒ってんの?いいじゃん、別にあんたからまどかを取る気は無いし、あんただってまどかに抱きつけば…あいた!いたたた!」

 

ぎりぎり、と尋常じゃない力でほむらはさやかの腕を締めあげる。

 

「そういう問題じゃないのよ、この鈍感」

「え?」

 

不思議そうに聞き返すさやかとにっこりとほほ笑む悪魔。

 

「とにかく、今夜はお仕置きね」

「なんで?」

 

さあ、と顔色が青ざめたさやかと嬉しそうなほむら。悪魔と鞄持ちは引き摺り引き摺られ家へと向かった――。

 

 

*************

 

「ねえタツヤ、さっきほむらちゃんと何話してたの?」

 

まどかの問いで、タツヤが我に返る。気付けばあの二人と別れてもう30分ほど経っていた。高揚して赤くなっていた姉の顔も今では元通りで。なんだか今まで夢を見ていたようだとタツヤは思った。

 

「ああなんか色々と話したけどさ…それより姉ちゃんも楽しそうだったじゃん」

「うんまあね…えへへ」

 

さやかと話したことが楽しかったらしく、またまどかは顔を紅潮させた。それを見て微笑む少年。と、少年の脳裏に先ほどの黒髪の女性との会話が浮かび上がる。

 

 

――「さん」よ

――え?

――さやかはあなたよりも年上よ

――あ、ああごめんなさい

 

前にも黒髪の女性に注意されていたことだったが、ついタツヤはさやかの事を呼び捨てにしてしまった。詫びを入れて、再び黒髪の女性を見上げると、今まで見たことも無いような優しい表情を浮かべていて。タツヤは見惚れてしまった。黒髪の女性はゆっくりと細い指を己の唇にあてて囁いた。

 

――さっきの質問には答えられないわ

――は、はい

――だから忘れて頂戴

 

さきほどの質問に対し、黒髪の女性は肯定も否定もしない、ただ質問を忘れてくれという。

それはつまり――

少年は先ほどの質問を思い出していた。

 

 

――さやかのことが好きなんですか?

 

 

END

 

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