時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集) 作:さんかく@
「ねえ、あんたは誰かにあげないの?」
言ってしまった後、あ、やばと美樹さやかは一人心で呟いた。
「あ~悪い、あんたがそんなことするわけないもんね」
傍にいる敵ともつかぬ(ましてや友達とも)黒い翼を持つ『元魔法少女』にさやかはつっけんどんにそう言った。どうにもこの少女と口を聞く時はついこういう風になってしまう。
「そういう貴方はいつも楽しそうに過ごしているのね美樹さやか」
「なにさ、いーじゃんバレンタインくらいちょっと浮いた話しても」
「悪いとは言ってないわ、私は貴方がそうやってこの世界の暮らしを受け入れてくれれば、後はどうなったっていいもの」
ふふふ、と語尾に艶やかな笑みを含んで黒髪の少女は目を細めた。変わったな、とさやかは思う。わずかな記憶を頼りにしても、この少女はこんな風に大人びた艶やかな笑みを浮かべるような子ではなかったはずだ、むしろつっけんどんというか、愛想ゼロで無愛想で、ただ「まどか」の事ばかりの不器用な奴、それがさやかの認識だった。だがまあ…
「あら、そんなに私を眺めるのが楽しいのかしら?」
「ば、違うわよ!そんなんじゃ…」
だが正直な所、さやかは否定できないことを自覚している。なにせ、この少女は「美人」なのだ。更にいうなら高校生になってから拍車がかかってきた、怖いくらいに。その美人がさやかを見つめ、ニヤリと笑った。
「貴方が興味あるのは男の子だけじゃないのね」
「ほむら!」
顔を真っ赤にしてさやかはとうとう、『悪魔』の名前を呼んだ。
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悪魔と化した暁美ほむらと美樹さやかの関係は、とにかく複雑なものだった。さやかが僅かながら記憶を取り戻してから余計に。もしかしたら何もかも忘れていた方が良かったかもしれないとさやかは思う事もあるが、しかしそれはどうにもならないもので。だが記憶を取り戻してから色々あった、本当に色々。しかし、わずかながら訪れる平穏な時が積み重なる内に二人は共に戦うようになり、今ではこんなふうに魔獣を倒した後、夜の公園で会話を楽しむようにもなった。円環の理やこの世界のことなど懸念事項は横に置いて。奇跡的な風景。もしかしたら、この大切なひとのために悪魔と化した少女と、鞄持ちとして大切なひとの従者となった少女が求めていたものはお互いの中にあるのかもしれなかった。もちろん二人は気づいていないのだが。
「それで、貴方は誰にあげるつもりなの?」
「へ、ああ、まどかや杏子…それにマミさんかな」
「上条君は?」
「あんたの口からその名前が出てくるとは思わなかったわ」
さやかは苦笑する。高校生にもなるとそんな表情も浮かべるようになるものだ。ベンチから立ち上がり、パンパン、とスカートの埃を払う。
「意外ね、どの世界の貴方も皆あの少年に夢中だったのに」
さやかと同じように、いつの間にか変身を解いたほむらがからかうように見上げてくる。足を組んで座っている様は優雅で。
「若気の至りってやつじゃないの?…まあ、あいつがバイオリンを弾く姿を見るのがすごい好きだったし、正直今でもちょっと寂しい気はするけどさ、でも、それよりも仁美が嬉しそうに笑ったり、二人が仲良くしている姿を見るだけであたしは嬉しいんだ」
半分に欠けた月を見上げながら、さやかは呟く。そして人の好さそうなたれ気味の目を見開いて。
「…って、どーしてあんたにこんなこと喋ったのかなあ」
「そうね、今夜の貴方は喋り過ぎね、美樹さやか」
ゆっくりと、ほむらも立ち上がる。さやかと同じ高校の制服姿。右手で流れる黒髪を抑えながらほむらはさやかを見上げた。少しだけ、さやかの方が背が高かったから。近い距離で見つめ合う。それはかつて、ほむらが悪魔と化した直後に対峙した時の様で。
「…喋り過ぎついでにあんたに一言いい?」
「構わないわ」
すう、と息を吸って、さやかはほむらを睨むように見つめた。
「あたし、今度こそあんたにもチョコをあげたいと思ってるの」
*****
時は流れても、半分の月とそしてこの夜の公園は変わらない。静まり返った公園には二人の女性がいた。黒いドレスを着た女性と、黒いパンツスーツを着た女性。ドレスを着ている女性は夜風で流れる長い黒髪を右手で抑えており、そしてその容貌は恐ろしいほど美しい。その美貌に微笑を浮かべ、女性はすぐ傍にいるもう一人の女性――剣を携えたパンツスーツ姿の女性――を見つめている。
「あ~あ、ほんと私達って青春無駄遣いしてきたわねえ」
剣で空気を斬ると、そうこぼすスーツ姿の蒼い髪の女性。失笑する黒髪の女性。
「あら、そんなにバレンタインデーの日に戦うのが嫌だったの?特に予定も無いのに?」
「いーじゃん、季節ごとのイベントに燃えるのは若い証拠よ」
「若い…そうねえ」
一瞬どこか遠い目をする黒髪の女性。かつて彼女は時間遡行者だった。
「でもさあ、やっぱりチョコあげるのもいいけど、もらってみたいものよね」
「…貴方って結構たくさんもらっていそうだけど」
「えへへ、やっぱモテそうに見える?」
「いいえ、チョコ頂戴オーラが凄まじいから」
「ひど!」
薄く笑う黒髪の女性。かつて笑うことのなかった彼女は時の流れと共に変わっていた。思ったより、ここに至るまでの年月は彼女にとってそこまで孤独なものではなかったらしい。
「てかさあ」
「何?」
蒼い髪の女性がニヤリ、と笑いながら美しい女性を見つめた。あからさまに嫌そうな顔の美女。
「どうこう言っても、こんなに長い間一緒に戦ってきてるんだから、私に対してこう、好意みたいなもん湧いてこないのあんた?」
「気持ち悪い」
「ちょっとぉ」
「でもまあ…そうね」
流し目でスーツ姿の女性を見つめる美女(これがどれだけ絶大な効果があるか知ってか知らずか)
「犬に懐かれるのは悪い気はしないわ」
「情が湧いたってこと?」
「ええ」
「へえ…てか人以下じゃない!」
今度はさも愉快そうに笑う美女。そうして思い出したように左手を女性の前に差し出す。
「へ、何?」
「いつも無様ながら一緒に戦ってくれるお礼よ」
美女が手を開くと、なにやら落ちてくる。器用にキャッチするスーツ姿の女性。
「…え、これ」
そこには、小学生が駄菓子屋で買う様な一口サイズの市販のチョコレート。驚いたのか、蒼い髪の女性は目を見開いて、しばらく呆けたように口を開けたまま固まる。
「ちょっと…普通何かもらったらお礼を言うものでしょ」
美女が眉をひそめ抗議する。顔が赤いのは照れなのか、怒りなのか。はっ、と我に返る蒼い髪の女性。
「うわあ、めっちゃ嬉しいわ!ありがとうほむら!」
蒼い髪の女性は嬉しさのあまり黒髪の女性――暁美ほむら――の名を叫ぶ。それにはさすがの美女も恥ずかしい様で。
「ちょっと、やめなさい恥ずかしいわ」
「いーじゃん、誰も聞いてないし、てか…あんたからもらえるとやっぱ嬉しいわ」
「あげなければよかったわ」
だがそんな呟きをつゆ知らず、喜びにひたってはしゃいでいる蒼い髪の女性を眺めていると、自然にほむらも口元が緩んで。
「ほんと貴方って馬鹿ね、美樹さやか」
そうしてほむらは蒼い髪の女性の名を呼んだ。
『愚か』から『馬鹿』にいつの間にか変わったことに当の悪魔は気づいているのか。嬉しそうに、まるで普通の女性の様に笑って。
「あ、でも私、今日何も用意していないわ…」
はっ、と我にかえるさやか。申し訳なさそうにほむらを見つめるも、美しい悪魔はただ首を振る。
「甘いものはいらないわ…でもそうねえ、何かをあげたいっていうのなら」
「何?」
「もう少し傍に来て」
二人の影が近づき、そして一つになった――
――あたし、今度こそあんたにもチョコをあげたいと思ってるの
――ばかげているわ
――そんなことないって、そしたらきっとあんたはあたしに――
――私が何を?
――チョコをくれるから