時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集)   作:さんかく@

123 / 127
始まりの日

思い出深い場所というのは誰にでもあるものだ。それは楽しい思い出に限ったことではなく、辛い悲しい思い出の場合もある、いやもしかしたらそちらの方が多いのかもしれない。

 

――この場所は私にとってはどちらだろう

 

アメジスト色の瞳にひらひらと舞い落ちる淡い桃色の花弁が映し出される。その花弁と共に一瞬白い羽が映し出されるが、瞳の持ち主が反応した瞬間すぐに消失した。揺れる長い睫毛。そっと目が閉じられ、一枚の花弁が「彼女」の頬へと張りつきそしてはらりとその輪郭をなぞって落ちていく。白磁の様な白い肌にそして艶のある唇、その容貌にはどこか陰鬱な影がまとわりついているが、それすらもその美の前には霞んでいた。艶のある長い黒髪がさあ、と風になびく。

 

「まどか…いいえ、あなたは違うわね」

 

女性はぽつりと呟いた。悔恨の情なのか寂寥感なのかはたまた両方か、本人しかわからない感情をのせたその言葉はすぐに風に消えて。

 

「あ~、やっぱりここにいた」

 

ふいに快活な声がして黒髪の女性は振り向いた、さきほどまでの陰鬱な表情に少しだけ明るさが入り込む。だがそれは声の主にも女性本人も気づかないほど微かなものだ。

 

「よく私がここにいるってわかったわね」

「だって『あの日』だもの」

 

空と同じ色をした瞳に目を丸くした黒髪の女性が映る。

 

「朝起きたらあんたはいないし焦ったわ、でもまあよかった」

 

快活な声の主である蒼い髪の女性はそう言って歯を見せて笑う。年齢不相応だがその子供っぽい笑顔はなかなか魅力的だ。黒髪の女性もそう思ったのか(あるいは思わなかったのか)ふ、と息を漏らし口元を緩めた。

 

「かしこくなったわね」

「まあね」

「成犬は人間の子供くらいの知恵はあるのかしら」

「いやあさすがにどうだろう…って、ちょっとほむら!」

 

どこか間の抜けている蒼い髪の女性に抗議するように名前を呼ばれ、美しい悪魔――暁美ほむら――は妖艶に微笑んだ。

 

「冗談よ」

 

そうして顔を真っ赤にしている蒼い髪の女性をからかうように覗き込んでから、味わうようにその名を呼んだ。

 

「さやか」

 

****

 

こんな風になるとは夢にも思わなかった。

たった一人の大切な愛しいもののために世界を改変し、仲間から背を向けてきた。まったく後悔がないというのは嘘だ。だがあの子のためならば、あの子のためにはこれが一番だとそう信じて迷わずにここまできた。

 

10年

 

時の力は恐ろしいと黒髪の女性はしみじみと思う。あの時選択の余地も迷いも無かったはずなのに、今ではこうやって時折あの日のことを振り返り考えてしまう。あの悪魔と化し大切な人を引き裂いて、そして仲間と決別したあの日のことを。暁美ほむらが今朝この場所を訪れたのは今日がその日だったから。

 

ひゅう…

 

風が吹いてほむらの黒い喪服の様なワンピースを揺らした。舞う桜色の花弁が隣にいる蒼い髪の女性の顔にかかり、奇妙な声があがった。ほむらの口角があがる。己より少しだけ背が高く、あの頃よりも引き締まった顔立ちになった女性。パーカーにデニムとだいぶラフな格好なのは本人が言っていた通り、朝方自分がベッドからいなくなっていたから慌てて着替えたのだろう、そう思うと愉快になるから不思議だった。

 

「ねえ」

「ん?」

 

美樹さやかは無邪気に小首をかしげ、ほむらを覗き込む。

――こうやって大人になった美樹さやかを見つめた時もまた、ほむらは時の力の偉大さを感じてしまう。彼女との関係性がいつ、どうしてこうなったのか明確な答えはほむら自身まだ出ていない。だがこうしてかつての出来事を一人顧みている時に傍に駆け寄ってくれる存在になろうとは想像もしなかった。空と同じ色をした瞳に映る己を確認しようと見つめ返し、ようやくほむらは気づく。

 

ああ、私は喜んでいるのか――

 

どこか乖離したような感覚のままほむらはそう自覚した。気の遠くなるほど長い時間自分の感情を抑圧して過ごしていた故仕方のないことだった。だが、こうやって自覚できるのもまたほむら自身が変わったからかもしれない。皮肉にも彼女を変えたのは美樹さやかだ。かつてのメンバーの中でも特に険悪な仲になることが多かった少女が、10年経って大人になった今ではこうして傍にいて当たり前のように顔を覗き込んでいる。最も想像がつかなかったこの状態もまた、もしかしたら必然だったのかもしれない。砂時計の砂が零れるように、自然に、ほむらは数年後のあの日さやかを受け入れたのだ。そして今日も。

 

今日はかつてほむらが世界を改変した「あの日」なのだ。

 

「どうしたのさ?」

「貴方は…後悔してる?」

「ああ…」

 

蒼い髪の女性は「何が」とは聞かずただ微笑んだ。その笑みはあの頃よりも深みのあるそして思慮深いもので。舞い散る桜を見つめしばらくしてからさやかは口を開いた。

 

「あんたにひどいことを言った」

「え?」

「あの日、この場所で」

 

『あんたが悪魔だってこと』

 

舞い散る桜の花弁の中、かつての美樹さやかが怒りの形相でほむらにそう告げる。

 

「あんたは悪魔なんかじゃない、まどかや私達を救おうとした、優しい子だったのにさ」

「やめて」

 

そういうことが聞きたかったわけじゃない。だがそう言われて胸のつかえがすうっと消えていくのは確かだった。

 

「わかった」

 

そう言ってさやかは黙り込む。その沈黙が心地よくて、ほむらは思わずさやかに身体をもたれさせた。夜更けまで感じた体温が戻ってくる。

 

「……貴方の所為よ」

「え?」

「何もかもを私が放棄したくなったら、全部貴方の所為だと言っているのおわかり?」

「ど、どうしてさ」

 

先ほどとはうって変わって動揺を隠さない蒼い髪の女性を上目遣いで眺め、フフ、とほむらは笑った。

 

「貴方っておせっかいな割には鈍感なのね」

「ひど!」

 

鞄持ちの抗議の声を愉快そうに聞きながら、ほむらは視線を桜の木へ戻る。あの日もこんな風に花弁が舞い散っていて。ふいに学校のチャイムの音が鳴った。

 

「授業が始まったみたいね」

「そうだね」

 

桜の花弁が舞い落ちる路、ここは見滝原中学校へと続く通学路、そしてかつて悪魔と化したほむらが再び円環の記憶を宿したさやかと最後に対峙した場所だ。あれから、さやかは記憶を失ったが、今の所その一部は戻ってきている。

 

「私にとっては見滝原の全ての場所に思い出は詰まっているの、でもこの通学路は特別」

「特別?」

「おせっかいで愚かな誰かさんが噛みついてきたから」

「う…」

 

言葉に詰まる鞄持ちに肩を震わせる悪魔。

 

「でも記憶ってやっかいね…」

「どうして」

 

少し躊躇した後、ほむらは呟いた。

 

「あの時私は引き裂いたまどかの半身の姿も見えていたの…あの頃はなんとも思っていなかったけど」

「今も見えるの」

「幻覚かもしれないけれど」

「そっか…」

 

さやかの表情も少し曇る。かつて心を失った円環の理がまどかを迎えに来たことがあったから。問題は外部だけではない、内部――まどかの記憶にもある。もし記憶が戻れば一瞬でこの世界はまた変わってしまうのかもしれない。この世界は砂上の楼閣なのだ。思い出を積み重ねていけばいくだけそれを失うことに不安を覚えるのは仕方のないことだ。そしてそれは悪魔にとってもそうなのだろう。

 

「私がしたことは…」

「まどかの事を思ってしたことでしょ?」

 

さやかの強い口調で言葉を遮られ、目を丸くするほむら。

 

「あんたは大切な人を守るためにそうしたんだ、その気持ちは本物よ。正しいか正しくないかなんて誰にも決められないわ、もし決める奴がいたら私が許さない」

「さやか――」

 

時は偉大だ。日が差して、ほむらはさやかを見上げながら眩しそうに目を細めた。

思い出深い場所、見滝原中学校に続くこの通学路もまた二人にとっては思い出深いもので、特にほむらにとっては後悔の念を引き起こす場所へとも変質していた。その日が来るたびにほむらは過去に引き戻されそして心を揺さぶられていた。だが、今この瞬間もう――

 

「そりゃあ、あの日は最悪だったけどさ、でもあの日があったおかげであんたとこうしていられるんだから、私はこの日…今日が悪い日には思えないんだよね」

 

えへへ、とかつての頃の様に頭を掻いて歯を見せて笑って。

 

「だからさ、あんたもこの日が来るたびに辛気臭い顔するのはやめなよ、楽しく考えてさ」

 

青い空、桃色の花弁は先ほどよりも鮮明に美しくほむらの瞳に映る。

 

「…どんなふうに?」

「今日を誕生日にするとか」

「何それ、私の誕生日は決まっているわよ」

 

ふっ、と失笑すると、ほむらはさやかから身体を離すとスタスタと早足で歩きはじめた。

 

「あ、ちょっと、どこ行くのさ?」

「散歩よ、ほら」

 

そう言って、ほむらはさやかを振り返ると左手を伸ばした。

 

「行くわよ」

 

無表情、ぶっきらぼうにそう言ってまた顔を逸らす。だが嬉しそうに微笑むさやか。

彼女が恥ずかしがり屋だとよく知っていたから。

 

「うん」

 

そう言って、さやかはほむらの手を握る。美しい悪魔の顔はついぞ見えない。だがそれでも握り返す手の力でその気持ちは伝わって。

 

「さやか」

「ん?」

 

――ありがとう

 

とてもとても小さな声でそう呟くと、悪魔は鞄持ちを引き寄せる。

 

もう迷いはない

 

かつての様々な思い出が詰まったこの場所は、今日からまた新しい思い出に塗りかえられた。ほむらは、おせっかい焼きの手のぬくもりを感じながら通学路を歩く。

――もう白い羽は見えなかった

 

 

END

 

 

 

 




余談

数分後――
「ほらさやか、もっとこっちに寄りなさい」
「うん」
「ほらここ、転んだらダメよ?」
「大丈夫だってほむら、別に穴が開いているわけじゃないし…」
「だめよ、この路所々アスファルトが欠けているのだから、それに今日はリードを持っていないから貴方の手を私がしっかり握っていないと飼い主責任が…」
「私犬じゃないから、定期!」

仲睦まじく(傍から観たら)手を握り合って帰路に着く二人であった――(なんと)

そして、実は遅刻した学生に目撃されて「通学路で仲良く手を握り合って歩くすっげー美人なお姉ちゃんと普通(失礼)な人」と噂されるのだが、それはまた別の話――


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。