時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集)   作:さんかく@

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月とアンサー

「貴方ってほんと馬鹿ね」

 

そう言ってほむらは笑った。そんな風に笑顔を向ける対象が私じゃなくて異性だったらあんたはすごくモテるのにと、美樹さやかは思ったが、口には出さなかった。この年になるまでもう何回も…いや何百回も本人に進言したが彼女はその度に呆れたように『興味が無い』と切り捨てられてしまったから。

 

――でも、本当にこんなに綺麗なのにどうして彼氏一人くらい作らないんだろう?

 

初めて会った時から『すっげー美人』だと思った。あれから色々な事…本当に色々な事があってここまで来たがその気持ちは今も変わっていないとさやかは思う。いや、思わざるを得ないのだ。すぐ傍にいる彼女は変わらず、いやあの頃よりも更に美しくなっていて。

 

「どうしたの私を眺めたりして」

 

ほむらがさやかの方を振り向いた。あの頃の面影を僅かに宿した怖いくらいに美しい女性。

面喰ったように目を丸くするさやか。

 

「いや…なんでもないわ」

 

たれ気味の目をぱちくり、としばたたかせて頭を掻きながら夜空を見上げるさやか。黒髪の美女とはどこか対照的にその蒼い髪の女性は中性的で人の好さそうな顔立ちをしていて、困った様に眉を下げるとことさらそれが強調される。ほむらもそう思ったのか、くすくすと薄く笑った。睫毛の下のアメジスト色をした瞳が妖しく輝いて。

 

「貴方は本当に変わらないわね、さやか」

「へ、何言ってんのさ、変わったわよ」

「どんな風に?」

 

口を開けたまま、左手を意味も無く動かして目を泳がせる。そんな『元鞄持ち』の仕草が可笑しかったのだろう、とうとう悪魔は肩を震わせた。

 

「ひどっ、笑わないでよ」

 

陰鬱な目もこういう時は少しだけ明るくなって、ほむらは細い指で目から零れた涙をぬぐう。大人になりこうやって笑うこともできるようにはなったのだ。

「ほんと貴方って馬鹿だわ」

「また最初に戻って!」

 

さやかの叫び声を目を細めながら聞き流すと、ほむらは吹き上がる風で舞う己の長い黒髪を右手で抑えた。左耳のイヤーカフスが一瞬光る。ニイ、と妖艶な笑みを浮かべるとすっ、と立ち上がった。華奢なラインを浮かび上がらせた黒のワンピース姿は立ち並ぶ高層ビルの夜景に見事に溶け込んで。

 

夜の見滝原市――

 

高層ビルの屋上の縁で二人の女性は言葉を交わしていた。立ち上がったほむらの足元はあと数センチ進めば空気を踏むことになる。体育座りの姿勢でほむらを見上げるさやか。

 

「…魔獣?」

 

ほむらが微かに頷くのを見てさやかも立ち上がる。すらりとした黒のパンツスーツ姿。まるで悪魔と対の様な服装で。

 

「もう、さっき倒したばっかりなのに…なんか昔よりも増えてきてない?」

「増えようがどうしようが倒すしかないわね、そして、全ての魔獣を滅ぼしたら貴方と――」

「あ~それだったら、魔獣を一匹ぐらいは残しておきたいなあ」

「……貴方ってほんと馬鹿ね」

「3回目!」

 

だが悪魔のその顔はとても美しくて、鞄持ちはもう何も言えなくなってしまうのだ。

 

「さやか」

「ん?」

「私はある程度人の心が読めるのよ、でも貴方の場合はそうね、全部わかるわ」

「私そんなにわかりやすいの?」

「一番手がかかったからかしらね」

 

美女は眉を片方軽くあげ、小首をかしげる。大人になればこんな表情もできるのだ。

 

「だけど貴方がさっき考えたことの答えは、もうわかっているはずよ」

「え?」

 

大きな禍々しいしかし美しい黒い翼がほむらの背中から現れた。片方の翼がさやかを包み込む様にして引き寄せると、ほむらはその腰を抱えた。

 

「行くわよ、さやか」

「え、あ、OK」

 

そうして二人夜の闇へと身を投じる。

 

そしてあたりは静かになった。ただ、半分に欠けた月が空を舞う二人を照らすだけ――

 

 


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