時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集)   作:さんかく@

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グレープフルーツ

暁美ほむらが酒を飲むようになったのは、この蒼い髪の『おせっかい焼き』のおかげである。

 

「せっかく20歳になったんだからさ、飲んでみようよ♪」

 

そう言って、これまたお気楽にコンビニでチューハイやらビールやらアルコールドリンクをカゴに入れ、身分証明書を自ら店員に見せびらかして買い込んだかと思うと、それはもう満面の笑みをほむらに向かって浮かべたのだ。

 

――何がそんなに楽しいのかしら?

 

ほむらには楽しい思い出が無い。いや、はるか昔あったかもしれないが、気が遠くなるほど時を繰り返したためそんな記憶が無いのだ。あるのは14歳の辛い思い出、そして世界を維持するために耐える現在だけ。が、なんの因果か行動を共にするようになったこの女性のおかげで最近は少しだけ、そうほんの少しだけ彼女の心は鹿目まどか以外のことにも目が向くようになっていた。だが当の本人は気づいていないのだが――

 

「ほら、ちょうど公園があるし、座って飲もう」

「昼間から公園のベンチで?馬鹿じゃないの貴方」

 

呆れたようにほむらは口走った。よくあるのだ、鹿目まどかはもちろんのこと、巴マミや佐倉杏子に対しても言葉遣いについては気を使っていた彼女が、この女性に暴言を吐くことは。しかもそれは成人してからではなく、あの頃から頻繁にあったことで。はあ、とほむらはわざとらしく大きくため息をついた。

 

「貴方といると私まで馬鹿になりそうだわ」

「うわ、傷つくからそこまで言わないでよ」

 

へらへら(そうほむらは思っている)と笑いながらそう言ってくる女性を見て、ほむらは心底嫌そうな表情を浮かべる。なのにどうして一緒にいるのか、とか、会話を続けているのか、とかそういうことはほむら自身も気づいていない。ただ、その笑顔にあの頃を面影を見出して、ほむらは形のいい眉を少しだけ曲げた。

 

「…いいわ、付き合ってあげる」

「やった!」

 

年不相応な仕草で喜ぶと、女性はアルコールドリンク類が詰まったコンビニ袋を大事そうに抱えながら、脱兎のごとく公園へと駆けていく。デニムのパンツにパーカーとあの頃の様にラフな格好はだがしかし背の高いこの女性には似合っていて。ほむらは自身が身にまとっている黒の喪服の様なワンピースをふと眺め肩をすくめた。まるで己もあのおせっかい焼きも変わってないとでも言う様に。確かに二人のファッションはどこかあの14歳の頃の好みと同じようだ。だが今ではそれを知る者もいない。

 

「よっしゃ」

 

まるで中年めいた声をあげると蒼い髪の女性はベンチにどっかと座った。嬉しそうに袋から缶を取り出し、すぐ横でさも嫌そうにゆっくりと腰かける黒髪の女性に差し出した。怖いくらいの美貌に怪訝そうな表情を浮かべるほむら。

 

「…グレープチューハイ?」

「あんたにはこれがいいと思ってさ、さっぱりして美味しそうよ」

「貴方は何を飲むの?」

「私も同じ」

「そう」

 

蒼い髪の女性が缶の蓋を開けるとプシッ、と気持ちのいい音がして。ちら、と横目でそれを眺めてからほむらもそれに倣って蓋を開けた。

 

プシッ――

 

シュワーと泡が出てきて戸惑うほむら。それはとても珍しい光景で、蒼い髪の女性は歯を見せて笑う。

 

「乾杯」

 

そう言って缶をほむらの前に出すと、きょとんとした黒髪の女性はつられるようにして、自分の缶を軽く相手の缶にあてた。それからまた豪快に飲み始める女性を横目で眺め、ほむらはチューハイの缶を口にして、ちびり、と中身を飲んでみる。

 

「わ、意外と美味しい、てかジュースみたい」

「そうね…」

 

ほむらは小首をかしげながらまたちびり、と一口飲んだ。

 

「…意外と美味しいわ」

「でしょ?」

 

自分が作ったわけではないのに嬉しそうにそう言う蒼い髪の女性がおかしくて、ほむらはとうとう口元を緩めた。

 

「貴方が作ったわけじゃないのに、偉そうね」

「そう?」

「そうよ」

 

ちびり、とまた一口。こんなに美味しい液体を飲んだのは初めてかもしれない。

 

ふふふ――

 

気づいたらほむらは笑っていた。

 

ああ、これが楽しいというものなのか。

 

傍にいる蒼い髪の女性の顔がなぜか慌てた様子のそれに変わる。その間抜けな顔が可笑しくてほむらはまた笑った。

 

「え、あんた大丈夫?」

「大丈夫よ、ただ可笑しくて」

「何が」

「貴方の顔が」

「ひど!」

 

ほむらはとうとう歯を見せて笑った。こんなに楽しいのならば、アルコールもまたいいものかのかもしれない。

 

「本当に貴方って馬鹿ね、さやか」

 

ほむらは初めて蒼い髪の女性の名前を笑顔で呼んだ。

 

 

******

「どうしたのさ?グラスをじーっと見て」

「私が初めてお酒を飲んだ時覚えてる?」

「へ?…ああ、覚えてるわよ、確か公園でチューハイを飲んでたわよね」

「貴方にごり押しされてね」

「わ、またそんな…まあ確かにあんたに飲んでもらいたくて必死だったけどさ」

 

ほむらの切れ長の目が少しだけ丸くなる。

 

「私に飲んでもらいたかったの?」

「そーよ、てかそれもあるけど二人で一緒に飲みたかったってのもあるわね…って、ど、どーしたのさ急に!」

 

驚くさやか、いきなりほむらがもたれてきたからだ。肩の軽い重みと頬をかすめる悪魔の艶のある長い黒髪。鞄持ちの頬にかすかに赤みが差していく。見ないでも鞄持ちの表情が手に取るようにわかるのか、美しい容貌に笑みが浮かんだ。唇から微かな笑い声が漏れた。

 

「ほんと…貴方って馬鹿ね」

 

さやかの肩にもたれたほむらの目の前にはスパークリングカクテル。青い液体、そしてグラスの縁に添えられているのはグレープフルーツ。

 

あの時、公園でちびりちびりと飲んだ缶を脳裏に思い浮かべ、ほむらは目を細める。

 

 

あれから4年――

 

ジャズの似合うバーのカウンターで今夜も二人は酒を飲むのだ。

 

夜はきっとまだこれから――

 

 

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