時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集)   作:さんかく@

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ほむら鍵をかける

『さやか、貴方何してるの?』

「…え、えへへちょっと街をふらつこうかと…」

 

はあ…と電話越しに相方のため息が聞こえる。美樹さやかは困ったような表情を浮かべた。今日は仕事が比較的早く終わり、ちょっと街でもふらつこうか…そう思った矢先の家の主からの電話だった。

 

――ありゃ、心、読まれちゃったわ

 

「…ごめん、ちょっと寄り道していい?」

『……仕事は終わったんでしょ?』

「うん」

『じゃあ、帰ってきなさいな、30分後に完全施錠するから』

「え!ちょ、ちょっと30分って…ほ」

 

ガチャ…

 

ツ――、ツ――

 

「ちょっとお!」

 

怒り心頭、さやかは携帯に向かって「馬鹿ッ」と叫んだ。道行く往来の人々が数人、怒りで顔を真っ赤にしている蒼い髪の女性を見やる。無理もない、若く美しい女性が奇声をあげながら携帯に向かってなにやら文句を呟いているのだ。そんな奇行を見て見ぬふりすることはなかなか困難だろう。だが、当の本人は全く気にせず、携帯を振りあげ、道路に叩きつけようとする。しかし、なんとか思いとどまり、ふう、とため息をついた後、携帯をコートのポケットに収めた。そうして、まるで刑事ドラマで容疑者を追いかける主人公ばりにいきなり走り始めた。肩まで伸びた蒼い髪が、風に靡く。

 

――いっつも、いっつもこうだ!たまには遊んでいいじゃない!まったくもう!

――門限は9時よ、過ぎたら施錠するから。

 

いっしょに暮らすようになってから、数日後、黒髪の美女はさやかに告げた。

 

――へ?合鍵とか…くれないの?

――そんなもの必要ないわ

 

そう、ほむらの家(正確にはマンションの一角)には結界が張られており、通常、人間は

入ってこれない、さやか以外は。そのため玄関の鍵も掛ける必要がないため、合鍵は必要

ないのだ。…この家の主の言う門限を破らない限りは。

 

「…はあ、はあ…ったく、家に…ついたら…見てなさ…」

 

文句を言いながらも、さやかは走る。口がだんだん開いてきて、涎が垂れそうになり、慌てて口を乱暴に腕で拭いた。何か思い出したのか、彼女はいきなり神妙な顔つきになる。

 

「…やっぱ…あやまろ…」

 

そう、門限を破った場合、主の機嫌は損なわれ、玄関は施錠され、美樹さやかは一人外を彷徨うはめになる。これはもう一緒に暮らしはじめてから6年で十分にわかったことだ。

「閉め出し」がどんなに心にこたえるか、たぶん経験したことのない人にはわからない。さやかは思わず、走りながら身ぶるいした。

 

――はあ?コンパ?そんなもの私は知らないわ、あと20分で帰ってこないと閉めるわよ。

――職場の飲み会?そんなこと聞いてないわ、あと20分で…ええ、そう、そうよ3日前に

事前連絡しなさいそういうことは。

 

…今思い返せば理不尽極まりない。

 

とにもかくにも、どうして彼女はこんなにも門限にうるさいのだろう?とさやかは思った。

しかし…理由が思い浮かばない。

ようやくいつものマンションが見えてきて、さやかは安堵のため息を漏らした。…口を大きく開きながら。

 

「へへっ、どうよ、この私にかかれば、こんな距離…ごほごほ!げほっ」

 

独り言が過ぎて、咳が出るが、彼女はどことなく嬉しそう。それは門限に間に合った安堵のためか、それとも主人に会えるためか。

 

「まったく…ふふふ」

 

嬉しそうに「忠犬」は階段を駆け上がった。

 

*     *      *       

 

白いテーブルに座りながら、ほむらは窓の外を見ていた。蒼い月に照らされたその横顔は美しく、その口元は何故か嬉しそうに緩んでいて。静謐な蒼白い空間の中で、彼女は一人たゆたっていた。

 

ガチャ、ガタ、ガタ

 

無粋な野暮ったい音が、人外の彼女の美しい静謐な世界を壊す。

だが、壊された当の本人は、嬉しそうに微笑んで。とうとうクッ、クッ、と声を殺して笑いだした。

彼女が振り返るのと、無粋な音の張本人が声を発するのは同時だった。

 

「ただいま」

 

相方に知られないように、人外の彼女はさっきまでの嬉しそうな表情を全て消す。そうして、いつもの冷静な彼女に戻り、囁いた。

 

「あら、おかえりなさい、意外と早かったのね?」

 

まあね、と嬉しそうに近寄ってくる蒼い髪の忠犬を優しく撫でる。

そう、いつになってもやめられない。

悪魔はこの瞬間がたまらなく好きなのだ。

飼い主は、ご満悦な表情で蒼い犬を抱きしめた。

 

 

END

 

 

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