時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集) 作:さんかく@
何故そうなのかは作中に説明がありますが、更に気になる方は、同R18短編集を参照ください。
そういう内容が不快、嫌な方は回避ください。
ばっちこいな方はよろしくお願いします。
「気持ちが悪いわ」
「え?」
さやかは不思議そうに目の前の黒髪の友人を見つめた。アメジストの瞳に吸い込まれるように見惚れてしまう。しかし、すぐにその瞳は長い睫毛で閉ざされて。
「…っ」
一瞬、眉をひそめ、形のいい唇を歪ませると、黒髪の女性は手に持っていたパンをゆっくりと皿に戻した。
「ほむら?」
白いテーブルを囲んで朝食を摂っている二人の女性。彼女達にとってはいつもの日常であり、魔獣との戦いを忘れさせてくれる貴重なひとときであった。しかし、今日は少しだけ様子が違う。黒髪の美女――暁美ほむらの様子が少しだけ変なのだ。黒のキャミソールを身につけ、優雅にくつろいでいた様子だった彼女が、急に目を瞑り黙り込みはじめたのだ。
「大丈夫なのあんた…」
蒼い髪の女性――美樹さやかは心配そうに表情を曇らせる。こちらはこれから仕事なのだろう、ワイシャツに黒のパンツという地味な格好だ。さやかは蒼い瞳を心配そうに曇らせて、前かがみになる。ゆっくりと手を伸ばし、相方の前髪を掻きわけながら額に押しあてた。額はひんやりとしていて熱は無い。ほう、と安堵のため息をさやかが漏らした。軽やかな笑い声がほむらの唇から洩れる。
「過保護ね、貴方」
そう囁くと、ほむらはさやかの手に頭を預けるようにして、気持よさそうに目を瞑った。長い黒髪がさらりと流れ、さやかの手をくすぐる。
「だって心配よ」
真剣な面持ちで、さやかは囁いた。
つい最近まで、ほむらは風邪を引いていた。人外とはいえ、時折こうして体調を崩すことがあるのだ。だとしたら、もしや悪魔にも死に至る病なるものが存在するのではないか?さやかはその疑問を未だ払拭できずに不安のままでいる。
「大丈夫よ…」
ほむらの一言で、ようやくさやかが手を離す。目を開けたほむらは微笑みながら頬杖をついて、猫のように目を細めた。何気ない仕草でも彼女がやると優雅に見える。
「でも、あんた何も手をつけてないわ…」
そう、テーブルには色彩豊かな食材の朝食が並んでいるのだが、ほむらは何ひとつ手をつけていない。否、パンを手にはしているのだが、さきほどから細い指でちぎっては皿に置きという体で、一口、二口ほどしか食していなかった。
さやかの指摘にほむらは口元をあげ、肩をすくめた。
「今から食べるわ…」
そう言って、パンをちぎると口元へ運ぶ。しかし、やはり口に入れることができなかった。
ため息と共に皿に置く。
「だめだわ、食欲が無いの」
「どうしちゃったの…吐き気でもするの?」
「ええ」
こくりとほむらは頷いた。
自分でも不思議なのだろう、妙齢の美女がまるで子供のような仕草で、ちぎったパンと友人を見比べて、解せないという風に首をかしげた。そうして、視線を皿に移して呟く。
「食べようとすると気持ち悪くて吐きそうなのよ」
「え…」
さやかは言葉をつまらせる。そうして、数秒ほどたってから、声をあげて立ち上がった。ガシャン、とテーブルの皿が音を立てる。その大人らしからぬ動作に眉をひそめるほむら。
「あ…あんた…まさか」
相方は驚きに満ちた顔をしていた。不思議そうに見上げるほむら。共闘して10年経つが、このように激しく動揺して、青ざめた相方の顔を見るのはほむらでも初めてだった。
「どうしたの?」
小首をかしげながらほむらが囁く。そうしてしばらく二人は見つめあう。面白いほど時間が経過していくが、互いに何も語らず、お互いの瞳を覗き込み合うだけ。
「あら…」
ようやく、ほむらは相方の心が読めた。
こちらはさも嬉しそうに微笑んだ。
「できちゃったのかしら」
* * *
岡山の携帯が鳴った。
「ったく…なんだこんな時間に…っておいどうした美樹っ!」
着信表示を見て、初老の男が勢いよく携帯に向かって吠える。蒼い髪の部下を彼は気に入っているのだが、気に入りすぎてなのか、対応はかなり容赦がない。署内で周囲の刑事が皆見つめているのを気にも止めず、岡山はがなり立てる。
「おめえ、今日は朝一で俺と事務処理する約束だろう、何やってん…え?何?」
渋い顔を更にしかめ、岡山は呟く。
「妊娠しただあ?お前がか?笑わすな、ぶっ殺…何?」
どうも、蒼い髪の部下は動揺が激しいらしい、うまく聞き取れないのか、岡山は白髪を掻きながら部下の言葉を反復する。
「はあ…?親戚の遠縁の友人の女の子ぉ?…何言ってんだ、休みたい?ふざけんな!おめえに関係ないだろボケ!」
それでも部下は食いさがっているらしい、とうとう岡山はため息をついて一時間の時休を認めた。「遅れたらブッ殺す」という物騒な条件つきで。
* * * * *
「ああ、もう主任の馬鹿!」
泣きそうな顔で携帯を切ると、慌ててさやかはベッドへ戻る。
「大げさねぇ」
くすくすとさも可笑しそうに笑いながら、ほむらはベッドに収まっていた。蒼い髪の相方がやや強引に寝かしつけたのだ。ベッドの端に座った相方に手を伸ばすと、その携帯を取ろうとする。
「え、な、何?」
「私が岡山さんに電話する?」
「わあ、やめて!」
驚いたように携帯を抱きしめ立ち上がる相方を見て、とうとうほむらは吹き出した。つい数日前にほむらは相方の上司と直接話をしたのだ、熱を出した彼女を休ませるために。その時、ほむらと上司は結構長い時間「いろいろ」話し合ったのだが、さやかに問い詰められてもただ笑うだけで答えなかった。
「それにしても…貴方」
笑いが収まると、ほむらは目を細め、さやかを見つめた。
「何?」
「あまり嬉しそうじゃないわね、嫌なの?」
「嫌じゃないわよ…ただ…」
「ただ?」
しばらくして、ああ、と呟き、ほむらは相方を睨んだ。口元は笑いを堪えているかのように緩んだまま。
「もしかして、貴方…身に覚えがないとでも?」
二人は何度も身体を重ねていた。常人の想像を超える世界で共闘する内、互いに安らぎの場を見出すようになってからは、身も心も寄り添い合うようになり、20歳の頃からは擬似的な生殖行為にまで及んでいる。擬似的とはいえ、ほむらの人外の力で互いの身体の一部を改変して行うものだから、子を成すことは可能だった。
「そんなことない…身に覚えならたくさんあるわ」
覚悟しきった顔でさやかは囁く。そうなのだ、身に覚えなら、たくさんある…。昨夜もその行為に及んでいたのだから。さやかの顔をほむらはただ睨み続ける。美女はどんな表情も美しいものなのか。
「じゃあ……どうしてそんなに浮かない顔をしているのかしら…もしかして」
ゆっくりとほむらの唇が動く。
「私を疑ってる?」
「え?」
挑発するような視線のほむらと、きょとんとするさやか。
「貴方以外の子だとでも?」
「まさか!」
驚いてさやかはほむらを見る。
相方の美貌がどれだけ異性に有効かさやかは何度進言したかわからない。
だが、その度に彼女は薄く笑って答えなかったではないか。
それに…彼女に対してそのような「行為」に及ぼうとする男性がいたならば、文字通り「八つ裂き」にされるのは間違いない。自分以外の誰かなんて、そんなことは考えられない。
――考えたくもない!
「そんなことないわっ!わ、わ、私の子に間違いないわよっ!」
握りこぶしを作りながら、さやかは大声で叫んだ。まるで青年の主張のように。
途端、ほむらがもう耐えられないとでもいうように吹き出した。
「な、何…」
苦しそうにお腹を抱え笑い続ける黒髪の相方を見て、ようやくさやかはからかわれていたことに気付いた。次第に顔が真っ赤になる。
「あ、あんたっ、人をからかって、私は真面目に…」
「ああ、もう…苦しい」
くっ、くっ、と笑いを必死に堪えながら、ほむらはさやかを見つめる。その目は笑いすぎて涙目だ。
「でも、頼もしいわ、認知もしてもらえたし」
「認知って…!」
「ほら、仕事遅刻するわよ?」
怒っていいのか、安堵していいのかわからないとでもいうような動揺したさやかを横目に、ほむらが時計を見て呟く。つられてさやかも時計を見て、あ、と声をあげた。
慌てて二言、三言ほむらに声をかけると、相方は玄関へと慌ただしく向かう。いつもよりも浮足立った感のある相方の後ろ姿を見て、ほむらはくすくすと笑い続けた。
* * *
「おい、美樹、何浮かない顔しているんだ」
初老の男に声を掛けられ、はっと我にかえるさやか。きょときょとと慌ててあたりを見回す仕草に、男――岡山はため息をついた。
「おめえ、まだ風邪ひいてんじゃねえか、心ここにあらずって顔すんじゃねえ!馬鹿が!」
ぱしん、と軽く頭をはたかれ、さやかは顔をしかめた。
「ったく、遅れた癖によう」
結局さやかは一時間に間に合わなかった。岡山にしこたま怒鳴られ、はたかれ、ようやく落ち着いた頃だ。今日はたまたま外回りの事案は無い。生活安全課から参考に借りた押収ビデオテープを返却する前に、必要な個所をリストアップしている。黙々と二人はパソコンの前で作業をしていた。
「そういや、おめえよお」
「はい?」
小一時間くらいたっただろうか、何か思いついたように岡山は喋り出した。
「いい友達持ってんな、暁美さんだったっけか?」
「ええ?」
思わず大声をあげる部下を驚いて岡山は睨む。
「馬鹿野郎!何大声出して…」
「あ、すみません、つい」
頭を掻いてあやまる部下をちっ、と舌打ちして睨みながら岡山はパソコンに視線を戻した。
「今時、あんなに礼儀正しいお嬢ちゃんもいるんだな」
――お嬢ちゃんって…!
さやかは心で叫ぶ。思わず首を振っているのに、さやか自身気付いていない。
「あ、あの主任」
「なんだ」
――主任なら教えてくれるかもしれない
「あの時、なんて言ってました?ほむ…あ、暁美さんは?」
「…いろいろだ」
「いろいろって…!」
どうしてもその内容を聞きだしたかったのだろう、さやかは思わず上司に詰め寄るが、また頭をはたかれる。
「うっせえ、さっさと仕事しろ」
「ひ、ひど!」
涙目で抗議するも、上司には届かず、さやかはため息ひとつついて作業に戻る。
――いろいろってなんなのよ!
だが、結局その日はさやかは何も聞き出すことはできなかった。
* * * * *
「あ、あんた大丈夫なの?」
家に帰った途端、さやかは叫んだ。黒髪の相方がテーブルでたそがれていたからだ。
「あら、お帰りなさい早かったわね」
ほむらは椅子に座りながら玄関先へ声をかける。朝と同じくキャミソールのままだ、どうやらどこにも出かけなかったらしい。紙袋を抱えて近寄ってくる相方を不審げに見上げながら、ほむらは囁いた。
「いつもは犬みたいにあちらこちら歩きまわるのに…」
「ひど!まあ、ちょっとは立ち寄ったけどね」
えへへ、と機嫌良く笑う相方をほむらは訝しげに睨む。気にせずさやかは得意げに紙袋をテーブルに置いた。
「何その袋」
「これからに備えて買っちゃった」
すごくにこやかに蒼い髪の相方が微笑むものだから、珍しく悪魔の方が戸惑った顔をした。
紙袋の中は、数冊の育児書だった。はあ、と悪魔はため息をついて。
「馬鹿ねえ……」
「へ?」
「違ってたわ」
「え?」
「できてなかったのよ」
「ええ!」
どうやら周期のものが順調にきたらしい。さやかはそこまで考えが至らなかった自分を悔いた。一気に力が抜けて椅子に座りこむ。長いため息をついた。
「また暴走しちゃったのね、私…」
「貴方らしいけどね」
ほむらも残念そうだ。
「でも…じゃあどうして今朝あんなに吐き気があったの?」
「ああ、あれは」
どうやら、ほむらは昨夜さやかが帰ってくるまで、深酒をしたらしい。そのため目が覚めたら吐き気を催したというところだろう。
「もう~なんなのよ…」
さやかはテーブルに突っ伏した。それを見つめるほむら。
「悪かったわね」
そう呟くと、ほむらはそっと白い手をさやかの頭に乗せた。ほむらの手の感触を味わいながら、さやかは目を瞑る。
「あんたのせいじゃないわ、私もちゃんと確認しなかったし…でも…」
目を開けると傍に買ってきた育児書があって。
「なんだか寂しいわ」
「そうね」
ゆっくりとほむらはさやかの頭に自分の顔を寄せた。蒼い髪の上に重なる黒い髪。
「ねえ」
ほむらは白い手をさやかの手に重ねる。
「今から作りましょう?」
「……うん」
さやかはしっかりとほむらの手を握り返した。
育児書はほむらの本棚にきちんと飾られるようになったという…。
END