時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集)   作:さんかく@

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20歳大学生の頃の二人のどこか平和で幸せなひとときの話―-


悪魔の悪戯

「コンパ?」

 

美樹さやかは素っ頓狂な声をあげた。

 

「お願い、さやか!人が足りなくて、ねっ…この通り!」

 

茶髪で、雑誌のモデルのような女性が両手を合わせて、さやかを上目遣いで見上げる。さやかと同じK大学で、「イイ女」が多いと評されるとある学部の学生だ。困ったように、さやかが眉を下げる。美樹さやかという人物は、困っている者に頼られると断ることができないようにできているのだ。う~ん、と唸って、さやかは空を見上げた。もうすぐほむらが講義を終え、待ち合わせ場所のここに来る。

 

大学の中央にある噴水のある広場で、美樹さやかは友人である暁美ほむらを待っていた。さやかの記憶の錯綜から紆余曲折を経て、共闘を始めて数年、互いの軋轢も薄まりかけたこの頃、さやかはふと思うのだ。

 

――今までが夢みたいだ

 

そう、こうやって、ほむらと一緒に過ごすようになってからの世界が現実で、それまでの時間は(改変前の世界も込めて)今、ここに至るまでの通過儀礼だったのではないか。予定調和のような。

 

それにしても、と、ふとさやかは何を思ったのか、微笑みを浮かべる。青い空に白い雲、緑が映える噴水の広場。

 

――ああ、幸せだ

 

…と。

 

だが、その幸福感も、「コンパ要員」を求めてきたひとりの女性の襲来で打ち消されたのだった……。

 

「ごめん、由美ちゃん、私やっぱり無理だわ…」

 

頭を掻いてさやかは謝る。どうやら、名前を呼ぶあたり、さやかと彼女は知り合いらしい。

 

「ええ~なんで?」

 

さやかの言葉に、困惑したように声をあげる女性。自分の可愛らしさを知っているのか、身体をさやかにすり寄せてくる、どうやらさやかにも有効らしい。顔が紅潮していた。

 

「ええ、だって、こんな格好だし、メンバーって由美ちゃんみたいな可愛い子達ばっかりなんでしょ?私無理だって…」

 

黒髪の友人に怒られるから怖いとはさすがに言えず、さやかは適当な言い訳を探し探し、呟いた。

 

「全然大丈夫!さやかは十分可愛いから」

「う~ん……」

 

同性の「可愛い」がどこまで有効かさやかは知らないが、彼女が可愛いのは確かだ。一人くらいメンバーが足りなくても、男性陣は満足するのではないか?とさやかは思った。

 

「ね、今度なんか奢るから、大学の近くで美味しいとこ知ってるの、二人で行こう?」

「ええ、う、うん…」

 

もしやこれが目的だったのではないかというほど、由美と呼ばれた女は執拗にさやかに迫る。とうとう根負けしてさやかが頷こうとした瞬間。

 

「待たせたわね」

 

艶のある声。

ぎょっとしたようにさやかの身体が強張る。振り返ると、そこに恐ろしいほど美しい黒髪の女性がいた。暁美ほむらだ。

 

「ほむら」

「誰、この人」

 

冷たい口調で言い放つ。そのアメジストの瞳はさやかを捉えていて、女を見ようとはしていない。まるで眼中にないようだ。

「ああ…由美ちゃんって言って…」

「経済学部の小田由美っていいます、あの、今日のコンパで人が足りなくってさやかお借りしていいですか?」

 

キャンパス内で、ほむらは同性からは畏怖の念を持たれていた。そのあまりにも並はずれた美貌と、浮世離れした雰囲気のため。由美もさきほどのさやかに対する態度とはうって変って、まるで先輩に対する態度のようにへりくだっている。

 

「嫌よ」

 

ほむらの美しい唇が動いた。と、同時にほむらの手が伸びてさやかの腕を掴む。ぐい、と引っ張られ、さやかはほむらにもたれる形となった。

ほむらが言い出しづらい自分の代わりに、断ってくれたのだと思うと、さやかは胸が熱くなった。が…

 

「私も行くわ」

 

驚いて、さやかは声をあげた。由美も言葉の意味を咀嚼できずに、あっけに取られている。

 

「え、ちょ、ほむら…あんたコンパ…あたたたた!痛い、痛い!」

 

さやかが今度は変な声をあげる。ほむらがさやかの腕を締め付けたのだ。まるで万力のようだ。人外の力で締め付けているのだろう。だがほむらはいたって涼しげに微笑んで。

 

「人数が多い分には問題ないのでしょう?」

 

*      *       *

 

 

「はい、今回の司会、進行をつとめます、K大学、文学部の美樹です!」

 

おお~と、場が盛り上がる。さやかの目の前には、5名の男女が向かい合って座っていた。

 

――どうしてこうなったのよ!

 

さやかは心で叫ぶ。

 

大学近くの居酒屋で、K大学の女子と国立大の男子のコンパが始まった。

 

『ごめん、さやか、人数が余っちゃったから、今日は…』

 

由美が手を合わせて、さやかにお願いする。つまりは、人数が余ったため、司会・進行をして欲しいということなのだ。

 

――こんなパターンもアリなの?

 

一人余った人間が、長方形のテーブルの上座に座り、司会をするなんて…さやかは頭を抱えた。確かに人数は揃えた方がいいし、ほむらを司会にするわけにはいかないし…仕方ない。そう思い直し、さやかは突貫工事に出た。その場の勢いにまかせた盛り上げは得意な方だ。

 

「いやあ、司会の子も可愛いし、女性陣レベル高いねえ」

 

いかにも茶髪で軽そうな男が上機嫌で喋る。そりゃそうだろう、雑誌のモデル並みのイイ女が多いと称される学部の女の子と、大学内を騒がせる絶世の美女が目の前にいれば。だが、実際は、男性陣の視線はすべて暁美ほむらに向けられていた。艶のある長い黒髪、白磁のような肌にぞっとするような美貌。本人はいたって涼しい顔で、伏し目がちにテーブルを見つめている。

 

――そりゃあ、比較にもならないわ

 

さやか自身もまた、ほむらの横顔に見惚れていた。友人の圧倒的な美貌を誇らしく感じると共に、未だ馴れずに見惚れてしまう自分に戸惑いながら。

 

おそらく連絡先ゲットなどという作戦も吹っ飛んだのだろう、骨抜きになった体の男性陣は未だほむらに見惚れたままだ。もし、視線を矢印で表現することができたならば、5つの線は全てほむらに真っ直ぐに注がれている。さやかは小さい頃に見た、バラエティ番組をふと思い出した。

 

「ちょっと…司会、早く進めてくれない?」

 

黒髪の美女が不機嫌な様子で蒼い髪の司会を睨む。

 

「は、はいっすみません…」

 

――なんで睨まれないといけないのよ!

 

さやかはこのコンパが最後までうまく機能するのか甚だ不安になってきた。

 

「そ、それじゃあ、とりあえず自己紹介から――」

 

 

*      *      *

 

なんとか、コンパは順調に進んでいた、といってもまだ30分しか経過していないのだが。

 

――つ、疲れるわっ!

 

さやかは心で悲鳴をあげる。黒髪の友人がとんちんかんな発言をしないか、とか変に絡まれないかと気を使いながら進行していくのだから、無理もない。

 

「ねえ、ねえ、さやかそろそろアレしようよ?」

「へ?ああ、アレね、うんわかった」

 

アレとは定番の王様ゲームのことである。さやかは、由美があらかじめ作ってあったくじを手に持ち、「王様ゲーム!」と両手をあげて叫んだ、もはやヤケである。酒がいい具合に回って来たのか皆も気にすることなく、歓声をあげ、拍手が起こった。

 

「俺が王様だ、それじゃあ、1番が4番に…」

 

王様ゲームの面白いところは、まったく予想外の組み合わせが生まれることである。誰かの酒を誰かが一気飲みするとか、デコピンするとかまでなら普通だが、抱き合うとか、キスとかに限って同性同士になったりもする。このコンパも例外でなく、笑いあり、驚きありで大いに盛り上がる。不思議と、ほむらはまだ何も当たっていない。残念がる男性陣と、何故か安堵する司会。

 

「あ、今度は私が王様ね」

 

由美が喜んだ。どうやら、温めていた命令があったのだろう。嬉しそうに微笑むと、さやかを見つめた。

さやかは嫌な予感がした。

 

「5番は、司会とキスをする!」

 

おお~っと歓声があがった。

 

「ええ?ちょ、ちょっと!」

 

慌てるさやか。てへ、と笑って舌を出す由美。

 

――何がてへペロよっ!

 

だが、盛り上がっている以上、場をしらけさせる訳にもいかない。ひきつった笑顔を浮かべて、さやかはくじを皆に差し出す。

 

――じょ、冗談じゃないわ!

 

キスと言われても、どこまでなのかわかったものじゃない。さやかは何度目かの心の悲鳴をあげた。

 

「私、5番ね」

「へ?」

 

ざわ…と周囲がざわつき、そうしてしん…と静まりかえる。黒髪の美女がひらひらとくじを振っていた。

 

「ほむら?」

 

まじかよ…と残念そうな男性陣のため息と、うわあ…と期待に満ちた女性陣の声が重なった。ゆっくりと席から立ち上がり、司会に歩みよってくるほむら。思わず上体を後ろに逸らすさやか。

 

「立ちなさい」

 

腰に手をあて、司会に命令するその姿はさながら女王で。さやかは恐る恐る立ち上がる。ほむらの顔が少しだけ低い位置にあった。ふと、さやかが周囲を見渡すと、皆、期待に満ちた目で二人を見ていて。興奮を伴った沈黙に、さやかは心で叫ぶ。

 

――何でこんなに静かなのよっ!

 

先ほどまでとうって変って周囲は静まりかえっている。すべては「5番が司会にキスをする」のを見届けるために。ほむらとさやかはもう少しで顔がくっつくほど接近していた。

 

「ちょ、ほむら…」

「あら、王様の命令は絶対でしょう?」

 

ニヤリとほむらは笑った。瞬間、さやかは悟った。彼女が「力」を使ったことを。

 

「あんた…っ」

 

ほむらの両手で頬を抑えられると、次の瞬間には、二人の唇は重なっていた。

 

…ちゅう、と音を立ててほむらがさやかの唇を吸い始める。うっとりと目を瞑ったほむらは顔の角度を変えながら、さやかの唇を味わうように吸い続ける。

 

「…ちょ、…んっんんっ…」

 

さやかの顔が紅潮し、目が潤み始めた。濃厚なキスだ。羞恥とほむらの唇で、さやかはどうにかなりそうになる。ほむらがさやかの首に腕を回した。

…それから数秒後、さやかの身体から力が抜けた。抱きしめるほむら。

 

「あら、やりすぎたのかしら」

 

くすくすとさも愉快そうに笑うほむら。司会を抱えながら、惚けたようにこちらを見る集団に微笑みかける。

 

「悪いけど、私と司会はもうあがるわ…後はよろしくね?」

 

*  *  *  *  *  

 

「うう…まだ力が入らないわ」

「あら、私のキスがそんなによかったの?」

「そ、そんなことっ…おっとと」

 

ふらふらとまた、ほむらの肩に寄りかかるさやか。ほむらはさやかの腰を抱きながら笑う。

二人は薄暗くなった街の中、寄り添いながら、家路についていた。

 

「ねえ」

 

鼻歌まで歌いはじめた上機嫌な悪魔を、不思議そうにさやかは見つめる。

 

「なあに?」

「どうして、あんなことしたの?」

「キスのこと?」

 

フフ、と笑って、ほむらはさやかを見つめる。

 

「うん、それもあるけど…コンパってあんた参加したことないじゃない」

「………癪だったのよ」

「へ?」

 

ほむらが前を向きながら、唇を動かした。

 

「あんな頭の軽そうな女にいいように振り回されている貴方が」

「ほむら…」

「貴方を振り回していいのは私だけよ、美樹さやか」

 

腰にまわされたほむらの腕に力が入る。

 

「ありがとう…ほむら」

「言葉だけ?」

 

ん?と澄ました表情で、ツン、と顔を近づける。そんなほむらに照れたように微笑みながら、さやかはキスをした。顔を離すと、なぜかほむらは不機嫌そうな顔で。

 

「下手くそ…赤点ね」

「え、ひど…」

「だから…再試よ」

 

そうして、また5番は司会にキスをする。

ゆっくりと音を何度も何度も鳴らして、美味しそうに…。

 

 

 

……

<余談>

 

あれからコンパは順調に進み、二組のカップルが誕生したという。

ちなみに、二人のキスの後に大歓声が巻き起こり、しばらくは興奮冷めやらぬ状態で、怪しげなファンクラブが出来上がったとか…。

 

「あ、さやか、いたいた!」

 

噴水広場でほむらを待っているさやかの元に、由美が勢いよくかけてきて抱きついてきた。

 

「もう、聞いて聞いて!またコンパでね、友達に彼氏が出来たのよ」

「へえ、そりゃあよかったじゃん、てか、あんたはまた出来なかったの?」

「まあねえ」

 

てへ、と笑い舌を出す。これが癖なのだろうか?とさやかは思った。だが、友達思いのいい子なのだろうとは思う。さやかは満面の笑みを浮かべた。

 

「あんたってイイ奴ねえ」

「でしょ?」

 

へへん、としたり顔を浮かべると、さやかに顔を近づけて。

 

「ね、それでさ、今日、行く?」

「へ、何を?」

「もう、奢るって約束したじゃない!」

「ああ、そう言えば…」

 

食事を奢ると、彼女が約束していたことをさやかはようやく思い出した。何かを言おうと、さやかが顔を近づけて由美を見つめた時。

 

「待たせたわね」

 

わあ、と声をあげて、さやかは半ば由美を突き飛ばすようにして身体を離した。いつの間にか悪魔がさやかの背後に立っていた。

 

「あ、暁美さん、こないだはありがとうございます!」

「……ごきげんよう」

 

にっこりと、ほむらは由美に微笑んで。それからきっ、とさやかを睨む。

ひい、とさやかは心で叫ぶ。

 

「由美さんだったわね?…悪いけど、約束はキャンセルよ」

「え?」

「今後もね…ほら、行くわよついてきなさい」

「痛い!」

 

悪魔に腕を掴まれ、さやかは悲鳴をあげる、すごい力だ。あっけにとられる由美を余所に、ほむらはさやかを引っ張っていった。由美の視界からすごいスピードで遠ざかっていく二人。

 

「痛い、痛いっ!ごめんなさいってば、ほむら!」

「まったく、手のかかる人だわ、貴方って人は…」

 

ぎゃあぎゃあと叫ぶさやかと、その腕を掴みすたすたと歩き続けるほむらの後ろ姿を不思議そうに見守る、キャンパス内の学生達。

 

友を思う悪魔の気苦労もまた、絶えないものらしい。

 

 

END

 

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