時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集)   作:さんかく@

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大人さやかサイド(警察)な話
彼女が人ならざる者だからこそ生まれるギャグ時空…(なんと)


さやかの災難

人生は、ほんのちょっとした手違いで大きく変わるものだ。喜劇にも悲劇にも。その転換点を人は運命の分かれ道と呼ぶ。

 今ここに、その運命の分かれ道で極道に身をやつし、激しい後悔に襲われている男がいた。無機質な部屋のベッドの傍らに座り込み、すこやかに眠りに落ちている女を見つめている。男は上半身裸で、その半分以上は刺身が彫られていた。男はもうすぐ30歳になろうとしていた、そしてベッドで眠りこんでいる女性は20歳。憐れにも悪い男に騙され、多額の借金を背負いこの極道が通う裏風俗に身を堕としてしまった不幸な女だ。男は目を細めて女を見つめる。男は女に恋をした。今までの自らの悪事を後悔するくらい純粋でそして激しい恋を。

 

――なあ、俺がヤクザをやめたら、お前、一緒にくるか?

――でも私、いっぱい借金があるわ、ほんとにいっぱいよ?

――俺がなんとかしてやるよ

 

そう言って、二人は抱き合った。

 

――二人で逃げよう

 

そう誓い合い、先ほどまで男のこの無機質な部屋で愛し合った。男は…初めてヤクザとしての自らの所業を激しく後悔していた。真実の恋をすることで男の心は冗談のように改心していたのだ。

 

男は唸りながら頭を抱える。

借金はどうにかなるにしても、問題は足を洗うことだった。この世知辛い時代に、親指一本だけでヤクザをやめることができるかどうか、男にはまったく見当がつかない。しばらくほとぼりが冷めるまでどこか遠くで隠れることができれば、あるいは…。

 

そうして男は思いつく、今日、男の所属している組と新しく立った組との抗争がある。その時のどさくさに紛れて逃げてしまえばなんとかなる…と。

それもまた、後にして思えば大きな「運命の分かれ道」だったのだ――。

 

*       *      *

 

「え…うん、今日は大丈夫よ、定時に帰れるから」

 

美樹さやかはそう言って、時計を見る。午後2時30分。特に事件は起きていない。

 

『…大丈夫よね?今日で最後なんだから…あの映画』

 

さやかの携帯から艶のある声が聞こえる。映画好きな美しい悪魔…彼女の相方だ。さやかの口元が緩んだ。

 

「大丈夫って、それじゃ6時30分までには帰ってくるから」

『……本当に?』

 

思わず吹き出したくなるのを抑え、さやかは目を細める。きっと窓で外を眺めながら、腰に手をあて口を尖らせているんだろうな、と想像する。

 

「……本当よ」

『……遅れたら許さないわよ、おまわりさん?それと…』

「何?」

『……一応、がんばって』

 

照れくさそうな声を最後に、返事を待たずに電話は切れた。思わず苦笑いを浮かべるさやか。彼女のこんなわがままで、それでいて可愛らしい部分を知ると何故か無性に嬉しくなる。一人、へらへら笑いながら身を翻すと、すぐ近くに白髪の男が立っていた。

 

「うわっ、主任…」

「主任じゃねえ、馬鹿野郎、何仕事中にいちゃこら電話してんだコラ!」

「わあ、す、すみません!」

 

どっ、と周囲に笑いが起こった。

ここはさやかの所属するマル暴の刑事の詰め所だ。地味なスーツを着こなす者もいれば、派手なヤクザ紛いの身なりのものもいた。全て刑事である。

 

「主任、いいんじゃないですか?ようやく美樹にも男ができそうだし…」

「お、男じゃありません!」

「美樹に男は100年早いよ」

「死んじゃってるじゃないですか!」

 

腹を抱えて笑う刑事達。ひどいようだが、これくらいのからかいはこの世界では当たり前なのだ。これで動揺するくらいなら刑事の資格は無い…が、美樹さやかにおいては全く問題ないようだ。白髪の初老の男は頭を掻いて、何か言おうとしたが、ちょうどその時、電話の内線が鳴った。静まりかえる詰め所。こういうタイミングの電話がどんなものか経験上、皆知っている。さやかも観念したように目を瞑った。

 

「はい…はい、わかりました」

 

電話を取った刑事が淡々と返事をする。受話器を置いて、ぼそりと呟いた。

 

「抗争です」

 

唸り声、気合い、それぞれ思い思いの声をあげながら、ガタン、ガタンと席を立つ。ヤクザ同士の抗争、マル暴の出番だ。

 

「残念だったな美樹」

 

ニヤリ、と笑いながら、刑事がさやかの肩に手を置く。つまりは超勤確定ということだ。

長いため息をついて、さやかも詰め所を出た。

 

*       *      *

 

男の所属する組は、雑居ビルの裏路地に事務所を構えていた。黒のスーツに身を包んだ男達が、違法銃を点検している。組には腕に覚えのある者も多いが、ハジキまで出てくるなら、間違いなく死人が出るだろう。男は周囲に合わせて自らも違法の銃を点検し、そしてスーツの内側のホルスターに収めた。ビュン、ビュン、と風の音が聞えたと思って横を見ると、日本刀で素振りをしている大男がいた。

 

「おまえら…舐められんなよ」

 

ヘイッ、と威勢のいい返事が響き渡る。組長の側近の男が腕を組み、睨みを利かせていた。ドスの効いた声でハッパを掛ける。

 

「いいか、出会い頭で一発かましてこいや、アア?」

 

オオオ、と応援団のように声が鳴り響いた。男は厳しい表情でそれを見つめていた。

 

――今日絶対に、俺はここから抜け出してやる

 

*     *     *

 

女は繁華街のビルの一角で立ちすくんでいた。

 

――一緒に逃げよう、待っていてくれよ?

 

そう、男と約束していたのだ。ここは今日抗争が起こる場所だ、危険ではあるが、その一角で男と待ち合わせ、そして…おそらく来るであろうサツの覆面パトカーを奪って逃げるのだ。

 

「ここにいると危ないですよ?」

 

女は小さく悲鳴をあげて、振り向いた。そこには黒いスーツを着た蒼い髪の女性がいた。思わず女は見惚れてしまう。蒼い髪の女性が美しかったから。年は自分より少し上なのだろうと、しばらく魅入ってしまうと、蒼い髪の女性は笑顔を浮かべた、人懐っこい笑みだ。

 

「あ…私こういうもんで」

 

スーツの内側に手を入れて黒の財布のようなものを出してきた。開くとバッジと彼女の写真…警察官だ。女は思わず口を抑える。不審げに思ったのか、蒼い髪の女性は一瞬笑みを消し、真顔になった。

 

「おい、どうした…」

 

女性の背後からもう一人…白髪の男が近づいてくる。おそらく刑事だ、と女は後ずさる。

 

「ああ、主任、このひとが」

 

女性が振り返った途端、女は逃げた。

 

「おい、美樹、追いかけろ!」

「はい!」

 

男の怒声と、女性の凛とした返事。蒼い髪の女性は颯爽と駆けだす。だが意外と女も逃げ足が早い。二人はビルの隙間の路地裏に消えていく。初老の男は足を止め、車の窓に手を入れ、無線を取った。がなり立てて応援を呼ぶ。かなりの焦りは仕方のないことだった、二人が消えていった路地裏の先がまさに抗争の場所だったから。

 

*     *     *

 

「ちょっと、危ないから止まりなさい!」

 

蒼い髪の女性が叫ぶ、だが女は止まらなかった。暗い路地裏から光が漏れ、大通りに出たと思ったその瞬間、銃声が鳴り響いた。耳を抑え立ち止まる女を、蒼い髪の女性は後ろから抱きしめ取り押さえる。そうして周囲を見渡して表情を強張らせた。黒服の集団がまるで格闘技のジムで組手をしているかのように、闘争していた。

 

――抗争がはじまっている

 

蒼い髪の女性は女を抱きしめたまま、顔を寄せ囁いた。

 

「動いたらダメ、危ないわ」

 

だが、女はその声が聞えないのか、その手を振りほどくと一目散に抗争の中へと駆けだした。

 

「ちょっと!」

 

数名の男達が女に気付くと、鬼のような形相で睨み、怒声を浴びせる。

 

「女ぁ、何、神聖な場所に顔出しとんじゃ、ぶち殺すぞコラア!」

「邪魔だアマぁ、どけやオラぁ!」

 

男が女に向かって、右手を放つ、顔面を殴られる――女がそう思った瞬間、男の悲鳴があがった。

 

「あたたたたた、痛ェ、痛ェよぉ!」

「女の子殴るってどういう了見よ…え?」

 

いつの間にか、まるでコマ送りのように蒼い髪の女性が、ぴったりと女の背後に立っていた。そして右手を伸ばし、女の肩越しから男の拳を握っている。ミシミシと軋む音がする、骨の軋む音だ。

「あがががが、があ…っ」

 

男が白目になった、骨が折れたのだろうか、ようやく女性が手を離すと、男は地面に倒れ込んだ。周囲にいた黒服の男達は見た事のない状態に唖然とし、しばし体の動きを止める。

 

「なんだ、おめえはあ!」

 

ようやく我に帰った一人が声を張り上げ、蒼い髪の女性に襲いかかる、そしてもう一人、もう一人と次々と飛びかかる。女性は一人目の男の一撃を器用に避けると、そのまましゃがみこみ、右足でコンパスのように円を描きながら、男の足を払い、立ち上がりながら体ごと次の男にぶつかった、漫画のように万歳をして吹っ飛ぶ男性。そしてその反動で体を反転し、長い左脚を相手の首にひっかけるようにして蹴りあげる。三名の男がほぼ同時に蹴散らされた。素晴らしい体術だ。

 

「すごい…」

 

思わず女が声をあげる。蒼い髪の女性は何やら浮かない表情を浮かべ抗争の集団を見つめる。ほとんどの男達が、抗争をやめ、こちらを見ていた。

 

「…やっちゃったわ」

 

蒼い髪の女性はぼそりと呟いた。

 

*     *     *

 

警察の比例の法則は警察学校で嫌というほど教えられた。

警察に先手は無いのだ、あるのは後手だけ。そして必要最小限の防衛手段のみで相手を取り押さえるのが重要で、相手を傷つけるなどしてはならない。

 

―――だけど無理かもしれない

 

と、さやかは思った。つい本気になって3名倒したばかりに、あろうことか、抗争の集団のほとんどがさやかを見ている。ヤクザに女性はいない(妻は別)、むしろこの世界では敵視される。そんな中、抗争という場にイレギュラーで入り、構成員を倒したのだとしたら、もはや美樹さやかは組を超えての共通の敵になってしまったのだ。

 

「ああ、もうなんてことよっ!」

 

思わず叫ぶ。そして地面に座り込んでいる、自分よりも年若い女性を見つめた。彼女がどういうつもりで逃げ出したのかはわからないが、とにかく、彼女は守らなければならないとさやかは認識した。

 

「逃げるわよ」

 

そう言って手を伸ばそうとした瞬間、必死に叫ぶ男の声が聞えた。

 

「小夜子っ!」

 

*       *     *

 

女は声の主を見て、涙を浮かべた。遠くに愛しい男が見えたのだ。女は一瞬、申し訳なさそうな顔で蒼い髪の女性を見て、そうしてまた駆けだした。

 

「ヒロシさん!」

 

その声を合図に抗争が始まった。あの蒼い髪の女性を中心に、ヤクザ達が群がってくる。蹴散らす女性。女と男は熱い抱擁を交わす。

 

「ヒロシさん!会いたかった」

「逃げよう、小夜子」

 

ちょうどあの女性が注意を引きつけてくれている。抱き合っている男と女は、そっと心の内で蒼い髪の女性に礼を述べ、そうして一目散に駆けていった。

 

*     *      *

 

――なんなのよあれはっ!

 

さやかは心で叫ぶ。つまりは駆け落ちとでもいうところだろうか。だが追いかけようにも、今は全く無理な状態だった。

 

「死ねやあ、女ぁ!」

日本刀で切りかかってくる男を器用に避け、素早く直線を描き、数発拳を鳩尾へと叩きこんで体当たりすると、さやかはそのまま、あの二人と同じ方向へ一目散に駆けだす。違うのは目指す先が橋の上ということ。怒声、罵声、銃声が飛び交う中、さやかは橋に辿り着いた。そうして縁へ足を掛けると川へと向けて一直線に飛び降りた。

 

*     *      *

 

サラリーマンである河合は、たまに、そうたまにこの風俗店へ来ることがある。

 

「今日はゆっくりしていってね?」

 

店の人気№1の女性にそう言われ、河合は有頂天になった。わくわくしながらガウン一枚で女を待つ。目の前にはベッドと風呂。女が入って来た、とりあえずワインを飲んで、二人はいい雰囲気になる。

 

ブクブクブク…

 

風呂から泡の吹き出る音がする。…?何かスイッチを入れたのだろうかと不審な表情を浮かべる№1。二人は肩を寄せ合いながら、風呂に近づいた。

 

派手な水音を立てて、勢いよく中から何か飛び出した。

 

悲鳴をあげて河合に抱きつく№1、ワインを零しそうになる河合。中から出てきたのはスーツを着たびしょ濡れの女性だった。ぶるぶると犬のように頭を振る、飛び散る水と、乱れる蒼い髪。

 

「…ひどい目にあった…」

 

ぼそりと呟いて、風呂からあがる。びしゃり、と革靴から音が鳴る。

口をぱくぱくと動かしても言葉が出ない河合、そして同様の№1。ようやく二人に気付いたのか、蒼い髪の女性は気恥ずかしそうに力なく笑う。

 

「あ…すみません、ごゆっくり…」

 

そうしてぴしゃぴしゃと音を立てながら、ゆっくりとドアを開けて風俗店を出ていった。

 

*      *     *

 

すべてが落ち着いて、さやかが家に着いたのは午後8時だった。トボトボと肩を落としながら家までたどり着くと、玄関の前で立ち止まる。ここは美しい家主が結界を張っているため、一般の人間は近寄ることすらできない。はあ、と浮かない顔でため息をつく。無理もない、6時30分には帰ると約束して、連絡すらしてないのだ。さやかの携帯には家主である美貌の悪魔から着信が5回も入っていた。意を決したようにドアノブを握ると、ガチリと音がする。鍵を掛けられていた。

 

「嘘…」

 

さやかの顔が青ざめる。さやかは家の鍵を持っていない。普段は結界でさやか以外の人間は入れないようになっているため、家には鍵を掛けていないのだ。だからこそ、こんな風に閉め出しを喰らうと精神的ダメージは大きいわけで…。

 

「ほむら!」

 

ドンドン、とドアをさやかは叩く。

 

「ごめん、ちょっと急に仕事が入って…ねえ、開けてよ!ごめんなさい!」

 

太鼓のように両手でドアを叩き、何度も謝罪の言葉をかけるが、ドアは一向に開く気配もない。眉を下げ、困り果てた表情のさやか。そうして何か思いついたのか、目を輝かせる。

 

「レイトショー!ねえ、ほむらまだ間に合うから行こう!なんでも奢るから!」

 

だが、返事は無い。

 

「もう…」

 

がっくりと肩を落とし、さやかがドアへもたれようとした瞬間、ドアが内側から開かれた。

ぱああ、と表情を輝かせるさやか。

 

「ほむ…」

 

白い手が伸びてきて、乱暴にさやかの胸倉を掴む。わあ、と間の抜けた声をあげ、さやかはすごい勢いでドアの中へ引き込まれた。

 

ガチャガチャと激しい鍵の音。

 

さやかがその後、どのようなお仕置きを受けたのかは悪魔しか知らない。

 

 

 

 

<余談>

 

夜の映画館は意外と込み合うものだった。映画券売り場でバイトしている女性は少し疲れたのかため息をついて、肩に手を置いた。その横で、同じくバイトの女性が頭を揉んでいるのを見て、つい笑いが漏れた。

 

「まだだいぶいるわね」

「そうね…あ、ほら見て絵美!」

「え?」

 

絵美と呼ばれた女性は、バイト生の指差す方向へ視線を向ける。彼女の顔が明るくなる、無理もない、この映画館では有名な美しい客が来たからだ。長い黒髪の女性と、蒼い髪の女性。二人とも美人で映画館のスタッフには隠れファンも多い、特に黒髪の女性は恐ろしいほどの美貌で、男性スタッフに圧倒的な人気があった。なにやら蒼い髪の女性は疲れた様子で、黒髪の女性の方が嬉々としてチケット売り場へ近づいてきた。黒髪の女性は今日までの上映のSF映画を選んだ。

 

「はい、それでは10時30分上映のこの映画ですね、何枚…」

 

絵美が言い終わる前に、黒髪の美女が答えた。

 

「大人2枚よ」

 

そう言って、手を突き出した、まるで子供が自慢げにピースサインをしているようだ。

あまりに可愛らしすぎたので、絵美は幻覚でも見たのかと思った。

 

*      *      *

 

「ポップコーン2つに、ホットドッグ2つに…」

「ちょ、あ、あんたそんなに食べれるの?」

 

思わず美樹さやかは囁いた。店員に注文をしているほむらがじろりとさやかを睨む。

 

「知らないわ…でも貴方が奢るのよ」

 

フン、とまたそっぽを向く。

 

――ま、まだ怒ってるじゃない!

 

さやかは心で叫んだ。

 

「ほら、持ってなさいよ」

「うわ」

 

大量のポップコーンやらホットドッグを持たされ、心もとない歩き方をするさやか。

その様子を見て、ほむらはため息をつく。

 

「まったく、情けないひとね…」

「だって…」

 

しょぼくれた相方を見て、憐れと思ったのか、とうとうほむらは口元を緩め、吹き出した。

 

「…しょうのない人」

 

そう言って、ほむらは歯を見せて笑った、そうしてその腕をさやかの腕に絡める。

 

「仕事…忙しかったようね」

「とても…」

「そう…」

 

しばらくして、ほむらの美しい顔が、さやかの耳元へあてられた。

 

「おつかれさま」

 

小さいとても小さい声でほむらは囁いた。そうして唇で軽く頬をついばんだ。

顔を赤くするさやか。

目を細めるほむら。

 

いつもは映画がはじまってからすぐに眠りにつくさやかが、この日はまったく眠らなかったという…。

 

END

 

 

 

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