時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集) 作:さんかく@
嫌な方は回避。
改変される前の前の世界の夢を見て、おそらく彼女はうなされているのだろう。
「ん…」
そっと手を伸ばし、彼女の額に触れると苦しそうに呻く。蒼い髪はしっとりと湿り気を帯びていた。美樹さやかは時折こうして眠りについている間に「記憶」を取り戻す。私は無意識にため息をついていた。
「ほむら…?」
ゆっくりと彼女が目を開けて私の名前を呼んだ。薄暗い闇の中で、揺ら揺らと所在無げな蒼い瞳が、私を捉える。実はこの瞬間が私はそんなに嫌いではない。彼女が――美樹さやかがもしかしたら記憶を取り戻しているのではないか、そうして私を断罪するのではないか――そんな思いに捉われるからだ。だが、今夜も違った。彼女は口元を緩め安心しきった笑みを浮かべて私の肩にもたれてきた。そうして気持良さそうに目を瞑る。私は彼女の頭を抱えながらなるべく優しく囁いた。
「眠って…」
「ん…」と頭を少しだけ動かし彼女は再び眠りについた。しばらくして聞える規則的な寝息。私は安堵のため息を漏らし、彼女の頭を抱えたまま目を瞑る。彼女に断罪されたい自分、記憶を失った彼女と共に過ごして行きたい私、二律背反。私は心の底で誰かに罰してもらいたいのだろう、「悪魔」と罵られながら。そしてまた誰かに――。
* * *
世界を改変してから、10年、私達は大人になった。
記憶をあっさりと失った美樹さやかは、何故か私を「親友」と認識して歩み寄って来た。無邪気に近寄ってくるものに対して、私は抗うことができない性質らしい、いわゆる押しに弱い性格とでもいうのだろうか。彼女とは高校、大学を共にし、今では私のアパートで一緒に暮らす仲になった。
「ん…」
さやかが私の腕の中で身じろぎした。
私は再び目を開け、薄暗い闇の中、シーツを彼女に掛け直す。腕が壁にあたり、シングルベッドは買い換えた方がいいか?とふと思ったがやめた。特にこのサイズのベッドで不便を感じたことはない。10年間私はこの狭いアパートに変わらずに住んでいるが、二人で住むようになってから、むしろ居心地は良くなっていた。
――皮肉なものだ
悪魔と化した後、巴マミ、佐倉杏子、かつての仲間との決別を決めこんだというのに、彼女とだけは逆にこんなに近しい関係を築くようになるだなんて。何か私すら感知し得ない「因果」でも作用しているのだろうか。それとも私自身が心の奥で望んでいたことなのだろうか。
「…ほむら」
彼女が呟く。寝言だった。ふ、と思わず私は息を漏らし彼女を強く抱きしめた。ああ、そうなのだ私はもう彼女を手放せない。
――まどかは半年前に結婚した。
まどかが幸せになってくれればそれでいいと思っていたのに、実際はそうではなかった。身を引き裂かれるような苦しみ…悲しみ、式場で私は立つことすらできなくなっていた。私は縋るようにさやかにもたれ、そしてその夜、彼女を求めたのだ。
「ずっといて…」
私は彼女の耳元でそっと囁く。
この世界の魔獣も全て私が駆逐していこう、誰にも知られないまま。だから貴方は傍にいて。
* * *
「おめでた?まどかが?」
翌朝、さやかは言いづらそうに私にまどかの妊娠を告げた。
「昨日メールが着てたの、あんたにも言わなきゃと思ったんだけど…」
行儀悪く箸を口につけたまま、さやかは私を上目遣いで見た。彼女は私がまどかを「愛して」いることを知っている。
「そう…」
私は平静だった。自分でも驚くくらいに。休めていた手を動かし、食事を再開する。咀嚼しながら、割りと上手にできるようになったものだと、自分の料理を心で褒めた。と、気付けばさやかはまだ私を見つめていた。怪訝そうに小首をかしげると、彼女は、あ、ごめんと呟き下を向いた。その挙動が私の加虐心を軽くくすぐった。
「なあに?何か言いたいことでもあるの?」
「いや…あんた大丈夫かなって、ごめん…」
まどかの話題になると、彼女は決まって何度も「ごめん」と言う。私を気遣ってのことだろうが、何故か私にはそれが癪に障る。
「謝らないで…私がみじめじゃない」
「あ…うん」
少しきつめに言ったからか、さやかは黙り込んだ。私はため息をつきながら彼女の空になったお椀を取り中味を補充した。お椀を彼女に差し出しながら、言葉を紡ぐ。
「別に…私は気にしてないわ、私はまどかを愛しているし、彼女が幸せならそれでいい」
半分真実、半分嘘。それでも安心したようにさやかは表情を和らげた。
「そっか…よかった。あんた、ほんとにまどかのこと愛しているんだね」
そうしてさやかは「愛かあ」と呟く。
「あら、貴方も愛していた人がいるんじゃないの?」
「いないわよ、そんなの」
即答。逆に私は聞き返す。
「上条君は?」
「うわ、懐かしい」
さやかは苦笑いする。彼女が恋焦がれていたバイオリニストの卵は私達と同じく成長し、今や国内では有名な音楽家となっている。そして志筑仁美と結婚した。あの頃――私達が魔法少女として苛酷な運命を戦っていた頃、彼女の少年に対する「恋慕」の情は、魔女化という結末を生み出し絶望の道へと一直線へ繋がっていた。それが今や、「懐かしい」と過去のことになり一掃されるのだ。時の流れの力のすごさに私はただ驚嘆する。時間に抗い常に遡ってきた私には膿のように因果が積り積っているというのに。おそらく彼女は今ではあの幼馴染のことはどうとも思っていないのだろう。
「今はいないの?愛している人」
「愛しているって…」
私の質問に彼女は困ったように口ごもる。そういえば、あまり気にしてなかったが、彼女も私と同様、学生時代、異性との色恋沙汰は皆無だった。円環の理という壮大な「理」の一部として機能していた所為だろうか、どことなく浮世離れした彼女はおそらく誰とも関係はもっていないのだろう。
「…私、「愛」ってよくわかんないのよ」
とうとう彼女は顔を赤くして告白した。そうして箸を置いて頭を乱暴に掻いた。
「す…好きな人はいるんだけど…」
「あら、貴方にもそういう人いるんじゃない」
「あんたよ」
一瞬、家の中の空気が無くなったかと思った。しばらくして呼吸ができるようになると、ようやく彼女の真っ赤になった顔が確認できる。ああ、そうなのか――。
「そうなの」
「そうよ」
そうしてしばらく黙りこむ。最初に口を開いたのは彼女だった。
「……あんたがまどかを愛しているのはわかってる。けど、好きなのよ」
「そう…」
私も箸を置いた。そうして食卓に両手をついて、彼女に顔を寄せる。ゆっくりと唇を近づけてキスをした。彼女の潤んだ目。私はその耳元に唇を寄せ囁く。
「ねえ…貴方、「愛」はよくわからないって言ったわよね?」
「うん」
「それじゃあ…私が「愛」の定義を教えてあげるわ」
「定義?」
私は身体を移動させ、不思議そうに聞き返すさやかを抱き寄せた。そうして倒れこむようにして、畳に二人横になる。
「そう…だから」
私は彼女の肩に手を回し、その胸元に顔を埋めた。そうして小さく囁く。
「私を愛して美樹さやか」
そう、二律背反、私は彼女に「悪魔」として断罪されたいのと同時に、彼女に愛されたいのだ。
彼女の腕がしっかりと私の腰を抱き寄せる。
私はそっと息を吐いて目を閉じた。
END