時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集)   作:さんかく@

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ほむら留守番する

少女の頃は適当に学校に行って、魔獣退治にだけ専念すればよかったのに、大人になると結構面倒なものだ、とほむらは相方を見てつくづく思う。

 

「人間ってやっかいなものね」

「はあ?なにさ、やぶからぼうに」

 

不思議そうにスーツに着替えながらこちらを見下ろす相方に、ほむらはベッドで仰向けに寝転びながら返事の代わりに微笑んだ。衣擦れの音とともに彼女の白く細い腕がシーツから出てきて、蒼い髪の相方の胸元を指差した。

 

「…ボタンずれてるわよ」

「わ、恥ずかしい、ありがと」

 

どういたしまして、と囁くと、ほむらは寝返りをうって蒼い髪の友人の方へ体を向ける。シーツから彼女の胸元が露わになり、そこに長い黒髪が幾筋かかかる。うわ、と変な声をあげ背を向ける相方の仕草を見て、ほむらは口元を緩めた。

 

「あら、何を今更照れているの?」

 

横向きでほおづえをつきながら、ほむらは「昨晩もさんざん見たのに?」と更に付け足した。蒼い髪の相方は肩をぴくりと動かして、ほむらの方を見ずに返事をする。

 

「照れてないわよ…ただ」

「ただ?」

「…ごめん、やっぱ照れてるわ」

 

とうとうほむらは吹き出した。苦しそうに肩を震わせながら、白い歯を見せる。

 

「…ほんとしょうのない人…」

「う、わ、悪かったわね、捻りがなくて!じゃ、じゃあ私行くわ」

「さやか」

 

小さめのトランクケースを持って玄関へ向かう相方――美樹さやかをほむらは呼びとめる。ようやくさやかはほむらの方へ顔を向けた。頬がかなり紅潮していた。にんまり、と微笑むほむら。空いている手を動かして、「おいで」と相方を手招きする。さやかは困ったような顔をして。

 

「え、だ、だめよ、私もう行かないと…」

「ほっときなさいな、「出張」なんてシステムを作った社会が悪いのよ」

「はあ?何よそのわがまま大王的な発想っ…わあ!」

 

パン、と乾いた音と同時に、さやかが悲鳴をあげてほむらの元へ勢いよく飛び込んできた。まるで何かに突き飛ばされたかのようだ。慌てて立ち上がろうとするさやかを、笑いながらほむらが羽交い締めにする。唸り声と笑い声をあげながら二人はしばし(片方は必死だが)ベッドの上で戯れた。傍目からだと、大の大人の女性二人が寝技で格闘しているようにも見えるのだが。

 

「横暴!横暴よ!」

 

背中から抱きつかれ、スーツとシャツをしわくちゃにされながらさやかは必死に叫ぶ。その背後でくすくすと笑い続ける美しい悪魔。

 

「遅刻しちゃうじゃない!しゅ、主任に殺されるわ!」

「あら、大丈夫よ、私の保有能力忘れたの?」

「保有…え?」

 

何かに気付いたのか、さやかが左手を見る。腕時計のデジタル表示が停止していた。わああ、嘘、と絶望の声をあげたさやかの頬に数回ついばむようにほむらが唇をあてて囁いた。

 

「楽しみましょう?」

 

ほむらの手がさやかの下腹部をゆっくりと撫ではじめる。体を「改変」する気だ。呻き声をあげながらさやかは固く目を瞑った。

 

*      *      *

 

美樹さやかが大学卒業後警察官になってからというもの、ほむらは時折「留守番」をするようになっていた。

 

『いない方がたまにはせいせいするわね』

 

そう言って悪魔はさやかに背を向けて、手をひらひらと振って送り出していたのだが、最近はそうもいかなくなった。

 

『また出張?』

 

最近、さやかの出張の回数が異様に増えているのだ。今日も二泊三日であるが、本庁へ各都道府県の刑事が赴き特殊な事件の事例研修を行う。一般人なら、刑事としての将来性を見込まれたものであると素直に喜べるが、「特殊な事情」を抱えている二人に取ってはそうも言ってられない。ため息をついて、ほむらは呟いた。

 

「……出張なんてこりごりだわ」

 

当の本人ではなく、悪魔がこのような台詞を呟いたものだから、さやかは不思議そうに肢体を曝している彼女を見上げ尋ねた。

 

「へ?なんであんたが?」

 

ぱちん

 

惰性のように、ほむらが組み敷いているさやかの額を叩く。

 

「あいた、ちょっと!」

 

睨む相方をよそに、はあ、とまたため息をつくとほむらはさやかの上から降り、その傍で寄り添うように寝転んだ。その視線は天井へ向けられて。気持が沈んでいる様子の相方に気付くとさやかは心配そうに尋ねる。

 

「…どうしたのさ、あんた」

「なんでもないわ」

「………」

 

さやかは黙ってほむらの手を握った。そうして二人しばらくそのままで天井を見上げている。

 

「……困るのよ」

「え?」

 

天井を見上げたまま、ほむらが呟いた。

 

「魔獣退治が面倒くさいのよ、貴方がいないと……」

「ああ…それは」

 

申し訳なさそうな表情をするさやか。膨大な力を持ってして、改変した世界を維持し続けているほむらに取っては、魔獣など雑魚同然だろうが煩わしいことこの上ない。そして、そんな雑魚を駆除するのは「自分」の仕事だとさやかは思っている。

 

「……出張、なるべく減らせるように努力してみるわ」

「できるの?」

「う~ん…」

「ちょっと待って」

 

何かに気付いたようにほむらが天井を見上げながら呟く。不思議そうにその美しい横顔をみつめるさやか。ゆっくりとその美貌がこちらへと向けられて。魅惑的なアメジストの瞳。

 

「……テレビで観たことあるわ」

「へ?」

 

一体、なんの話だろう?

 

「出張と称して浮気を繰り返す外道な夫の話…」

「な、なによそれ、外道って…」

「そうして確か嫉妬に狂った妻に惨殺された…」

「こ、怖いわ、いつのサスペンスよ!昭和!?」

「貴方もそうなの?」

「ち、違うわ!」

 

相方の美貌故か、一層凄味を感じ、さやかは身の危険を覚え起き上がる。そこに白い手が伸びて。ひゃあ、とさやかは悲鳴をあげてベッドから転落した。吹き出すほむら。枕に顔を押し付けくっ、くっ、と苦しそうに笑う。頭を抑えながらさやかは叫んだ。

 

「ちょっと、からかったわね!」

「あら、怖かったの?おまわりさん?」

 

むかつくわ、と叫びながらさやかは立ち上がったが、しわくちゃのワイシャツにぼさぼさの髪とまったくしまらない。その姿にほむらは目を細め微笑む。枕からちらりと顔を覗かせながら。唇から白い歯を覗かせて、彼女は歌うように囁いた。

 

「そろそろ時間よ?」

「へ、あ?」

 

さやかは左手を見て、再び絶望の声をあげた。時計のデジタル表示が動いている。

 

「あ、あんた、ちょっと待ってくれてもいいじゃない!」

「時は金なりでしょ?」

「こんの悪魔!」

 

悪態をつきながら、しまらない刑事はよれよれのワイシャツの上からスーツを着た。そうして慌ててトランクケースを引っ張り玄関へ行こうとして、やけに足が涼しいことにさやかは気付く。

悲鳴をあげ、さやかは顔を真っ赤にしてベッドへと戻る。苦しそうに笑う悪魔の手からズボンをひったくるために。

 

――イッテラッシャイ、キヲツケテネ?

 

そんな彼女に悪魔は小さくとても小さく囁いた。

 

*         *      

 

「どうした美樹、浮かない顔して」

「へ、ああ、なんでもありません」

 

初日の研修を終えて、執務室の外で携帯を持ったまま、さやかはため息をついていた。

 

ほむらが電話に出ないのだ。

 

到着してから1回、昼に1回電話を掛けているが取らず、メールも数回送っている。

時刻は1800、普通なら家にいる頃だ。

 

――何かあったのだろうか?

 

彼女が電話に出ないというのはあり得ない。魔獣と戦っているのか、それとも…

さやかは急にはっ、と表情を強張らせる。横でニヤニヤとそれを見ている同僚。

 

『出張と称して浮気を繰り返す外道な夫の話』

 

――それって逆もありなのではないか?

 

出張の多い夫が留守の間、何故かいきなり妻好みのどストライクの男がどこからともなく現れ、そうしていつの間にか関係を持ってしまった――

 

「ああ、無い、絶対に無いわ!」

 

さやかがいきなり叫び出したので、ニヤニヤ笑っていた同僚が、ギョッと身を強張らせた。

 

――そう、そうなのだ、彼女がそんなことするなんてあり得ない。

 

ほむらが誰か他の男と関係を持つなんてあり得ない。彼女は鹿目まどか一筋なのだ。そう思うこと自体、彼女に対する冒涜だとさやかはすごい勢いで猛反省する。拳を作ってさやかは己の頭を数回叩いた。その奇行に同僚はただただあっけに取られて見つめるだけで。

 

やはり、魔獣絡みだろう、とさやかは思いなおした。だとしたら、今、無事だろうか?彼女のことだから余裕で一掃するだろうが、人と融合していたら苦戦しないだろうか?はあ、とさやかはため息をつく。

 

「おいおい美樹~、マジで辛気臭いぞ、男が電話に出ないくらい気にすんなって」

「お、男じゃありません!」

 

ころころ変わる表情を見て、同僚は笑った。

 

「お前って、お笑い芸人の方が向いてんじゃねえの?」

 

美樹の傍らで同僚は腕を組みながら顔を近づけニヤリと不敵に笑う。顔だけ見ればどこぞのチンピラ風の強面だ。一瞬さやかの表情が曇った。

 

彼は「高崎」の後任だ――。

 

と、さやかは唸り声をあげた、同僚に思いっきり腕を叩かれたかのだ。

 

「まあ、そんな考えすぎんなって、ほら」

 

ぐい、と問答無用といわんばかりに腕を捕まえられ動揺するさやか。

 

「なんなんですか?」

「飲みに決まってんだろ、ほら行くぞ」

「わあ、ちょ、ちょ」

 

半ば強引に引きずられるようにして、さやかは廊下を歩きだす。その先に数名のスーツ姿の男が立っていた。さやかの職場からは5名この出張に参加している。おそらく今日は夜通し飲むことになるのだろう。

 

「おや、久しぶりですね」

 

いきなり声をかけられて、さやかは慌てて振り返る。同僚の男は軽く声の主に会釈すると先に集団の元へ歩いていった。

グレーのスーツを身に纏った、中肉中背の男――顔には全く特徴が無い――がさやかの目の目に立っていた。ようやく思い出したのか、さやかはあっ、と声をあげた。柔和に微笑む中年男性。

 

「ようやく思い出しましたか、○市のペンション以来ですね」

「はい、お久しぶりです」

 

彼は立夏にほむらとまどかと共に旅行に出かけた際、旅行先のペンションで偶然出会った刑事だ。確か○県警だったはずだ…とさやかはその時手渡された名刺を思い出す。

 

「ほんと、すごい偶然ですね、今日は?」

「ああ、私も研修ですよ、この年でね」

 

さやかの問いに刑事は肩をすくめ、口元を緩める。そうして、それより、と彼は言葉を紡いだ。

 

「お連れさんもお元気ですか?」

「ええ、元気です」

 

そうですか、と呟くと、刑事はまた柔和に微笑んで。

 

「お会いできて嬉しいですね、それではまた明日」

「はい」

 

さやかは軽く頭を下げ、それから同僚の元へと駆けだした。迎えた同僚はかなり険しい表情を浮かべていた。

 

「おい、美樹、あの刑事と知り合いか?」

「へ?はあ、偶然旅行先で会って…」

「あいつは「ゼロ」だぞ」

 

――公安

 

さやかの表情も強張る。かつて「サクラ」とも呼ばれていた組織。国家の体制を脅かす事案に対応し、同じ警察であっても他部門に対し情報共有はしない。その捜査対象は国内外の各種集団、極左からカルト集団にまで及ぶ――。

 

「でも、前に会った時は○県警の刑事と…」

「今はその県に出張中なんだ、「刑事」としての覆面を被っているのさ…とにかくあいつには近寄らない方がいい」

「わかった」

 

さやかは同僚のアドバイスに同意した。確かに得体の知れないものには近づかない方がいい。

 

先輩格の刑事が大声をあげていきなり「よし行くぞ、俺の奢りだ」と叫んだ。周囲に歓声が沸く。さやかも気を取り直して、集団に溶け込む。ぞろぞろ歩きだした。「あ」と声をあげ、さやかがポケットに手を入れる。その手に握られているのは携帯。素早い動作でさやかは携帯を耳にあてた。

 

「ほむら?」

『………』

「どうしたのさ?心配したのよ、何かあったの?」

『……貴方が』

「え?」

 

『貴方がそろそろ寂しがっているかと思って――』

 

ふ、とさやかは嬉しそうに口元を緩めた。相変わらずの素直じゃない悪魔。そう、でもだからこそ――

 

「寂しかったわよ、とっても」

『そう…』

 

素っ気ない声、だけどそれは感情を押し殺した結果だと、さやかは知っている。

 

「ねえほむら、私さ――」

 

さやかは嬉しそうに今の気持ちを相方に伝える、ありのままに。電話の向こうできっと悪魔は顔を赤くしているだろうなと思いながら。

 

しばらくの沈黙の後、悪魔もさやかに素直に気持を伝えることとなるが、それはまた後の話――。

 

 

END

 

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