時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集)   作:さんかく@

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改変後の世界、まどかのいない世界で戦うほむらの前に――


邂逅

まどかの存在を思い出してから、もうどれくらい経っただろう?

暁美ほむらは少し震える手で弓を持ち構えた、照準を魔獣に定めて。

 

「ほむら、来るぞ!」

 

赤毛の戦友の声と同時にほむらは弓を放つ。弓は桃色の光りを放ちながら放物線を描いて魔獣の顔面に命中した。響き渡る大音響、それと同時に、ビルが傾き始め、ほむらの足場が崩れた。機能的な魔法少女の衣服に身を包んだ黒髪の少女は、躊躇なくビルから飛び降り、自ら宙に身を置いた。くるり、と何度か回転し、音もなく地面に着地する。

 

「杏子」

 

そうして再び素早く弓を構えると、赤毛の戦友と格闘しているもう一体の魔獣へと向ける。が、心配は無用だったらしい、ちょうど赤毛の戦友と、そうしてもう一人、金髪の先輩が共同で魔獣を殲滅していた。ふう、とほむらは息を吐く。弓をおろし、左手をさする様な動きをして、ほむらは一人自嘲気味に口元を緩めた。

 

――まだ癖が抜けていない

 

もうあの盾は無いのだ。胸に穴が空いた様な空虚感。アイデンティティを奪われるというのはこういうものだろうか?と、ほむらは思った。彼女が年の割には大人じみた、哲学者じみた考え方をするのは、その特殊な「人生経験」のためだ。だがその思考も、彼女の向かい側から歩み寄ってくる二人の魔法少女の登場で途切れた。

 

「よお、おつかれ」

「暁美さんお疲れさま」

 

にこやかに歩み寄ってくる、赤毛の少女と金髪の少女。ほむらも穏やかな笑みで答える。だが、ほむらはこうやって自分が微笑んでいることに常に激しい違和感を覚えるのだ。

 

――どうして私は微笑んでいられるのだろう?

 

あの子がいないのに。

もうどこにもいないのに。

胸にちくりと刺すような痛みを感じながら、それでも二言三言、戦友と先輩と語り、帰路に着く。いつもの様に。もう学校にも通っていなかった。闇の中、無機質なビルをくぐると、寂れたアパートがぽつんとある。少女の住んでいるアパートだ。

 

ギイ、ギイ、

 

アパートの階段ももう軋み始めていた。ここにもう何年住んでいたのか、病院を出た後、両親はどうなったかなど、もう考えるのをやめてしまっていた。ただ、魔法少女として魔獣を倒す、あの子が守ろうとしたこの街を…私も守るのだ。

 

ギイ、ギイ…

 

と、黒髪の少女は立ち止まった。

 

「やあ、今日もお疲れだったね、暁美ほむら」

 

部屋のドアの前にちょこんと座っている「白い猫」が喋りかけてきた。日常ではあり得ない光景。だが、黒髪の少女はいたって平然とその「白い猫」に返事をした。

 

「インキュベーター…」

 

白い猫――否、地球外生命体は、尻尾を振りながらほむらの元へ近づいてきている。かつて彼女とこの赤い瞳の生命体の仲は険悪だった。だが、世界が改変された今では比較的良好だ。ほむらがほんの少しだけ前屈みになると、さも当然だという様にインキュベーターは少女の肩の上に乗った。一瞬、「彼」はまるで本物の猫の様に目を細めた。だが、少女は「彼」を愛玩動物とははなから思っておらず、ごく普通に、人間と喋る様に会話を再開する。

 

「あなた、最近姿を見かけなかったけど、どこに行ってたの?」

「ああ、僕のことかい?そうだねえ、君たちだけでは魔法少女の数が絶対的に足りないからね、契約を増やしてきたのさ」

「――まるで生命保険の勧誘ね」

 

そう言って、ほむらはため息をついた。「彼ら」の契約はろくなものではない。「ひとつの夢をかなえる」というメリットと、「魔法少女になる」というリスク。だがリスクは正確に語られていない。生命保険のコンプライアンス違反より遥かにタチが悪い。

 

「生命保険とは違うかな?僕らの契約は期限が無いもの」

「まあ、そうね」

 

感情といったものを理解できない彼らに、湿っぽい話は通用しない。ほむらは肩をすくめた。

 

「それより、君の話をまた聞かせてくれないかな、改変される前の「鹿目まどか」のことを」

「……まどか」

 

ほむらのアメジストの瞳が揺れる。彼女の大切な友人であり、存在意義でもある少女――鹿目まどか。

赤い瞳には動揺する黒髪の少女の顔を映し出されていて。少女は震える唇で答えた。

 

「ええ、いいわ――」

「だめよ」

 

いきなり、唐突にその声はした。聞きなれない大人の女性の声。おそらく今までで一番の驚きなのだろう、ほむらの身体は固まり、しばらくは何の反応もできなかった。それはインキュベーターも同様らしく、ただ、声のした方向を凝視するのみ。声は階段の方から発せられた。

 

ギイ、ギイ…

 

階段を踏む音が聞え、闇の中、人影が現れてくる。

 

「誰…です…か?」

 

ほむらの誰何の声が震え、途中で敬語になったのも、人影がスーツを着た大人の女性だったからだ。まどかの母親――詢子がこのような格好をしていたのを黒髪の少女は思いだした。だが、目の前の女性は詢子ではない。細身のパンツスーツに身を包んだ女性、スーツ下のワイシャツがいたるところ汚れている。少女はなぜか小さい頃に見た、刑事もののドラマを思い出した。

 

「こいつにまどかの話をしちゃダメ…」

 

その言葉にほむらの頭の中が白くなる。

――まどかを知っている?

――インキュベーターが見えている?

――この人は誰?

だが、何一つ少女の頭の中から回答は生まれない。

 

「おや、君は僕の姿が見えるのかい?珍しいね、こんなのはレアケースだ」

 

インキュベーターがいつもの様に淡々と喋る。正確にはテレパシーで会話を交わしているのだから、この女性にもテレパシーは通じているのだろう、とほむらは思った。案の定、女性の表情は見る見る険しくなった。

 

「珍しくもなんともないわよ…この子からどきなさい、この○○野郎」

 

女性は口汚くインキュベーターを罵ると、ゆっくりと右手をあげた。カチャリ、と無機質な音。ほむらは目を見開いた。少女に取って見慣れた武器がそこに握られていたから。スイス製の自動拳銃。ああ、この女性は刑事だ、とほむらは思った。○県警の貸与されている銃が確かこのタイプだ。肩の上でインキュベーターが身じろぎする。

 

「待って、貴方は誰?」

 

ほむらの誰何に女性は答えない。ただ、その蒼い瞳に複雑な感情を浮かべて。

 

「やれやれ、ややこしいことになりそうだね」

 

その隙をついて、インキュベーターはほむらの肩から、アパートの外廊下の柵に飛び移る。女性も銃口をそちらに移動させるが、発砲する気は無いらしい。

 

「君が何者か非常に興味はあるけれど、その銃で撃たれると、僕も「替え」には限りがある。もったいないから失礼するよ」

 

そう言って、インキュベーターは柵から飛び降り、闇に消えた。しばらく闇に向かって銃を構えていた女性は、ゆっくりと腕を下げ、スーツの中に銃を収める。

 

「…相変わらず腹が立つ生きものだわ」

 

そう一人呟くと、黒髪の少女の方へ顔を向けた。その顔は困惑した表情を浮かべていて。だがそれはほむらの方も同じだ。この女性が誰なのか、そして何故インキュベーターを可視することができるのか、何もわからない。制服の胸のリボンを抑えながら、ほむらは声を絞り出す。

 

「……貴方は誰?」

「驚かしてごめんね」

 

ゆっくりと女性は近寄ってくる。闇でよく見えなかった顔が次第にはっきり見えるようになって、ほむらは驚きの声をあげた。ほっそりとした長身の美しい女性。その髪は蒼く、少し垂れ気味な目、蒼い瞳には見覚えがある。そして、おそらく職場のものであろう、女性の胸元にあるネームプレートで、ほむらはこの女性が誰であるかを確信した。

 

ネームプレートには「SAYAKA.M」と記載されていた。

 

「…美樹さやか?」

 

さやかと呼ばれた蒼い髪の女性は、「そうよ」と、にこりと微笑んだ。

 

*   *   *   *   *

 

「嘘…」

 

本当に彼女なのだろうか?確信したにも関わらず、ほむらは信じ難いとでも言う様な表情を浮かべ、蒼い髪の女性を凝視する。20代後半だろうか、美しい顔立ちの女性には確かにほむらの知っている、美樹さやかという少女の面影が残っている。少し疲れたような表情、乱れた蒼い髪、大人らしい包容力のある微笑み。どれも魅力的で、今まで軋轢のあった同学年の美樹さやかと同一人物だとはどうしても思えない。そんなほむらの気持を読み取ったのだろう、蒼い髪の女性は苦笑しながら、中腰になって少女と視線を合わせた。

 

「信じられないでしょうけど、私は美樹さやかよ。それと…あんたがもう何度もまどかのために時間を越えたことも知っているわ」

「なんで…」

 

質問がまったく追いつかないとはこういうことを言うのだろう、ほむらの頭は未だ真っ白だ。ごめんね、とまた蒼い髪の女性は囁き、そうして少女の両肩を掴んだ。

 

「時間が無いの」

 

蒼い瞳の中に、動揺する黒髪の少女が映る。

 

「私の言うことを聞いてくれる?」

「……」

 

ほむらはただこくりと頷いた。そうして、ふと、大人になった私はどうしているのだろう、と考えた。

 

「私は時間を越えてきたの、別の世界から…そこで、私とあんたは一緒に住んでいるの」

「貴方と?」

 

驚いた。誰とも群れない私が、よりにもよって彼女と――ほむらは蒼い髪の女性を見つめた。

 

「私は…そこではどうなっているの?…魔獣は?…それに、まどかは?」

 

蒼い髪の女性はただ首を振って。

 

「ごめんね、言えないの、それはルール違反だわ」

 

女性いわく、時間を遡行する者には一定のルールがあるらしく、それは「別の世界を適用して、その世界に干渉してはいけない」というルールらしい。知らなかった、とほむらは驚いた。だからあんなに何度も遡行しても世界を変えられなかったのだろうか。そうして次の瞬間、少女は女性に核心を突いた質問をする。

 

「でも、そのルールは誰が作ったの?」

「………」

 

長い沈黙、そして視線。蒼い瞳は何か言いたげに揺れながらも、女性は何も語らなかった。困ったような、少し情けない表情の大人の美樹さやかを見て、ほむらは何故か向こうでの生活が気になり、質問を変えた。

 

「……答えられないなら、いいわ…じゃあ、質問を変えていいかしら?」

「?いいわよ」

「私と貴方は向こうでどういう関係?」

 

え、と女性が声をあげた、思いのほかの動揺にほむらも驚く。先ほどの質問よりも答えにくいのか、更に困った表情を浮かべる女性。ああ、やはり年を取っても変わらないものはあるらしい、その表情はほむらの嗜虐心をくすぐりはじめて。

 

「…貴方って大人になっても変わらないのね」

「……向こうでもそう言われているわよ」

 

はあ、とため息をつくさやかを見て、ほむらは笑みを浮かべた。久方ぶりの笑みを。

 

「情けない大人…」

「ひど!…と、とにかく、今、世界が大変なことになっているの、並行世界の均衡が崩れ始めているのよ」

「世界が?……それで、貴方は私に何をしろというの?」

「……まどかの事をあいつに喋らないで」

「どうして?」

 

何故、インキュベーターに改変前の世界の事…まどかのことを喋ってはいけないのだろうか?訝しげな表情の黒髪の少女に、さやかはただ困った様な表情を浮かべて。

 

「…ごめん、それは言えないわ、ただ、まどかの存在をあいつに喋るのは危険なのよ」

「どうして?それが未来に大きく関わるの?」

「………」

「ずるいわ」

 

ほんの少しだけ、ほむらの言葉に怒気が含まれた。だが、それは確かに仕方のないことで。

 

「……私は、まどかのために、まどかのために魔法少女になった、そして今、まどかのいない世界で一人戦っている…」

「ほむら…」

「なのに、貴方に「まどかの事を喋るな」なんて言われる筋合いはないわ」

 

ほむらの視界がぼやけた。いけない、咄嗟に目頭を抑えるがもう間に合わない。やけに物知り顔で、大人になった美樹さやかが顔を近づけてきたことに腹が立つが、もうほむらにはそれをはねのける力はなかった。

 

「ほむら…私はあんたが何度も時間を越えたことも知っている、あんたがどれだけまどかの事を思っているかも」

「……」

 

蒼い髪の女性はただ黙って腕を少女の肩に回し抱き寄せる。大人の女性の優しい抱擁に、とうとう黒髪の少女の緊張の糸は解かれた。

 

「嫌い…」

 

絞り出すようなほむらの声、だがその手はしっかりとさやかの背中に回されて。

 

「私は貴方が嫌いよ…美樹さやか…」

「知ってるわ…よく知ってる」

 

そうして、とうとうほむらは慟哭した。優しく蒼い髪の女性はほむらの頭を撫で始める。

 

「まどか――」

 

まどかに会いたい――

大切な友人の名前を呼び続けながら、少女は長い間女性の胸の中で泣き続けた。

 

*   *   *   *   *   *

 

そうして目が覚めた。

 

「………」

 

柔らかい日射しが入りこむ、四畳半のアパート。小さなベッドに横たわっていたほむらは身体をゆっくりと起こした。長い黒髪はやや乱れており、少女は数回乱暴にその髪を梳く。

 

「夢……だったの」

 

変な夢だった、美樹さやかが大人になっているなんて――ため息をつきながら、ほむらはベッドから降りる、身体が重くだるい。どうやら疲れてすぐに眠りについたのだろう、制服の格好のままだ。上着だけ丁寧にたたまれて床に置かれている。と、ほむらの身体から、何かが光りを反射して落ちた。

 

「…何かしら」

 

怪訝そうな表情を浮かべて、ほむらはそれを拾った。そうして、あ、と声をあげる。そこにあるのはネームプレート。ほむらはドアを開け、外へ勢いよく飛び出した。晴れた空の下、古ぼけたアパートの外にはもう人影は無くて。しばらくほむらは呆然と外を眺めていた。そうして再び自分の掌に視線を向ける。

 

「さやか」

 

そうして、黒髪の少女は小さく、とても小さくネームプレートに刻まれた名前を呼んだ。その表情は少しだけ、ほんの少しだけ――。

 

 

 

END

 

 

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