時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集) 作:さんかく@
見滝原中学校の通学路を鹿目まどかは数年ぶりに歩いていた。出会ってからもう10年も経つ友人と共に。なんだか不思議なものだ、と思う、こんなに歳月が経っていることが。
「もうあれから10年経つんだね」
「そうね……」
すぐ隣から艶のある声。まどかはそっと声の主へ視線を向けた。
自分よりほんの少しだけ背の高い黒髪の女性。さらりと流れる様な艶のある長い黒髪、端麗でそれでいて儚げな横顔。物思いにふけっているのか、目を閉じている彼女はまるでこの世の者では無いかのようで。とにかく……美しかった。
‐‐どうして世の男性は彼女に言い寄らないのだろう?と秘かにまどかは思っているが、もちろん当の本人にそれを伝えたことはない。そしてその当の本人は、何を思ったのか、目を開いて、通学路の傍にある小川を見つめ、くすりと笑った。その小川は通学路と平行にまっすぐに見滝原中学校と、向かっている。黒髪の女性は小川の向こう側へ視線を向ける。
「…懐かしいわね」
「え?」
「…なんでもないわ」
黒髪の美しい女性――暁美ほむらは、まどかの方へ顔を向けて笑った。
と、学校のチャイムが鳴り響いた。二人同時に顔を校舎の方へ向ける。
「もう授業が終わるのね」
「うん、遅いなあ、さやかちゃん…」
「あの人は置いていく?」
「それはひどいよほむらちゃん」
まどかが苦笑した。この黒髪の女性は、共通の友人である蒼い髪の女性をやたらとじゃけんに扱う。もう長い間一緒に暮らしているというのに。
今日は久しぶりに三人で食事でも行こうかと待ち合わせていたのだが、相変わらずというか蒼い髪の女性が遅れていた。刑事になるとなかなか定時には帰れないものだ。
「もう少し待っていようよ?」
「そうね、まどかがそう言うなら…仕方ないわね」
そうして二人、なんとなく桜へ視線を向ける。桃色の花弁が舞い、吸い込まれていきそうなほど美しい空間が生まれていた。わあ、とまどかが感嘆の声をあげる。
「綺麗…」
「……」
黒髪の女性はただ黙ってその空間を見つめている。見惚れているのかと思ったが、どうにもその顔には何も感情が現れていないので、まどかは不思議そうに尋ねた。
「どうしたの、ほむらちゃん?綺麗に…見えない?」
幼稚園の先生になったまどかは、どうしても人の心に入りこもうとする癖がついていた。この子は今どう思っているのか、他の子と同じく楽しんでいるか、など、そしてついつい、友人にも同じように尋ねてしまった。ほむらはその言葉にワンテンポ遅れて回答する。
「……いえ、まどかが綺麗と思うなら、私もそう思うわ」
「ほむらちゃん…」
どうにも謎めいた人だ、とまどかは思う。感情はあるはずなのだが、押し殺しているような、あるいはどこかに置いて忘れていったかのような。だが、自分に好意を持っていてくれているのは高校時代から薄々わかるようになっていた。(それがどのレベルのものなのかまではわからないが)思いなおしたようにまどかは笑って、わざとおどけて喋る。
「じゃあ、私が可愛いと思ったものも、ほむらちゃんは可愛く見える?」
「ええ、そうね…あなたが可愛いと思うものならなんでも」
「モカも?」
「もちろんよ、可愛いわ」
モカとはまどかの飼っている大型犬である。それからまどかはまるで園児に語りかけるように、私の弟は?あの鳥は?と色々と質問する。それら全てにほむらは「可愛いわ」と肯定して。そう…とまどかは質問を終えようとした。その時。
「あ、いたいた!ごめ-――ん、仕事がなかなか終わらなくってさ」
ちょうど、小川の向こう側から、スーツ姿の蒼い髪の女性が現れた。とても小さな橋をひょい、と軽やかに飛び越えてこちらへ駆けてくる。美樹さやかだ。何かを思いついたように、まどかは笑顔を浮かべ、ほむらに囁いた。
「ねえ、さやかちゃんは?」
-私は可愛いと思うけど?と付け足したその質問に、ほむらはほんの一瞬だが、さも嫌そうな表情を浮かべた。それがとても人間らしくて、まどかは吹き出した。そうしてほむらは口を閉ざして、じい、と近づいてきた蒼い髪の女性を睨む。当の本人は走って来たので息が切れたようだ。
「やあ、ごめん、ごめん、まどか待った?」
「ううん、大丈夫、さやかちゃんはお仕事は無事に終わったの?」
「どうにかね?」
まどかに囁いたあと、さやかは黒髪の女性に視線を向けて、ごめんと小さく謝り、肩をすくめる。だがほむらの方は返事をせず、ただ、さやかをじい・・・と上目使いで見つめるばかり。
「な、何よ、あんたもしかして怒ってんの?」
肩をすくめ、さやかはほむらを見つめる。しばらく見つめあった後、はあ、とため息をついたのはほむらの方で。
「…不思議だわ」
「え?」
「何?」
ほむらはさやかを再び睨み、囁いた。
「…可愛くみえない」
「はあ?」
さやかの素っ頓狂な声、吹き出すまどか。
「ちょっと、あんたいきなり失…」
「いくわよ、ほら」
おいで、とまるで犬を手元に引き寄せる様に、くい、とほむらはさやかの袖を掴んで引っ張った。そうして三人は歩き出す。
ああ、やはりこの二人は可愛い、そうまどかは思うのだ。
END