時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集)   作:さんかく@

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お酒が入り、語り合う二人…


ほむら振り返ってみる

「大分昔のことだけどね」

 

暁美ほむらのその口癖は直る様子はなかった。またか、と美樹さやかは思う。この10年間でこの黒髪の女性は何回「大分昔」と呟いたのだろうかと。

 

「……1万回くらい?」

「……?なんのこと?」

「いや…別に、ところであんたのその「大分昔」って…つまりあのことでしょ?」

「あのって?」

 

えーと、と呟きながら、ようやく「周回」という言葉がさやかの口からでた。ああ、とほむらもほむらで肩をすくめて、そうよ、と囁く。黒髪の女性の保有能力である時間遡行は、当の本人を果てしのない因果の旅へと何度も何度も誘った訳だが、成人した今ではそれもまたたいしたことではなかったようで。「円環の理」や「魔女」などのキーワードも今では「あっち」「あれ」などの単語で事足りていた。ただ「魔女」というキーワードだけは二人共特別な思い入れはあるようだが。

 

「貴方にとっては――」

 

ほむらは細い指先をさやかの胸元へ向けながらくるくると円を描く。さやかは怪訝そうに指の主に視線を向けるが、小首をかしげ、こちらを面白そうに見ている黒髪の美女と目が合うと慌てて目を逸らした。

 

「一瞬でも、私にとっては………ってどうしたの?」

 

今度はほむらがけげんそうに蒼い髪の女性を見つめる番になった。隣で肩を並べて酒を飲んでいる「相方」が不自然なほど顔をそむけるのだから仕方がない。

 

「さやか?」

 

不思議そうにほむらは身を乗り出して、相方の顔を覗き込もうとする。互いにくつろいだ格好でソファに座って語らいでいたものだから、距離感は無いもの同然で。薄着のほむらの白い肌がさやかの肌に接触した途端、ひゃあ、とさやかが変な声をあげ、ようやくほむらは相方がどんな状況なのか理解した。

 

「…貴方ってほんとわかりやすいわね…」

 

紅潮した蒼い髪の女性の顔を見つめながら、ほむらはくすくすと肩を揺らした。そういえば昨晩から相方の身体を「改造」したまま解除していなかったことを思い出す。

 

「悪かったわね…てかあんたが」

「私が?何?」

 

ほむらは身をかがめて目の前のテーブルに置いてある自分のグラスを手に取った。琥珀色の液体が満ちたグラスからカラン、と乾いた音がした。ゆっくりと口元に運ぶとちろりと赤い舌を出して、液体を舐める。蒼い髪の女性が息を飲む音がして、ほむらは目だけそちらに向けながら液体を喉を鳴らして飲み始めた。

 

「……それエッロ…」

 

思わずさやかは呟いた。ほむらはグラスを置いてはあ、と一息ついた後、口を歪めて囁いた。

 

「変態」

「何よそれ!」

 

ほむらはさも楽しそうに笑った。珍しいことだが、酒が入ると悪魔はほんの少しだけ陽気になるのだ。さやかはその笑顔に何も言えなくなったのか、身をかがめ、ボトルに手を伸ばし、ほむらのグラスに液体を注ぐと自分のグラスにも注いだ。

 

20歳を超えてから、二人は酒を飲むようになった。それは大学のコンパだったり、ゼミの飲み会が発端だったりするのだが、二人にとってこの液体はおおいなる癒しとなったらしく、それから数年経った今では二人で語らう時の必需品として生活の一部となってしまっていた。こうして二人「ひとつ」になった後、眠れなくて語り合う時も同様に。

 

「本当にうちの犬は、困った子だわ」

「ちょっと、言うに事欠いて…」

 

あんた私の飼い主なの?というさやかの突っ込みと同時に、ほむらはからかうように左手をひらひらと振りながら、ちろりと舌を出す。既に妙齢の美しい女性に成長したというのに、その仕草はまるで少女の様で。

 

「むかつくわ!」

 

擬態語なのか擬音語なのか、よくわからない音を口から発しながら、さやかは立ち上がり、左手を腰にあて、右手を宙で半回転させる。どうやら悪魔相手に戦うテレビのヒーローもどきを演じているようだ。こちらはもはや子供の様で。

 

「あら、やる気?」

 

ほむらは不敵な表情を浮かべ、アイスピックを構え立ちあがった。

 

―――二人とも少し酔っていた。

 

しばし、ソファの周囲で大の大人二人がじゃれあう情景が展開される。だがそれを見ているのは、彼女達のマンションの窓にうつる蒼い半月だけで。もし桃色の髪の女性が見ていたならば、それはそれは嬉しそうに微笑んでいたかもしれないが。

 

「ちょっと!ちょっと待って!降参!降参よ!」

「…あら甘いわねおまわりさん、凶器を持った女性くらい捕まえられないの?」

「いや、てかっ!あんたアイスピック扱いうますぎよ、何よその俊敏さ!」

 

さやかのコミカルな挙動についほむらは吹き出して、アイスピックをテーブルに置くと、ふう、とソファに座った。それにつられさやかも息を吐きながら隣に座る。その肩にことん、と頭をのせ、ほむらは「疲れたわ」と囁いた。さやかはこくりと頷くと、窓の外を見る。蒼い半分の月がこちらを見下ろしていた。

 

「……綺麗ね」

「そうね、あの月ももう見慣れちゃったわね」

 

ほむらの囁きにさやかは答える。半分に欠けた月を認識できるのは、この世界でたった二人だけ。暁美ほむらと美樹さやか。ほむらが世界を変えてからもう10年になる。

 

「…なんだか10年ってあっという間だわ」

「そんなものよ10年なんて」

 

ほむらの呟きに、さやかは垂れ気味の目を向けた。恐ろしいほどの美貌にはどこか翳りが浮かんでいて。

「…どうしたのさ?浮かない顔して」

「別に」

 

拗ねたような口調でほむらは答える。ついでにその唇も子供の様にやや尖っていて、さやかはつい口元を緩めた。この黒髪の美女は時折こうした子供っぽい仕草を見せる。実はそれがさやかには嬉しくて。さやかはほむらの肩に手を伸ばした。

 

「…中学の頃のあんたみたいね、その顔」

 

そうして艶のあるほむらの黒髪を撫でた。元々さやかは手先が不器用なのだろう、優しく撫でているつもりだろうが、実際はほむらの髪をくしゃくしゃにしていた。思わず悪魔はお間抜けな相方を睨んで。

 

「ちょっと…もう少し丁寧に扱ってくれないかしら」

「ああ、ごめん私って意外と不器用なんだわ」

「意外って…自分で言うもの?」

 

半ばあきれたようにそして半ば可笑しそうにほむらは笑う。

 

「貴方って、全然変わらないわね、さやか」

「そう?結構成長したと思うけど」

 

蒼い髪の女性は肩をすくめて、黒髪の女性を見つめる。

 

「まあ…そうね」

 

ほむらはまだ自分の頭を撫で続けている生意気な飼い犬を見上げた。

おっとりとしたお間抜けな垂れ気味の目は10年前と変わらない。変わったのは髪の毛が少しだけ伸びたのと、成長して引き締まった顔立ち、そして背。はあ、とため息をつきながら、ほむらは手を伸ばした。

 

「え、何?」

 

きょとん、とこちらを見る蒼い瞳を無視して、ほむらはその瞳と同じ色をした頭をぽん、ぽん、と軽く叩いた。

 

「よしよし、おりこうさん」

「ちょっと!また犬扱いして!」

 

とうとうほむらは吹き出した。こうなると彼女はしばらく笑うのをやめない。さやかはもう、と呟いたまま、こちらにもたれながらころころと笑い続ける黒髪の女性を見つめた。

 

――まあ、でも嬉しいわ

 

彼女とこんな風になるなんて夢にも思ってなかったし、なによりこんな一面を見ることができるのが何よりうれしいとさやかは思った。ようやくほむらが笑い終えた頃、さやかは黒髪の女性に聞いた。

 

「ねえ」

「なあに?」

 

さやかの肩にもたれながら、ほむらは顔をそちらに向ける。その艶のある美貌は長年暮らしてもどうにも慣れないらしく、さやかはほんの少しだけ顔を紅潮させた。

 

「いや…あんたってさ、よく「大分昔」って言うじゃない?」

「それが?」

「それってさ、体感的には何年くらい前のことなのかなって」

「なにそれ…」

 

くすり、とほむらが笑う。そうしてゆっくりとさやかの肩から身体を離すと、今度はソファに身体をもたれさせながら、こちらを見る。その仕草は優雅でまるで猫の様だ。

 

「そうねえ…実際は一ヵ月ほどの時を遡ったのだけれど…それが何回も繰り返されると、だんだん麻痺してくるの」

「そうなの?」

「ええ、だんだん、これが夢なのか現実なのか分からなくなって、私が本当に存在しているのかさえ分からなくなる。だからもう…体感なんてないわ、ただ「大分昔」の事よ」

「ああ…」

 

蒼い髪の女性は苦しそうな表情を浮かべた。聞いてはいけないことを聞いてしまったかのように。

 

「…ごめん」

 

謝ることが逆に傷つけることもあると大人になってさやかも知っていた。が、しかしそれでもさやかはほむらに謝らずにはいられなかった。

 

「なんで?謝る必要は無いわ」

 

小首をかしげ、ほむらは目を細めた。彼女もだいぶ成長していた。

 

「うん、でも…ごめん」

「変な人」

 

そうして二人微笑み合って一旦会話は終了する。大人になると妥協を覚えるものだ。

 

「でもね」

 

だが珍しく、ほむらが会話を再開した。

 

「私が本当に存在しているかどうかも曖昧で、わからなくても、それでも私は何度も繰り返してこれたわ、何故だかわかる?」

「まどかがいたから…でしょ?」

 

これはもう命題と言っていいとさやかは思っていた。元々暁美ほむらという人物が、鹿目まどかという人物と出会ってなければこんな壮大な物語は生まれなかったはずだ。ほむら自身悪魔と化することもなかった。

 

「ええ…もちろんよ、でもねそれだけではないわ」

「え、そうなの?」

 

信じられない、とさやかは思った。黒髪の彼女は今まで(これからも)唯一人のためにここまでやってきたはずだ。

 

「皆よ」

 

ほむらはさやかを見つめ囁いた。成長して更に美しくなった容貌と、そしてアメジストの瞳についついさやかは見惚れる。

 

「今だから…わかるかもしれないけど、私は皆がいたから何度も遡れたかもしれない、そう思うのよ」

「そう…なの?」

 

さやかはどうにも懐疑的だ。仕方がない。さやかの場合は神と化した幼馴染の傍でほむらの「歴史」を垣間見ることができたのだ。そのどれもがほむらの話を信じずに、悲劇へと向かう結末だったものだから、「皆」と言われても信じ難かった。

 

「そんな無理した答えしなくていいのよ?あんたが苦労したことはもう私知ってんだし」

「無理してないわ、今となってはそう思うのよ」

「あんたも大人になったのかしらねえ」

「妥協を覚えたのかも」

 

さやかの言葉に冗談で返せるほどにほむらも成長していた。

 

「巴マミも今思えば面倒見のいい先輩だったし、佐倉杏子も…彼女はいつも協力的だったわ」

「まあ、そうだろうね…ねえ、私はどうなのさ?」

「貴方?そうねえ、貴方は…」

 

ほむらはなんだか嫌そうな顔をしてまた月を見上げるものだから、さやかはいささか不安になった。

 

「いつもいつもまどかの傍にいて、かなり目障りだったわね。それに魔法少女になった場合、必ず魔女になるものだから手もかかえるし、いつも遡る前には「美樹さやかをどうしてやろうか」と考えるようになってたわ」

「うわ、わかってたけどひど!」

 

くすくすとほむらは笑う。

 

「でも悪いことだけじゃなかったわ、一人になってる私に声をかけてくれたり、転校したばかりの私に「ノート貸して」と言ってきたり、なんて図々しい人だろうとは思ったけど」

「悪いことばかりだわ」

「そう?でもね、今思うと」

「思うと?」

「私、貴方のことばかり考えてたかもしれない」

 

そう呟いてほむらはさやかを見つめる。さやかは何か喉につまったかのように変な咳をして。そうして不自然な仕草で月を見上げた。その頬が微かに紅潮しているのを見てほむらは目を細めた。こちらもまた何も言わず、さやかの肩に頭をもたれさせた。

 

「……あのさあ」

 

長い沈黙を破ったのはさやかだった。

 

「なあに?」

「……まだ夜中だし、もう一回眠ろっか?」

「何それ、怪しいわね…なにか企んでるの?」

 

面白そうにほむらが囁くと、さやかはまた頬を紅潮させた。そういえば、彼女の身体の「改造」を解いてなかったとほむらは思い出す。

 

「違うわよ…いや、うん、たぶんそう」

 

蒼い髪の女性の曖昧な呟きに、ほむらは破顔した。

 

「仕方のない人…」

 

そうしてほむらは返事の代わりにその手を強く握った。

 

それから朝まで何が起きたのかはまた別の話。

 

 

END

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。

この二人はお酒が入ると普段よりも1.5倍仲良くなります(なんと…)
そしてちょっと子供っぽくもなったり…

まどマギ本編の二人も大人になったらきっとどうのこうのいいながら、詢子さんと和子先生の様にカウンターで飲んでいそうな気がします(絶賛妄想中…)



また、妄想の糧になるのでもし感想等ありましたら気楽によろしくお願いします。
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