時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集) 作:さんかく@
これは二人が表面上人間らしく生活していくために大学生になった頃の話――
暁美ほむらが世界を改変してからかれこれ5年が経過した。改変直後円環の理の記憶を失い、理由のない敵対心をほむらに向けていた美樹さやかは紆余曲折を経て今では記憶をわずかだが取り戻し、その悪魔と共に生活していた。
「…不思議ねえ」
「……何が?」
トントン、と包丁で野菜を切りながら黒髪の女性が隣の蒼い髪の女性に尋ねる。もちろんその視線は刃物と野菜に向けられたままで。蒼い髪の女性――美樹さやかはその横顔に見惚れながら口を開いた。
「あんたとさ、こんな風に料理するって夢みたい」
「夢だったら早く目を覚ましなさい」
ふ、とさやかが口元を緩める。黒髪の女性――暁美ほむらは時折このように冗談なのか、本気なのかわからない言葉を発する。
「あんた面白いよね」
そう言って、さやかは鍋の蓋を開けて、さいの目に切った豆腐と、小口切りにした長ネギを入れた。本日は味噌汁担当がさやか、おかず担当がほむららしい。実はこのように一緒に料理するのは今が初めてというわけではない。
――料理教えてくれる?
高校生の頃一緒に暮らし始めてからしばらくして、ほむらがさやかにそう言ったのだ。幼馴染以外には知られてないが、実は美樹さやかは料理が得意である。一緒に暮らし始めた当初は魔獣との戦いの間にさやかが料理全般を担当していたのだが、ある日何かを契機に心境の変化でも起きたのだろう、ほむらが「怖い」顔つきのままそう言うものだから、さやかはそれはもう驚いたものだった。
あれから、こうして大学生になるまでに次第に料理も家事も共同でおこなうようになって、今ではもうそれが当たり前になっていた。だが、ふと我に返ると美樹さやかはこうして彼女と当たり前のように料理をしている風景がとても不思議で、そして大切に感じてしまうのだ。
――まあ、この悪魔には伝わらないだろうけどさ…
そうしてまたさやかは隣の美しい悪魔の横顔をちらりと盗み見る。
――なんで彼氏とかできないんだろう?
元々改変前の更に幼馴染が改変する前から「美少女」だとは思っていた。だがここまで美しく成長するとは反則だとさすがに思う。今では絶世の美女だ。しばし、さやかはくつろいだ部屋着の上に色違いのエプロンを着て料理に没頭している「庶民的な悪魔」の姿を見つめた。
「何見てるの?」
「へ?あ、ごめん、ごめん…てか危ないじゃない!」
気付けば包丁の先がさやかの眼前にあって。ぎろり、とほむらはアメジストの瞳を光らせてさやかを睨む。
「……理由によっては貴方も千切りにするわよ」
「嘘!なんでよ!」
両手をあげたままさやかが叫ぶ。しばらく膠着状態が続いた後、さやかが口をもごもごと動かして。
「……あ、あんたが綺麗だから見惚れてたのよ、悪い?」
「………」
更に膠着状態が続く。そうして今度口を開いたのは悪魔の方で。
「…どうしてかしら」
「へ、何が?」
「今すぐにでも貴方を殺したくなったわ」
「やめてよ!」
さやかの慌てぶりを見てほむらは――とても珍しいことだが口元を緩めて笑った。赤くなるさやか。
「冗談よ」
そう囁いてほむらは包丁を下げると再び残りの野菜を切り始めた。再びトントン、と軽快に野菜を切る音が台所に響いて。さやかはふう、と息を吐いて「命拾いしたわ」と呟くと沸騰した鍋に味噌を溶き入れた。しばらく二人は料理に没頭して。それから数分後、二人の夕食が始まった。
「ひゃあ…美味しそうねえ」
「レシピ通りに作ったから当然よ」
はしゃぐ蒼い髪の女性といつも通り冷静な黒髪の女性。二人は食卓を囲み食事を始めた。
「あんた料理上手くなったわねえ」
「…別に当然よ」
さやかの賞賛もどこ吹く風の様子でほむらは肩をすくめた。
「料理は化学よ、必要な情報と量が把握できれば美味しくなるのは必然だわ」
「うっわ、出た化学科め、いい?料理ってのはさ…」
箸置きに箸を置いて、蒼い髪の女性は腕を組んだ。一般教養でこういう年配の准教授がいたのをほむらは思い出す。
「そういう数値的なものだけじゃなくて、見えないモノも大事なのよ」
「何、その「モノ」ってまさか「心」とか「思いやり」って言うんじゃないでしょうね?」
「う」
「図星?」
わかりやすい人だとは前から思っていたが、ここまでとは、とほむらがふう、と息を吐いた。
「…た、確かにそれがどう料理の美味しさに関わってくるかはわからないけどさ、でも」
組んでいた腕を解いて、今度は蒼い髪を掻きながら、さやかがもごもごと言葉を紡ぐ。
「私はあんたと一緒に食事するのが楽しいし、一緒に作った料理だとなおさら美味しく感じるのよ、だから料理って数値だけのものじゃないと思うのよ、ああもう…難しいわね」
それをどう表現するかさやかはうまく言葉にできない。哲学を専攻しているのに自分の内面も語れないふがいなさにさやかは落ち込む。
「…調味料」
ほむらが呟く。へ?と顔をあげるさやか。
「貴方の言う「心」とか「思いやり」って調味料のようなものじゃないかしら」
「…ああ、そうね…」
確かにとさやかは思う。料理自体に直接影響を与えるわけではなく、食べている人の味覚に影響する。絶対的な答えでないにしろ、さやかの心にはしっくりくる答えで。
「…あんたってすごいわね」
「哲学科に転科しようかしら」
さやかの賞賛に、ほむらは艶のある笑みで答える。
「とりあえず食べましょう?さやか」
「……そうね」
そうして二人は食事を再開する。今からなのか、それともほんの少し前からなのかいつの間にか二人の距離は近づいていて――。
**************
「調味料――」
「へ?どうしたの?」
黒髪の女性が調味料を入れた瓶を見ながら呟いた。それは元々星砂が入っていた瓶だが便利だからと言って、蒼い髪の女性が洗って使いだしたものだ。
「昔の事を思い出したのよ」
「昔って、前の前くらいのこと?」
警察官のさやかが久々に連日の休みをもらえたので、二人は一緒に料理をしていた。くつろいだ部屋着に色違いのエプロンは大学時代から変わらない。
「改変前のことじゃなくて、直近の昔よ。私と貴方が大学生だった頃のこと」
「ああ、あんたが名答を出した時ね、料理の心は調味料って」
「覚えてるの?」
「もちろんよ」
そう言ってやや垂れ気味な目を細めてさやかは笑った。それを見て、黒髪の美女は顔をしかめる。
「気持ち悪いわね、そんな昔の事を覚えているなんて…」
「なんでよ?!」
「貴方ストーカー?」
「違うわよ!」
さやかが叫んだ後、ほむらは肩を震わせて笑う。もちろん冗談だ。むしろ過去を一人で何度も遡り繰り返した彼女に取って、過去を共有できる者がいるのはそれはとても――。
「でもそういえばさ、あの時と同じメニューね」
テーブルを見てさやかが呟く。豆腐と長ネギの味噌汁に簡単な野菜いためのおかず。シンプルだが飽きがこないさやかの好きなメニューだった。そんなさやかの傍らにほむらが寄り添う。
「今ならわかるわ」
「何が?」
「貴方が必死に説明しようとしていた心とか思いやりのこと」
「へへ、そう?」
妙齢の女性にしては子供っぽい笑みを浮かべ、蒼い髪の女性は嬉しそうに目を細める。と、いきなりその唇に黒髪の女性の唇が軽く音を立てて接触した。
「そうよ」
と囁いて、黒髪の女性は身体を離し、鍋を洗うためにシンクの方へ身体を向けた。
あまりに一瞬のことだったので、ただただ蒼い髪の女性は呆然と頬を赤くして、黒髪の女性の華奢な背中を見つめるばかりで。
今日の夕食が至極美味しくなるのは正に「調味料」のおかげだと思ったのは、どちらの方だったのか。
END