時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集) 作:さんかく@
「ねえ、貴方のそれって…」
頬を紅潮させながら、黒髪の女性が囁くものだから、蒼い髪の女性――美樹さやかの動悸は激しくなった。
「何よ、それって」
「それって、それはね――」
黒髪の女性――暁美ほむらはカウンターに頬杖をつきながら、細い指をタクトの様に動かして、ぶつぶつと呟く。アメジストの瞳はいつもより潤んでいて。どこか艶めかしい黒髪の美女に同性でありながら、さやかは見惚れてしまってフリーズした。と、いきなり頬杖がずれて、ほむらの頭ががくり、と傾いた。
「ちょっと!」
フリーズもつかの間、さやかが素早く手を伸ばしほむらの肩を支える。さやかの接触に気付き、ほむらがゆっくりと顔をあげて口元を緩めた。ありがとう、とほむらは小さく囁くと当たり前の様にさやかの肩に頭を乗せた。そうして、気持ち良さそうに目を瞑る。
「…まったくもう」
さやかの呟きに、フフフ、と黒髪の美女は何が面白いのか、肩を揺らし笑い始めた。揺れが伝染して、さやかも揺れる。
「もう!あんた酔うの早すぎ」
「…酔ってないわよ」
どこか虚ろな視線でさやかを見上げると、ほむらは口を尖らせた。
――酔ってるじゃない!
さやかは心で叫んだ。
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成人したほむらとさやかは時折二人で酒を飲むようになった。きっかけは大学生として暮らし始めた頃のゼミの歓迎会やコンパ(結末はひどかったが)だが、悪魔はギリシャ神話の神さながらに葡萄酒にこだわるようになったし、概念の元鞄持ちもまた雑食(飲)ではあるが、バーボンを好むようになった。それから数年後には互いの愛飲する酒を味わう様にもなり、今夜の様に界隈の老舗のバーで酒を楽しむ様にもなったのであるが。
「美樹さやかぁ」
「うわ、何よ!」
肩にもたれたまま、ほむらが大きな声で名前を呼ぶものだから、蒼い髪の女性は怒られた犬の様にビクッ、と反応して叫んだ。カウンターのむかい側で初老のバーテンが口元を緩める。
「あ、すみません」
さやかが小声でバーテンに謝ると慌てて周囲を見渡す。セピア色で統一された店内ではジャズの調べに乗って、数名の客がテーブルで静かに会話を楽しんでいた。騒がしいのはカウンターの自分達だけだと気付くと、さやかは小声でほむらに「ちょっと、やばいわよ静かにしないと」と囁いた。
「わかったわ」
そう呟くと、ほむらはさやかの肩から離れ、長い黒髪を梳くと、直立不動で姿勢正しく座り直す。その姿はまるで授業参観日の優等生の小学生の様で。さやかは思わず口を手で抑え、黒髪の女性に尋ねる。
「それ、なんなの?」
「反省」
フ、と思い切り吹き出しそうになり、さやかは必死でこらえた。この黒髪の女性は時折本気とも冗談ともつかぬ言葉を発するが、酔いが回ると更にパワーアップするのだろう、とにかく面白いのだ。しばし肩を震わせた後、さやかが「あんた面白いわ」とほむらの頭を優しく撫でた。――美樹さやかも結構酔いが回っているらしい。
「どうもありがとう」
猫の様に目を細めながら、ほむらは礼を言う。どうもこの二人は酔いが回ると普段よりも数倍友好的になるらしい。
「あれ、あんた、今度何飲む?」
ほむらの空のグラスを持って、さやかが尋ねる。
「…貴方と同じものでいいわ」
「そう」
さやかはバーテンにいつものバーボンの銘柄をダブルで頼んだ。そうして琥珀色の液体に満ちたグラスを黒髪の女性に差し出すと、囁いた。
「ねえ、あんたがさっき話してたのはなんだったっけ?」
「ん?ああ、そうねえ、貴方のそれよ」
そう囁いて、ほむらがさやかの腰のあたりを指差すものだから、さやかは必要以上に警戒して。
「それって、何よ」
「だから、それ…剣(ソード)よ」
ああ、とさやかが理解する。
「武器のこと?」
こくり、と子供の様に頷くほむら。
「もう、何かと思ったわ、てか剣がどうしたの?」
「どうして貴方の武器が剣なのかしらって思ったのよ」
「へえ、それって…確かにそうね」
考えたこともなかったわ、とさやかが呟いて、そうして天井へ視線を向ける。確かにそうだ、とさやかはかつて仲間だった魔法少女の武器を思い出す。
「弓やら銃やらいろいろあるのにね、あんたもなんで盾なんだろうね」
「……私はなんとなくわかるわ」
「へえ、そうなの?私は…なんでかしら、まあ扱いやすいから文句は無いけどさ、でもできれば」
「できれば?」
さやかはえへへ、と妙齢の女性に似つかわしくない笑顔を浮かべて。
「杏子の武器みたいにさ、伸びたり縮んだりした方が楽だし格好いいかなと思ってたわ」
そう言って、子供の様に擬音語を発しながら、かつての赤髪の仲間の武器をジェスチャーで表現する。呆れた様な黒髪の女性。
「絶…対、貴方には無理ね」
「なんでよ」
さやかが口を尖らせて、それを面白そうに見つめるほむらは、無駄に頭を左右に振りながら歌う様に囁いた。
「貴方は不器用だもの」
「ひど!こう見えても私器用よ?」
「嘘」
「嘘じゃないわ、今なら弓とか銃とか遠距離の武器でも…」
「出せるの?その武器」
「う」
それ見たことかとほむらが頬杖をついて、くすくす笑う。
「原理は知らないけど、きっとその人に合った武器が出る様になってるのよ」
「だから私は剣だと?」
そう、と頷いて、ほむらはグラスを口にする。さやかもつられるようにグラスを口にして。はあ、とほむらは息を吐き、そうして囁いた。
「…今確信したわ」
「何を」
「美樹さやか、貴方は不器用なのよ」
「何回もひど!」
さやかの反応にほむらが笑う。それを見てさやかも肩をすくめて。
「まあ、あんたがそう言うならそんな感じがしてきたわ、遠距離攻撃って柄じゃないし私」
「でしょ、貴方はやみくもに前で戦うのが向いているわ」
「それってさあ、馬鹿ってこと?」
ほむらはちろりと赤い舌を出した。さやかは銃を模した人さし指でほむらに向かって撃つジェスチャーをする。
「見てなさいよ、馬鹿は馬鹿なりに最強なんだから」
「何それ」
「私の剣はなんでも切れるもの」
そう言って、さやかはさも得意げにほむらを見つめる。
「あら、私の盾はどんな刃も通さないわよ?」
ほむらも得意げにさやかを見つめる。二人はしばらく見つめ合うと、同時に口を開いた。
『試してみる?』
まるで小学生の様な会話。それでも二人は目を輝かせ楽しそうで。
「お客様」
バーテンの声で二人は顔をあげる。
「店内ではお試しになりませんように」
ユーモアあふれる初老のバーテンは、そう囁いて微笑んだ。
二人は再び見つめ合うと、不敵に笑い、そうして席を立った。
それから二人がどうやって「試してみた」のかはまた別の話。
END
酔っぱらうと面白くなるほむらさん…(なんと)