時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集)   作:さんかく@

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大学時代のほむらの話。本人はだいぶ無頓着だけど、彼女の周囲はだいぶ騒がしかったと思います。


確率

時代で若干の形態の変化があるとはいえ、どの時代でもバレンタインデーは心躍るイベントだった。それは見滝原市にある国立大でも同じであるようで。

 

「ああ畜生!」

 

大げさに騒ぎながら、白衣を纏った茶髪の青年が実験室のテーブルに突っ伏した。その挙動は一介の大学生というよりも、どう見ても小学生低学年あたりのそれで、それを横目で見ていた初老の女性――佐藤清子はふんわりと優しく微笑んだ。

 

「――石田君、嘆くくらいなら問題改善のために何らかのアクションを起こしたらどうかしら?」

「難しいっす、マジで」

「まあそうねえ…あなたの求めている「対象」からチョコレートをもらえる確率は限りなく低そうだわ…まあ人の心は私の専門分野ではないけど」

「え、でもそれだと「夢」はあるってことですよね、教授?」

「そうねえ、太平洋に一度逃がした魚がもう一度釣れるくらいの確率かしら」

「マジ無理!」

 

どっ、と研究室で学生の笑い声が湧きあがる。

 

******************

 

K大学の理工学部化学科生体分子化学研究室は例年人気があった。今年は更に希望者が殺到したが、運よく希望が通って晴れてゼミ生となったこの茶髪の青年――石田はどうにも毛色の変わった男だった。

 

「暁美さんは誰にチョコレートをあげるのかしらねえ」

 

清子は石田以外の運がいいゼミ生の名前をあげた。暁美ほむら――彼女こそが希望者殺到の原因でもあるのだが。

 

「彼女、あまりそういうの興味なさそうですよ」

 

四回生の女子学生が顕微鏡をのぞき込みながら呟いた。そう言う彼女も眼前の細胞以外には興味なさそうだ。

 

「まあそうねえ、確かに」

 

悪戯っ子の様に初老の教授が微笑んだ。その仕草はまるで少女の様だがそれがまた不思議とマッチしている。

 

――暁美ほむら

――不思議な子ではある、と清子は思う。教授会でも名前が出てくるくらい彼女は有名で、その美貌は研究室でも話題になるほどだった。(清子にとってはその美貌よりも内面に興味があるのだが。)そんな子がこの研究室を希望したものだから、抽選は大変なものだったのを思い出す。

 

「ああ、こりゃあきらめよう…さらば青春」

 

切なげな声があがる。面白い、と清子は石田を見つめながら思った。研究テーマ云々は全く興味が無く、暁美ほむらが目的でこの研究室を希望したと公言するこの青年はある意味小気味よく爽快だ。

 

「失礼します」

 

研究室のドアが音も無く開いて、そこから黒髪の女性が現れた。

 

「あら暁美さん」

「おはようございます教授」

 

黒髪の美女――暁美ほむらは初老の女性に微笑む。これはとても珍しい事であるのを清子は知らない。可愛らしい私服の上に白衣を纏った黒髪の女性はすたすたと所定の実験台に向かう。

 

「あ、な、なあ暁美!」

 

石田が慌てた様に身体を起こし、黒髪の女性の背中に声をかけた。ゆっくりとほむらが振り向くと、茶髪の青年はその美しさに息を飲んだ。

 

「何?石田君」

 

非常にぶっきらぼうなほむらの声を気にすることもなく、石田は積極的に声をかける。

 

「なあ、俺にあげるもの無い?」

「何を?」

 

顕微鏡を覗いていた四回生が肩を震わせ、書棚を整理していた研究生が失笑した。

 

「い、いや、チョコレートとか…」

「?売店に売ってたと思うけど」

 

ほむらの言葉でとうとう清子も吹き出した。茶髪の青年が彼女からチョコレートをもらえる確率は、太平洋の魚よりも低そうだ。

 

 

 

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