時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集) 作:さんかく@
「俺、警察官になりたいんだ」
少年が目を輝かせながらはっきりとした口調で言うものだから、美樹さやかも真剣な顔つきで断言した。
「タツヤ君ならなれるよ」
――そう、そんな風に強い気持ちがあるならば、きっとなれる。
「マジで?」
やったあ、と少年はガッツポーズをしながら歯を見せて笑った。ついついさやかも口元を緩めて。
「その代わり学校の勉強頑張らないとね」
「え?さやかでも受かるのに?」
「こら!大人になんてこと!」
蒼い髪の女性が右手をあげ近寄ると、笑いながら少年は数メートル駆けだした。
「嘘だよ嘘、俺、さやかみたいな刑事になりたいんだ!」
夕暮れの街路で少年の影ははっきりと伸びて。ふと、さやかはその影を見て、何を思ったのか笑みを浮かべた。それは先ほどとは種類の違う乾いた笑みで。
――悪を撲滅したいんです。
採用試験の二次試験で回答したさやかの警察官の志望動機。その時の自分が指していた「悪」とは一体なんだったのだろう、とさやかは考える。魔獣だったのか、それとも人間だったのか。それとも――ふう、と息を吐いてさやかは少年の姿を捉える。
「タツヤ君」
「何?」
遠くから少年が声をあげる。
「私よりもイイ刑事になれるわよ、きっと」
「当たり前だろ!」
「こら!」
あはは、と少年は笑って再び駆けだす。
この無垢な少年は、数年後警察世界の深淵部を界間見てどう思うのだろうか、さやかはふと不安になる。だが、その時はその時だ、この少年なら――大事な幼馴染の弟ならきっと。
待ちなさい、と大きな声をあげて、蒼い髪の女性もまた駆けだした。
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「ほむらちゃん、夕焼けが綺麗だね」
桃色の髪の女性が恐ろしいほど美しい黒髪の女性を見上げながら囁いた。
「ええ、そうね」
「もう、また私が綺麗と思うからそう思うんじゃないよね?」
桃色の髪の女性――鹿目まどかがからかうように微笑んで、黒髪の女性――暁美ほむらの顔を下から覗き込む。蒼い髪の女性ほどではないが、ほむらはまどかよりほんの少し背が高い。
「あら、よくわかったわね」
「もう、そんなんじゃ」
だめだよ、とまどかが言う前に、黒髪の美女は片目を瞑りながら「冗談よ」と囁いた。
「ある程度は自分の感情というものが生まれたような気がするわ」
「…そ、そう?」
この黒髪の女性は時折本気とも冗談ともつかぬ言葉を発する。まどかはほむらの言葉の真意を計りかねて、首をかしげる。だが正直なところ、まどかはほむらの言葉よりも先ほどの仕草に驚いていた。10年前ではまったく想像もつかなかった仕草。いつも無表情で、感情など持ち合せて無いと言わんばかりだった少女が、いまや絶世の美女に成長し、冗談を発するようになっている。まどかが何か言いたげにほむらを見上げた。
「おーい、姉ちゃん」
遠くから少年の声が聞こえる。二人が声の方向を見ると、まどかの弟と、その後ろから蒼い髪の女性がこちらに向かって歩み寄っていた。
「あ、タツヤ、それにさやかちゃん」
あの二人いつも一緒だね、とまどかがほむらに囁いた。ちょうど見滝原中学校からまどかの家までの経路と、さやかがいつも使用する駅から自宅(ほむら名義の)までの経路が重なるため時折さやかとタツヤはこのように一緒に帰ることがある。フフ、とまどかが口元を緩める。何故だろうか、弟と蒼い髪の女性が仲良く並んで歩くさまを見るのは心が躍るのだ。
「あの人の精神年齢って、きっとタツヤ君より幼いのよ」
ふう、と息を吐きながら、黒髪の女性が忌々しげに呟いた。あの人とはもちろん美樹さやかのことで。まどかは一瞬目を丸くして、そうして吹き出した。ほむらがまるで子供の様に拗ねた顔を浮かべているからだ。
「大丈夫だよほむらちゃん」
「え?」
何が、と聞こうとする前にまどかがにっこりと微笑んで。
「さやかちゃんが一番好きなのはほむらちゃんだよ」
「――」
一瞬時が止まったように、黒髪の美女がフリーズして。まどかは珍しいものを見たと嬉しくなった。
「……別に一番でも全然嬉しくないわ、百番でも構わないくらい」
ほむらの言葉を聞いてとうとうまどかは声を出して笑った。猫の様にびっくりするほむら。
「ほむらちゃんって、中学生みたいだね」
「まどか、それって…」
子供ってこと?とほむらが聞いたがまどかはそれには答えずに。
「行こう?ほむらちゃん」
そうして黒髪の女性の手を引っ張って、少年と蒼い髪の女性の元へと駆けだしていく。
――ずっとこのままだといいね
そう囁いたのは桃色の髪の女性だったのか、それとも悪魔の方だったのか。