時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集) 作:さんかく@
30代も終わりに差しかかると色々な事があるものだ―。
高柳冴子は、ふう、と息を吐いた。
「サエコセンセー、あそぼ」
あどけない声の方へ冴子が目を向けると、膝に乗っかって笑顔を浮かべている園児。気を取り直したように冴子も笑う。
「そうだね、遊ぼっか」
冴子の言葉で、周囲の園児もわっ、と群がってきた。複数の子どもたちがまるでジャングルジム飛び乗るように、冴子の身体にもたれてくる。
「ほらほら、危ないわよ」
そう言いながらも冴子は笑顔を浮かべた―
高柳冴子は見滝原市で生まれ育った。地元の短大を卒業し、そのまま幼稚園の教諭となってもう15年以上になる。思春期時代に多少の恋愛は経験したが、どうにも縁が無かったようで結婚はしていない。生活も地味で両親と同居しており、もっぱら悩みの種はその両親の介護の事だった。
―‐なんだか惰性で生きているようね
飽きが来ると言えば語弊があるのだろうが、10代の頃と比べて見るもの聞くものに新鮮味があまり感じられないのだ。だからと言って何か始めようという気力も余裕も無い。だが―
「冴子先生?」
気付けばとても愛くるしい女性が冴子を見つめていた。桃色の髪の女性。冴子と同じくみたきはら幼稚園とロゴのあるエプロンを着ている。
―そう、この子が来てから私は変わった。
鹿目まどか
愛くるしい可愛らしい容貌を持つ新任の教諭。最初出会った頃は、一瞬10代の学生かと思ったくらいだった。今でも時折彼女が20代半ばということが信じられなくなる。
『はじめまして、鹿目まどかです』
ふんわりと微笑む彼女を見て冴子は何故か「神」を思った。特段何かの宗教に所属している訳でもなく、それほど迷信深い訳でもない自分がそう感じたのは、恐らく鹿目まどかの持つ雰囲気のためだろうと冴子は考えている。浮世離れした、それでいてどこか底知れない「何か」を湛えている鹿目まどかは冴子の中で秘かに神格化されていった。
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「ご両親の介護ですか・・・」
「ええ、ちょっとうまく計画が立てられなくてね」
幼稚園の隅にある職員用の給湯室で、冴子とまどかは二人でお茶を飲む。冴子は疲れ切った顔に笑みを浮かべ、まどかを見つめた。
「ごめんなさいね、鹿目さん、こんな話…あなたはまだ若いのに」
「いいえ、そんなこと…」
えへへ、と子どもの様にまどかは笑って、言葉を紡ぐ。
「私…冴子先生のお話を聞くことしかできないですけど。それでよければ何でも話してください」
「ありがとう」
「きっと…冴子先生ならうまくいきます、根拠は無いけど・・・私、そんな気がします」
真剣に言葉を紡ぐまどかを見て、本当にいい子だなと冴子は思う。そして不思議と気が楽になる。
「不思議ね、鹿目さんの言葉を聞いていたら、なんだかうまくいくような気がしてきたわ」
「そうですか?嬉しいです」
「本当よ、鹿目さんってもしかしたら、魔法使いか神様かもしれないわね」
「まさか!絵本の読み過ぎですよ」
まどかの言葉で二人同時に吹き出した。本当は、冴子は真実を述べていたのだが、それが事実であることを知る日はこないのだ。
と、軽やかなメロディが給湯室に響き渡り会話は中断された。まどかの携帯の着信音だ。冴子に「すみません」と断りを入れてまどかは携帯を耳にあてた。
「はい、もしもし―あ、さやかちゃん?うん、明日?」
さやかという名前は冴子にも聞き覚えがあった。時折幼稚園に遊びに来る鹿目まどかの友人だ。確か職業は警察官だったと思う。蒼い髪の気さくで人懐っこい女性だ。しばらく何か話しこんだ後、まどかは携帯を切った。
「さやかさんって、よく遊びに来る警察官の人?」
「あ、そうです、クリスマスイブに買い物に行こうって」
親子ほど年が離れているせいか、冴子とまどかは気兼ねなく互いのプライベートな話をするようになっていた。
「ほんと仲良しね」
「はい」
まどかはとても嬉しそうに微笑む。デートの様だと冴子は思った。そうして、ふとまどかのもう一人の友人の顔を思い浮かべた。
「あの、とても綺麗な方も一緒?」
冴子は特にまどかの友人と親しいという訳ではないし、それほど交流がある訳でもない。だが、あの黒髪の女性は一度見たらもはや忘れることなどできない。それほどまでに美しかったのだ。
「はい、ほむらちゃんも一緒です」
「そう」
禍々しい―そう思う事自体失礼であると思うが、正直冴子は初めてあの黒髪の女性を見た時、何か得体の知れない恐ろしいものを感じ取った。細やかで繊細な黒髪に白く美しい容貌、それに反した美しいが禍々しい陰鬱な双眸。
「暁美…ほむら」
「え?」
冴子はつい、まどかの友人の名前を呟いた。そして呟いた本人も驚いた様に口を抑えた。
「あら、ごめんなさい、つい…前から面白い名前だと思ってたから口走っちゃったわ」
「ああ…よく言われます」
本当によく言われるのだろう、まどかはにっこりとほほ笑んで、中学時代の名前に関するエピソードを話しだした。
「それで、よく英語の授業の時に違和感が無いねってクラスメイトに言われてたんですよ」
「ああ、確かにそうねえ…暁美ほむらがホムラアケミで、美樹さやかがサヤカミキ…鹿目さんも」
「そうです、マドカカナメ」
フフフ、と得意げに笑う桃色の髪の女性は、本当に中学生の様にあどけなくて。冴子に子どもはいないが、もしいたら、こんなに可愛くて仕方ないと思うのだろう、と思った。
「本当ね、なんだか名前が二つあるようだわ」
―まるでどこか余所の、いや「架空」の世界の人の名前のよう―
冴子はふとそう思った。
******
「まどかも一緒に行けるってさ」
携帯を切り、蒼い髪の女性が優雅にソファに腰掛けている女性に話しかける。
「そう、よかったわ」
そっけなく―この美しい黒髪の女性は何事もないように囁いてはいるが、実は内心はそうでないことを蒼い髪の女性は知っていた。つい口元を緩め、余計な事を口走ってしまう。
「素直に喜べばいいのに…あいたっ!」
いきなりテーブルにあったスプーンが宙に浮いて、蒼い髪の女性の頭を直撃する。もちろんそのスプーンは黒髪の悪魔が操作したわけで。
「ちょっと!痛いじゃないの!」
「貴方が一言多いからよ」
優雅に立ち上がると、腕を組みながら黒髪の女性は蒼い髪の女性に近づいた。つ、と白い腕を伸ばしその蒼い髪の女性の頭に手を置く。
「よしよし」
「あいた!痛い!」
ぽん、ぽんとまるで犬の頭を撫でるような仕草だが、実は常人の数十倍の力で頭を叩いているのだ。通常の人間なら重傷だが、あいにく蒼い髪の女性の方も正確には人でないので、そこは黒髪の美女も容赦しない。頭を抑える蒼い髪の女性をみながら、ニヤリと鮫のように冷酷な笑みを黒髪の女性は浮かべた。
「この悪魔!」
「あら、元からそうよ、鞄持ちさん?」
肩をすくめて、今度は優しく蒼い髪の女性の頭を撫でた。それには慣れてなかったのか、もう10年も一緒に暮らしているというのに、蒼い髪の女性はまるで付き合い始めの恋人の様に顔を赤らめた。
「……貴方って、ほんとわかりやすいのねさやか」
「…悪かったわね」
くすくすと、今度は年相応の女性の様に可愛らしく悪魔は微笑んだ。反則だ、とさやかは思う。だがどうにも、悪魔のこういうところが憎めなく、つい許してしまう自分が一番悪いのだともさやかは考えた。
「だってあんたが―」
「私が?何?」
黒づくめのワンピースに身を包んだ美しい悪魔と、白いワイシャツにデニムという簡素な格好の鞄持ちは、窓の前で対峙する。ほんの数センチほどの距離を保った至近距離で見つめ合う。10年前に世界を再改変した悪魔とそれにわずかながら抵抗した鞄持ちの頃に様に。だが、違うのは互いが更に接近し、その唇が重なったことだ―‐。
*************
結局また二人は着替えることになった。だが特にそれについて互いに何か言及する訳でもなく、黙々と二人は外出の準備をする。
「そういえば、まどかは今日仕事だったわよね?」
珍しく「行為」の後に先に口を開いたのは悪魔――暁美ほむらの方だった。普段はさやかの方が話しかけ、ほむらの方は気まずい様にそっけなく返事をするくらいだったのだが、だいぶ変化が生じていた。
「うん、幼稚園の仕事終えてから直接待ち合わせ場所に向かうって言ってたわ確か」
「イブなのに仕事って大変ね。それに比べて…」
そう呟いた後、じろり、とほむらはさやかを睨む。ちょっと、とさやかは両手をあげた。
「警察官だって、大変よ?休みなんてあって無いようなもんだし…」
「あら、じゃあ仕事に戻る?」
「感謝してるわ、ありがとう」
さやかの切り返しにほむらは口元を緩めた。
実際警察官などの公安職ならイベントどころか通常の休みも返上されるのも常なのだが、さやかの場合は、大抵イベントや、まどか絡みの約束ごとの場合悪魔がどうにかこうにか時を「操作」してくれるのだ。ほむらは着替えをすませると立ちあがった。
「じゃあ行きましょう」
「へ?まどかまだ仕事中じゃないの」
「たまには迎えに行くのもいいんじゃない?」
そう言うと、ほむらは片方の目を軽く瞑った。大人になるとこういう仕草もできるようになるらしい。その魅惑的な仕草は案の定蒼い髪の女性を刺激したらしい、さやかの顔はわかりやすいくらい赤くなっていた。あきれたように悪魔は肩をすくめて、そうして笑った。
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「まどか先生、そろそろ帰らないと、待ち合わせに遅れるわよ?」
「あ、はいもう少し、この飾りつけがすんでから…」
「あらあら」
冴子が困ったように笑う。明日の幼稚園児を悦ばせるために、この年若い幼稚園の教諭は一生懸命クリスマスツリーの飾り付けをしているのだが、なんだかこの桃色の髪の女性自身が子どもの様に見えたのだ。
「じゃあ私も手伝うわ」
「あ、ありがとうございます」
そうして親子ほど年の離れた二人の教諭は黙々と飾り付けを始める。ほどなくして飾り付けが終了した頃には、幼稚園の内部に大きな可愛らしいクリスマスツリーができあがっていた。
「わあ、綺麗に出来上がりましたね」
「そうね、これで明日子どもたちも喜ぶわ」
無邪気に喜ぶ子どもたちを想像すると自然に二人の口元が緩む。
「冴子先生は、これから家でクリスマスですか?」
「ええ、特に飾り付けはしてないけど、ケーキを買って帰るわ」
「でもそれでも素敵だと思います」
「ありがとう」
家でささやかに身体の弱った両親とクリスマスを祝うつもりの冴子だが、それでも誰かにこういう風に肯定されると嬉しくなるものだ。
「まどか先生も家で?」
「はい、うちはずっと家族でお祝いしています。これからもずっとそうしたいなって…」
「素敵ね」
「ありがとうございます」
ふんわりとまどかは笑った。その清らかな笑みの前では彼氏などと、異性の話をするのは野暮なことだと冴子は思った。
「それじゃ、まどか先生、一緒に途中まで帰りましょうか」
幼稚園周辺の住宅街はイベント好きな家庭が多いのか、イルミネーションが例年飾られている。繁華街やイベントで華やいだ街とは比べ物にはならないが、家庭的だが個性的で、見る者を和ませるような優しい光に溢れているこの界隈が冴子は好きだった。
「このあたりのイルミネーションも綺麗ですよね」
「あら、まどか先生もそう思う?」
「はい、弟が小さい頃はよくここに連れてきました」
にっこりとまどかが笑う。どうやらとても甘えん坊な弟の様だが、確かにこのような可愛らしくて優しい姉ならそうなるだろう、と冴子は秘かに思う。冴子が手作り感溢れる赤、青、黄色の窓枠のイルミネーションに視線を向け、数秒ほど家のことに想いを馳せていると、すぐ近くで足音がした。
日常とはすぐ近く、前触れ無しに崩れるものだ。冴子は親が目の前でいきなり倒れた経験からそれを知っていた。知っていたはずなのだが、鹿目まどかというどこか浮世離れした優しく可愛らしい同僚と一緒にいたためか、冴子はすっかり現実を忘れていた。
「金…貸せよ」
唐突に二人の前に複数の男が立っていた。いやおそらく物影で隠れていたのだろう。このようなイベントを素直に甘受する人間ばかりではない、むしろ逆に妬みやどす黒い憎悪をむける人間もいる。下卑な笑いを浮かべる男達は、まだ20代くらいの若者だった。ジーンズに黒の皮ジャンで統一しているのは、何かグル―プなのだろうか、と冴子はひどく冷静に考えた。無意識にまどかを庇うように冴子は前に立つと、男達に向かって声をあげた。
「あなた達、誰?何の用?お金なんて今そんなにないわよ」
「うわ、うぜ、金出せってば」
「ないのに出せるわけないでしょ、どこか行って」
複数の男は見つめ合ってニヤニヤ笑うだけだ。冴子は無性に腹が立ってきた。こんな多くの人が楽しいと思える時期に、他人を脅かす若者の愚鈍さに。男の一人がふざけた様子を崩さずに言った。
「じゃあ、おばさんに用事ないからさ、そこの可愛い子貸してくんない?」
冴子の背中でまどかが息を飲んだ。震えていた。思わず冴子は桃色の髪の女性の腕を後ろ手で力強く握った。
「ふざけないで、こんな日に何よ、この子を怖がらせないで!」
強くなれる、冴子は不思議と力がみなぎる感じがした。だが男達は冴子の怒りを笑いで受け流すばかりで。
「ああ、もうおばさんには用無いからさ、ほら?」
男が手を伸ばし、冴子の肩を乱暴に掴んだ、咄嗟に冴子は両手を伸ばし男を突き飛ばした。意外と力があったらしく、男は尻もちをついた。
「このアマ!」
他の男が冴子に飛びかかる、気付いた時には冴子は地面に倒れていた、頬が異様に熱い、殴られたようだ。
「冴子先生!」
まどかが叫び、倒れた冴子の身体をかばうように座り込んだ。その目は既に涙で濡れていて。ゆっくりとまどかは男を見上げる。不思議な事だが、男達は一瞬桃色の髪の女性の顔に見惚れて。
「どうしてこんなことするの?ひどいよ…」
良心が咎めるという言葉は彼らにはなかったはずだが、冴子を殴った男は桃色の髪の女性の目から視線を逸らすことができなくなっていた。それに気付いた他の男がおい、早く女捕まえろと肩を揺らす。だが…
「おい、お前どうしたんだよ?何固まってんだよ」
まるで催眠術にかかっているかのように、男はまどかの目から視線を逸らさない。
「お前、一目ぼれか?」
失笑が男達から洩れる。
「まったく、大丈夫お前から先に…」
だが男は言葉を続けることができなかった。まるでいきなりバイクで当て逃げされた様におおきな衝撃音と共に男は数メートル先まで吹っ飛んだからだ。壁にぐしゃり、と音を立てて崩れ落ちる。
「何」
「おい一体…」
蒼い閃光が一瞬走り、残りの男達も四方八方に吹っ飛び壁に激突した。呆然とするまどかと冴子の前に忽然と黒髪の女性と蒼い髪の女性が現れる。
「何回殺しても飽き足らないわ」
「だめよ、こいつら一応人間よ」
「…仕方ないわね」
冴子は朦朧とした意識の中、蒼い髪の女性がこちらに近づいてくるのを見つめていた。まどかの友人美樹さやかであるということをようやく認識する。
「あなた…一体」
さやかの手が冴子の頬に触れた。
「え?」
その途端不思議な感覚が冴子を襲う。身体の芯から熱が生まれていき力がみなぎってくる。さやかは冴子に回復魔法を施しているのだ。思わず冴子は目を瞑る。赤くはれた頬が嘘の様にひいていく。
「大丈夫、すぐによくなります。あ…ついでに「虫歯」も治しておきますね」
「え?」
聞きたいことはいっぱいあったのだが、蒼い髪の女性の少し間の抜けた様なお人よしな顔を見て、冴子は笑った。なんだか不思議な事だがすごく満ち足りた気分なのだ。先ほどのことなどまるで遠い夢のようだった。そして冴子は睡魔に襲われた。ありがとう…と言いかけ、とうとう冴子は眠ってしまった。
********
「…冴子先生、冴子先生?」
「………まどか先生?」
気がつけば、クリスマスツリーの前で冴子は眠ってしまっていた。
――夢?
そういえば、幼稚園で桃色の髪の女性と飾り付けをしていたことを思い出す。
「あら、変ね、さっきまで私外で…」
「外で?ふふふ、冴子先生寝ぼけてますね、私と一緒に飾り付けしていたら先生眠っていたんですよ?」
「あら、そうだったのかしら」
そう言われればそんな気がする、そして次第に夢の内容も忘れていた。
「いやだわ私更年期かしら」
「まさか早いですよ」
まどかが微笑む、冴子も口元を緩めた。
「それじゃあ、私そろそろ帰ります、二人とも迎えに来てくれたみたいで」
「え、そうなの?」
冴子が視線を幼稚園の入り口に向けると、確かに蒼い髪の女性と黒髪の女性が立っていた。まどかと共に二人に歩み寄る。
「こんにちは、幼稚園教諭の高柳です」
「あ、いつもまどかがお世話になってます、保護者の美樹さやかです」
「もう、さやかちゃん!」
あはは、とさやかが屈託なく笑う、それを見て冴子も笑う、不思議とこの蒼い髪の女性には親近感を持っていた。どうにも憎めないところがあるのだ。そうして、冴子はその傍にいる黒髪の世にも美しい女性を見つめる。恐ろしいほど美しい容貌と、そしてその陰鬱な眼差し…。
「暁美ほむらです」
軽く会釈をしただけなのに、それすらも優雅に見えるのだから、美貌とは恐ろしいものだと思う。だがその口から意外な言葉が出てきて冴子は驚いた。
「…いつもまどかを守ってくれてありがとうございます」
「え?」
思わずびっくりして冴子は声をあげてしまった。だが黒髪の女性は真剣なまなざしでこちらを見ていて。
ああ、そうなのか―
その眼差しは陰鬱ではなく、どこか母親の様な優しい眼差しで。冴子はようやくこの黒髪の女性の本質を見ることができた気がした。
「いいえ、私こそいつもまどか先生に守ってもらって」
そう言って頭を下げた。なぜだかひどく嬉しい気持ちだった。
「それじゃあ、冴子先生お先に」
「ええ、買い物楽しんで」
はい、と元気よく返事をするまどかと、二人の友人を見送る。
「なんだか、ほんと浮世離れした三人ねえ…」
つい一人呟いた後、冴子は一人クリスマスツリーを見つめる。なんだかとても――幸せな気分だ。無意識に頬に手を触れる。いつもは痛む虫歯も今は全くといって痛くなかった。
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『仕事場に迎えに行ったのは正解だったわね』
珍しく、美樹さやかは念話でほむらに話しかける。間にまどかを挟んでいるため、通常の会話で聞かれたくないからだが。
『まあね、去年は「あれ」が突然襲ってきたからその予防線のつもりだったのだけど…』
「あれ」とは円環の理の事である。去年クリスマスイブの買い物の際にいきなりまどかに襲いかかり、あと少しでまどかと鞄持ちまで引き戻されそうになった経緯もあり、悪魔は警戒したのだが、まさか円環の理や魔獣でなく人間が襲いかかってくるとはさすがに予想しなかった。
『まったく…むしろあいつら魔獣だったらよかったのに』
さも残酷なことをさやかはさらっと呟く。それも当然、さやかとほむらはまどかのためなら鬼にでも悪魔でも(一人はすでにそうだが)なれるのだ。実際あの男達を殺しかねない勢いだったのはさやかだった。
『あら、おまわりさんが人を殺したら大変でしょ?』
『まあそれは…』
悪魔は肩をすくめる。鞄持ちがここまで怒り狂ってなければ、実はほむらの方が瞬時にあの男達をこの世から消していたかもしれない。互いが互いの殺人予防線となったわけだ。
あの後、まどかと冴子の記憶を消して、仕事場に戻したのは二人の仕業だ。男達は死んではいないが放置して警察を呼んだからどうにかなるだろう。
『まあ、これからはもっと気をつけないとね』
『当然よ、まどかにはもう指一本触れさせないわ、魔獣にも人にも貴方にも』
『なんで私?』
くすくすとほむらが笑ったので、傍にいるまどかが不思議そうに首をかしげる。
「どうしたのほむらちゃん?何か可笑しいことでもあった?」
「あ、いいえ違うわ…その…」
いつも冷静かつクールな悪魔はまどかの前だけはそうでないことをさやかは知っていて。思わずにやにやとさやかは笑う。その顔にほむらは指をつきつけて。
「この人の顔が可笑しいから…」
「ひど!」
とうとうまどかが吹き出し大笑いする。そうして両手を伸ばし傍にいる二人を引き寄せた。
「ふふふ、私両手に花だね」
そういうとさも嬉しそうに目を細める。これには悪魔も鞄持ちも何も言えなくて。コートに身を包んだ三人が肩寄せ合って光に包まれた街を歩きだす。行きかう人達はみな影絵の様で。
「これからもこうやって、ほむらちゃんとさやかちゃんと一緒に歩けたらなあ」
「うん」
「そうね」
三人は申し合わせた訳でもなく夜空を見上げる。クリスマスに彩られたイルミネーションと、そして夜空の星。
メリークリスマス、と誰かの声が響く。それはきっと三人の心の声。
その後三人が大量の買い物をして、文字通り鞄持ちが鞄持ちになったのはまた別の話。
END