時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集)   作:さんかく@

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それだけでいいのに

これは二人が表面上、大学生として暮らしていた頃のお話。

その頃、暁美ほむらの周りにはなにかというと人が群がっていた。その最もたる原因は彼女の人外と揶揄されるほどの美貌で。

 

「暁美さんって、ほんと綺麗よね」

「・・・そうなの?」

 

不思議そうに首をかしげるほむらを見て、数人の女子学生が困ったように苦笑いする。ほむらの横で同じように苦笑いするさやか。専攻が違う二人が唯一同席できる一般教養の講義が終わってから、女子学生達がほむらをいきなり取り囲んできて、トークが始まっていた。

 

「暁美さんってなんだか面白いね」

「そうそう、なんか見た目と違って、ギャップ萌えって感じ」

「何でそんなに肌が綺麗なの?」

 

女子学生達は思い思いにほむらに声を掛けるが、ほむらはただ不思議そうに首をかしげたまま、猫のようにじい、と彼女たちを見つめるばかりで。

 

そう、暁美ほむらに興味を持って近寄ってくるのは男子学生ばかりではない。むしろ同性の方が潜在的には多いのかもしれない、とさやかは思った。下心満載で、美貌に引き寄せられてきた一部の危険な男子学生達はさやかが完膚無きまでに叩きだせるのだが、女性の場合はそうもいかない。皆、不思議なほど友好的だし、この美貌の悪魔に畏敬の念だったり、憧れの念を抱いているのだから。

 

それから、ほむらのぶっきらぼうな返答も気にすることなく、女子学生達は好き放題に喋った挙句、チャイムとともに講堂を出て行った。まるで春の嵐のようだった。

 

「ねえ、あんた、もうちょっと愛想良くしたら?」

「どうして?別に普通よ?」

 

隣に座っているさやかの言葉に不思議そうに聞き返すほむら。

 

「いや・・あんたと友達になりたいと思って話しかけているんだから、もう少しと思って・・・」

「あら、男の人は問答無用で遠ざけているくせに?女の人はいいの?」

「え、それは・・・」

 

さやかの眉が困ったように下げられて。

 

「男の人っていっても、一部よ?下心満載の危険な奴ばかりで・・あんたも知ってるでしょ?」

「むきになるのが怪しいわね、本当にそれだけ?」

「むきになってないわよ、てかそれだけって何よ」

 

そう言って、さやかはむきになる。

 

「別に私はあんたが困っているかと思って、それ以外は何も・・・」

 

そこでさやかの言葉が途切れる。横にいる美しい悪魔がさも可笑しそうに肩を震わせていたから。

 

「・・あんた、わかっててからかったわね」

「貴方の顔が面白いから、つい」

「ちょ、ひど!」

 

くすくすとほむらが笑う、講堂の中だからか割と控えめに。この頃辺りから、悪魔はこの元鞄持ちをからかう事を覚えてきたようで。ひとしきり笑い終えると、疲れたのか、重ねた参考書とバインダーノートを枕代わりにしてほむらは頭をもたれさせた。長い黒髪が肩から机にかけてふわりと垂れて。

 

「まったくもう・・・」

 

眉を下げながら、さやかがほむらの形のいい頭を見つめる。と、その頭がくるり、と動き、顔だけこちらを向く。細められた切れ長の目。まるで猫ようで。何故かさやかは顔を赤くして。

 

「な、なによ?」

「それはこちらの台詞。・・・そっちこそ顔を赤くしてどうしたの?」

 

緩められた口元、白い肌。どうして赤くなるかなんて、そんな事言われても、とさやかは心で呟く。仕方が無いのだ、例えば今みたいに面白そうに眉を曲げたり、思ってたよりも低い声で囁かれたりすると、どうにもいたたまれなくなって。

 

「・・・・暑いから」

「何それ」

 

そうしてまた、美しい悪魔はくすくすと参考書にもたれたまま笑った。その姿を見て、さやかは疲れたのだろうか?とふと思った。

 

「大丈夫?疲れた?」

「・・・元鞄持ちのくせによくわかったわね」

「関係なくない?それ?」

 

さやかの台詞に吹き出す悪魔。さやかは立ち上がると、「帰ろ」と囁いて、ほむらに手を伸ばす。少し戸惑いを見せながら、顔をあげ、ほむらはその手を握った。

 

「熱いわ」

「あんたの手冷たいから丁度いいわよ」

 

そうして今度は二人同時に笑って。

 

*******

 

講堂の外は冴えわたるような青空が広がっていて。

 

「貴方の目の色ね」

「へ?ああ・・・」

 

ほむらの視線でその言葉の意味を掴み、さやかも空を見上げる。そうして、今度は不思議そうに黒髪の女性の横顔を見つめた。恐ろしいほど綺麗で、そしていつも何かに堪えているような横顔を。

 

――いったいあんたは何を堪えているの?

 

どうして言葉にできないのだろう、あれから、今まで。だがこの瞬間もさやかはそれを言葉にできなくて。代わりにさっきの悪魔の言葉を心の中で反芻する。

 

――「貴方の目の色ね」

 

そんな風に言われたことはなかった。これが始めてだ。唯一人を除いて、誰にも心を許さない人外である彼女は変わってきたのだろうか。

 

――あれ?

 

そうしてさやかは気づく。自分がいつからそんな風に考えていたのかを。いつから私はこの悪魔の事をこんな風に事細かに観察して、そうして意識していたのだろうと。風が吹いて、二人の周囲にキャンパスの木々の葉が舞う。

 

風に舞う艶のある長い黒髪、閉じられた瞳に長い睫毛。悪魔の美しい横顔がまるでスローモーションの様にさやかの視界に映って。

 

――ああ、そうなのか

 

その瞬間にさやかは悟った。この時二人は確実に変わり始めていて、そして。

 

「ほむら」

 

気づいていたら、女性の名前を呼んでいた。

 

「何?」

 

変わった事を相手が自覚しているのかどうなのか、それはさやかにはわからない。だが、確かに悪魔は今までと違ったしっかりとした視線でさやかを見つめていて。

 

「あのさ・・・」

 

情けない事に、今の気持ちをさやかは言葉に出来ずにいて。「なあに?」と重ねる様にほむらが囁く。

 

「あの・・・」

 

やっぱり言えない。不思議そうにだが、どこか面白そうにほむらは首をかしげ、そうして代わりに言葉を紡いだ。

 

「どうしてかしら?」

「え?」

「貴方といると、なんだか楽だわ」

 

そんな風に言われることも珍しい事で。どうにか絞り出すような声で、さやかは「なんで?」と聞いた。細い指を己の唇にあて、少しだけ考える悪魔。

 

「男の人とか女の人とか関係なく、私は人には興味が無いわ」

 

唯一人以外は、と付け足して、ほむらは言葉を続ける。

 

「他の人はただ疲れるだけ。だけど・・そうね貴方は別」

「別?」

 

ささやかな期待を抱いてさやかが聞き返す。頷くほむら。

 

「いるだけで何故か腹も立つわ、魔獣退治では足も引っ張るし、役に立たないし、いつ始末してやろうかと・・・」

「ちょっと!それってディすり?ディすりよね?」

 

さやかのツッコミに一瞬吹き出して、悪魔は続ける。

 

「ほんと役立たずの犬だけど、でもね、不思議といないと困るのよ、どうしてかしら?」

「・・・・」

「今まで不便なんて感じたこともなかったけど、貴方がいると楽と感じる・・不思議だわ」

 

本当に不思議なのだろう、だが彼女に「その先」をわかって欲しいと思う心とそのままでいて欲しいという気持ちでさやかは揺れて。

 

「そう・・・」

「貴方にはわかる?さやか」

 

名前を呼ばれることがこんなにも嬉しいことだとは思わなくて。

 

「そうねえ」

さやかは寂しそうに微笑んで。そうして嘘をつく。

 

「わからないわ」

「でしょうね、やっぱり犬には難しいのかしら」

「ちょっと!」

 

軽やかに笑って、歩き出す悪魔、追いかける様に後を歩くさやか。

 

――言えるわけないわ

 

さやかは困ったように心で呟いた。

 

――あんたが好きなんて

 

春の風がさやかの蒼い髪を揺らした。

 

 

 

 

END

 

 

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