時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集) 作:さんかく@
こんなことがあるのだ――
いろははただ驚いて、刑事である成人した美樹さやかを見つめていた。父親と一言二言話をして、ようやくいろはを見つめる。蒼い瞳、見滝原市の魔法少女だった美樹さやかの瞳と全く同じ。
――一体何が起こっているのだろう?
さっきの大人になっていた看護師のさなといい、この、今こちらを見つめている刑事のさやかといい、どうして大人なのか、そして、どうして私がここにいるのか、そしてどうしてういが…思考の波に流されそうになるいろはに向かって、蒼い髪の女性が囁いた。
「大丈夫?」
優しい声、大人になると彼女はこうなるのか、とまた冷静な部分のいろはが考える。なにもかも不思議で、でも目の前の女性は確かに現実に存在して幻覚とも夢とも思えない。いろはの混乱はただ増すばかりで。
「・・・はい」
いろはの返答にさやかはにっこりと笑った。そうして、ベッドの横にあるパイプ椅子に掛けて、上体をいろはに近づけた。
「今から、君にいろんな事を聞くよ?もし、嫌なことだったり、覚えていなかったり、まだ・・・喋りたくなかったら素直に言って。・・・いい?」
いろははただこくりと頷いた。
「昨日、君は学校帰りに誰かに襲われた?あるいはその前の事覚えている?」
「・・・・いいえ何も」
「学校を出るときに何か変わった事とか起きなかった?」
「いいえ・・・というより」
――何も覚えていないし、ここがどこかわからない
桃色の髪の少女はそう答えたくてたまらなかった、とにかく不安だった、何が不安かは少女自身よくわかっていた。ここが現実で、もし、今までの妹を探しに行く一連の出来事がすべて夢だったらと。そうしたら、「あの人」との出来事もすべて嘘になってしまう。いろはの脳裏に長い黒髪の年上の魔法少女の顔が浮かんだ。いろはの口元が震えた。
「あの、お父さん、すみませんが、しばらく私といろはちゃんの二人きりにしてくれませんか?」
蒼い髪の女性が立ち上がり、いろはの父親に申し出る。
「ああ、いろはは大丈夫か?」
心配そうにこちらを見る父親に、大丈夫といろはは囁いた。それを見て、渋々父親は病室を出て行った。ドアの閉まる音がした後は、静寂が訪れた。不思議と穏やかな静寂で、大人になったさやかが再び椅子に掛けて、いろはを覗き込む。
「ねえ、いろはちゃん」
「はい」
さやかの穏やかな瞳に自分自身が映るのを確認して、いろはは返事をする。
「もし、誰にも言えないような事があって苦しんでいるとか・・・いや、違うわね」
そう言って、さやかが頭を掻いた。さっきとは打って変わった子供の様な仕草。急激な変化に戸惑ういろは。
「ああ、もう正直に言うわ、もし私が言うこと間違ってたら、変とか思わず忘れてくれる?」
「え・・・は、はい」
何を言うのか全く予想もつかないのにそう言われても困る・・・といろはは眉を下げながら返事をした。さやかは両手で何故か頭を抑えて「そうよね、うん、まあいっか」と独り言をつぶやく。いろははその仕草を見て、神浜市の中華料理店の少女を何故か連想した。
「・・・君は魔法少女よね?」
晴天の霹靂と言っていいほどの衝撃だった、いろはは目を見開き、ただ目の前の蒼い髪の女性を見つめる。ようやく口が開いたが言葉にならなかった。
「え・・・なんで」
やっぱり、とさやかが呟いて、ふう、と大きなため息を漏らす。そうしてこちらは安堵したように、口元を緩め、いろはを面白そうに見つめる。ああ、この人は私の知っている美樹さんに似ている、といろはは思った。
「もしかして、あの・・・あなたも魔法少女?」
いろははおそるおそる尋ねる。蒼い髪の女性は「とんでもない」と笑いながら両手を胸の前でひらひらと動かした。
「いやいや、もういい年だからそういう風には言わないわ、まあ魔法は使えるけど」
「それじゃあ、元魔法少女みたいなものですか?」
「そうねえ、そんなもんよ」
そう言って、さやかはへらへらと笑う。その笑顔がなんだかだいぶ子供に見えたが、もちろんいろはそんな事は決して言わない。
「・・・あ、でも・・・」
いろはは思い出す、魔法少女のシステムを。そう考えると、今目の前にいる大人になった美樹さやかの存在が不可解なものとなった。
「魔法少女だったら、どうして・・・そんな大人になるまで平気なんですか?」
「普通魔女になるのにって?」
「はい・・・」
「ん~、それがねえ、なんというか複雑なのよ」
人差し指を額にあてて心底困ったようにさやかは目を瞑る。大人の女性の困った顔を見るのが珍しいのか、いろははまじまじとその顔を見つめていて。しばらくして、意を決したようにさやかが顔をあげた。いきなりだったので、驚いてびくっ、と反応するいろは。
「あんまり喋ると「あいつ」に怒られるから、ちょっとだけ小出しでネタばれするわ」
「「あいつ」?」
「ここは魔女が存在しない世界なのよ」
「え?世界って、そんな・・・私、ついこないだまで魔女と」
「だから君はもともとここの世界の住人じゃないの、正確には中身が」
「どういう・・・」
だがいろはの言葉は続かなかった。目の前のさやかの背後から黒い影が煙の様に出現したからだ。いろはの表情で察したさやかが振り向く、「ヤバ」とその口から自然に言葉が漏れた。黒い影は次第に人間のシルエットを形作っていき、一人の女性になった。
「それは私から説明するわ、環いろはさん」
冷たい抑揚のない声を女性が発した。いろはは一瞬やちよさんと思ったが、そうではなかった。長い黒髪に白い肌、そして美しい容貌。どこかで見た事があると思ったが、思い出せない。ただ、女性の発するどこか禍々しい気配に押されてしまい、いろはは口をつぐんでしまう。喪服のような黒づくめの服を身にまとった女性は、その陰鬱な双眸をさやかに向ける。
「・・・私がくるまで喋るなと言ったはずよね?」
「・・・ごめん」
肩をすくめて謝るさやか、その姿は女性を恐れているようでもあり、おどけているようでもあり。しばらく見つめ合うと、女性は肩をすくめて、またいろはの方を向いた。
「あなたは違う次元の世界に飛ばされてきたのよ」
「次元?」
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アラもう聞いた?誰から聞いた?
マヨイガのそのウワサ
「いろは、起きて、起きなさい!」
「どうしちゃったんだよ、いろはの奴・・・」
幾何学模様の結界の中で、倒れているいろはを抱きかかえるやちよとフェリシア、やちよとフェリシアは変身しているが、いろはは制服姿のまま目を閉じ、やちよの腕の中で眠っている。
「死んだら許さないわよ」
「怖いこと言うなよ、やちよ、いろはは死んでねーから!」
物騒な事を呟くやちよ、それほど腕の中に収まっている少女が大事なのだろう。その切れ長の目は怒りに燃えていて。フェリシアはその様子を見つめながら、いつ襲ってくるかもしれない使い魔にそなえ、ハンマーを肩に乗せ、臨戦態勢に入る。使い魔はまだ現れない。
――来るべきじゃなかった。
そう、ウワサを聞きつけて、いろはとやちよ、フェリシアの三人で神浜市のはずれにある郊外の森に来ていた。
今回は、「マヨイガのウワサ」。「迷家」ともいわれ、人里知れぬ山奥に迷い込んだものが偶然そこで家を見つけ、中に入るとひとつだけ好きなものを持っていく様進められる。その時邪まな心の無いものは、富を得るという。その話がウワサでは歪曲化され、「郊外でいきなり見知らぬ家が現れる、そこに入るといろんな宝物がひとつだけ持ち帰れる」となっていた。
ほんの数分ほど前に三人はウワサの家を見つけ入り込んだのだ。入り込んだ途端、中は骨董品だらけできらびやかなお宝とは程遠いものだった。
『なーんだ、ガラクタばかりじゃねえか!』
フェリシアが不満そうに口を尖らせながら呟く。その横で、やちよが口を緩めて。
『フェリシア、それもちゃんとした宝物よ』
『だってさあ、宝物ってもっとキンピカ・・・』
『やちよさん、フェリシアちゃん!』
二人は同時にいろはの方へ視線を向けた。桃色の髪の少女はなにやら嬉しそうに壺をもっていて。
――この子意外に渋い趣味ね
ふとやちよは思ったが、もちろん口に出さず、桃色の髪の少女の手にある壺を眺めた。形は普通の壺だが、色がどうにも不思議で。茶色を基調とした渋い色なのだが、光の加減か、いろはの手の動きか、揺ら揺らとまるで生き物の様にその茶色が動いているのだ。
『なんだか、綺麗ですよね、色が生きているみたいで』
『・・・そう?』
すごい感性だと思う。やっぱり中学生の感性にはかなわないのかしら、と一人心で呟きながら、やちよはいろはに近づいた。
と、壺の中から金粉の様なものが煙の様に現れた。一瞬、ラベンダーの様な花のいい香りがして、次の瞬間いろははその場に崩れ落ちたのだ――。
一体何があったのか、やちよもまったく状況が掴めなかった。ただその後、倒れたいろはを必死に抱きしめ、声をかけたが、全く起きることなく眠っており、その間に結界に囲まれたことしか把握していない。いろはの傍に落ちている壺は割れることなく今なお揺ら揺らとその色は生きているように蠢いていて。それを苦々し気に見つめるやちよ。これを割ったらいろはは元に戻るだろうか?とふと考えたが、逆に永遠に戻らなかったらと思うとぞっとした。そうして腕の中にいる少女を強く抱きしめる。
――起きなさい、起きないと許さないわよ
今までに感じたことがないくらいの情念を己の中に感じるのは、何故だろう?そう思いながらもやちよはこの少女に対する溢れるような祈りにも似た気持を抑えることができない。この状況でなければ、大学生である彼女は己の気持ちをこの時点でようやく自覚するのであろうが、残念な事にここは結界だった。
「やちよ!来るぞ!」
フェリシアの声でやちよが顔をあげた。どこか壺に似た使い魔が数体現れ二人に襲い掛かってくる。先発隊の使い魔が二体、金髪の少女のハンマーでいとも簡単になぎ倒された。
「くらえ、こんにゃろ!」
やちよもいろはを抱えたまま槍を構える。「私が守るから」と囁き、そっといろはを寝かせ立ち上がった。この怒りならコンマ何秒で使い魔全員倒せる気がした。
「かかってきなさい」
美しい容貌を怒りで歪め、やちよは使い魔に向かっていった。
**************
「次元・・・・じゃあ私は違う世界からここに・・・魂だけ飛ばされたってことですか?」
いろはは目の前にいる恐ろしいほど美しい黒髪の女性に尋ねる。アメジストの双眸が射る様にいろはを見つめるので、正視することがうまくいかず、いろは目を伏せた。
――この女性(ひと)どこかで会ったことがあるような・・・
だがどうにも思い出せない。いろはの記憶にある少女達の顔が浮かんでは消えるが該当者が出てこない。しばらくして、女性が口を開いた。
「そうよ、この世界のあなたの魂は今のあなたに上書きされているようなもの」
「どうやったら・・・元の世界に戻れますか?」
それは難しい方法なのだろうか、黒髪の美女は口を閉ざした。泣きそうな顔になるいろは。
「・・・・無理・・・なんですか?」
「いいえ、方法はあるわ」
「どんな・・・」
「「道」を探し当てるのよ」
「道?」
ドン、とドアが乱暴な音を立てて開いた、入ってきたのはいろはの父親と妹で。
「お父さん、うい、どうしたの?」
だが返事をせず、父親は慌ててドアを閉める、怯えるように父親の後ろに隠れるうい。
「一体・・・」
「化け物だ、病院の中に化け物・・・うわ」
いろはの父親が黒髪の女性を見て驚く、さっきまでいなかった存在なのだ、仕方がない。
だが黒髪の女性はどこ吹く風で気にも止めず、ドアの前に進む、さやかも後に続く。手は内ポケットに入れたまま。入れ違いに父親とういがいろはの元へ近づく。
「うい、一体何があったの?」
「お姉ちゃん・・・」
だが妹も答えることができず、ただいろはにしがみつくだけ。
「皆、私たちが戻ってくるまで、絶対にこの部屋から出ちゃだめよ」
さやかがいろは達に向かって囁いた。いろはの目が見開かれる。さやかの手に拳銃が握られていたから。さやかの後に続いて、黒髪の女性もドアから出ていこうとする。と、いろはが「待ってください」と声をかけた、動きを止める女性。不思議そうに振り向く。口数の少ない女性なのだろう、言葉を発せずただいろはを見つめるだけで。いろははおそるおそる尋ねた。
「あの・・・あなたは誰なんですか?」
「覚えてないの?」
そう言って、ニヤリと、その容貌からは想像もつかない残忍なサメの様な笑みを浮かべた。いろはは怯えた様に首を振る。
「ほむらよ」
「え」
「暁美ほむら・・・・あなたの前では眼鏡の少女だったわね」
――暁美ほむら
いろはは思い出す、自分と同じ年の見滝原の仲間を。鹿目まどかの傍にいつもいたあの眼鏡のおとなしそうな少女を。
――嘘
全く想像もつかない答えに、ただいろはは驚くばかりだった。
続く