時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集) 作:さんかく@
次元を越えて悪魔は真実を見た。
「・・・あっちでも理解していない世界があるってこと?」
「・・・そうよ、正確には」
そう言って、ほむらは人差し指をさやかの眼前にかざした。上を見ろという指示でないのは確かだが、若干さやかの蒼い瞳が揺れる。こほん、とごまかすような咳払いをしてさやかがほむらの顔に自分の顔を近づけて囁いた。
「・・・なによ、もったいぶらないでよ」
「剥ぎ取られてない女神もいるのよ」
「え、嘘?!」
嘘、と大声をあげた時点で、慌ててさやかは己の口を抑える。やってしまったという様に眉毛を下げた。ちっ、と舌打ちするほむら。廊下の先から聞こえるくぐもった声。
「来るわよ」
「OK、さっさと片づけてあの子を元の世界へ帰すわよ!」
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――信じられない
いろはは茫然と閉ざされた病室のドアを見ていた。
『あら、覚えてないの?』
今までにいろはが聞いたことのない、艶のある・・・しかしどこか禍々しい声色。
『暁美ほむら・・・・あなたの前では眼鏡の少女だったわね』
その声の主は見滝原市の魔法少女暁美ほむらだった。とはいってもいろはの知っている少女とはもういえない、恐ろしいほど美しい大人の女性だ。形のいい唇を少し歪め、その美しい双眸を細めいろはを見つめるその顔は、鮫のように獰猛で。
――やちよさんとも全然違う。
いろはが唯一親以外で知っている大人の女性を思い浮かべるが、全くと言っていいほど、この目の前の女性は規格外で。
『それじゃ、私らはちょっと敵を倒してくるから、ここでおとなしく待ってて』
その傍に寄り添うように立っている蒼い髪の女性が、愛想良く笑いながらいろはに囁く。美樹さやかだ。彼女もまた、いろはの知っている魔法少女ではなく随分大人になっていた。だがこちらは禍々しい印象はなく、どちらかといえば、いろはの知っている「美樹さやか」に近い雰囲気で。いろはが安心したようにうなずくのと同時に二人はドアの外へ出た。寄り添ってくるういを抱きしめながら、父親とともに病室の隅へと移動する。
――一体どうなっているの?
『ここは魔女が存在しない世界なのよ』
『君はもともとここの住人じゃないのよ、正確には中身が』
ここは元々いろはが住んでいた世界ではないらしい。だが、どうやってここに自分は飛ばされてきたのだろう?いろはは妹を抱きしめたまま考える。
「お姉ちゃん?」
「うい・・・」
――そういえば、この世界では灯花ちゃんやねむちゃんはどうなったのだろう?
不思議なことだらけだ、といろはは思う。先ほどの成人したさなもそうだし、そもそもあの二人も大人だ。時系列がおかしい。次元が違うとこうもいろいろなことがずれるものなのか。
「大丈夫だよ」
自分に言い聞かせる様にいろはは呟いた。
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パン、と乾いた音とともに、魔獣に憑依された看護師が崩れる様に倒れる。
「ごめんね」
銃口を倒れた看護師に向けたまま、さやかは呟く。少し手元が揺れるのは、仕方がない、何度倒しても慣れないのだから。
「さやか、感傷にひたっているヒマはないわ」
「わかってるわよ」
この世界では、魔獣が進化に進化を重ね人間に憑依するようになった。一度憑依されればもう人間には戻れない、よくて「人型」のまま駆逐されるか、人とは程遠い何かに変形して駆逐されるかどちらかなのだ。ほむらが美しい眉を少しだけ曲げた。
「まだ生きているわよ、とどめを刺しなさい」
「わかってる・・・」
額に銃口を向けるが、ぶれる。はあ、とほむらの口からため息が漏れた。
「貴方の学習能力の無さは知っていたけど、また死にたいの?」
この愚かな相方が、とどめを刺すのを躊躇して魔獣に反撃されて重傷を負うのは今に始まったことではなかった。
「貴方の腕がなくなろうが、首がもげようが、私には関係ないけど」
それでも、と言って、ほむらは右手の指を「ぱちん」と鳴らした。
ぶん、と音がして薄暗い廊下に幾何学模様の光が映し出される。見つめ合うほむらとさやかの顔にも光は反射して。廊下の奥から更に数名の病院の職員が現れる。目が血の様に赤い。そして何より普通に歩行しているが、四肢はすべてあらぬ方向を向いていて。
「ほら、もたもたしている間に、また来るわよ」
ほむらの囁きと同時に、倒れている魔獣と化した看護師が床にへばりついたまま、腕の力だけで廊下を移動した。俊敏な動きで、いろは達のいるドアへと向かう。
「くっそ!」
さやかが銃をポケットに戻し、両手を宙にかざすと、乱暴に振り下ろす。光のソードが出現した。そのままソードをクロスさせ魔獣達をなぎ倒す。横から変則的にさやかを襲ってきた魔獣は、ほむらが指を鳴らすと同時に幾何学模様の光に捉えられ、そのまま光に圧縮され小爆発を起こした。一気に駆逐したかと思われたが、最初に仕留め損ねた魔獣が、いろは達のいる病室のドアをけ破った。
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――やっぱりおかしい
いろははようやく気付いた、母親が姿を消していることに。
「どうしたいろは、大丈夫か?」
父親の顔をいろはは凝視する。なぜだろう、きちんと見つめているはずなのに、ぼやけて見える。顔が見えない。・・・・「顔が無い」。
「お父さん、お母さんは?」
「なんだって?」
いろはの問いに父親は一瞬戸惑い、そして答える。が、「聞こえない」。
――ああ、そうか、これは夢ではない、けれど
いろはは腕の中に収められている妹を見つめる。妹は――ういの顔はしっかりと見えている。
「お姉ちゃん?」
「ううん、ういごめんね」
「何が?」
「お姉ちゃん、願い事をかけたんだけど、かけ方が間違ってたよ」
「え?」
バン、とドアが乱暴に開いた。匍匐前進をしながらなにやら白い服を着た女性がいろは達をめがけてやってくる。ういが悲鳴をあげた。
「さなちゃん!」
そしていろはもまた、悲鳴に似た声で親友の名前を叫んだ。魔獣に憑依されて人あらざるものになった看護師――二葉さなに向かって。
――いろはさん
「え?」
確かにさなの声がした。いろはは白衣を血だらけにした親友を凝視する。確かに今、名前を呼ばれた。
――いろはさん、目を覚まして、このままじゃ危険です
「そうだよね・・・」
ようやくいろはは思い出した。ウワサから宝物をもらったことを。ラベンダーの香りとともに、声が聞こえたことも。
――キニイッタ?ソノジゲンヲコエルツボキニイッタ?ナラアゲル
――どこにでも行けるの?
――ドコデモ!イツデモ!イッチョクセン!
――じゃあ、ういのいるところに行きたい!夢でもいいから!
夢でもいいから・・・・果たして言葉通りの願いをこの壺は叶えたのか。だが・・・
わかる、ここは夢ではないけど、「夢」なんだ。
「いろはちゃん!」
魔獣を追いかけるように、さやかとほむらが現れる。いろはは二人を見つめると「ありがとう」と礼を言い、そして天井に顔を向け叫んだ。
「やちよさん!この壺を割ってください!」
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壺から一瞬、いろはの声が聞こえたような気がした。
「おい、やちよ!何してんだよ危ないぞ!」
フェリシアのハンマーがやちよの眼前を通り過ぎ、襲ってきた使い魔を倒す。だがやちよはいろはの傍にある壺に駆け寄り、耳を寄せる。
―――やちよさん、やちよさん
「いろは?」
壺を抱き寄せ、やちよはいろはを呼ぶ。やちよさん、とすぐに返事が来た。
――この壺を割ってください
「わかったわ」
先ほどまでの躊躇が嘘の様に、やちよは迷いなく得物で壺を割った。
パリン、と繊細な音を立てて、壺が砕けていった。
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まるで万華鏡の中身が飛び散ったように、病室の天井から、色とりどりのガラスの破片が落ちてくる。天井にはぽっかりと冗談のように真っ暗な穴が開いていて。
「うわ、なにこれ?」
さやかが腕で顔をカバーしながら、穴を見上げる。
「あんたがやったの?」
「まさか」
さすがの悪魔も茫然としながら空を見つめる。そうして何かに気づいたのか、いろはを見つめる。いろはの腕の中にはもう妹の姿はなかった。そして看護師の姿もない。
「道を見つけたのね?」
「はい」
ほむらの問いかけに、いろはは頷く。
「ありがとうございます、ほむらさん」
「私は何もしてないわ」
後ろで「私は?」と呟くさやかの脇を肘でついて、ほむらは口元を緩める。
「私達も巻き込むなんてたいした子ね」
「ごめんなさい、そんなつもりなかったんですけど」
「ま、いいわ」
優雅に肩をすくめ、黒髪の美女は傍で脇を抑えている蒼い髪の女性の腕を取る。ぽっかりと開いた穴を見つめているほむらの背中から翼が現れた。黒い大きな翼。今度はいろはが驚く番だった。
「これ・・・翼?ほむらさん、あなたは・・・」
「楽しかったわ、環いろはさん」
いろはの問いかけには答えず、悪魔は翼をはためかせる。横でうめいている「元鞄持ち」を小脇に抱えて「それじゃ、お先にさよならね」と囁いた。そうして、宙に舞う。どうやら穴から外へ脱出するようだ。
「ほむらさん、さやかさん!」
もう顔もよく見えない位置まで飛び立った悪魔がいろはの叫びに反応する。
「ありがとう!」
「こっちこそ、元気でねー!」
悪魔の代わりに小脇に抱えられたさやかが、間の抜けた声で返事をする。それを聞いていろはの口元が緩んだ。ちぐはぐだが妙に仲のいい大人の二人が微笑ましくて。二人の姿が遠ざかり、視界から消えたと同時に、今度は天井が全て割れて、いろはの周りに宇宙空間が現れた。綺麗だと思う間に意識は途切れそして――
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「いろは、いろは!」
必死に自分の名前を呼ぶ女性の声を聞きながら、いろはは意識を取り戻した。
「やちよさん・・・?」
「よかった・・・!」
ぎゅう、と頭を抱き寄せられて、ようやくこれが現実だと気づく。
「いろは大丈夫か?うわっ、てかっやべーぞ!ウワサが出てくんぞ!」
フェリシアの声で、やちよといろはは我に返る。慌てて立ち上がろうとするいろはの肩を抑え、やちよが顔を近づけた。
「大丈夫?いろは戦える?」
「はい、大丈夫です!」
至近距離で見つめ合い、そして互いに微笑み合う。ほんの一瞬だけでもそうすることで、いろはの全身に力がみなぎって。
――戻れてよかった
いろはは変身し、クロスボウを構えた――
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「すごい・・・お話ですね」
さながいろはを見つめながら、驚いた顔でそうつぶやいた。
神妙な面持ちで頷くいろは。
戦いを終えて、みかづき荘に帰ってきたいろはは一連の出来事を仲間に話した。もちろん皆、さなと同じように驚いた表情を浮かべていて。特に一緒に戦ったフェリシアとやちよは驚きを隠せないようで、「信じられない」「すんげー」と、いろはの話の狭間狭間に率直な感想を挿入させてきた。戦闘後というのもあってか、やや興奮気味だ。
「すごいよ、いろはちゃん、そんな体験してくるなんて!でも本当にあっちも現実だったの?」
鶴乃がテーブルから身を乗り出していろはに尋ねる。
「そうね、私も気になるわ、二葉さんが大人になって、暁美さんも美樹さんも大人になっている世界なんて・・・夢じゃなかったの?」
鶴乃に続いてやちよも疑問を発する。
「はい、あれは現実でした。ただ・・・半分はそうじゃないっていうか」
「え?どーいうことだよ」
フェリシアが不思議そうに首をかしげる。
「うん、うまく言えないけど、私の「願い」ごとあの世界に移動したの、だから暁美さんと美樹さんは本物だけど、病院での出来事・・・大人になったさなちゃんや両親やういは私が作り出した幻」
「ウワサの作った異空間ごと、別の次元の世界に飛んだってこと?」
「はい、そういうことだと・・・思います」
やちよの要約にうなずくいろは。病院で現れた魔獣も全て幻覚で、おそらくいろはがこちらに戻ってきた時点で、あの病院は元に戻っているのだろう。
「でも・・・どうして私が大人になって出てきたんでしょうか?」
さなが不思議そうに囁いた。確かにそうだ、といろはも思う。大人になって、更に魔獣になっていろはに襲い掛かってきた。だが最後に声をかけてきてくれたのはさなだ。
「そう・・・なんだよね、私もそこがわからなくて」
「ある意味そういうところは夢と同じなんじゃないかなあ」
鶴乃が腕を組みながら、呟いた。楽天家で明るい彼女は、実は結構冷静な分析屋だ。皆、鶴乃に注目した。
「例えば現実で受けた刺激や、感じたこと思ってることが、夢だと時間の配列も関係なく表れてくるんだよきっと。だからほら、さなって、いつもいろはの傍にいるじゃない?だから影響したとか」
「ああ・・・それならわかる気がします」
「た、確かに・・・」
同意するいろはとさな。言われてみれば、確かにずっと一緒にいると言ってもおかしくない。いろははそれに、と付け加えた。
「わたし、さなちゃんの事大人っぽくていいなって、最近思ってて、それも影響したかもしれない」
「ええっ、私そんなに大人っぽくないですよ」
慌てた様子のさなに微笑むいろは。向かいに座っている家主はどこか面白くなさそうで。
「どうした、やちよー?なんか怒ってんのか?」
「違うわよ、なんでもないわ」
横に座っているフェリシアに急に指摘されたからか、どこか慌てた様子で。意外と敏いフェリシアはにんまりと笑って。
「いーや、絶対怒ってる!あ・・・いろはの夢に出てこれなかったから拗ねてんのか?」
「こ・・・!」
図星らしい、年長の美しい女性は顔をほのかに赤くして。皆にじい、と見つめられていることに気づき、軽く咳払いをすると、いろはを見つめ、小さな声で呟いた。
「・・・あんなに心配したんだから、ちょっとは私が出てきてもよさそうなものだけど」
「あ、ごめんなさい・・・でも私ずっとやちよさんの事考えてましたよ」
「え?」
「病院で心細かった時、眠る時、やちよさんって、心で呼んでました」
「そ、そう・・・」
いろはの美徳である素直で正直なところが、かえって仇となったというか、なんというか。やちよの顔は更に赤くなってしまって。横で小さく、あちゃーと鶴乃が呟いた。
「それなら・・・別にいいわ」
あえて冷静に囁いたつもりだが、その顔はまんざらでもない様子で。みかづき荘の家主がこの年下の少女をいたく気に入っていることを知っている面々は、口元を緩めて、その様子を見ていた。が、とうとう我慢できず
「やちよ顔真っ赤!」
「まんざらでもない様子だね、師匠!」
「やちよさん…うらやましいです」
それぞれが家主にツッコミを入れた。
「こら・・・!」
やちよが照れ隠しに怒り出すのと同時に吹き出すいろは。
――本当に戻れてよかった
そう思いながらいろはは微笑んだ。
そうしてふと、思い出す。あの二人のことを。
翼の生えていた暁美ほむらと刑事になっていた美樹さやか。
あの二人はずっと一緒に戦い続けていくのだろう、きっとこれからも。
また会いたいな――
いろははそう思う、たとえ叶わない願いだとしても。
******************************
「で、結局のところ、あの病院での出来事もみんな、あっちの世界の「異空間」で起きた幻覚ってこと?」
「そうよ」
夜の帳の下りた街。一番空に近い高層ビルの屋上で、悪魔と元鞄持ちは語り合う。眼下には眩いビルの明かり。風で前髪を揺らしながら、美樹さやかは美しい悪魔――暁美ほむらの方へ視線を向けた。
「異空間ごとここに来るって、あの子の力って・・・相当ヤバくない?」
「そうね、まどか・・・ほどの規模でないにせよ、すごい力を持っているわ」
「いろはちゃんかあ、私、どうにも会った記憶がないのよねえ」
「・・・特殊な世界だから、あっち(円環)に行っていた貴方でも覚えてなくて当然よ」
「特殊って?」
さやかの問いかけに答えるためか、ほむらは無表情で顔をそちらに向けた。だがその口元がすぐに緩んだ。何故なら、さやかの顔が微かに赤かったからだ。
「何?顔が赤いわよ鞄持ちさん?」
「え、ああなんでもないわよ、もう!」
慌てた様子で、今度はさやかが顔をそむけた。肩を揺らして笑うほむら。「そういう目」でこの女性から見られることは苦ではなくむしろ愉快なもので。
「変態ね」
「ひっど!仕方ないじゃない、だってあんたが・・・」
手慣れた仕草で悪魔はさやかの肩に手を置くと、顔を寄せ、さやかの唇に己の唇を重ねる。軽く音を立ててすぐに離れると、ニイ、と鮫の様に笑って「私が何?」と囁いた。
「ずる・・・」
「悪魔だもの」
ふ、とさやかが息を吐く、どうやら笑いを堪えているようで。二人見つめ合い、しばらくしてようやく微笑み合った。どうやら先ほどの話は打ち切りになったらしい、無言で二人は眼下の街へ視線を移す。悪魔が鞄持ちの肩にもたれかかった。寄り添うようにして、二人は夜の街を見下ろし続ける。きっとこの夜があのいろはの世界にも続いていると信じて――。
END
お読みいただきありがとうございました。
捏造設定ばかりですが、ラストさやかがいろはの力を「相当ヤバイ」と例えていたのは、マギレコ二部終了後の今となっては、ちょっと当たっていたなあとひとり喜んで自己満足中です…(なんと)