時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集)   作:さんかく@

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10年後のあなたへ

「記憶障害?」

 

さやかは目を丸くして、隣にいる鹿目まどかを見つめた。

 

「うん…心療内科に行ってみたら、先生が」

「…なんで私に言わなかったの」

「…だって」

「…」

 

そう、さやかはまどかの事をよく知っている、自分のために誰かが心配することを彼女は極端に嫌がる、そんな性質の持ち主なのだ。はあ、とさやかはため息をついて、じいと幼馴染を見つめた。内気でおとなしい幼馴染はこの10年でだいぶ成長していた。桜色の髪も背中まで伸びたし、顔つきもあの頃よりも少し大人っぽくなっていた。だが可愛らしさはあの頃のままだとさやかは思う。さやか自身も身長も伸び、顔つきも含めだいぶ大人になったが、まどかの場合はあの頃の若さのまま大人になったというイメージだ。

 

「ったくもう、私には遠慮しなくていいのに」

 

手を伸ばして、まどかの髪に触れる。一瞬びっくりしたようにまどかは身体を強張らせた。

 

「どうしたの?」

 

驚くさやか。まどかの顔が紅潮していて。ざあ、と風が吹いて、木々が揺れた。ベンチに座っている二人に揺れる木々の影がおちる。さやかは手をゆっくりと戻そうとして、止まった。

 

「さやかちゃん」

 

まどかがさやかの手を両手で掴んだ。さやかはただ目を丸くして幼馴染を見つめていた。

いつもは内気で気弱だが、いざという時に強い意思を宿す瞳がさやかを捉えた。

 

「まどか?」

「…私がこのまま記憶を失っても、ずっと友だちでいてくれる?」

「もう、何言ってんの」

「私怖い、いつか何もかも忘れてしまいそうで」

「まどか…」

 

強い意思を宿していたはずの瞳が揺れた。溢れてくる涙。気が付けば、さやかはまどかを抱きしめていた。腕の中にいる幼馴染の身体の感触。ああこれは本能の様なものだ、とさやかはぼんやりと考えた。

 

あの日――悪魔が宇宙を再改変したあの日。悪魔に一部をもぎ取られ、まどかは人間として地球に戻り、そして人か定かではないが、さやかとなぎさも戻って来た。あれからいろいろなことがあったとさやかは思う。錯綜する記憶との戦い、魔獣との戦い、人としての生活。そして悪魔との対峙――幼馴染を更に強く抱きしめて、さやかは目を瞑る。

 

あの時からまどかは時折記憶障害に悩まされることがあった。だが正確にはそれは記憶障害ではなく、悪魔の改変の所為なのだ。円環の理からもぎ取られた後遺症の様なもの。

 

――あいつの改変は完全ではなかった。

 

知っていながらこの10年真実を隠し続けていた。良心の呵責を感じて、さやかは囁いた。

 

「ごめんね」

 

気づけば、さやかの背中にまどかの手が回されていた。励ますようにぽんぽん、と優しく背中を叩かれる。ふ、とさやかが微笑んだ。いつの間にか立場が逆転している。いつもこうだった、昔から、とさやかは思う。彼女を助けたつもりで、実は助けられていたのは自分だということ。しばらくして、えへへ、と腕の中でまどかが笑ったので、さやかが不思議そうに彼女の顔を覗き込んだ。そこにあるのは満面の笑みを浮かべている幼馴染の顔で。訝し気な表情のさやかに気づいたまどかが囁いた。

 

「さやかちゃんとこうしてるとね、なんだかすごく安心できるの」

「そう?…実は私も…そうなんだ」

 

さやかの言葉に目を丸くして、しばらくしてまどかは笑った。さやかも笑う。無邪気に笑い合う二人。こうしていると、なにもかもがどうでもよくなってくるから不思議だった。円環の理とか、魔獣とか、魔法少女とか、そんなものはみんなさやかの妄想で、大人になって、警察官と幼稚園の先生になった幼馴染同士が今ベンチに座りながら抱き合っている。それだけが真実だと。

 

ギャア、ギャアと二人の近くで声がする。

 

「…鳥かな?」

 

まどかが顔をあげる。さやかもつられてまどかの視線を追うと、視界に黒い鳥が映った。

 

「鴉ね」

 

さやかがゆっくりとまどかから離れる。名残惜しそうなまどかの表情に気づくことはなかった。忌々しそうに鴉を睨みながら呟く。

 

「確かに現実よね」

「え?」

「…なんでもない。ねえ、まどか、あんたは記憶障害なんかじゃない」

「・‥‥」

「まあ、私は医者でもなんでもないけどさ」

 

失笑するまどかの腕を掴んで。

 

「それでもわかる。もしまた記憶が飛んじゃうようなことがあったら…」

「さやかちゃんが助けてくれる?」

「うん、だからいつでも呼んで、医者よりも先に私に言って、わかった?」

「わかった」

 

目を細めて、まどかは頷いた。

 

***************

 

帰路に着くまどかの背中を見送るさやか。後ろ姿が見えなくなると、ゆっくりと後ろを振り返る。夕暮れの公園に人気は無く、青々としていた野原にセピア色の光があたって、まるで燃えているように見える。少しだけ表情を険しくして、さやかは悪魔の名前を呼んだ。

 

「ほむら、いるんでしょ?」

 

風が吹いて、ザザッと木々が音を鳴らす。数枚の葉がさやかの前に舞い落ちてきた。目で葉を追っていると、気づけば目の前にほむらが現れた。陰鬱な眼差しでさやかを見つめている。さやかは特に臆することなく見つめ返す。

 

「…なんでこなかったのさ」

「……」

 

何も言わずほむらは目を逸らす。長い睫毛が揺れていて。綺麗だな、とさやかはこんな時嫌でも思ってしまう。それくらい目の前の女性は美しかった。『転校生』という認識しかなかった頃から美少女と思っていたが、今ではけた違いに美しい女性に成長している。風が吹いて、ほむらの長い黒髪と黒いスカートが揺れた。けだるげに右手で髪を掻きあげる。

 

ギャア、と鳴きながら鴉がほむらの足元に着地した。え、とさやかが目を丸くする。

 

「あんたまさか、その鴉飼ってるとか?」

「まさか」

 

フ、とほむらが口元を緩めた。微笑みというより失笑に近い。だが、昔の彼女と比べればこの反応は奇跡といってもいいくらいのレベルだ、とさやかは思う。だって、彼女がさやかに微笑むなんてこと、かつては無かった(さやかの記憶にない)のだから。

 

「…勝手に寄ってくるのよ、私を主か何かだと思っているのかしら」

 

鴉を見つめながら、ほむらが呟く。大人になり、彼女も少しは饒舌になっていた。

 

「へえ…昔見た鴉とは違うわね」

 

ほむらが改変したばかりの世界で、通学途中よくギョロ目の鴉を見かけたが、あの時のタイプとは違うようだ。とさやかは思った。じい、と鴉を見つめる。鴉がトトト、とさやかの足元に近づいてきて、予備動作もなく素早く突いた。

 

「あいた!何よ」

 

思わず右足をあげて叫ぶと、傍にいたほむらが顔を背けて、肩を揺らした。

 

「あなたを下僕と認識しているんじゃないの?」

「何よそれ、ひっど」

 

忌々しいという様にさやかが鴉に向かって右腕をあげる。と、鴉は軽く羽ばたいてほむらの肩にとまった。ほむらが形のいい眉を上げるのと同時に、さやかがわお、と声を漏らした。

 

「何そのラスボス感、あんた飼ってないって嘘でしょ?」

「本当よ、それよりラスボスって?」

「…忘れて」

 

失言だったといわんばかりに、さやかがひらひらとほむらの前で手を振った。ほむらはそう、と呟いて、特に気にする風でもなく、人差し指で鴉のくちばしを突ついて遊びはじめた。悪魔は意外と素直らしい。その姿がまたラスボスらしくてさやかは複雑な気持ちになる。

 

「ほら」

 

ほむらが手を伸ばすと鴉が腕に飛び移った。いつの間にか飼いならしたらしい。羽ばたくのを促しているのだろう、ほむらは軽く腕を揺らしている。

 

「行きなさい。それと…もう私の下僕を突いちゃだめよ」

 

ギャア、と返事して鴉は羽ばたいた。あっという間に上空まで辿り着くと主を名残惜しむように数回旋回してから、去っていった。無言で二人は空を見上げ鴉を見送っていたが、しばらくしてさやかがほむらを睨む。

 

「ちょっと、私あんたの下僕なんかじゃ…」

「あら、嫌じゃないでしょ?かばん持ちさん」

 

ニイ、と口元を歪めて鮫の様に笑うほむら。う、と言葉を詰まらせるさやか。なまじ美しいだけに悪魔のこういう表情は妖艶すぎて、タチが悪いとさやかは思った。

 

「図星ね」

 

そう囁くと、今度はふわり、と優しくほむらは微笑んだ。ああ、これだから…とさやかは苦々しく思う。

 

そう、「奇跡」は続いていた。二人の関係はあの頃よりも進展し、そして変化していた。

円環の記憶を断片的に取り戻したさやかは、ある事件をきっかけにほむらと共闘することを選んだ。だが最初の頃は悪魔はさやかを拒絶し、文字通り表面上の共闘のパートナーに過ぎなかった。だがある日、ふとした拍子に魔が差したかのようにほむらがさやかを受け入れた。その理由をさやかは今でもわからないし、たぶんほむらもそうだろうと思っていた。そしてあの日を境にさやかはこの美しい悪魔のことをもっと知りたいと思う様になった。彼女が何を考え、どういう思いでここまで来たのかを。そうしているうちにさやかのほむらに対する気持ちも変化してきて――。

 

「……」

 

まだこちらを見て微笑んでいるほむらを苦々し気に睨むさやか。もちろんこれは照れ隠しで、顔が赤くなってないだろうかさやかは内心不安になる。

まどかに対する気持ちとはまた異質のこの感情をなんと呼べばいいのか、さやか自身もまだ答えを見つけていない。ただ言えるのは、まどかを誰よりも愛している彼女が、もっと笑って、幸せになって欲しい――それだけは確かで。もう、とため息をついた後、さやかは話題を変えた。

 

「まどかがさ、心療内科に行ったんだって」

「……」

「記憶障害って診断されて、すごく不安定になってる」

「そのようね」

「…ってあんた、いたんだったらなんで」

 

なんで顔を出さなかったのか――そう言おうとしてさやかは口をつぐんだ。時々あるのだ、こういうことが。大人になってようやくまどかともまともに会話できるようになったほむらだが、時折こうしてまどかと会う約束を反故にしてしまうことが。もちろん突然の魔獣の出現であれば致し方ないが、今日は魔獣の気配はなかった。思い詰めたような表情の悪魔をさやかはただ黙って見つめる。ようやく悪魔は口を開いて。

 

「…あなたは」

「え?」

「あなたは今までの事が嘘だったって…そう思いたいの?」

 

抱き合っている姿を見られた、とさやかは気まずく思う。あの時のさやかの心の中を悪魔は覗いたのだ。

 

「…半分は当たっているかも」

 

さやかは正直に答えた。

 

「あれから10年経ってさ、私達大人になったでしょ?社会に出て仕事して、いろんな事を知っていくうちに、あの頃の事がだんだん希薄になっていって、嘘みたいに思えてきてる。あれは私の妄想だったんじゃないかって」

「そう…」

「もしかしたら、あんたも悪魔でもなんでもなくて、普通の女でさ、モデルとかやってたりって冗談よ、冗談」

 

気づけば悪魔がこちらを横目で見つめているので、慌ててさやかは否定する。だが。

 

「できるわよ」

「え?」

「私にはそうすることができる。今までのことが嘘――妄想だったとあなたに信じ込ませることが。そうしてあなたはまどかの親友として人間として幸せに暮らしていくのよ」

「……やめてよ」

「貴方が望むのなら、私は――」

「やめてってば」

 

さやかがほむらの腕を強く握った。今すぐにでも彼女が魔法を使いそうだったから。険しい表情を浮かべているさやかと、薄ら笑いを浮かべたどこか寂し気な悪魔が見つめ合う。

 

「せっかく、記憶を取り戻してここまで来たのよ、私はもうあっちに戻るつもりはない。あんただってわかってるでしょ?」

「人は嘘をつくわ、誰でも」

「私は人じゃない。私はあんたと一緒に戦って、まどかの一生を見届ける。その後の事は…まあまだわからないけど、でも私はあんたと一緒にいたいのよっ…て何?」

 

ほむらが肩を震わせて笑っている。はあ?とさやかは声をあげて、しばらくしてようやくからかわれていることに気づく。ちょっと…と詰め寄るさやかをかわして、ほむらが離れた。

 

「嘘よ、私でもそんな『複雑』な記憶操作は無理」

「だったら‥‥」

「あの時、私は自惚れていたの」

「?」

 

手を後ろに回し、さやかに背中を向けるほむら。

 

「人間としてのまどかを円環の理から奪って、そして幸せな人生を送ってもらおうと」

「送っているじゃない」

「でも完璧ではないわ」

「それは…」

 

さやかが顔をしかめる。中学の頃から今まで、まどかが記憶を失うことは頻繁にあった。円環の理を思い出そうとする度にその理に引き寄せられる。そしてそれを阻止しようとするほむら。反動でまどかはその前後の記憶を多い場合には一日丸ごと失ってしまうこともあった。ほむらがゆっくりとさやかの方を振り返る。泣きそうな顔。まどかの事になると悪魔の仮面はいとも簡単に剥がれ、ほむらの素顔が現れるのだ。

 

「私の所為でまどかはいつも苦しむのよ」

「あんたの所為じゃない」

 

さやかがほむらの方に一歩歩み寄る。ほむらが一歩下がった。

 

「貴方が正しかったのかしら…美樹さやか?」

「正しいから…幸せとは限らないわ」

 

それはさやかが知った真実。この10年で得た答え。

 

「誤っていたとしても、あんたの想いは本物よ。どうすれば良かったかなんて、きっと答えはない」

 

さやかがまた一歩近寄る。もう悪魔は動かなかった。

 

「それに私も共犯よ、まどかの傍にいてずっと真実を隠してるんだから、タチ悪いでしょ?」

 

おどけたようにさやかは微笑んだ。あの頃のほむらなら決して受け入れなかっただろうが、今は――

 

「まどかの為に、一緒に戦ってって言ったのはあんたでしょ?」

「そうね…」

 

そうだったわね――そう呟いてほむらはさやかへと手を伸ばした。

 

**********************

 

まどかの記憶障害を失くすためには、まどか自身の記憶の錯綜を止めつつ、円環の理の干渉も防がなければならない。

 

「じゃあ、まどかを守りつつ、あっちの動きにもアンテナを張ってないといけないってこと?」

「そうなるわね」

「うーん」

 

さやかが腕を組んで考え込む。その横でほむらはベンチに座り足を組んで、頬杖をつく。これから、まどかが人として暮らし続けていくためには記憶障害をどうにかしなければならない。

 

「完全…とまではいかないけど、まどかの記憶喪失の期間を短くできればなんとかなりそうだけど…あんたの力でどうにかならない?」

「そうね、私も考えたわ…せめて数分程度のスパンなら、まどかの負担も軽くなるかも」

 

やってみるわ、とほむらは囁いた。そうして、さやかの方を見上げる。

 

「何?」

「貴方は元あっちの一部分よね、もし、あちら側(円環)から干渉があった場合に事前に察知する事はできる?」

「そうねえ…あっちにいる時の『感覚』なら覚えているから、できるかも。やってみる」

「決まりね」

 

二人ができることをとりあえずやってみる。全てはまどかのために。さっきよりもほんの少し晴れ晴れとした表情を浮かべているほむらを見て、さやかは安堵する。

 

「不思議ね」

「何が?」

 

ほむらのつぶやきにさやかが反応する。ベンチからほむらが立ち上がり、さやかの方を見た。

 

「大人になんてなることないって思ってた」

「……」

「何度も繰り返していた時も、悪魔になった時も」

「まあ、確かに想像はできなかったわね…」

 

さやか自身もあらゆる世界線で魔女化していたから、ほむらの言いたいことは痛いほどわかった。

 

「なのに普通に人として大学まで進学して、よりによって貴方と暮らしてる」

「そこ?てかよりによってって……」

「信じられない世界線だわ」

「せめて奇跡と言ってよね」

「そうね、大人になった貴方とこうして話ができるなんて、奇跡以外の何物でもないわ」

「でしょう?」

 

嬉しそうにさやかが微笑む。肩をすくめるほむらを見つめながら、さやかは言葉を続けた。

 

「私と話ができるんだから、あんたはもっとまどかと話し合うべきだと思うけど?」

「……そうね」

「だから、これからは約束を反故にしないでよね。そりゃ悩んでるまどかと会うのは辛いかも知れないけど」

「そうじゃないわ」

 

意外と強く否定されて、さやかは驚いた。彼女がそれ以外の理由でほむらがまどかを避けるなんて想像もつかなかったから。

 

「公園に着いたら貴方とまどかが抱き合っていたから、入る余地が無かったのよ」

「ああ…」

 

やっぱり見られてた、とさやかは気まずくなる。だがほむらは特に気にしている様子でもない。

 

「お似合いねあなた達」

「え」

 

心底驚く。だって彼女は――

 

「?どうしたの間抜けな顔して」

「間抜けって…いや、だってあんたまどかの事好きでしょ?」

「?ええもちろんよ」

「私もまどかは好きだけど、それは幼馴染としてだし…いや、もっとあるかもだけど…と、とにかくあんたの邪魔をする気はないから!」

 

慌てた様子で支離滅裂に喋りだすさやかを見て、首をかしげるほむら。ようやくさやかの言わんとすることが理解できたのか、そういうこと、と呟いた。

 

「貴方ってホント馬鹿ね」

「‥ってそんな風に言わなくても」

 

あのね、とほむらは子供を諭すように、さやかの前で腕を組んで語りだした。

 

「私はまどかを愛しているわ、誰よりも何よりも」

「し、知っているわよ」

「私はまどかが幸せになればなんだってする、まどかには貴方が必要なの。お分かり?」

「…う、うん?まあ」

 

わかったようなわからないような、そんな表情を浮かべたさやかを見て、ほむらはとうとうため息をついた。

 

「まったく、いい?私の想いは貴方が考えている様な単純な感情じゃない。私のまどかへの愛はそういうものじゃないの。貴方がまどかと仲良くしてたからってくだらない嫉妬はしないわ」

「そ、そうなの…まだよくわかんないけど。あんたが嫌な思いをしていないなら、それでよかったわ」

「そうよ、まどかが貴方を必要とするなら、貴方を百人投下してもよいくらいよ」

「何それ怖い」

 

さやかの反応がおかしかったのか、ほむらが笑った。昔から、さやかには場を和ませる力があって、それが今では悪魔にも有効らしい。

 

「それに、私が嫌なのはむしろ――」

「むしろ?」

 

さやかが不思議そうにほむらを見ると、はっ、と何かに気づいた様で。

「……なんでもないわ、忘れて」

 

珍しくほむらが言葉を濁す。失言したようだ。さやかは特に気にする様子もなく、そっか、と囁いて。空を見上げる。あたりはもう夜の帳が降りてくる頃で。二人は特に示し合わせたわけでないが、自然と歩み寄り、そして帰路についた。

 

「不思議と言えばさあ」

「何?」

「私達がこうして一緒に帰るってのも、なんだか不思議よね」

「そうかしら?」

 

そう言って、ほむらはさやかを見上げる。不思議そうに見つめ返すさやか。だが悪魔はただ口元を緩めてこちらを見つめているだけで。

 

 

――私が嫌なのはむしろ

 

――貴方が離れていくことよ

 

 

決して口にすることのない想い。そしてそれこそが、あり得なかった奇跡。

 

 

二人が去った後の夜の公園にはもう誰もいなかった。

 

 

END

 

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