時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集) 作:さんかく@
目を開ける――気が付くと、ものすごく近くに女の人の顔があったので、わたしは驚いた。
――誰?
長い黒髪、透き通るような白い肌、長い睫毛と紫色の瞳…。怖いくらい綺麗。左耳に変わった形のイヤリング?ううん…イヤーカフスをしている。年齢は20代半ばくらい。わたしより年上だろう。とっても綺麗なその顔に見惚れていたら、そのひとがわたしを見てゆっくりと口を開いた。
「まどか」
「え?」
――わたしのこと?
まどか、という名前を聞いてもピンとこない。あれ、じゃあわたしの名前はなんだったろうと考えても何にも思い出せない。慌てて回りを見渡すと、青い空と木立とそして広い芝生が見えた。ああ、ここは公園だ、と気づく。自分が誰なのか知らないのに、公園には見覚えがあった。わたしは公園のベンチに座っていて、女のひとは隣に座っていた。
「あの…」
なんて言えばいいのだろう?わたしは誰?ここはどこ?って…でもなんだか聞きづらい。目の前のとても綺麗なひとはものすごく悲しそうな顔をしているから。わたしがそんなことを言ったら、もっと傷ついてしまいそうで。どうしてかな、このひとが悲しむのをわたしは見たくない。
「記憶が混乱しているのね…私を覚えている?」
わたしはただ首を振った。
「あなたは、私と公園にいて‥‥そうして急に意識を失ったのよ」
「そうなんだ…」
このひとは、たぶんわたしのともだちなんだろう。だってこんなに心配そうにわたしを見ているんだから。それとも…もしかしたらお姉さんとか?
「まどか」
また違う声がした。顔をあげたら、すらっとした背の高い女のひとがこっちに駆け寄ってくる。空と同じ色の髪。
「大丈夫?」
空と同じ色の瞳がわたしを覗き込んできた。とても優しいまなざし。あ、わたしこのひとのこと知ってる、とっても。
その瞬間、なんだかふわりと身体が軽くなって。頭の中にいろんな映像が入って来た。
学校の教室
赤毛で八重歯の女の子
唐揚げだけが残った弁当箱
それを取って美味しそうに食べる蒼い髪の女の子
「もしかして、さやかちゃん?」
目の前の女のひとが笑った。優しい笑顔。
「まどかー、もしかしては余計だよ」
そう言って、わたしのおでこをつつく。
「…え、でもいつのまにそんなに大きくなったの?」
目の前にいるのは、さやかちゃんだけど、背も高くなってなんだかカッコよくて。どう見ても中学生には見えない。もう、と言って、大人のさやかちゃんが笑いながらまたわたしのおでこをつついた。
「まーどーかー、しっかりしなよ、また中学校の頃のこと思い出しているでしょ?」
「へ、え?」
「あれから10年経ってるよ、まどか。私もまどかも、そしてほむらも皆大人になったんだ」
「…あ」
わたしはさやかちゃんから隣にいるとても綺麗なひとへ視線を移した。とても悲しそうな表情でわたしを見つめている。ああ、わたしこのひとのことも知っている。
「…ほむらちゃん?」
「そうよ、まどか」
大人になったほむらちゃんが、ほっ、と安心したようにため息をついた。
「じゃあ、わたしも大人になっているの?」
なんだかとても不思議で変な感じ。自分の顔を触ってみる。その瞬間、また頭の中にいろんな映像が流れてきた。
【〇〇大学入学式】の看板
難しそうな本とノート
桃色のスマホ
【見滝原幼稚園】
笑顔でこっちを見ている小さな子供たち
――ああ
――そうだ、わたし
――【鹿目まどか】だ
************
「…あれ」
「どしたまどか?」
気が付いたらさやかちゃんが私を見つめていた。いつの間にか私は公園のベンチに横たわっていて。視界いっぱいにさやかちゃんの顔が映っている。ふふ、さやかちゃんの髪の色と空の色がまったく一緒でなんだかみんなさやかちゃんに見える。
「こらこら、なんで私を見て笑ってるの?」
「…なんでだと思う?」
おでこをさやかちゃんの軽く指でつつかれた。なんだかそれが嬉しくて笑ってしまう。さやかちゃんが私の腕を掴んで起こしてくれた。隣にほむらちゃんもいる。
「私、いつの間に寝てたんだろう?」
確か、さやかちゃんとほむらちゃんと公園で待ち合わせをしていて、それで――
「もしかして、私また記憶…失くしちゃってたのかな?」
「失くしてなんかないわ、一瞬気を失っただけよ」
さやかちゃんが力強い声でそう私に言ってくれた。さやかちゃんの優しい目を見ていて、私は「夢」を思い出した。
「そういえば、私夢を見たの」
「夢?」
「うん、私だけが14歳のままで、さやかちゃんとほむらちゃんは大人になっていて」
「今くらい?それとももっと年を取っておばあちゃんになってたとか?」
「ふふ、違うよ、今くらいの年、それでね、私自分の顔を触ったの、そうしたら私も大人になっていて。それで初めて気が付くの、ああ、私14歳じゃなかったって」
「面白い夢ね」
さやかちゃんが笑う。なんだかそれが嬉しくて、私は他のことなんてどうでもよくなった。
「まどか、まだ休んでいた方が」
「大丈夫だよ、ほむらちゃん」
私が立ち上がろうとすると、ほむらちゃんが心配そうに体を支えてくれた。そんなに悲しそうな顔しなくていいのに。なんだか私といる時のほむらちゃんはいつもそんな顔をしている気がする。
「ねえ、ほむらちゃん、そんなに悲しそうな顔しなくていいんだよ。ほむらちゃんの所為じゃないんだから」
私の腕を掴んでいたほむらちゃんの手がびくり、と固まって。
「…そう…そうよね」
だけどほむらちゃんは今度は泣きそうな顔になって。私、何かひどいこと言ったのかな?
「あ、ははは、まどか気にすることないよ、こいついっつもこんな風に暗いからさあ」
「…なんですって?」
ほむらちゃんがさやかちゃんをぎろりと睨んだ。その顔はとっても険しくて、さっきまでの泣きそうな顔が嘘みたい。なんだかそれが可笑しくて。
「ふふふ…」
思わず笑ってしまったら、二人が不思議そうに私を見た。
「あ、ごめんね、二人とも仲がいいなって思っちゃって」
「まさか」
「なんでこのひとと」
同時に口を開く二人を見て、私はまた可笑しくて笑った。
「だって、ほむらちゃんがそんな風に怒った顔を見せるなんて、さやかちゃんにだけだよ?」
「そんなこと…」
困った顔で私を見つめるほむらちゃん。そういつも二人を見ていて気付いてた。感情をあまり表に出さないほむらちゃんだけど、さやかちゃんにだけは怒ったり、きついことを平気で言ったりしてて、きっとそれって…。
「そりゃあ、まどかの勘違いって、こいつが好きなのは…」
「美樹さやか」
う、と変な声を出してさやかちゃんが私の後ろに避難してきた。こういう時のさやかちゃんは、あの時のままだなあと思う。ほむらちゃんがまるで悪い人を見つけたように険しい顔で私の後ろにいるさやかちゃんを睨んでいる。
「ふふ、いいなあ」
羨ましいなあと思う。私もこんな風にさやかちゃんと…ううん、…二人と仲良くしたい。
「じゃあ、そろそろ行こっか」
さやかちゃんがそう言って、私の前にひょこっと出てきて手を伸ばしてくれた。
「ちょっと、まどかは私と行くのよ」
ほむらちゃんが同じように私に手を伸ばしてくる。
「何よそれ、3人で一緒に出掛けるんでしょ」
「人間しか入れない店もあるのよ、貴方がついてくると迷惑だわ」
「はあ?なにその子供みたいな難癖――」
二人のやり取りが面白くて、私はまた笑った。
…ああ、でも…今のままでも
私は手を伸ばして二人の手を掴んだ。驚く二人。
「ほら、3人で一緒に行こう?」
二人はにっこりと私に微笑んで。
…今のままでも十分幸せ
私は二人の手をぎゅっと強く掴んだ。ずっとずっとこのままで――
ずっと――
*************
3人での買い物を終え、家路についたまどかの後ろ姿が見えなくなるまで、私はずっとそこにいた。
「だいぶ暗くなったね、私達も帰ろっか」
隣で美樹さやかが囁いた。顔を向けると、何が楽しいのかニヤニヤと口元を緩めていて。私はなんだか腹ただしくなって返事をせずに視線を逸らした。視界に夜の帳が降りてきて昼とは雰囲気ががらりと変わった街が映る。喧騒に満ちた夜の街の雰囲気は、私はあまり好きではなくてむしろ苦手な方だった。
「大丈夫だよほむら」
「…何が?」
あまり無視するのも可哀そうなので返事をする。どうにもこのひとは無駄口が多すぎる。私の様に寡黙になる日が果たして訪れるのかはなはだ疑問で仕方ない。
「まどかはちゃんと家に帰れるから、心配ないって」
驚いて動きを止めた。念話を使ったわけでもないし、このひとが読心術を使えるわけでもないのに、どうしてわかったのだろう?私は彼女を観察した。背は私より高いので見上げる形になる。髪はあの頃よりも少しだけ伸ばしていて、顔つきもだいぶひきしまっているし、美しく成長したと思う。もちろん本人には決して言わないけれど。でも本当に「美樹さやか」なのだろうか、こんな風にもの知り顔で私の心を読んで語りかけるなんてあの頃のこの子からは考えられなかった。
「…な、なによ?」
間抜けな表情を浮かべてこちらを見る彼女を見て、ようやく理解した。あの頃の面影、不器用でどうしようもない子。ああ、やっぱりこのひとは「美樹さやか」だと。
「もう、何笑っているのよ」
そう言われて、私は自分が笑っていることにようやく気付いた。そんなに可笑しいことだったのかしら、まあどうでもいいけど。
「…貴方が「美樹さやか」だからよ」
「はあ?当たり前でしょ、それ」
「そうでもないわよ」
「え」
あえて含みをもたせて思わせぶりなことを吐くと、案の定、この間抜けなひとは神妙な顔をして私を見つめ返した。とうとう私は声をだして笑った。なぜだか愉快でたまらない。
「馬鹿ね冗談よ」
「もう…びっくりしたじゃない」
「あら、貴方は自分が自分であることに自信がないの?」
「そんなこと……あるかも」
「変なひと」
おかしなことをいう彼女に背を向けて、私は夜空を見上げた。星が見えない空に浮かぶ半分に欠けた月。私が世界を改変してからずっとそのままで。
「時間の力ってすごいのね」
「え?」
私は空を見上げたまま彼女に語りかけた。
「どんなに不器用なひとでも、時が経てば成長できる」
「‥‥ちょっと、ちょっと、それってもしかして…」
私のこと?とさやかが言いかけようとしたところを見計らって、私は早足で歩きだした。決して彼女の顔は見ない。こら、とかちょっと、とか背後でぶつぶついいながらついてくるさやかがなんともいえず可笑しくて、私は秘かに苦笑する。たぶん家に着くまでずっとこんな感じなのだろう、いや、家の中でもこうだろう。想像するだけでなんだか気分が高揚してきた。これが「楽しい」ということなのか。
「待ってよほむら」
名前を呼ばれて、つい反射的に振り返る。そこには昔の面影を宿した美樹さやかが慌てた顔でこちらを見ていて。
「早く来ないと置いていくわよ…さやか」
本当に不本意だが、私はさやかの前で微笑んだ。
さっきまでの不安はもうどこにもなかった――。
*****************
シャワーを浴びて、部屋に戻ったところで、ほむらちゃんからメールが届いた。ベッドに横になりながら画面を開くと私が無事に帰ったかを心配していることと、二人共家に到着したことが打たれていて。
「ふふ、ほむらちゃん、心配性だなあ」
いつも私のことを心配してくれて、いつも悲しそうな顔をして――なんだろう、とても不思議なひと。さやかちゃんとはいつあんな風に仲良くなったんだろう…?そう、今でも時々私は考えてしまう、中学校の頃まで、さやかちゃんとほむらちゃんはそんなに…ううん、全然仲良くなかった。どちらかというと、さやかちゃんの方がほむらちゃんを避けていた気がする。それなのに…
「だからあんな夢を見たのかなあ」
ふう、とため息が自然に出て。14歳だと思い込んでいた自分、大人になった二人。あの頃の私が今の私を見たらどう思うかな?
『さやかもほむらも何か隠している』
杏子ちゃんの言葉を急に思い出す。ああ、杏子ちゃんもあの二人のこと不思議がってたっけ。何かってなんだろう?私の知らないこと?それとも関係あることかな?うーん…わからない。私は寝そべったまま頭を振った。そうしてスマホの待ち受け画面を見る。そこにはさやかちゃんとほむらちゃんと私が映っていて。笑っているさやかちゃんと、その傍で肩をつかまれてものすごく嫌そうな表情のほむらちゃん。ほむらちゃんのその表情が面白くて私はつい笑ってしまって。
「でも、今こうして3人一緒にいられるんだから…それでいいよね」
そう、今こうしていられるだけで私は幸せ。だからこのままでいい。ほむらちゃんに返信しようと思って、私はベッドから立ち上がった。なんだかまだ眠りたくないや…ほむらちゃんに電話しようかな?…あれ?窓の外に誰かいる?
「誰…?」
思わずびっくりして声をあげて。でもよく見たら、窓に映っているのは私の姿で。
「もうびっくりした‥」
ドジだなあと恥ずかしくなって、私は窓に映った自分の姿をじっと見つめた。うん、私…でも‥。気のせいかな?なんだか目の色が違っているみたい。光の所為かなあ…?
窓に映った私の目は金色に輝いていた。
END