時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集) 作:さんかく@
「隣の家で子供の叫び声が聞こえる」と110番通報がはいったのはちょうど深夜を回った頃だった。〇県警本部のオペレーションから所轄の警察署の当直へと連絡が入り、生活安全課の刑事が警ら隊と共に現場へと向かったが、ドアを開けて出迎えた夫婦は警察が来たことに心底驚いている様子だった。刑事はバッジを夫婦に見せて経緯を慇懃に話す。
「〇〇警察署の者です、さきほどそちらの家から子供の叫び声が聞こえると通報がありまして」
「ああ、うちの娘がどうも夢を見ていたようで」
「夢?」
「ええ、だいぶ怖い夢だったようで…」
父親の背後からぬいぐるみを抱えた幼い少女が現れる。刑事は険しい表情を緩め、にこりと微笑んだ。
「やあ、こんばんば、怖い夢を見たって本当?」
「…お姉さん誰?」
「私はおまわりさんだよ」
そう言って刑事―スーツを着た妙齢の女性は少女の顔を見つめる。刑事にしては妙に人なつっこいその態度に少女も心を開いたのか、にこりと笑った。
「では通報があった以上、本当に犯罪性がないか確認する必要がありますので、ご協力願えますか?」
「どうぞ」
父親に促され、刑事と警らの巡査は家に入る。刑事は振り返ると制服巡査に一階で両親の事情聴取を取るように指示する。
「私はこの子と一緒に二階の部屋へ行ってそれから「確認」する」
そう言って刑事は左腕の袖をまくる仕草をした。両親から虐待を受けていないかどうか確認するのだ。刑事自身が女性であるのでこの場合立ち合いは不要になる。そうして刑事が
少女を伴って二階へ上がっていくのを見届けた後、巡査は一階のリビングで事情聴取を始めた。
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年相応の可愛らしい部屋に入ると、刑事は少女と一緒にベッドの端に座り優しく微笑んだ。
「両手をみせてくれる?」
小首をかしげながらも少女は両手を刑事に向けてあげた。刑事はゆっくりとそでをあげ傷が無いか確認する。特に傷は見当たらなかった。
「お父さんかお母さんに叩かれたこととかある?痛いことされたりとか?」
「ううん、ない」
「そっか」
安堵したように刑事は息を吐く。少女の腕をおろすと刑事は微笑んでその肩を優しくさする。
「じゃあ、怖い夢ってどんな夢だったの?」
「うんとね…」
少女はベッドから降りて机に向かうとスケッチブックとクレヨンで絵を描きだした。赤、青、黄色、緑色とカラフルな色使いで中央に人の形をした真っ黒なものがある。見覚えがあるのか、背後から覗いていた刑事の顔が一瞬強張った。
「この化け物に追いかけられたの?」
「うん、それで怖くて泣いていたら魔法少女のお姉さんが助けてくれたの」
「魔法少女……」
刑事はいきなり部屋の窓へと歩み寄ると、ガラリと開けた。
「――いったいどうなっているの?」
夜の闇に向かって刑事が囁く
「――私にもわからないわ」
闇の中から大きな翼を持った黒づくめの女性が現れた。普通ならありえない光景。刑事はその女性を見つめながら会話を続ける。
「この世界には魔獣しかいないはずよ、だけどこの子が見た夢はたぶん」
「――魔女の結界、でしょう?」
ぞっとするほど美しい女性の囁きに刑事は頷いた。しばらく見つめ合い、美女はため息をついた。
「調べてみるわ、「あいつら」が何か企んでいるかもしれないし」
「お願い」
「それにしても貴方ずいぶん気安くなったわね」
「え、私達の仲なんだし、いいでしょ?」
不思議そうに聞き返す刑事をあきれたように見つめ、ひときわ大きなため息をついた後美女は夜空に羽ばたいて消えていった。
「今の魔法少女‥?」
いつのまにか少女は刑事の横に立っていて尋ねてきた。
「そうね、「元」魔法少女かしら」
そう言って刑事は笑う。
「もう大丈夫、君はもうあんな怖い夢を見ないから」
「本当?」
「うん、それから今の事もみんな夢だから目が覚めたら忘れているよ」
そう言って、刑事は少女の額に手をあてた。
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「お嬢さんはベッドに横になって眠っています」
リビングに入って来た刑事はそう両親に告げると、巡査の聴取したメモを読む。
「それでは事件性は無いようですので、我々はこれで引き揚げます、ご協力ありがとうございました。それと…」
刑事は内ポケットから名刺を取り出して父親へ差し出した。
「もしまたお嬢さんの様子が変だと思ったら遠慮なく連絡してください」
「ああ、これはご丁寧に…ええと、ミキ…?」
「ああ、よく名前に間違われますがミキは苗字です」
そう言って刑事は人懐っこい笑みを浮かべた。
美樹さやか――名刺にはそう書いてあった。
END