時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集)   作:さんかく@

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星砂の瓶

これはまだ暁美ほむらが表面上人として大学生として暮らしていた頃の話。

 

 

小さな瓶を指でつまむ様にして持ち上げると、中身を覗くため暁美ほむらは顔を近づけた。美しいアーモンド形の目がUPになり、アメジスト色をした瞳に星の形をした粒子が映し出される。

 

「友達からもらったのよ、それ」

 

背後から声がしたので、ほむらはゆっくりと振り返る。自分より少しだけ背の高い女性がそこにいた。

 

「そう…」

 

怪訝そうな表情を浮かべているのはほむら自身もわかっていた。だがどうしてもこの女性の顔を見るとそうなってしまうのだ。昔の――嫌と言うほど良く知っている――少女と同一人物とは信じられなくて。

 

「どうしたのさ?」

 

女性は不思議そうに首をかしげてこちらを覗き込む。晴れた空の色と同じ瞳。腹が立つほど真っ直ぐに向けられてくるまなざし。ふ、とほむらが口元を微かに緩めたのは「見つけた」からで。

 

「別に、それより友達がいたのね貴方」

「そりゃあ大学生なんだし、一人や二人出来ても当然でしょ」

「悠長なものね、私達にそんな時間があると思っているの?」

 

そう言ってほむらは何故か目の前でだらしなく笑顔を浮かべている女性――美樹さやかを睨んだ。

 

*********

 

暁美ほむらと美樹さやかはいつの頃からか一緒に暮らす様になっていた。なぜそうなったのか実はほむら自身もよくわかっていない。正直これは夢だと思う時もあったが、気づけば毎朝珈琲を淹れ食事も作ってくれるこのおせっかい焼きをほむらは受け入れていた。悪魔と名乗っている自分がまさか元円環の理のかばん持ちと暮らす羽目になるとは、と複雑な気持ちにはなるが、不思議なことに後悔したことはなかった。

 

「でもさあ、せっかく大学生になったんだし、あんたももう少し―」

「学生の本文は守っているわ」

「固いわねえ」

 

言葉を遮られて、バツが悪いのかさやかは両手をほむらの前でひらひらと動かした。バイバイしているわけではない。どうしてこうも無駄な動きが多いのか、だから戦闘時にも生傷が増えるのだとほむらは思う。袖まくりした白いワイシャツから伸びた腕がやけに眩しく見える。その腕がこちらに伸びてきたものだから、ほむらは一瞬身構えた。

 

「これ、ここに飾っておこうかなって」

 

ほむらの手からひょいと星砂の瓶を取ると、さやかはキッチンボードの小さい収納スペースに置く。

 

「調味料と間違えたりしないかしら?」

 

ほむらの言葉にさやかはきょとんとした表情を浮かべて、そうして。

 

「何」

「いや、あんたがそんな風に喋るなんて珍しいなあって」

 

そんな風に笑顔を浮かべないで欲しいとほむらは思う。どう対応していいのかわからない。すぐ横にあるキッチンボードに視線を移す。あの頃にはこんなものは家になかった。このひとが買ってきて勝手に置いたものだ。これも、あれも、全部。家の中もだいぶ変わったとほむらは思う。生活感が出てきたスペースを見つめ、ほむらはため息をついた。

 

「私、もう寝るわ」

「うん」

 

キッチンから出ようと数歩進んだところでほむらは歩を止めた。ゆっくりと振り返るとさやかを見つめて無表情で囁いた。

 

「私、明日は早く起きなきゃいけないの」

「実験?」

「貴方が夜中にベッドに入ってくると迷惑なのよ」

 

決して彼女が寂しそうな表情を浮かべたからではない。

 

「だから、貴方も一緒に寝て」

 

その方が効率がいいから、ただそれだけだ。ほむらは満面の笑みを浮かべるさやかから目を逸らした。

 

*******

 

『あたしも一緒に寝ていい?』

 

確か初めて家に招きいれた夜、さやかはそう言ってベッドに入ってきたとほむらは思い出す。一人で寝るには広すぎるベッドだったし、接触することは無いだろうとたかをくくっていたら、あろうことか背中から抱きついて来た。その日、何かトラウマになるような事件に巻き込まれたらしい彼女を無下にするわけにもいかず、いつでもひとひねりで殺せるのだからと大目に見てただ黙って抱きつかれたまま眠りについたのだ。

 

それがまさか今になっても続くとは、ほむらは不思議そうに背後から出てきた自分のものでない2本の腕を見つめる。その腕はほむらの下腹部あたり回されてそして温かかった。自分はどうしてこの腕を振り払わないのだろう、どうしてこんな姿で後ろから抱きつかれているのだろう。さやかの体温がキャミソールの布越しから伝わってきて妙に体が熱い。

 

「ほむら眠った?」

 

すぐ近くでさやかが囁く。深呼吸しワンテンポ置いてからほむらは口を開いた。

 

「眠ったわ」

「あんたって時々面白いよね」

 

くすくすと背後でさやかが笑う。

 

「私、朝早いのよ」

「あ、ごめん、ただ言いたいことがあって」

「何」

「私、嬉しくてさ、あんたが「私達」って言ってくれて」

 

『悠長なものね、私達にそんな時間があると思っているの?』

 

だからあんなにだらしない笑顔を浮かべていたのか、とほむらは思い出す。

 

「それだけよ、おやすみ」

 

こつん、とほむらの肩に何か当たった。たぶんさやかの頭だろう。いつでも殺せるはずなのに、ここまで無防備だと却って手が出しづらい。無駄に懐かれて迷惑だ、そう思った途端、ほむらの口元が緩んだ。

 

「まるで犬ね」

「え?」

 

くすくすとほむらは笑う。そうだ、ほんの少しかまってあげたら尻尾を振って懐いてきた犬の様なものだ。そう考えて溜飲が下がったからか、ほむらの心は浮足立ったように軽くなった。初めてのことだった。身じろぎしてさやかと向き合う形になるとほむらは腕を伸ばしさやかの腰に手を回した。そうしてその胸に顔をうずめる。

 

「ほむら?」

 

どうしてこうなっているのか、ほむらにもわからない。だが戸惑うさやかの声と激しい心臓の音でほむらはまた口元を緩めた

 

「これじゃあ眠れないわ」

 

そう囁いて腕に力を込める。

 

「だから――」

 

魔が差したのだ――

 

******

 

目が覚めると、珈琲のいい香りがした。ゆっくりとほむらは身体を起こしベッドから降りる。フローリングのひんやりとした冷たさが素足に伝わり、ほむらは眉をしかめた。不機嫌な表情のままカーディガンを羽織り腕を組んでキッチンへと向かう。

 

しばらくすると、もう嫌と言うほど見慣れ切った風景がほむらの視界に映る。カウンターの向こうで珈琲を淹れるおせっかい焼きだ。ほむらに気づいたのか顔をあげて微笑みかけた。

 

「おはよう」

 

その顔が何故か眩しく見えてほむらは視線を逸らす。朝の柔らかい日差しの所為だとほむらは思った。

 

「ブラックでいい?」

 

特に気にした様子もなくさやかは無言でカウンターに座ったほむらに尋ねた。こくり、とほむらは頷いて。そうして左手で首を抑えた。身体がやけに重い。カップに珈琲を注いだ後、さやかがキッチンボードに向かう。

 

「やっぱり別の所に飾ろうかしら」

 

さやかは小さな瓶を手にしてほむらの方に振り向いた。昨日の星砂の瓶だ。

 

「好きにすれば」

 

ぽつり、とほむらが呟いた。

 

「でもこの大きさ丁度いいんだけどねえ…中身をどっかに移して調味料入れようかしら」

「大切なお友達からもらったんじゃないの?」

「そりゃあ」

 

言葉をにごすさやか。

 

「嫌味も通じるのね」

「あんた意地悪ね」

「悪魔だもの」

 

そう言ってほむらはカップを口に運んだ。

 

「私はその悪魔が一番大事よ」

 

一瞬むせかけて、ほむらは珈琲が熱いことを呪った。そうしてその呪いをぶつけるようにさやかを睨みつける。だがさやかはいたって真面目そうに真っ直ぐほむらを見つめていた。

 

「私が馬鹿だったわ、よそで友達作って浮かれて…これからは魔獣退治に専念する」

「わかればいいのよ」

 

昨日の夜の様に何故か心が軽くなる。きっと珈琲が美味しいせいだ。

 

「でも、誤解しないで美樹さやか」

「え?」

「私達は友達じゃないわ」

 

ほむらは左手を首から離しさやかの方に身を乗り出すと、カーディガンの襟元を軽く開いた。きょとんとしたさやかの顔がみるみる赤くなって。

 

「でしょ?」

「……それは、その」

 

もごもごと口ごもるさやかを見て、ほむらは声を出して笑いたくなる衝動にかられた。これが愉快というものだろうか。バツの悪そうな表情を浮かべているさやかをしり目にほむらは星砂の瓶を手に取った。そうして美しい顔を近づけて中を覗きこむ。

 

「どこにでも星はあるのね」

 

珍しく弾んだ声でほむらは囁くと、うっすらと痣のついた首を左手で数回撫でた――。

 

 

 

END

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