時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集) 作:さんかく@
それは魔獣との戦いを終えた後、蒼い髪の女性のなにげない一言からはじまった。
「ねえ、あんたって私のことどう思ってた?」
恐々と蒼い髪の女性――美樹さやかは傍にいる長い黒髪の女性に尋ねた。
「過去形?変なこと聞くのね」
黒髪の女性はコートを羽織りながらさやかを見上げる。丁度魔獣との戦闘を終えたところだ。彼女は戦闘中に羽根を生やすためにコートをこの寒空の公園に放置していた。悪魔でも寒いのだろう、彼女の身体は震えていた。身体のラインが浮き出た黒のワンピースがコートで隠れる。
「うん、たぶんこの場所の所為だと思うんだけど、急に気になってさ」
そう、この「場所」の所為だとさやかは思った。冷たい風が吹いてさやかも身震いする。デニムにダウンコートのいで立ちなのにそれでも寒い。と、ほむらが両手を組んだまま、さやかにもたれかかってきた。心地よい重み。
「寒いわ」
口から白い息を吐きながら、ほむらが上目遣いでさやかを見上げた。透き通るような白い肌に黒髪がひとすじかかり、なんとも妖艶だ。
・・・ただでさえ美人なのに困るわ
何が困るのか、とにかくさやかはわざとらしく咳をして空を見上げる。星は一つも見えない。
「あら、見惚れた?」
「違…そうよ」
くすくすとほむらは笑う。こういうさやかのわかりやすいところは(自分が)操縦しやすいという意味で嫌いではなかった。こつん、と更に頭を肩にのせる。夜中の公園は二人だけしかいない。
「昔、私の夢にあった場所よね、ここ」
「うん」
ほむらの呟きにさやかが頷く。そうここは以前ほむらが魔女になった頃、結界の中にあった公園と同じ場所だ。今考えたら十二分過ぎるほど幸せな夢だったとさやかは思う。円環のまどかとなぎさと共に訪れた時はこれがほむらの夢の中かと泣きそうになったくらいだ。
「あんたとっても幸せそうだった」
「同情は嫌いよ」
驚いてさやかはほむらの顔を覗きこむ。意外にもその言葉とは裏腹に微笑んでいた。美しい大人の女性の顔にあの頃の眼鏡の少女のはにかんだ面影が見えて、さやかは何故かあの時のように泣きたくなる。
「変なひとね」
その顔を見て苦笑するほむら。10年経てば彼女もまたこんな風に表情豊かになっていて。そしてこんな風にさやかと会話するようになっているのだ。夢みたい、とさやかは思う。そして今自分は幸せなのだと。ほむらは視線を空に向けて、そうねえ…と呟く。先ほどのさやかの問に答えようとしているのだろう。
「あ、待って、ごめん、やっぱ答えなくていいわ」
「あら、怖いの?」
からかうように囁くほむらに真顔でさやかは頷く。
「うん、まあ怖いというかさ、せっかくあんたと今こうしていられるんだから昔のことはもういいかなあって」
「お利口になったのね」
そう囁くと、ほむらはさやかから身体を離して数歩前に出た。首をかしげるさやか。おもむろにほむらがコートを脱いでそのままさやかに向かって放り投げた。ふわり、と宙に舞うコートをキャッチしたさやかはほむらの方を見て目を見開いた。
月明りの下、背中から黒い羽根を出している悪魔の姿は美しかった。どこか神々しさえ感じるその姿に、さやかは彼女を「悪魔」以外で形容する言葉がないか必死で考えた。だが、こちらを見て微笑むアメジストの瞳をした妖艶な悪魔に魅入られて何にも考えられなくなる。
「帰りましょう」
そう囁いて手を伸ばしてくるのだから、え?とさやかは間抜けな声をあげた。そうして空を飛んで帰るということをようやく認識して。慌ててダウンコートの前を閉める。この寒空冷たい風に吹かれながら飛ぶのだからと、ほむらのコートも身に付けようとしたが入らないことに気づき途中で辞めた。
「前みたいに落とそうとしないでよね?」
「いい子にしてればね、そっちこそ、前みたいに私のコート落とさないでね」
「わかって‥‥ひゃあああ」
さやかが変な悲鳴をあげた。いきなり脇を抱えられて宙に浮いたからだ。ものすごいスピードで冷たい風が遠慮なくさやかの顔にあたる。もう恥も外聞もなく、コアラの様にほむらの身体に横からしがみついた。まだ高校生ぐらいまでの頃はほむらがさやかの背後から抱きかかえていたのだが、さやかが(ほむらの)予定より大きくなったため今では色々思考錯誤してだいたいこういうしがみつき系で空を飛んでいる。どんどん地上から遠ざかっていく様子を目を白黒させて見つめるさやか。それをさも愉快と言わんばかりに笑顔で見つめる悪魔。
「相変わらずうるさいかばん持ちさんね」
「だって、落ちたら死ぬのよ?」
「そうかしら?」
「やめて、試さないで!」
更にほむらの身体に強くしがみつく。苦笑する悪魔。それはさやかが見ている時には決して見せない素朴な笑みで。
「ねえ、さやか」
「な、何?」
「昔じゃなくて、今私が貴方をどう思っているかは聞かないの?」
「へ、だ、だって、あんた前聞いても教えてくれなかったじゃない」
『貴方は私に恋しているのよ』
嬉しそうにそう言って、でも悪魔は自分の気持は明かしてくれなかった。
「あら、今夜は違うかもしれないわよ」
「え、ほ、ほんと?」
風に耐えながら必死に悪魔の方へ顔を向けると、妖艶な笑みを浮かべた美貌がそこにあって。
急にさやかは自分がこの美しい悪魔の身体に抱きついていることを妙に意識してしまう。華奢で柔らかい身体の感触…ヤバイ!と心で叫んでさやかは腕を緩めるが、そうなると今度は落下しそうで。
――何これ天国なの地獄なの?
心で叫んでいると、悪魔がさも呆れたと言わんばかりの表情でさやかを見ていた。
「心の声がだだ漏れよ、変態」
「やめて、変態でもいいから落とさないで!」
かばん持ちはもう支離滅裂である。もしかして高所恐怖症なのだろうか、と悪魔もまたどうでもいいことを考えてしまって。まあそれでも必死にしがみついてくるものを無下に落とすのも可哀そうだと悪魔は憐れんだ。
「まあ、躾が足りないのは飼い主の責任でもあるし…」
そう一人意味不明なことを呟くと、さやかの身体を抱きかかえ体勢を変えた。お姫様抱っこだ。身体の大きい方が華奢で小柄な方に抱きかかえられている構図はどこか微笑ましい。半泣きになっている蒼い髪の女性を見て、ほむらは目を細めた。
「ねえさやか、私が今貴方をどう思っているかだけど…」
「う…うん?」
「昔と今でね、実はそう変わってないの」
きょとんとしたさやかの顔にほむらの顔が近づく。
「しょうがないひとよ」
ゆっくりと音を立ててほむらの唇がさやかの唇に押し付けられた。かばん持ちはただ目を見開いてその柔らかい感触に意識が全部向きそうになりながらもコートを落とさないように必死で。
ふ、と唇と唇の間から息が漏れる。悪魔が失笑したのだ。
――ほんとしょうがないひとね
さやかの脳内で声が響く。念話だ。そうして唇が離れたと思ったら、更に強く押し付けられた。
ほむらもまた柔らかい感触を楽しんでいるようで、さやかの頭を抑えはじめ、そうして二人は空の上でしばらくそのままでいた。
二人が帰宅したのは明け方近くだったことはまた別の話だ。
END