時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集)   作:さんかく@

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悪魔は恋を語る

ことの始まりは、黒髪の彼女のなにげない一言から。

 

「ねえ、恋って何かしら」

 

蒼い髪の友人はそれはもう驚いた表情で彼女を見て、うわ、天然だ…と一言呟いて、それでも面白そうに黒髪の友人を見下ろした。

 

「…どうしたのあんた急に?まさか誰か好きになっちゃったとか?」

 

じろ、と横から上目遣いで黒髪の美女は蒼い髪の友人を見上げる。

ちょうど寒空の下、二人はもたれるように寄り添って立っていたので、言葉を発する度に互いの白い息がかかる。ぐい、と答えを催促しているかのように、黒髪の美女は友人に体を更に押し付けもたれかかった。

 

「………ねえ、一応哲学者としてはどうなの?何か定義はないの?」

「え、そう言われると、何か答えなきゃいけないじゃない…え~と…」

 

いいようにはぐらかされたのに、学生時代の専攻を持ち上げられて悪い気はしないのだろう、必死に思考をめぐらす蒼い髪の友人を目を細めて暁美ほむらは見上げた。

彼女のお人よしで意外と単純な所は(自分が)操縦しやすいという点で、ほむらは嫌いではなかった。

笑う絵画から解放されて小一時間、二人はまだ寒い丘の上で夜の街を見下ろしていた。特段語ることもなくしばらく寄り添ったままそうしていたのだが、おもむろに暁美ほむらがあのような事を聞くものだから、正直美樹さやかも面喰っている。

…コイツがこんな事聞くなんてねえ…?

記憶にある限り、中学、高校、大学、そして現在、この黒髪の友人がこういう類の話をしてくるなんてことはなかったはずだ。おそらく先ほどの事件の影響なのだろうか?

 

「ねえ…ちゃんと考えてるの貴方?」

「あ、ごめんごめん、考えてるわよ…え~と、あ!」

 

閃いた、と得意顔で呟いて、満面の笑みでほむらを見下ろす。それに対してほむらは何故か仏頂面で。

 

「へらへらして、気持ち悪いわ…貴方」

「あ~もう、悪かったわね!い~い?ちゃんと聞きなさいよ」

 

こほん、とお約束な咳払いなどして、人さし指を空に向けて。

 

「愛は真心、恋は下心なのよ」

「は?」

 

日本語でしか通じないけどね、と美樹さやかはニヤリと笑い、それぞれの漢字のどの位置に

 

「心」があるのかを説明した。

「………それって、教授か何かの講義であったの?」

「いいえ、同じゼミの仲間の受け売りよ、でもいいと思わない?偶然にしては愛と恋の違い

 

をうまく言い…ちょっと、ちょっと!何帰りはじめてるのあんた!」

はあ、とため息をつきながら、ほむらは歩きはじめていた。カサ、カサ、とブーツで踏んだ草が音を立てる。ファサと優雅に指で黒髪を流し、カジュアルなトレンチコートに身を包んで軽やかに歩き始めている彼女の姿は美しかった。だが、置いてけぼりをくらいそうになった友人からしたらそれどころではない。

 

「あんたねえ…人がせっかく」

「…そろそろ寒いから帰りましょ、ほら」

「へ?」

 

しれっとした顔でほむらが右手をさやかに差し出す。黒のバッグが握られていた。首をかしげながら友人の所持品を手にするさやか。両手を空にしたほむらは今度はボタンを外し、トレンチコートを脱ぎ出した。

 

「え、ちょっと寒くな…」

「ほら、これも」

「あ、はい」

 

今度はトレンチコート、さやかの手がまるで参考人が手錠を隠すために布が被されているような姿になる。それが可笑しいと思ったのか、ふ、とほむらは口元を緩める。そして両手をタートルネックのセーターの裾に伸ばすと、そのまま持ち上げた。

 

「わ、ちょここで…?」

「馬鹿ね…違うわよ」

 

バサッと音を立てて、豪快にセーターを脱ぐと、背中の開いた黒のレイヤードトップが現われた。黒髪を揺らし、ふう、とほむらはため息をつく。彼女の白い肌が夜景に曝され、さすがに蒼い髪の友人も顔を赤くする。

 

「な、何?ちょっとあんた人がいないからってこんなと…むぐっ!」

 

さやかが言葉を詰まらせた、視界が真っ暗になり、薔薇の香りに包まれる。黒髪の友人が投げつけてきたセーターが顔面に当たったのだ。

 

「こら!ほむら…」

 

抗議の声をあげようとして、今度は言葉を失う。

友人の背中に、黒い羽根が生えていたからだ。悪魔の羽根が。

思わず、さやかの口から、感嘆のため息が漏れる。それほどまでに美しかった。

殺風景な冬の丘の上で、羽根を生やした美貌の悪魔の姿は、幻想的で恐ろしいほど美しかった。長い黒髪を手で掻きあげると、ニヤリとさやかを見て挑発的に微笑む。アメジストの瞳が輝く。

 

「あら?そんなに私に見惚れてどうするの?」

「ばっ、見惚れてなんか…」

 

つい、カッとなって大きな声をあげるが、すぐに口を閉ざす、見惚れたのは一目了然なのだ、きっと顔も赤いだろう、認めたようにさやかがため息を漏らすと、くすくすと悪魔は嬉しそうに笑った。

 

「あら、今夜は素直じゃない…さあ、帰りましょう」

「へ?」

「こんな時間よ、電車もないし、タクシーもここじゃあ拾えないわ。飛んで帰った方が楽でしょ?それとも貴方は歩いて帰る?」

「わ!嫌よ、嫌に決まってるじゃない、まさか私を置いて行くつもりだったとか…」

 

彼女ならやりかねない…と過去の数々の出来事を思い出してさやかは青ざめた。が、悪魔は意外にも真面目な顔で囁く。

 

「もう…新年早々、そんな無粋なことはしないわ…ほら、おいで」

 

まるで犬か何かを呼ぶかのように、手まねきする悪魔を見て、一瞬さやかが何か言いたそうな顔になるが、すぐにため息をついて悪魔の言う通り歩み寄る。それを見て

 

「いい子ね、抱っこしてあげるわ」

 

と悪魔は妖艶な笑みを浮かべた。

 

*********

 

半分に欠けた月の下、羽根を羽ばたかせ悪魔は飛翔する。

 

「わ~、わわ!」

「もう少し静かにできないの?貴方」

「いや、だって…」

 

必死にしがみついてくる蒼い髪の友人を、悪魔は面白そうに目を細めて見つめる。

目を白黒させて、眼下の風景を必死で見ている友人の表情が可笑しくて、とうとうほむらは笑ってしまった。

二人は身体を密着させて飛んでいる。ほむらの側面にさやかが密着し、腕をほむらの首に巻き付け、ほむらがさやかの腰を抱きしめる格好だ。

 まだ、高校時代まで…さやかとほむらの体格差がさほど大きくなかった時は共闘中、彼女の背後からほむらが抱きかかえる格好で飛ぶことも可能だったが、頭1個分さやかが大きくなったことでそれは無理な話となった。そこで試行錯誤の上、今の体勢となったわけだが。少し大柄なさやかが華奢なほむらに必死で縋りついている様はどこかお間抜けで微笑ましかった。

 

「ねえ、もし私のバッグと服を落したら…分かってるわね?」

「私も落すんでしょ!わかってるわよ…わっわっ…ひゃあ…」

 

さやかは悪魔の細い首に必死にしがみつく。

この高さで落ちた場合の地面と激突する時間と、変身に要する時間…どう考えても間に合わない、さやかはゾッとした。どんなに遠くて、たとえ家に辿りつくのが朝になったとしても、彼女の荷物を担いで私は歩いて帰れば良かったのだろうか…とさやかが後悔し始めた頃、急に悪魔が妖艶な声で耳元に囁いた。

 

「ねえ、さやか」

「なに…?」

「貴方、私に恋してるの?」

 

思わず、さやかは手を離してしまった。

 

「ああ、ごめっ!ほむらっ、コート!」

「何やってんのよ!馬鹿…」

 

宙にほむらのコートが舞う、そのままほむらは急降下して、素早くキャッチする。さすがに私物となると執着するのか、動きが段違いに早かった。おかげで悲鳴をあげた友人はすでに涙目であったが。

 

「ごめんほむら…」

 

殺される…とさやかは真剣に思ったが、しかし、意外にも悪魔は妖艶な笑みを浮かべたままさやかを見つめていた。

 

「…ちょっと、貴方もしかして動揺しているの?今の質問で」

「へ…あ、そ、そりゃそうよ!なんで私が…」

 

さやか自身、動揺している自分が不思議であった。

 

「下心」

「へ?」

 

ほむらが目を細めてさやかを見つめる。

 

「貴方が言ったじゃない、恋は下心って」

「そりゃあ…」

「貴方いつも私を下心で見ているようだけど?」

「ちょ!…人聞きの悪い…そりゃ、あんたは綺麗だし、時々見惚れているけど」

「時々?」

 

面白そうに悪魔が聞き返す。

誘導尋問のようだ…とさやかは思った。だが、嘘をつける訳もなく。

「いいや、ごめんほぼ毎日だわ」

 

と正直に答える、クスクスと笑う悪魔。

 

「それじゃあ、貴方は下心ありね、決まりだわ」

「え、ちょ決まりって…!」

「貴方は私に恋してるのよ、美樹さやか」

 

そう、恋しているんだわ、と囁いて嬉しそうにまた笑った。

一体、何が楽しくてこんな質問をして嬉しそうに笑っているのかさやかにはわからなかった。自己分析は徹底的にできるさやかだが、実は他者の繊細な心の動きを追うのは苦手だった。特にこの黒髪の美しい友人の心を読み取ることは。

はあ、と思わずため息をつく。

 

「…もう、まあその理屈じゃそうなるわね、そうよ、それでいいわ…」

「まあ、その回答でよしとしましょうか…いつかきちんと明言してもらうけど?」

「わかったわよ!ったく…じゃああんたはどうなのよ?誰かに恋してるの?」

しばし沈黙が訪れる。

「…私はまどかを「愛」してるわ」

「答えてないじゃん、「恋」の方よ」

「…そうね」

 

アメジストの瞳がさやかに真っ直ぐに向けられる。どことなく熱を帯びて。

その艶のある唇から、さやかには聞きなれない言葉が紡ぎ出された。

 

「グリル・パルツァ―」

「へ?」

「「サロメ」、そして「苦い味」、これがヒントよ…」

「ヒントって…ちょ」

 

悪魔がさやかの首元に顔を押し付けた。

 

「痛…っちょっとお」

 

さやかが顔をしかめる。ほむらが歯で首を軽く噛んだのだ、数回捕食するように甘噛みすると、今度は赤い舌でぺろぺろと猫のように舐めはじめた。痛さとくすぐったさで顔を赤くするさやかを上目遣いで見上げながら、なおも続け、そして囁く。

 

「貴方って苦い味ね…それもヒントよ…忘れないで」

「…わかったわよ、ちょっと…くすぐったいからやめ…」

 

悪魔の首に回した手を思わず離しそうで、さやかは必死に縋るようにほむらに抱きつく。

ダメよ…と悪魔は優しく囁いて、もう少しだけと懇願する。

 

「貴方ってほんと苦いわ…」

 

そう言って、悪魔はしばらくの間、赤い舌を友人の首へ這わしていた。気持ち良さそうに目を瞑りながら。

 

 

END

 




<余談>

悪魔ほむらさんのヒント


手の上なら尊敬のキス
額の上なら友情のキス
頬の上なら厚情のキス
唇の上なら愛情のキス
閉じた目の上なら憧憬のキス
掌の上なら懇願のキス
腕と首なら欲望のキス
さてそのほかはみな狂気の沙汰
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