時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集)   作:さんかく@

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バレンタインデー話。甘々(当社比)


Orange Peel

『貴方甘いもの好きだったかしら』

 

ある日悪魔は唐突にかばん持ちにそう尋ねた。自己完結性の強いこの美しい悪魔は全ての言葉が端的で。だが、それを理解できるようになったかばん持ちは笑顔で答えた。

 

『そうねえなんでも好きだけど、オレンジピール知ってる?私あれ結構好きだわ』

 

遠い昔、金髪の先輩が振舞ってくれたケーキに入っていたことを思い出す。あれから好きになったのだ。

 

『そう…』

 

嬉しそうに語るかばん持ちから悪魔は視線を月に逸らした。もう興味は無くなったのか、と、かばん持ちは口を尖らせて。

 

『あ、そういうあんたはどうなのよ、人に聞いといてさ』

 

さやかの顔を見つめながら、ふふ、と悪魔は笑った。何がおかしいのかさやかにはわからないが、最近悪魔はこのようによく笑うようになったと思う。

 

『そうねえ、甘いものは私も好きよ、特に――』

 

そう囁いて、悪魔は目を細めた。

 

*****

 

 

 

悪魔の朝は遅い

 

――はずなのに?

 

美樹さやかはそのたれ気味の目を一瞬大きく見開いた後ぱちぱちとしばたたかせた。朝の柔らかい光が差し込んだキッチンにいつもはこの時刻まで眠りこけている黒髪の女性が立っていたからだ。

 

――ああ、今日は黒じゃないんだ

 

そうさやかは心で呟く。好んでいるのかはわからないがいつも黒を基調とした服を着るこの女性は今朝はベージュのワンピースを着ていて。その所為か陰鬱な雰囲気も幾分かやわらいでみえた。こうしてみると「悪魔」とは到底思えない。作業に没頭する女性をさやかは首をかしげながら眺めた。その表情は惚けていてまるで彼女に見惚れているようで。だが無理もない、黒髪の女性は美しかった、恐ろしいほどに。

 

『私と契約しなさい、美樹さやか』

 

あれから8年か、とさやかは思う。この女性と自分がまだ少女の頃、共通の大切な友のため紆余曲折を経て共闘の契約を結んだあの日から。はあ、と息を吐いて視線を女性から壁一面に広がる窓へと移す。スウェットの上下を着た背の高い女性がそこにいて、さやかが頭を掻くとその女性も同じ動きをした。

 

「何一人で遊んでいるの?」

 

はっ、と我にかえったさやかは声の主の方へ視線を向ける。いつの間にか黒髪の女性がさやかを見つめていた。その両手にはボウルが抱えられていて。

 

「あ~あはは、遊んでいたわけじゃないのよ、ただ」

「ただ、何?」

 

形のいい眉をひそめ女性がさやかを睨んだ。一瞬たじろぐさやかだが意を決したように口を開いた。

 

「見惚れてたのよ、あんたって綺麗だなあって」

 

正直さはさやかの美徳だが、さてそれは悪魔にとっては?

 

「そう…」

 

悪魔はそうぽつりと呟くと、また淡々と作業に没頭した。端整な顔はいたって冷静で、だがその頬はほんの少しだけ赤くなっていた。

 

――こういうところは可愛いんだけどね?

 

そう心で呟いて、さやかは美しい悪魔――暁美ほむらの横顔を見つめた

 

**********

 

艶のある長い黒髪、白磁の様な肌、陰鬱だが妖艶な眼差し、そしてこの世のものとは思えない美貌。暁美ほむらという女性はだいぶ美しく成長していた。

 

――夢みたい

 

こんな時、さやかは嫌でもそう思ってしまうのだ。あの頃あんなに険悪で敵対(一方的にだが)していた少女とこんな風に一緒に過ごしていることが今でも夢の様で。そうして情けないことにさやかはどんなに一緒にいてもその美しさに慣れることがなくて。さやかは首を振って、そうして穏やかな声で囁いた。

 

「おはよう」

 

改まってだいぶ遅れた挨拶をするが、聞こえるのはカツン、カツンとボウルに木べらがあたる音。それがようやく止まって。

 

「……おはよう」

 

ほむらもぽつりと返した。

 

「あんたがこんな早く起きてくるなんて、珍しいわね」

「作りたいものがあったのよ」

「へえ、何作ってるの?」

 

どこか互いの態度に気恥ずかしさがあるのは「昨日」の所為なのだが、それについては一言も語らずに会話を始める。10年も経てばそういうこともできるようになるのだ。と、ボウルの中を覗いたさやかが不思議そうに呟いた。

 

「チョコレート?」

「そうよ」

「ああ、今日って」

 

バレンタインであることをさやかは思い出す。そうして、今までそういったイベントに全く興味を持っていなかったほむらが、こんな風に朝から張り切ってチョコレートづくりに精を出すことに嬉しい驚きを覚えた。

 

「自惚れないでね、貴方に作っているわけじゃないから」

 

さやかの方を見ないでほむらは囁いた。

 

「まどかによ…あの子にあげるの」

「ああ、まあそりゃあそうよね」

 

若干の寂しさを覚えながら、さやかは軽く肩をすくめた。そうしてボウルの中のチョコレートを意味ありげに一瞥した。一瞬強張った表情を浮かべるのは、以前チョコレートの液体で『散々な目』にあったからで。

 

「まどかも喜ぶわよ、あんたの手作りチョコならさ」

 

そう言ってさやかはスウェットの袖をまくった。

 

「さ、それじゃあ私珈琲作るわね」

「味見」

「え?」

 

ほむらの声に振り向くと、やけに険しい顔をした悪魔がさやかを見つめていて。

 

「仕方ないから味見させてあげるわ」

「ほんとそりゃ嬉しい…」

 

ほむらはボウルに指を入れ、チョコを絡めるとその指をさやかの唇にあてた。

 

「舐めて」

 

目を丸くしながらも、さやかはペロリ、とほむらの指を舐めた。甘い柑橘系の味が口に広がる。険しい表情を少し和らげ満足そうに目を細めるほむら。

 

「どう?」

「あ、う、うん、美味しいし、イケてるわ」

 

照れて赤くなるさやかを見つめながら、ほむらはその指を今度は自分の唇にあててぺろりと舐めとった。

 

「中々いいわね」

 

そう言って、ほむらはさやかに背を向けた。さやかは赤くなったまま、ふとあることに気づいた。それはチョコの味。さやかは唇に指をあてた。

 

『貴方甘いもの好きだったかしら』

 

そう悪魔に聞かれたのはいつだっただろう?

その時確かオレンジピールと答えた気がする。

そして、このチョコにもオレンジピールの味がして。

 

「あのさ、ほむら…このチョコってもしかして」

 

さやかが尋ねても、ほむらは返事をしない、ずっと背中を向けたままで。

 

「ほむら?」

 

戸惑いながらさやかはほむらに近づきその肩越しから顔を覗きこんだ。

 

――え、誰、この乙女?

 

ほむらの顔はさやかと同じように赤くなっていて、恥じらうような表情を浮かべていた。驚くさやか。

 

「もう…失敗したわ」

「え、何が?」

 

両手を腰にあてて、ほむらははあ、と息を吐くと、ゆっくりとさやかの方へ身体を向けた。潤んだ目でさやかを見上げる。

 

「貴方が起きるのが早いのがいけないのよ」

 

そう囁いて、恥ずかしそうに微笑んだ。新鮮な素顔。

 

「ほむら…」

 

そう、つっけんどんだったのは、慣れないことをする姿を見られた彼女の照れ隠し。

こんな朝早くからチョコレートを作っていたのも、その味がオレンジピールなのも全て――

 

『貴方に作っているわけじゃないから』

 

あれは嘘だった。悪魔の可愛い嘘。ほむらは口元を緩めながら、ボウルに人差し指を入れた。そうしてチョコレートを絡めとる。

 

「おかわりする?」

 

さやかは頷いた。するとほむらはその指をさやかにではなく、自分の口に入れて舐めとるとそのまま顔をさやかの顔に近づけた。軽く音を立てて唇が触れ合うと、そのまま悪魔はかばん持ちの首に手を回し唇をもっと押し付ける。

 

――私、今日死ぬのかしら?

 

そんなことをぼんやり考えながら、さやかは目を閉じている悪魔の美しい顔を見つめている。長い睫毛が震えていて。口に自分のものでない柔らかい舌の感触とチョコの甘さを感じてさやかも目を閉じた。

 

悪魔の口の中はチョコよりも甘くオレンジピールよりもいい香りがした――

 

 

『私も甘いものは好きよ、特に――』

 

『貴方の好きなものがね』

 

 

悪魔のチョコレートが完成したのは、その後、だいぶ夜も更けた頃だったという。

 

 

 

Are they satisfied?

 

 

END

 

 




Orange Peelとチョコが絡み合うとめちゃ美味いです…
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