時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集)   作:さんかく@

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追想

このままずっとこの犬は私の元に居続けるのだろうか?

 

蒼い――そう「犬」にしては珍しい毛並みのその犬は私の傍で何をするわけでもなく窓の外を眺めていた。

 

「何をぼうっとしているの?」

 

別に意味はない、ただそこにいるからなんとなく聞いてみただけ。だけど犬はすぐに反応するとこちらの方を見つめながらだらしなく尻尾を振ってきた。

 

――やめて

 

私は犬から目をそらした。窓の外に広がる夜の街、私が改変したこの世界。もう何度こうやって半分に欠けた月を見上げただろう。窓に私の姿が映る、喪服の様な黒のドレスに身を包んだ少女が。長い黒髪に蒼白い肌、そしてアメジスト色の瞳――疲れたような顔つきでこちらを見つめている私を私は手で塞いだ。

 

「魔獣を狩ってくるわ」

「私も行くわ」

 

犬があろうことか私の傍によってきた。いつの間にこんなに懐いていたのだろう。迷惑なだけなのに。

 

「ついてこないで」

「なんで」

「私は悪魔よ」

「関係ないでしょ」

 

生意気な犬だ。私はただ一人であの子のために戦い続けたかったそれだけなのに、どうしてこんな犬を手元に置いてしまったのだろう?

 

「貴方が邪魔なのよ、美樹さやか」

 

私は犬の名前を呼んだ。そう、犬の名前は美樹さやかといった。今までの記憶を失くし、そして再び取り戻そうとしている馬鹿な犬。

 

「邪魔でもなんでも、あたしはあんたについていく、もう決めたんだ」

 

かつて私が魔法少女だった頃と同じようにまっすぐな目で私を見つめてくる。私はこの目が嫌いだった。馬鹿正直でまっすぐで、私がどんなにがんばっても何度も絶望し魔女化したこの間抜けで不器用な子。

 

「愚かね美樹さやか、本当に馬鹿な犬の様だわ」

「あたし犬じゃない!」

「あらそうだった?」

 

嘲るように笑うと途端に犬――美樹さやかの顔が赤くなった。本当にわかりやすい馬鹿なひと。巴マミや杏子と違い何故この子はこんなにも単純でそして愚かなのだろうか、私は両手を胸の前まであげた。

 

「待って」

 

ほんの数センチほどの間隔をあけて手を止める。

 

「犬と思ってもいいから」

「え?」

「あたしも一緒に戦わせて」

 

縋る様な目は本当に主を失った犬の様に必死で。どうしてこうなったのだろう?こういう風になってしまったのだろう?どうして私はこの子にこんな風に見つめられているのだろう。わからない、何も。

 

『あたしが悪いんだ…あんたをこんなにしたのは…』

 

あの大雨の日失ったはずの記憶を少しだけ取り戻し、美樹さやかは私にそう言った。濁った死んだ魚の様な目はまるであの絶望に沈んだ時の様で。

 

『おかしいわ、あなたがこんな風になる記憶なんて無いはずよ…何を見たの?』

『あんたより』

『え?』

『人間の方が、悪魔なんかより、人間の方が…』

 

美樹さやかの唇には色が無かった。私は彼女の記憶を奪うのをやめた――

あの時どうして記憶を奪わなかったのだろう、どうして家へと連れ帰ったのだろう、そしてどうして…一緒に暮らしているのだろう?

 

はあ、と息を吐き私は両手を下す。

 

「…足手まといにはならないで」

「わかった」

 

やけに嬉しそうな声が背中から聞こえる。ああ、やはりこの子は「犬」だ。そういうことにしておこう、そうすれば何も考えなくていい、そうすれば――

 

 

*****

 

 

「月が綺麗だね」

 

私は目を見開いて隣の蒼い髪の女性を見上げた。私よりほんの少しだけ背の高い珍しい「毛並み」の彼女は窓の外を呆けたように眺めていて。

 

「…何さ」

 

私の視線に気づいたのか、彼女がこちらをのぞきこんでくる。空の色をした瞳に私が映って。

 

「なんでもないわ」

「ほんとに?」

「しつこいと嫌われるわよ」

「ぐ…」

 

口元が緩むのを必死に抑え私は彼女を眺める。

 

「そうね、やっぱり『あれ』になるとお利口になるんだなあって…そう思ったのよ」

「あれ?」

「成犬」

「ひど!あんたいつまで私のことを犬だと…」

「あら違うの?」

 

もちろん冗談だ(たぶん)。私はそう言って彼女の身体にもたれた。シャツの肌触りと彼女の腕の熱さが心地よい。ちらりと彼女の顔を覗き見ると案の定赤くなっていて、私はもう口元を緩めるのを抑えなかった。そうして窓の外に視線を移す。広がる夜の街――私が改変した世界はずっと変わらないままで。もう何度こうやって半分に欠けた月を見上げただろう。

 

「…あっという間だったね」

「そうね」

 

窓に私の姿が映る、喪服の様な黒のドレスに身を包んだ大人の女性が白いシャツの女性にもたれていて。長い黒髪に蒼白い肌、そしてアメジスト色の瞳――微笑んでこちらを見つめている私を私は手でそっと撫でた。

 

「さやか」

 

私は彼女の名前を呼んだ。甘い声になっているのは痛いほど自覚していた。だが仕方のないことなのだ、この長い年月で魔が差してこのひとを受け入れてしまった私の――

 

「何?」

「貴方の所為よ」

「え?」

 

私は答える代わりに少しだけ背伸びした。少しだけ高いはずの彼女の背が随分高く感じるのはこの時だけだ、唇に辿り着くまでの距離が遠くてもどかしい。

 

「ほむら…」

 

惚けた顔で私の名前を呼ぶ美樹さやか

 

なんてこのひとは――なんだろう

 

その顔を間近で眺めながら私は目を瞑った――

 

 

 

END

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