扉が閉じるすんでのところで、ホームから車両へと飛び乗る。
既に座席は埋まっており、立っている人影もまちまちだ。
そのどれもが似たような学生服を身につけており、かく言う自分もそんな学生服集団の1人だった。
丁度正面に見えた、小さい中高生向けの塾の広告が貼られた窓、そこから少し視線を横にずらせば、広がっているのはあまりに真っ白の世界。
眼前に乱立する高層ビルは傷も汚れ一つさえも無く、まるで雪で作られたような純白の外壁は差し込む陽光を乱反射する。
そのビル一本一本に、一体どれだけの罪人の苦痛が費やされているのだろうか、などと思案しながら、そんな景色をぼんやりと目で追っていた。
流石に眩しくなったので、そっと視線を下げて、手元の端末でニュースサイトを表示する。
芸能人の熱愛に政治家の不祥事。アメリカの新兵器開発とヨーロッパ連合と中華共和国連邦の冷戦。
いつも目にしているような記事を大して読まずにスクロールを繰り返すと、昨日の夜起こったとある事件が目に止まる。
「……虚の教会…構成員摘発、ねぇ」
そのニュースを何となく読み進めていくと、近頃よく聞く名前に気がついた。
『虚の教会』
ラティオ技術を否定する狂人共だとか、頭のおかしいテロリストだとか、朝のニュースのコメンテーターが言っていた気がする。
まぁどうでもいいかと、戻るカーソルをタップしようと指を伸ばしたその時、後ろからバンッと思い切り肩を叩かれた。
「チャロ〜ハルハル!ん?どったの?変な顔して?」
この大型犬のように人懐っこい、胸のデカい金髪女の名前は高井 アカリ。2年間同じクラスというだけのごく普通のクラスメイトだ。
いかにも友達ですよ?的なムーブをカマしているが、こいつは誰にでもこうなので勘違いしてはいけない。
「いや、何でもないよ。おはよう、高井さん」
「相変わらず固いな〜ハルハル。あ!そのニュースうちもさっき見たよ!ほら」
そう言って身を乗り出して俺の端末を覗き込んできた。途端にふわりと女の子らしい香りが鼻腔をくすぐる。
アカリが指さしているのは、先程まで俺が見ていた虚の教会のニュース。やはり随分と話題になっているようだ。
「ほらあそこ、トロンの飛行船にも書いてある」
そう言いアカリが窓の外、周囲のビルに比べて3、いや、下手すれば4倍はありそうな最早塔と呼んだほうがふさわしいようなトロンプルイユ本社タワー、その周りを自動操縦で運行しているトロンプルイユ勧告船へと視線を移した。
飛行船の側面にはモニターが設置されており、トロンに都合のいいニュースや広告を絶えず流し続けていた。
「本当最近物騒だよね〜、感情を無くすとか、本当訳わかんない」
そんなことを言いながらアカリは自身の毛先をクルクルと弄っている。
それはそうだろう。このトロンで生活しているその殆どの人がアカリと同じ感情を覚えるだろう。
「そう……だな」
無感情にそう呟く。
天井のスピーカーからアナウンスがかかり、もう間もなく学園に到着するとの事だ、流れていく白い、白々しい街並みを眺めながら、やはりあまりに眩しすぎて、見ていられなくて、瞼を下ろした。
これがこの国、トロンプルイユの日常だ。
誰もが国に感情を搾取され、与えられた歓喜を我が物顔で浮べている。
苦痛で作られた純白のビル群に、怒りによって走行する電車。
感情が歯車を回す国、トロンプルイユへようこそ。
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電車を降り、到着したのはトロンが誇るマンモス校、トロンプルイユ総合国立学園。
首都『0地区』唯一の国立校。小学校から大学院までの全ての教育機関を内包する世界最大級の学園だ。
この駅、トロンプルイユ学園前駅で降りる者のその殆どはこの学園関係者だ。生徒手帳を改札にかざして、多くの生徒が駅を降りていく。
駅を学内に内包しており、改札を出ればそのまま学園へ到着する仕組みである。
そのまま初等部、中等部、高等部、大学部へと別れている、俺が向かうのは高等部の2年8組だ。
歩道エスカレーターの手すりに肘をつきのんびり流れる各クラスの扉と窓になんとなく見やる。
時たま視界を高速で警備ドローンが過ぎ去っていき、それら目につく機械類全てにトロンプルイユ・コーポレーションのロゴが刻印されている。
目的の地点でエスカレーターを降り、扉に手をかけた。
「おぉ、トヨハル!おはよう!なんだ元気ないな!!どうした!」
扉を開けた途端、キンキンとした大声で挨拶された。
朝からこちらに手を上げながら大声でまくしたててくるコイツは喜上 ユウダイ。俺の幼馴染であり底抜けにテンションの高い奴で、落ち込んでいるところをついぞ見たことがない。
それもまぁ今だけの話だ。中学の頃まではまるでシクラメンみたいに下ばかり向いた暗い奴だった。
高校デビューなのかと特に意識しない事にしていたが、たまに無理をしていないかと心配になるが、もしそうなら俺に言っているだろう。
「あぁ、おはようユウダイ、今日はいつもより声がデカイな」
「おうとも!!今日は朝からサルースキメて来たからな!!元気も元気だ!!!!」
「サルースか、使いすぎには気をつけろよ?」
「当然だ!!苦痛刑はゴメンだからな!!!ハッハッハッ!!!!」
まぁサルースを使ったなら納得だ、1錠飲めば2、3日は陽気でいられる。
そういえば俺の接種日は明日だったなと思い出して肩にゾクリと震えが走った。
「おいおい!!もうすぐ授業が始まるぞ!?早く席に着かなければな!!ハーッハッハッハッ!!!」
「おう、んじゃ後でな」
そうして高笑いを浮かべながらユウダイも自身の席へと戻って行った。
自分も着席しようと自身の机に向かうと、そこでは陽キャが談笑に花を咲かせており、アカリの肉付きのいい臀部が乗っかっていた。
「高井さん、机」
「え?あーごめんごめんハルハル!」
そう言って尻をどけると、友達のギャル達に手を振り、こちらへと向き直った。
「ねぇハルハル、ユウっちいつもの4割増くらいで元気だけど、どったの?サルース?」
「おう、らしいわ、今朝使ったんだと」
「え〜いいなぁ、アタシ明後日接種日だけど、キツイなぁ〜」
そう言って俺の机なのにも構わずだらりと両手を伸ばして上半身を乗せて占有してくる。
「まぁ、分かる、俺も明日だから」
「あー、そりゃキチィわ、おつ〜」
ちっとも同情してなさげに言いながら起き上がると、ブレザーのポケットからスマホを取りだし、何かの起動音、ソシャゲでも始めたらしい。
「あ、そういえばさ、サルースで思い出したんだけど、隣のクラスの子、乱用で捕まったらしいよ?」
「マジで?」
「マジマジ、憲兵隊にしょっぴかれてた、不定期検査に引っかかったんだってさ」
「うわぁ、ご愁傷さま」
うちのクラスでも2週間ほど前に不定期検査があったのを思い出した、サルースの過剰摂取は快楽値に異常な数値が出る。
乱用者の中には苦痛のラティオ、デスぺラティオから生成した薬で快楽値を打ち消してまで乱用する奴もいるらしい。
「乱用ねぇ、気持ちは分からんでも無いが…」
「苦痛刑は勘弁だよねぇ…」
「あぁ本当に、そういやこの間の歴史で言ってたな、俺達が生まれてくる前は死刑とか無期懲役とか、もっと色々刑罰があったって」
「羨ましいよねぇ、その時代に生まれたかった〜…」
「でもラティオもトロンもないぞ?どうやって暮らしてたんだか」
「それな〜」
そんな話をしているとチャイムが鳴り、担任の川口だろう革靴を自慢するようなカツカツという足音が廊下から響いて来た。
廊下中に聞こえるほどに勢いよく扉をバンと開き、パンパンのスーツにド派手なネクタイ、眼鏡をくいと上げて偉ぶった川口がノシノシと入ってくる。
「お〜いおまぇらぁ、なーにしゃべくっとんじゃ、学校をなんだと思ってるんだ?全く最近の若いのは…ブツブツ」
相変わらず気に食わない小言を言いながら出席を取り始めた。
窓の縁に腕をつき、電車から見た時には目が痛いほどに青かった空を見上げる。小鳥が2匹追いかけ合う用に羽ばたいている。そんな気楽さを羨ましげに視線を落とせば、遠くに不穏な暗雲が立ち込めていた。
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授業も終わり、ユウダイに声をかけようと席を立つと、ユウダイはもう既に教室を出るところだった。
「おいユウダイ、今日なんか用事あった?」
「あぁ!まぁそんなところだ!!!スマンが先に帰っていてくれ!!!」
そう言って風のように走り去っていってしまった。
まぁ、仕方がないと、俺は一人鞄をフックから手に取ると、駅の方へと歩みを進めて行った。
改札を出て、ターミナル駅に降り立つと、自宅への最寄り駅に繋がる路線のある方向とは別方向に進んでいく。
週3でバイトを入れている喫茶店『アヴェ』の扉を開けば、軽いベルの音とともにふわりとコーヒーの香りが店内から漂ってくる。
「やぁトヨハル君、待っていたよ、今日もよろしくね」
この豊かな白髪を携えた細身の老紳士がこの店のオーナー。苦瀬 ユキオさんだ。
挨拶をかわし更衣室へ向かうと、手早く制服を身につける。白を基調とした一般的な制服に茶色い無地のギャルソンエプロンを後ろ手に結ぶ。始めたばかりの頃は苦労したが、今では手馴れたものだ。
急ぎ足で店内に戻ってテーブルを拭いている最中、黒いパーカーを被った、体格からして男だと思われる人物と、その後ろ、白いYシャツ姿の男が共に入店した。
「いらっしゃいませ、2名様ですか?」
先に入ってきた黒フードの男に聞くが、なんの返答もない。ただフードの奥から突き刺すような視線をこちらに向けるばかりだった。
「あぁ、すいません、彼、人見知りなので」
後ろのYシャツの男が割って入ってきて、飄々と笑いながら謝罪をしてきた。
何か不信感は拭えないが、お客様はお客様だ。いつも通りに案内していると、会話を聞き付けたのか厨房からオーナーが顔を出した。
「トヨハル君、どうかしたのかい?揉め事?」
「あぁ、いえ、そういう訳では」
そう店長の方を振り向いたその時、本能的に正面に飛び退いた。
追って響き渡るのはトラックの衝突事故のような凄まじい轟音。
常日頃生活していて感じることなどありはしないそんな悪意、いや殺気の出処に目をやれば、さっき俺を睨みつけていた黒フードの男の袖から無色透明の刃のようなものがずるりと伸びている。
舞っていた砂煙が晴れると、オーナーがいた所の壁が容易く貫かれていた。
幸い血飛沫や悲鳴が聞こえない所を見ると、オーナーは恐らく無事なのだろう。
「な………なんだよ……なんなんだよ!!これ!!」
男たちに食ってかかろうとするが、足が震えてまるで立ち上がれない。
黒い男の刃が引き抜かれ、腕の形に戻ると、こちらを先程と同じ目で睨みつけてくる。
「fー38、まずはターゲットを始末なさい。彼はその後です。」
Yシャツの男がそう言うと、黒フードは再びオーナーの方へと向き直る。
こいつらが何者なのか、何でオーナーを狙ってるのかは知らないが、好き勝手させる訳には行かない。
まだ震えてはいるが、膝に手を付き何とか立ち上がると、俺は黒フードに飛びかかった。
「ふざけんなっ……!!ふざけんなっ……!!!てめぇらよくも…!!!」
全体重をかけて押し倒し、左腕を押さえつけ、右手で顔を殴り付ける。
しかしその感触にはまるで手応えもなく、まるでスライムでも殴っているような気分だ。
「くそっ…!!くそっ……!!!化け物がぁっ!!!」
2度、3度殴りつけたところで、右腹部がじわりと熱を持つ。視線を下げてみるとそこには真っ赤に染った制服がそこにはあった。
先程のように袖から伸びた透明の刃はその制服にめり込んで皮膚まで破いて貫いている。
「────ぁ゛っ……かはっ…………」
左腕を押さえつけていた力が抜けていく。
開放された左腕はもう一本の刃を形作り、それが首元まで至った瞬間私の意識は途絶えていった。
…………数分前までは欠伸が出るほどのどかだった店内は、今や血と破壊された椅子とカウンター、壁の崩れた瓦礫で酷い有様だ。
「ふむ、ターゲットには逃げられましたか。仕方ありませんねぇ」
そういいYシャツ男はトヨハル赤く湿った襟首を掴んで持ち上げる。
「しかしまぁ、面白いお土産も手に入りましたし、上々ですね。あれだけの感情、さぞ良い素体になる事でしょう」
そう言ってトヨハルの体を黒フードに持たせて喫茶店を後にする。
入口近くに停めてあった窓をカーテンで閉じきったバンの後部座席にトヨハルを放り込むと、黒い男が運転席に乗り込んだ。
Yシャツ男ものんびりと助手席に座り足を組むと、3人を乗せたバンは郊外へ向けて走り出したのだった。