次の日の早朝、技術棟前。そこは早朝にもかかわらず人が集まっていた。
「お早うございます」
「おはよう」
「兄様、お早うございます」
リィンの挨拶にサラとエリゼが挨拶を返す。バイクはもう既に動かせる状況だが、まだ見張りの問題がある為、コネクションレバーは回せない。(導力バイクはバイク内部にある蓄導力を機関部に流し込むことで駆動する設計になっている。その為、導力バイクのエンジンを入れるということは機関部と蓄導力部を接続するということになるのだ。)
そこに眠たそうな顔をしたトヴァルが技術棟から出て来た。
「ふわぁぁ……悪いな、こんな状況で。で、そろそろ行くのか?」
トヴァルは本気で眠たそうだが、なんとか意識は覚醒しつつあるらしい。
「はい。今7時頃なので、少なくとも9時までにはケルディックに着いて、情報収集して、マキアス達と接触したいと思います」
欠伸を噛み殺したトヴァルが「ん、そうか」と返す。その後に「で、」を付け加えた。
「見張りはどうする?」
「アタシとアンタでどうにか出来ないものかしらね」
「おいおい、そりゃあの壁を越えて背後から奇襲ってことか? 出来なくはないだろうが、リスクはあるんじゃないか?」
「そうよねぇ……あの見張り達は昨日トワからの話で朝7時と正午と夜6時に連絡を入れてるらしいから、今、行動不能にしても正午になればあちらさんも何かあったと気づくでしょうし……交代は正午の様ね」
一同がうーんと唸っている時、校門の方で何か音がした。耳を澄ますと、「だから通せって」「待て」「うるせぇな」……というやり取りが聞こえる。何者かが見張りとやりあってるらしい。
「待て……この声……お前ら、ちょっとそこで見てろ。俺が行って来る」
トヴァルはそう言うとリィン達を校舎の角に残し、自分は校門の方に向かう。その手にはオーブメントが握られている。
「やっぱアンタか……ミヒュトの爺さん」
「なんだ、貴様は!?」
「ええい、ここに近づくな!」
見張りが近づいてきたトヴァルに向かって叫ぶ。ミヒュトの方は放っておいて良いと判断したのだろう。だが、それは間違いだった。
「……隙を見せ過ぎたな」
ミヒュトがそう呟いたのを、見張りの1人が「えっ?」と言い、その意図を探る為にミヒュトの方を向きかけた、その時。ミヒュトの手刀と膝蹴りを喰らった。
「がはっ……ぐうっ」
まともに膝蹴りを鳩尾に喰らった為、崩れ落ちた。もう一人は反応良く振り向き、
「この……民間人風情がぁっ!」
そう言うとミヒュトに殴り掛かった。恐らく、同僚は不意打ちを食らった為に倒れたと思い、ならば正面切ってやればこの50歳は超えていると思われる一般人位、屠れると思ったのだろう。まぁ、反応は良かった。だが、次は背後のトヴァルから注意が逸れた。
「あー、止めとけ止めとけ、その爺さんにはアンタじゃ勝てねぇ」
トヴァルはオーブメントを駆動し、アーツを発動した。空中から6本の剣が出現し、見張り2人の周囲を六芒星の陣で囲み、その陣の中が光で包まれた。幻属性アーツ、「シルバーソーン」。見張りはそのアーツをまともに喰らい、混乱し、地面に倒れた。その様子を確認したトヴァルはミヒュトに話し掛ける。
「ったく、爺さん、何で来たんだ? こちとらこの見張りをどうするか悩んでたってのによ」
「話は後だ、トビー。とりあえずこの門を開けてくれや」
「やれやれ人使いの荒い……」
そう言いつつも素直に門を開く。見張り2人は縛り、校門近くの植え込みに寝かせる。少なくとも1時間やそこらでは目覚めないだろう。正面玄関前に全員が集まる。
「で、何の用だ?」
「まぁ、そう急かすな。実はな、今日の明け方、こんな連絡が入って来てな……」
そう言うと、ミヒュトは紙を見せた。その紙をトヴァルが広げ、中身を読む。しばらく読んだ後、「んなぁっ……!?」と叫び声を上げた。いつも冷静沈着なトヴァルからは考えられない。
「何々~?」
サラはそう言うとトヴァルから紙をひったくろうとしたが、それは叶わなかった。
「なによー、いいじゃないのよ」
リィンとエリゼは何も分からず、はてなマークを頭の上に浮かべている。それを見たミヒュトが説明する。
「ああ、これはな、あそこで蹲ってるトヴァルのやつの昔からの知り合いからの物でな、まぁ、驚くだろうよ」
「悪夢だ……」トヴァルはそう呟き続けながら体育座りを続けている。
「まぁ、大体の予想は付くけど。大方、この前のアルスターで会ったシスターさんからでしょ?」
トヴァルは「何で分かった?」ではなく、「何でその事を知っている?」と言ったニュアンスの表情を向けた。
「トヴァル、アタシをあんまり甘く見ないでほしいわね。そりゃ人間関係はアンタ程じゃなくても、遊撃士のコミュニティに隠し事は出来ないわよ」
それを言われて、トヴァルは「あー……」という全て納得はしていないが、呑み込めた、という顔をした。
「あの町の情報網か……まぁ、いいか。……お前ら、俺は少し用事が出来ちまった。俺は帝都には行けん。ちょいと人に会って来る。何か有力な情報を持ってるかもしれないからな……」
「用事、って……分かりました。サラ教官、エリゼは……」
「アタシ達はここに残るわ。何かあればアークスで連絡してくれればいいし。エリゼちゃんはちゃんと守るわ」
それを聞いたリィンは「分かりました」と呟き、バイクに跨る。そして乗り心地と調子を確認した後、生徒会館の方からトワ会長とジョルジュが出て来た。
「あ、リィン君、今から行くんだ。間に合ってよかったよ~」
会長はそう言いながらこちらに近づいて来る。しかし、校門が開けられ、そして植え込みの近くの芝生に見張りらしき2人の男が倒れているのを見ると、一瞬で顔が蒼白になる。
「ふぇっ!? こ、ここ校門が!? それに見張りの人がっ!?」
会長にトヴァルとサラが説明する。
「そ、そうでしたか。でもこれは……」
おそらくこれから事態がどうなるのか、シュミレーションしているのだろう。実務モードに入ったトワにミヒュトが近づき、何やら紙を渡す。それを見たトワは一瞬驚愕の表情を浮かべたが、直ぐに冷静になり、ミヒュトに何か耳打ちをして、その紙を制服の胸ポケットに仕舞った。リィンはそれを不審に思ったが、トワ会長がこの場のメンバーに対して言わないと言う事はそうしない方が良いと判断しての事だろう。そう思ったので、口には出さなかった。
「では、行ってきます」
ドルン! ドッドドドドド!
バイクのコネクションレバーを廻し、導力が機関部に流れ込み、エンジンが駆動する。これは聞いた事のあるトワ、ジョルジュ以外は初体験の為、少し耳を塞いでいる。
「リィン君、気を付けてね!」
「一応安全運転でね。何か気付いた事とかあったら言ってくれ」
「まぁ、飛ばし過ぎて事故らないようにね」
「兄様、お気をつけて……!」
トワ、ジョルジュ、サラ、エリゼの順に出発前の激励を送った。そしてリィンは保健室からベアトリクス先生、ヴァンダイク学院長が見送ってくれているのに気が付いた。そちらに向かって会釈した。
「あー、すまん、俺もトリスタ駅の方に用事があるんだが、乗せてくれても構わないか?」
トヴァルの申し出にリィンは笑顔で応えた。トヴァルはサイドカーに乗り込む。それを確認した後、クラッチをちゃんと握り込んだ状態で見送りの人々に挨拶した。
「何かあれば、ちゃんと連絡します。エリゼ、くれぐれも教官の言うことを聞いてな……?」
兄の言葉にエリゼは力強く頷いた。学院長以外の皆も手を振ってくれている。それを見て、リィンはゆっくりとクラッチレバーを離し、バイクを前進させていった。そして、坂を下り、見えなくなって行った。
リィンはトヴァルを降ろした後、トリスタ放送局を通り過ぎて、単身ケルディックに向かった。鉄路に沿い、風を切る。こんな非常時に不謹慎だとは思うが、思いっきり飛ばせることに爽快感を覚えていた。
リィンが帝国、いや大陸で唯一と言ってもいい2輪車を駆ってケルディックへと向かっている時、帝国南方の都市、オルディスにほど近い洋上にあの日、帝都を混乱の渦に巻き込んだ艦、パンタグリュエルが浮かんでいた。その船の艦橋の1つ上のvipルームのガラスから1人の男が外界を見下ろし、口の端を歪めていた。装いは豪奢、まさに大貴族です、という風。なにより目を引くのは右の肩掛け。誰が見ても高級品だと言うだろう。そして左胸の青い3本の羽根。上品に口の上に蓄えたオレンジの髭もその男の格を示していた。
「遥かな高みから地上を見下ろすと言うのは愉快な物だな……我ら四大名門の力があってこそ初めて叶えることが出来る景色だ」
「誠にその通りでございます、閣下――」
窓際でパンタグリュエルから見える景色を評価していた男に向かい、vipルームの中央付近に居た、緑の色調で揃えた服を優雅に着こなした男が言葉を返した。
「ふふふ、君にそう言って貰えるとこれを造った甲斐があると言うものだ、ルーファス君」
「は――恐悦至極です、カイエン公爵閣下」
この部屋に居たのは四大名門の中でもトップと言われるカイエン公爵と、当主ではないが、同じ四大名門の長子であるルーファスが居た。
「我ら貴族派の総参謀を引き受けてくれて喜ばしい限りだ。あの社交界の貴公子、帝国最高峰のベルリム大学を首席、しかも歴代最高の成績で卒業したと言う君がね」
「過分のお褒めを頂き、恐縮です。此度の戦、帝国を真っ二つに割り、この国の行く末を占うものとなりましょう。未熟な身ではありますが、主宰たる閣下の期待に沿える働きをさせてもらう所存です」
「君1人だけで100万の味方を得た思いだ。宜しく頼むよ、ルーファス君」
「はっ」
2人の会話がそこまで進んだ時、vipルームの扉が開いた。どうやらvipルームの前に立っていたボディガードらしい。
「お話し中の所失礼致します。実はC、と名乗る者が此方にいらっしゃる公爵閣下にお目通りしたいと言ってきているのですが」
公爵はその名を聞いて、覚えがあるようで通すように命じた。すると1人の男が部屋に入って来た。上半身の服を斜めに通るベルトが特徴的な黒を基調とした服を着た、銀髪赤眼の男。帝国解放戦線リーダー、クロウ・アームブラストその人だった――
「帝国解放戦線リーダー〈C〉改め、クロウ・アームブラスト。お見知りおきを」
カイエン公の近くまで移動すると、そう挨拶した。少しカイエン公の眉が動いたのは気のせいではないだろう。だが、そこは四大名門のリーダー、そう簡単には気取らせなかった。
「君があの帝国解放戦線の……ここに来てくれたということは我らの味方をしてくれる、ということだね? 君の事は聞いている。あの氷の乙女を出し抜き、帝国をも欺き、そして最終的に目的を果たした真に国を憂える集団、だとね。会う事が叶って光栄だよ」
その台詞を聞いたクロウが笑った。
「フッ、芝居は止めようぜ。俺達……帝国解放戦線はアンタ等貴族派からの援助があったからこそ、あそこまで出来た。その事は感謝している。俺がアンタ等に協力するのはその恩もあるからだ」
「やれやれ、何を言うかと思えば……そんな事は初耳だな。君は我々に協力してくれる……その事実だけで十分だろう?」
「ハッ、あくまで認めないか。流石に腹に一物を隠し持ってるだけある。まぁいい。こちらとしてもそれで不満は無いからな」
「ふっ、古代文明の結晶ともいえるあの騎神という力……存分に振る舞ってもらおう」
「そのつもりだ。……だが、強力だが騎神とは言え、万能じゃない。それは覚えておいてくれ」
「そうかね。そうそう、君に紹介しよう。こっちは……」
カイエン公がそこまで言ったところでルーファスが遮った。
「閣下、申し訳ありませんが、自己紹介は自分でするお許しを」
それを聞いたカイエン公は何も言わなかった。代わりに軽く頷いただけだった。
「有難うございます……君と顔を合わせたのは学院祭以来、かな? あの時はただの学生としてだったが。紹介が遅れた。この度、貴族派総参謀の任を仰せつかった。アルバレア家が長子、ルーファス・アルバレアだ。今後とも宜しく頼むよ」
ルーファスは友好の証として右手を差し出した。クロウはその手をしっかりと握り返した。
「……お互い、力を尽くすとしようぜ?」
お互いの紹介が終わった。そしてクロウが1つ疑問をカイエン公にぶつけた。
「1つ聴きたい事があるんだが、いいか?」
「何だね? 何でも聴いてくれたまえ」
「それじゃ遠慮なく。……俺がオズボーンを撃ったのは自分自身の復讐の為だ。しかし、アンタ等は何の為に革新派相手にここまで大規模な喧嘩を売った? オズボーンが倒れれば革新派の弱体化は免れない。むしろ弱体化した所を貴族派の力でつけこめば喧嘩を売るより安全だったんじゃねぇのか?」
「フフフ、確かに君の言う通りだ。君は頭が良いな……我々が此処まで大規模な戦闘を起こしたのは、あの男が倒れた今が武力で侵攻する一番の好機だと思ったからだ。それが、今のこの帝国で起きている、貴族派と革新派との悲しい対立を解消できる最短の近道だと思っている。無論、我らの勝利でね」
「……そうか」
「うむ。混乱に喘ぐ民の為にも、我々は力を結集し、迅速に戦を終結に導かなければなるまい。その為にも宜しく頼むぞ、ルーファス君、アームブラスト君」
「はっ」「ああ」
そう言い残すとカイエン公はvipルームを出て行った。部屋にはクロウとルーファスが残された。ルーファスも部屋を出ようとした時、思い出したように言った。
「そうそう、もし良かったら君の名を教えてもらえないかな? 君の『本当の名』を、ね――」
ルーファスに背を向けた状態でクロウはこう答えた。
「へっ、何言ってやがんだ? 俺の名はクロウ・アームブラストだ。それ以上でも、それ以下でもねぇ」
「フフフ、そうだったな。すまない、変な質問をしてしまった。忘れてくれ」
そう言い残すと、優雅に右手を振って出て行った。
「本当の名、ねぇ……」
そう言いながらクロウは眼下に広がるオルディスの海に差す太陽の煌めく光を見つめていた。
こんばんは。今回も読んで頂き、有難うございます。遂にクロウが出ました。ルーファスも出ました。カイエン公も出ました。え?カイエン公は待ってない?そうですか……コホン。脱線しました。すみません。3人の服装は公式サイトのキャラ紹介を元にしています。よろしければそちらでもご確認ください。伝えきれないものがあると思いますので。クロウはご覧の通り、貴族派に協力します。つまり、リィン達とも敵対します。彼らがいつ、どこで相対するのか。この時点では作者の私も知りません。楽しみに待って頂ければ、と思います。
遂に閃の軌跡の発売まで12日となりましたね。予約はお済みでしょうか?私は未だに迷っています。アマゾンにするか、ファル通にするか……そんな事を悩んでいたらファル通はもう在庫切れとの事。嗚呼……迅速に事を運ばなければいけませんね。
さて、この小説ですが、元々閃の軌跡Ⅱの発売まで、と思って書いていたのですが、発売された後も続けるかどうか悩んでいます。閃Ⅱをプレイしたら絶対その印象が創作を邪魔する可能性が高いのもありますが。続けるか、止めるか……どうするかは次回の更新ではっきりしたいと思います。
最近、「魔法科高校の劣等生」というラノベを読んでいるのですが、読んでて、登場キャラの内2人がどうしても閃のキャラと被って困っています。まぁ、大した被害は出ていないのでいいのですが。因みにそのキャラは司波深雪と北山雫です。深雪がエリゼに、雫がフィーと被るんですね。2人共見た目も似てて、性格も中々似通ってます。少し違う所もありますが。
話が長くなってしまいまして申し訳ありません。ご感想、評価などございましたらお願いいたします。