人工鳩の電波喰いが終息してから、2年が経った。人々は電波というものの大切さを、身をもって知り、そして再び共存していく道を歩んでいる。
この2年で、交通網や通信網が続々と息を吹き返し、人々は再び自由を手にした。中でもインターネットの復活は全人類待望の出来事であり、電波喰い以前にそれに触れたことのある人たちは存外すぐ操作に慣れて、時代の最先端を謳歌している。
しかし、中にはインターネットやスマートフォンどころか、電話さえ経験したことのない人もいる。電波喰いの最中に生まれた、または物心ついた頃には既に電波喰いが始まっていた世代だ。彼らは「デジタル氷河期世代」と呼ばれており、学校教育で通信機器の使い方が義務化されている。今や生活必需品となった電波を大人同様に使えるようにするため、世界中が奔走しているのだ。
鳴山市に住む一人の少女も、そんなデジタル氷河期世代の一人だった。
「ちょっとお兄ちゃーん、ここからどうすれば良いのさー?」
2年の歳月を経て、彼女は鳴山公空学園の農学部に入学していた。とはいえ、まだ1年生なので、専門的な分野はほぼ勉強しておらず、現在は生物学や語学などの基礎科目を中心に履修している。彼女が入学した年度から、履修登録はインターネットで行うことになったため、現在はそれに苦戦しているのだった。
「パスワード打ってログインして、受けたい科目クリックして登録すればいいだけなのにどうしてここまで時間かかるんだよ……」
「呪文言うなし! ぱすわあど? ってなんだし! ろぐいん? ってなんだし!」
兄の月見里 ソラが部屋に入ってくる。涙目の妹を目の前にすると、どうしても断り切れない。
「前期もこんな感じじゃなかったか? 俺、教えたような気がするんだけど……。パスワード……、じゃ分からないか。このサイトに入る時に打ち込む英数字、覚えてるか?」
「英数字? ああ、『chankondt0721』のこと?」
「それがパスワードだ。というかよくそんなので怒られなかったな」
ソラの言う通りにパスワードと学生番号を打ち込むと、マイページに移った。
「あとはクリックして履修登録するだけだから。もういいか?」
「うん。ここまで来れば出来るかも。ごめんねお兄ちゃん。忙しい時に呼んじゃって」
「いやいいんだ。今日塔子さん夜遅くまで仕事みたいだし。教えられるの俺しかいないじゃん。夕飯の買い出し行ってくるから、車借りるよ」
たどたどしい手つきで履修登録をする水雪を確認すると、ソラは1階へと降りていく。水雪は落ち着いてきたのか、最後は頬杖をついて履修登録を終えていた。ふぅと一息吐いて、1階へと降りる。駐車場に車はなく、家には彼女一人だけだった。何時ものようにお茶を淹れると、ふわっと湯気が上がる。大好きなお茶が目の前にあるが、水雪の表情は暗かった。
「はぁ……。今日お兄ちゃん休みだってのに、あんまり会話出来てないな。まぁ、忙しいから仕方ないよね。薊野教授から言われたら断れないか」
お茶を一口飲むと、視線は自然と窓の外を向いていた。