水雪、イギリスへ行く   作:ゼリーフィッシュ

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鳴山市 ソラとすもも

 水雪が眠った頃、日本ではソラ達が学園のコーヒースタンドに集まっており、何やら話をしているようだった。しかし2年前のような、人工衛星が落ちる時のような深刻そうな表情は見られない。それどころか、皆の顔は晴れやかだった。

「水雪、あと1週間で帰ってくるだろ? その時にさ、お疲れ様のパーティーでもしようかななんて塔子さんと相談しているんだ。皆も、あいつと一緒にいれる時間は長くないと思うから」

「マジか! 俺は大賛成!」

「私も! 皆で集まって何かするなんて、薊野教授の研究室に集まった時以来だよね」

「しかも今回は人工衛星が落ちてくるみたいな緊急事態じゃなくて、水雪ちゃんの無事と留学終了を祝う、すげえポジティブな集まりなんだぞ! 断る方がどうかしてるって!」

 予想以上に良い反響を得たソラはホッと胸を撫で下ろした。隣にいるかぐやも、嬉しそうに微笑んでいる。

「みずき、今どうしてるのかな。ソラも心配?」

「まあ、心配していないと言えば噓になるな。でも、あいつならきっと上手くやってるさ」

「とりあえず詳細は越百さんとソラが暇な時に話し合おうぜ。今日もソラは研究なんだろ?」

「ああ。でも今日は午後からなんだ」

「つばき、疲れてるから寝かせてあげようと思って。私が言ったの」

 かぐやが椿姫のことを気遣ったのか、割とあっさり提案を受け入れてくれたようだった。4人は椿姫の様子を覗きに行くと、彼女は研究室で静かに寝息を立てており、実に無防備な姿だった。普段かぐやが身に着けている白衣を抱くようにして、幸せそうな表情をしていた。

「……教授、可愛い」

「つばきはいつも可愛いよ?」

「いやそうなんだけどさ、なんかこう、凄くそそるというかなんというか」

「兎に角、薊野教授は大丈夫だから。一旦戻ろうか」

「そうだね……。お邪魔しました」

 ドアをそっと閉めると、再び先程のコーヒースタンドに戻ってきた。

「でだ。水雪ちゃんが戻ってくる日、空けられそう?」

「私は大丈夫。バイトって言ってもそこまでやること多くないし、お休みも上司に申請すれば割と簡単に通るから」

「俺達は薊野教授に相談してみるよ。まあ、十中八九大丈夫だと思うけど」

「つばきならきっと、許してくれるよ。1日だけだし」

「うし! じゃあ決まり! 買い出しとか必要なら呼んでくれ。車出すから」

「了解! じゃあそろそろバイトだから行くね」

 話は円滑にまとまったようで、秋奈とかぐやは二人で談笑しながらその場を去っていく。残ったのは男二人だけだったが、イシマルはソラの頭を見て顔をしかめた。

「どうしたイシマル。俺の頭に何かついてる?」

「いや、お前さ。鏡とか見ないの? めっちゃぼさぼさなんだけど」

 イシマルが男性トイレまで連れて行き、ソラを鏡の前に立たせる。前髪は目にかかりそうになっており、髪は所々はねている。

「……研究室に籠ってからあまり気にしてなかったな。教授もかぐやも何も言ってくれなかったし」

「まあ仕方ねえか……。今の内に髪切ってさっぱりしとけば? こんな状態だったら水雪ちゃん心配するかもよ? 髪切れないほど忙しかったのかって」

 学園から出ると、イシマルはそのまま図書館の方へと歩いて行った。とうとう一人になったソラは、自分の頭をポンポンと叩く。確かに、研究に集中しすぎて身辺処理が疎かになっていたのを感じた。

「まあ、午後までには間に合うか」

 ソラはイシマルの言葉を忘れないうちに、駅前通りまで歩いて行く。午前中だが、そこは電波喰い当時よりも活気に満ちていた。2年前、かぐやと共に買い物をした記憶が蘇ってくる。駅地下を5分ほど歩くと、目的の場所に到着した。ソラ行きつけの美容院だった。様相は2年前と殆ど変わっていなかったが、ただ一つ、彼の目を引くものがあった。

 真っ白な髪をした女性が一人、店主と思しき初老の男性と話していたのだ。2年前にはこんな人見なかったな……。ふとそんなことを思って店内に入る。ドアが開くと、鈴の音が鳴る仕組みになっており、店主と白髪の女性は直ぐに気付いた。

「いらっしゃいませ……、おお! ソラじゃないか! 何年ぶりだ?」

「2年ぶりですね。ここ全然変わらないですね」

「いやいや、変わった所もあるぞ。電話が繋がったお陰で予約を取るのが随分楽になったんだよ。電波喰い前の生活に戻れて本当に良かった! さあさあ、座りなさい。すももちゃん、この人お願い!」

「はーい!」

 店主が白髪の女性のことを「すもも」と呼んでいた。珍しい名前だなとソラは思った。電動のリクライニングチェアに座ると、すももが手際良く準備を始める。

「私、桃ノ内 すももと言います。今日はよろしくお願いします」

「あ、どうも。よろしくお願いします……」

「お兄さんは、この近くに住んでいるんですか?」

「はい。学園から歩いて15分くらいの所ですね」

 すももは軽快な口調でソラと話しながら、丁寧にカットしていく。彼女は話題が途切れないように、どんどん話題を引き出していく。

「お兄さん、名前なんて言うんですか?」

「月見里 ソラと言います。桃ノ内さんはいつからここで働いているんですか?」

「去年から。とはいっても、フルタイムで働いているわけじゃないんですけどね」

「というと、アルバイトですか?」

「そんなところですねぇ。本業は別にあるので」

 手慣れた所作でソラの髪を切るすもも。それでいて、雰囲気が和むような話し方をしてソラを安心させようとしている。

「本業は、ヘアスタイリストなんです。松風 梓姫(まつかぜ あずき)ってモデルさん、知ってます?」

「松風……、ああ! 最近テレビで見ました! なんか車弄りが好きとか言ってましたね」

「その子を担当しているんです、私……。はい。前髪こんな感じで良いですか?」

 こうやって雑談をしているうちに、すももはあっという間にヘアスタイルを作っていく。ソラは長さ、整い具合に満足したようで、直ぐに頷いた。床に落ちた髪を掃除するすもも。ソラの周辺を横切る度に、桃の甘い香りがふわりと漂う。不思議な人だなと思いながら見つめていると、偶然すももと目が合った。

「あの、どうかされましたか?」

「……女性にこんなことを言うのって失礼かもしれませんけど、良い香りしますね」

「あ、ありがとうございます! カンナくんにも言われるんだぁ」

「カンナくん?」

「あ、素が出ちゃった。ごめんなさい。カンナくんっていうのは私の彼氏で、今はプロのカメラマンをしているんです。とはいっても、まだ師匠の下で働いているんですけどね」

「実は俺も彼女がいて。桃ノ内さんみたいに、髪が真っ白な女の子なんです」

「え? 地毛ですか?」

「そうなんです。名前は葉月 かぐや。2年前、今通っている学園で会いました」

「2年前か……。じゃあ私も同じだ。鳴山公空学園の付属で、教育実習してたんですよぉ。自分に教師は合わないって分かっていたけど。そこで、当時不登校気味だったカンナくんを連れ戻して来いって、担任の先生にどやされちゃって。それがきっかけかなぁ……」

 それから2人は2年前の話で盛り上がった。ハレー彗星がよく見えたこと、人工衛星が落ちてくると騒ぎになったこと。ソラは自分が電波喰いを止めたことを言わなかったが、すももから「一人の学生が電波喰いを止めたことは噂になっていた」ことを初めて知らされた。

 話しているうちに、ソラのヘアスタイルは2年前と遜色ないほどにすっかり整っていた。お代を払うと、すももに一礼する。

「今日は楽しかったです。ありがとうございました。また見かけたら声掛けますね」

「あ、ちょっと待って! 月見里さん、だっけ? これ!」

 そういってすももが見せてきたのは、緑のSNSの友達申請コードだった。

「カンナくんとか梓姫以外に、こんなに楽しくお話出来る人と会ったのなんて久しぶりだったから……。良かったら」

「え? 良いんですか? 俺なんか」

「はい! ぜひ!」

 すももに促されるままに、申請コードを入力する。出てきたのは最近流行りの『文鳥だるま』のアイコンだった。その下には『桃ノ内 すもも』とフルネームで書いてある。

「今日はありがとう! かぐやさんにもよろしく!」

「はい。ありがとうございます」

「また来てなー」

 店主とすももが手を振って見送ると、ソラは気持ちが軽くなったような気がしていた。頭が軽くなると、自然と足取りも弾む。そしてふと、こんなことを呟いた。

「桃ノ内さん、かぐやと声そっくりだったなぁ……」

 

 

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