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ソラが目覚めてから半月が経ち、月見里家はいつもの日常を取り戻しつつあった。学園は夏休み期間中だったが、朝早くに水雪がソラを起こし、塔子が作った朝食を摂る。少しだけ自室でゆっくりすると、二人で鳴山公空学園まで歩いていく。昼前に到着すると、
「ソラ、もう身体は大丈夫?」
「うん。まだ激しい運動は禁止されてるけどね」
「兄よ。そんなこと言われても、かぐやと『激しい運動』、やってんだろ?」
「集まって開口一番それかよ! 流石に自重してるよ!」
「あはは、色々大変なんだな、ソラ……」
秋奈は苦笑しながら兄妹の下ネタに付き合う。暫くしてイシマルこと大石 丸夫も合流し、話題は4年生の就職活動に移る。
「それで秋奈、就職出来たんだって?」
「うん! ソラは知らないと思うから説明させて。私、ここでずっとバイトしていたんだけど、名古屋にある系列店からスカウトされたんだ!」
「凄いな。まさかそういうことがあったなんて」
「しかもあたしの勉強していることを説明したら、店舗の設計に関わる部門に配属してくれるんだって! もっとも、最初は試用期間だから、今やってるような店舗での接客とか、事務仕事からだって言ってたけどね」
「そういえば越百さん、音響設計とかの勉強してたもんな」
「そうそう。なんか、初めてこの学部に入って良かったって思ってるよ」
イシマルが砂糖とミルクをたっぷりかけたコーヒーに口をつける。2年前、彼が背負っていたものはベースだった。しかし、今それは参考書とノートパソコンが入った鞄に替わっていた。
「イシマルは? 髪の毛まだ金色だし、就職活動しているようには見えないけど……」
「水雪ちゃん、世の大学生全員が就職活動していると思ったらそれは大間違いだ。ソラなら分かるだろ?」
「まさか、大学院に進むのか? 勉強好きじゃなかったお前が?」
「最後の言葉は余計だ。でもまあそういうこと。電波喰いが終ったから電化製品の需要が高まっただろ? それで、俺も家電の勉強をしてみようかなって思ったわけ。まあ最終的にはじいちゃんの店の名前借りて、開業しようかなって」
「うんうん! 目標が出来たのは良いことだよ。あたし、ちょっと気になってたんだよね。髪の色も戻してなかったからさ」
秋奈が小さく頷きながらイシマルの話に耳を傾ける。ソラは進路が決まった『同期』の話を微笑ましく聞いていた。と、イシマルがあることに気付く。
「そういえばソラよ、お前って学年どうなってんの?」
「ああ、まだ2年生って扱い。俺が眠っている間、塔子さんが休学届を出してくれたんだ。そろそろ復学しようと思ってるけど、おかげで出遅れちゃったよ。二人が羨ましい」
「そうなんだ……。本当なら、あたしたちと一緒にこの学園を卒業できる筈だったんだよね」
「まあ、あんなことがあっちゃ仕方ねえよ。第一、あれが無かったらソラはここにいなかったのかもしれないんだろ? こうやって顔合わせられるだけ幸せだと思えよ、越百さん」
しんみりしかけた雰囲気を、イシマルが再び明るくする。それを水雪は、過去を回想するように見つめていた。ふとコーヒースタンドに視線を移すと、何処かで見たことがあるような女性が注文を待っているのが見えた。
特徴的な上着を羽織る、男子の目を釘付けにするナイスバディな女性。ポケットに突っ込んでいる手は何処か忙しなく動いている。水雪は立ち上がると、その人へと近づいていく。
「薊野教授! お久しぶりです!」
「ん……? なんだ、水雪か。夏休みなのに、こんなところで何してるんだ」
「皆と雑談を楽しんでました。薊野教授もどうですか? お兄ちゃんもいますよ」
「……どうせ、嫌だと言っても連れて行くつもりだろ?」
「え? じゃあ……」
「……好きにしろ」
「やた! みんなー、薊野教授だよー!」
「声がでかい。昨日寝てないんだぞ、全く……」
「具合はどうだ。ソラ」
「昨日、塔子さんに診て貰いましたけど、今の所これといった異常は見当たらないって言われてます。そろそろ復学しても良いんじゃないかとも」
「そうか……。じゃあ今日は何しにここに来たんだ?」
「水雪が誘ってきたんです。散歩がてら学園に寄ってみたら? って。2年ぶりに自分の足でここまで来ましたけど、本当に何も変わっていませんね」
「まあな。大石、越百。お前らともすっかりご無沙汰だったな。最近どうだ」
「うっす! 俺、ここの大学院に入ろうと思って勉強してるんですよ。卒論も終わったし、あとひと月で試験なんで」
「あたしはもう、就職が決まったので、ここでバイトしながら、お父さんと生活してます。名古屋に行ったら、暫く会えなくなりますし」
それぞれの近況を聞いた椿姫は小さく首を縦に振って、再びソラに向き合う。
「ソラ、復学が決まったら私の研究室に来れるか」
「え? まあ大丈夫だと思いますけど」
「分かった。それじゃな。タバコ、吸ってくる」
椿姫は表情一つ変えずに踵を返す。彼女の姿が見えなくなると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「薊野教授からお誘いか、ソラ。あそこにかぐやもいるんだろ?」
「うん。今も教授の助手として、この学園に籍を置いてるんだ」
「そうなんだ……。あ、そろそろお父さんのお昼ご飯作らなきゃいけないから帰るね。今日は会えて嬉しかった!」
「秋奈―、たまにはうちにも顔出してねー!」
秋奈を見送ると、イシマルも鞄を背負って立ち上がる。
「そんじゃ、またな二人とも。俺図書館行って勉強しなきゃだから」
「イシマル。お前の口からこんな言葉が飛び出すなんて思わなかったよ」
「うるせっての! 俺も2年経って変わったんだよ。じゃあなソラ! たまにはうちにも遊びに来いよ! お前の師匠も待ってるからさ!」
「じゃあねー!」
重たい鞄をものともせず背負うと、イシマルは図書館の方へと歩いて行った。
「本当に、戻ってこれて良かったね。お兄ちゃん」
「そうだな。俺が眠っている間、かぐやを介してこの世界を見てきたけど、改めて自分の目で見ると、帰ってきたって実感が湧いてくる」
水雪は水筒に入ったお茶を一口飲むと、ソラの隣に座る。かぐやが近くにいない今、彼を独り占め出来る数少ないチャンスだからだ。
そして、ソラが眠りから覚めた。最初は再会を喜べたが、そこからは怒涛の半月だった。メディカルチェックや各種電子機器への影響など、身体の隅々まで調べることになったのだ。その間、彼は塔子が勤務する総合病院で、半ば隔離されるように入院することになり、水雪は再び孤独になってしまった。
「お兄ちゃんさ、目覚めたと思ったらいきなり病院直行だもん。あたし思わず泣いたよね」
「仕方ないだろ。2年間眠ってて、身体全然動かなかったんだから。半月でここまでになったのが奇跡だって、塔子さんも言ってたろ」
「確かに。歩けるようになるのに、めっちゃリハビリしたんでしょ? 辛かった?」
「うん。最初は100m歩くだけでも息が切れて大変だった。今も走ったら簡単に息切れするし、坂道も自信ない。エスカレーターやエレベーターを使わなきゃ、2階にも上がれない」
「こうやって散歩するのが、リハビリになるってわけだ」
「……そういうことになるな。今日はそれ目的でここまで歩いたのか?」
「まあ、そうだね。でも、本当はもっとお兄ちゃんと一緒にいたかったんだ」
妹の告白に、ソラは表情一つ変えずに傾聴する。やはり、彼女はソラの目を見ずに話した。
「あたしさ、お兄ちゃんがカプセルで眠ってから、お兄ちゃんのこと1日だって考えなかった日なかったんだよ。かぐやの中にお兄ちゃんの意識があったから、それだけでも安心出来たけど、本当はもっとお兄ちゃんの声が聞きたかった。だから、少しの時間だけど、こうして散歩しながら下らない話をするだけでも、あたしはとっても嬉しいんだ」
「……そうか。迷惑かけたんだな、俺」
「そんなことない!」
水雪ははっきりと否定すると、ソラの目を見ないようにそっと、自分の右手をソラの左手に置いた。生きているソラの感触をしっかりと受け止めながら、ゆっくりと手を握る。
「だからこれからは、勝手にあたしを置いて出て行かないで! 本当に、寂しかったんだから……」
言葉が震えているが、水雪はもう、泣いてはいなかった。