水雪、イギリスへ行く   作:ゼリーフィッシュ

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テンブリッジへ その5

 図書館で紅茶に関する本を読んでいると、イリアが来るのが見えた。

「お疲れ様。今日大変だったんでしょ?」

「初めて病院で色々勉強したからね。ほんと疲れたよ」

 二人はいつも通り駐車場まで歩いて、車に乗る。気付けば、この行動が当たり前になりつつあった。水雪は今日も本を借りてきたようで、鞄を重たそうに後部座席に載せた。

「勉強熱心だね、水雪は。私も見習いたいよ」

「そんなことないよ。あたしなんかより、お兄ちゃんとかかぐやの方がもっと頑張ってると思うよ」

「お兄ちゃん? かぐや?」

「ああ、イリアには言ってなかったか。カサブランカ着いたら話すよ。今日はデイリーレポートもお昼に終わらせたからさ」

「そっか。じゃあ夕ご飯食べたら私の部屋に来て? 色々聞きたいな」

「オッケー!」

 イリアは慣れない場所での講義を終えたにも関わらず、一段と顔色が良かった。この日は渋滞に捉まらずカサブランカに到着することが出来た。この日の夕飯は、バケットにマッシュポテト、魚のフライとサラダだった。リタが二人分の食事を2階に運ぶ。

≪お待たせ。熱いからゆっくりお上がりなさい≫

≪ありがとうございます。いただきます!≫

≪あ、水雪ちゃんは知らないだろうけど、このマッシュポテト、かのウィリアム・シェイクスピアがカサブランカに伝えてくれたものなんだって!≫

≪……マジすか?≫

≪お母さん、噂レベルのことをさも本当のことみたいに話すの止めて≫

≪あはは! じゃあごゆっくり~≫

 リタが笑いながら部屋を出ると、二人は食事を始めた。水雪は自然とマッシュポテトから最初に口にしていた。ジャガイモの素材の味に、軽い塩味と胡椒の風味がきいたシンプルな味付けになっていた。

「普通に美味しいんだがこのマッシュポテト」

「まあね。ママが言ってたことだけど、あれは真偽不明だから忘れて?」

「そうする。でも本当だったらロマンあるよなぁ……」

 10分ほどで完食すると、水雪はシャワーを浴びようと部屋から出る。すると、イリアが少し顔を赤くしてついてきた。

「ん? どしたんイリア。おしっこ?」

「そんなダイレクトに言うなし。あのさ、今日、一緒に入らない? お風呂……」

「え? マジ? いきなりだね。まあ大丈夫だけど……」

「やった! ありがと! ちょっと準備してくるから先入ってても大丈夫だよ!」

「おう、了解」

 軽くシャワーで身体を洗い流して、湯船に入る。イギリスに入ってからは忙しく、シャワーで済ませることが多かったが、この日はたまたま時間が余っているので、遠慮なく浴槽に身体を預けることにした。鼻歌で『時雨ディクショナリー』のイントロを口ずさむなどご機嫌な様子だったが、暫くしてイリアが入ってきた。

「お待たせ」

「お、来た来た!」

 イリアは水着をつけており、準備は万端の様子だった。しかし、彼女の身体を見た水雪は、急に不機嫌そうな顔になる。

「むー……」

「ど、どうしたの水雪。何か気に障った?」

「気に障るも何も、どうしてあたしの友達はおっぱいでかい奴しかいないんだぁ! って思っただけ。まあかぐやは日本人の平均くらいだと思うけどさ……」

「あ、あはは……。私だって好きで大きくなったわけじゃないけど」

 それから二人で背中を流し合うと、浴槽に入って先程の話の続きが始まった。

「あたしね、2つ年上のお兄ちゃんがいるの。名前はソラ。今はあたしと同じ学園に通ってるの」

「そうなんだ。兄妹揃って同じ学校って珍しいね。かぐや? っていう子はどんな人?」

「えっとね、本名は葉月 かぐや。真っ白い髪してて、顔も凄く綺麗なの。今はお兄ちゃんの彼女」

「彼女さんなんだ! そんな可愛い彼女さんがお兄さんにいたら、嫉妬しちゃわない?」

「最初はちょっと嫉妬しちゃった。でも今は大丈夫。かぐやとも友達になったし」

「そっか。私は一人っ子だから水雪の気持ちには添えないかもしれないけど、私も水雪みたいな姉妹にカッコいい彼氏が出来たら、嫉妬しちゃうかもしれないな……」

「気持ちだけでも嬉しいよ、ありがと」

 冗談半分でハグをする水雪と、心臓が早鐘を打つイリア。少しして身体を離すと、イリアはすっかり出来上がっていた。

「大丈夫? のぼせた?」

「え? いいや? 大丈夫だけど? ただハグされて嬉しくてさ……」

 若干口が回っていない様子だったが、イリアは慌てて浴槽から出ると、直ぐに着替えて出て行った。最後につい本音が出てしまい、彼女は心底恥ずかしそうに部屋で悶々としていた。しかし、顔を上げると何処か嬉しそうな表情をしており、かと思えば、水雪の温もりを閉じ込めるかのように丸まってしまう。

「あ、あの……。お取込み中?」

「ひゃぁっ! なんだ水雪か……」

「いや何その悲鳴。どっから声出した」

 水雪は少し引いていたが、気を取り直して二人分のカップを置く。中には、修二に振る舞ったものと同じお茶が淹れられていた。紅茶とはまた違った香りと色味に、イリアは興味深げにカップを手に取る。

「これ、番茶って言って、緑茶の中でも秋によく飲まれる種類なんだ。カフェインも少ないから夜にも飲みやすいかなって」

「ばんちゃ……。日本のお茶って苦いってイメージあるけど、私でも飲めるかな」

「紅茶とは違う苦味があるけど、飲めなかったら遠慮なく言ってね……?」

 無言で頷くと、ゆっくりと飲んでいく。口の中に慣れない味が広がるが、不思議と嫌な感じはしなかった。ふぅと一息つくと、もう一口。今度は最初よりも慣れてきたようで、するすると受け入れていく。更にもう一口飲むと、番茶は殆ど残っていなかった。

「……美味しい」

「ほんと!? 良かったぁ。これ、あたしが自分で選んでここまで持ってきたんだよ! 最初はあたししか飲まないなって思ってたけど、口に合ったみたいで安心した!」

「そっか。水雪が選んだ茶葉だったのか。じゃあ間違いない!」

 残った番茶を飲んだイリアは上機嫌だった。水雪も飲みながら、お風呂で話したことの続きを始める。スマホを取り出すと、待ち受け画面を表示。イギリスに入国する直前に撮った集合写真だった。

「あたしの右隣にいるのがお兄ちゃん。お兄ちゃんの隣がかぐや。あたしの左隣にいるおっぱい大きい女の子が越百 秋奈で、その隣の金髪の男の人が大石 丸夫っていうの。皆からはイシマルって呼ばれてる」

「友達多いんだね。コミュ力高いから分かってはいたけど」

「もう2年の付き合いになるんだけど、皆良い奴なんだよぉ! イリアも会わせたいな」

「水雪の友達なら、私もきっと仲良くなれそう」

「うん! 日本語も話せるし、絶対直ぐ馴染むって!」

 イリアが日本に行きたい理由がまた一つ増えた瞬間であった。

 

 

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