戦姫絶唱シンフォギア VC   作:サリッサ@無期限休止

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---ある島民の証言---
わからないだろうさ。俺が見たものが何だったかなんて。

あの日、あの星の瞬きの中で見た光景をどう理論立てすればいい?

幻覚?夢?
そんな絵空事じゃ、断じてなかった。


何の変哲もない日常が、
他愛のないただの世界が、

一瞬のせいで台無しになる。
そんな経験があるか。

俺は、ソレを見たんだ。
以来、俺の足元は、常にぬかるんだ泥の上だ。

アンタらにも見せてやりたいよ。
俺がこの両の眼で見届けた、時間すらも揺らぎ交わってしまったような、

あの夜のことを。




(VCそのほかのシリーズ短編を、一話でも読んでから読んでいただくことをお勧めします)



フツカ月

 星の輝く空を、風を切りながら進む姿が一つ。速度特化の小型ヘリだ。街の明かりを背に、進む先には洋上プラント。間もなく特有の轟音と共に、ヘリポートに降り立った。そこへ、着陸とエンジン停止を確認した何者かが駆け寄る。ヘリの扉が開き、そこから姿を現したのは

 

「お疲れ様、二人とも」

 雪音クリス、次いで出てきたのは友里あおい。駆け寄ってきたのは、マリア・カデンツァヴナ・イヴだった。二人を先導して、マリアはヘリポートに併設されたエレベーターへ向かう。

「遅かったか?」

 クリスの問いかけに対し、マリアは首を横に振った。

「いいえ。私も少し前に来たところ。ほとんど同タイミングよ」

 言葉を交わしながら、エレベーターに乗り込む三人。エレベーター内にはモニターが備え付けられており、友里が自身の端末と接続すると、画面が切り替わる。

『到着したか、お前たち』

 映し出されたのは、S.O.N.G司令、風鳴弦十郎。頷く一同を見た後、その視線がクリスで止まる。

『すまないな、クリス君。いろいろと忙しい時期だろうに』

 その言葉に片手を腰に当てるクリス。

「要らぬ世話だぜ、おっさん。こちとら進路も決まってむしろ暇を売りに出そうかと思ってたところだ」

 得意げな顔をする少女の横で、優しい笑みをこぼす友里。

『有難う。このプラントは、各種聖遺物の臨時収容所だ。先刻襲撃があったことを受け、警戒と襲撃者の特定も兼ねた任務となる。くれぐれも、宜しく頼む』

「「「了解」」」

 

 三人の返答を受け、通信が切れる。友里が端末を取り外す中、クリスは辺りを見渡す素振りを見せる。

「…先輩は?」

「打ち合わせよ。緒川さんと一緒に、来年のライブのね」

 マリアの回答に、一瞬残念そうな表情を見せたが、すぐにいつもの勝気な彼女に戻る。

「もうすぐか。アタシも卒業間近だし、早いモンだな」

 その変わり具合に、マリアは微かに笑った。

「ンだよッ」

「二人とも、もう着くわよ」

 友里の言葉に少し遅れる形でエレベーターのドアが開く。洋上プラントとしては整っているように見える内装の中へ、三人は足を踏み入れた。

「ま、確かに先輩にとっては大事な時期だな。荒事は、アタシらに任せておけばいい」

 そう頷く彼女を肩口に見ながら、マリアは返す。

「たぶんだけど、気付いているとは思うわ。あの子、変なところで勘が良いから」

 

「ようこそおいで下さいました。S.O.N.G.の方々」

 

 突然声をかけてきたのは、いかにも厳格な職員と言った風体の、中年男性だった。

「はい。S.O.N.G.所属三名、現着しました。友里あおいと申します」

 友里の会釈に、合わせる二人。男性は少々ロボットというか、不愛想な感じがする。研究するような男は極端な輩しかいないのか。と、クリスは胸中で自分の知る、メガネやガスマスクの聖遺物研究者を思い出す。

「はい。早速で恐縮ですが、こちらへどうぞ。先にお伝えした情報も含めて、道すがらご説明いたします」

 男性に連れられ、隣接しているプラントへ移動を開始する一行。男は振り向くことなく、話を始める。

「破られたのは、崩壊した『深淵の竜宮』の、サルベージされた遺物を仮保管していた区画になります」

「愚者の石、の時か」

 クリスの呟きと共に、錬金術師たちとの死闘を思い出す一同。特に彼女にとっては、深淵の竜宮での出来事は、苦い記憶も含んだものだった。

「事前にいただいた情報では、盗まれた物品の確認作業中とのことでしたが、どうなりました?」

 友里の問いに、男は抑揚なく答える。

「盗難被害はありませんでした」

「ありま…せん?」

 予想外の回答に、マリアの声が上ずる。

「外壁の破壊、侵入されたのは事実なのですが、遺物は保管区画から移動された形跡もなく、全てケース内に保管されていることを、確認しております」

「妙ね……」

 彼女は眉を顰め、隣にいる友里に問いかける。

「ランドから連絡は?」

 聖遺物研究副主任たる蘭堂であれば、何かわかるかもしれない。しかし、端末を確認した友里は、首を振った。

「それが、何度か送っているのだけれど…連絡がつかないの」

 しばし考え込んだ後、マリアが顔をあげる。

「ちょっと、いいかしら?」

 男性は無言でなずく。

「侵入は大げさなくらい明確、しかし盗られた形跡はなし、なのよね。収納ケースから出してみたりはしたのかしら」

 その問いに、男は首を横に振った。

「私どもには、最低限の権限しか与えられていません。センサーには各遺物が動いた痕跡はなく、申請をするまでもないとの判断です」

 その言葉に、少しため息をつく彼女。

「問題ないかは、ちゃんと目で見て判断したほうがいいはずよ。あなたの上司がダメならば、風鳴司令に連絡して、数点だけでも現物確認をするべきだわ」

 友里は話の途中から意図を察したのか、端末で連絡を取っていた。通話をしつつ、マリアにアイコンタクトを返した。

「その格納区画に案内してもらえる?」

 男は思案した後、己の携帯端末を取り出し操作する。

「貴女達の言う通りかもしれない。直進した先に別の職員を手配致します。ここからならば、向かっていたモニタールームよりも、格納区画の方が近い」

 その言葉を受け、歩き出そうとした三人。

 しかし、何故かクリスだけは男に呼び止められる。

「すみません。少なくとも貴女には、まず見ていただきたいものがあります」

「アタシに?」

 男は頷く。

「襲撃者の映像です。解析処理中のため、モニタールームまでは来ていただかなければなりません」

 彼女は首を傾げ、二人の顔を伺う。その様子を見、友里が口を開いた。

「なら、マリアさんには格納庫に行ってもらいましょう。今、司令に許可を取ってもらっているから、連絡を入れてもらうように言っておくわ。私とクリスちゃんは映像を確認してから、そちらに向かう。それでいい?」

 マリアは無言で頷き、一人小走りで歩き出す。その背に向かって、クリスは問うた。

「そんなに急ぐ理由でもあるのか?」

 問われた彼女は半身、振り返る。

 

「強いて言うならば、女の勘、ってところかしら」

 

 

 友里とクリスは、程なく複数のモニターとコンソールの設置された部屋に到着する。薄暗い室内に、青白い光が各所灯されている。何人かが画面に向かって操作を続けていた。S.O.N.G.の本部も似たような部屋はあるが、ここは少し、息が詰まる。そんな風に、クリスは思った。

「で、襲撃映像っていうのは、どれだ?」

 クリスは少し訝しみつつ聞く。職員の男は答えることなく、二人を少し離れたデスクの前に通した。

「……」

 座っている職員に目配せすると、男はモニターを背に二人に向き直った。

 

「一つ、S.O.N.Gにお聞きしたいことがあります」

「…なんでしょう?」

 友里は真っ直ぐに見返す。

「日本政府に開示している情報に、嘘誤りはないですね?」

 物言いに対し、突っかかりそうになるクリスを、友里が制す。明らかに、疑念をはらんだ質問だった。

「ええ、無論。調査上のミスの可能性は、払しょくはできません。しかし少なくとも、虚偽の報告はしておりません」

 底に強さを感じる声音でもって答える彼女に対し、男は間を置いて頷いた。

「わかりました。では、これは撃ち損じ、ということですね」

「?」

 引っ掛かる言葉を残し、男はモニターから身体をどけた。

 

「なッッ?!?!」

 

 その姿を見た瞬間、クリスの身体が酷く強張った。表情は困惑と衝撃を湛え、開いた口からは言葉が出ない。

「どうして……」

 代わりに友里が呟く。彼女自身、驚きを隠せない。

「画像処理に時間がかかり、確証を得られなかったためお伝えしていませんでしたが…やはり、コレは——」

 

「クリス!!!」

 

 男の言葉を遮るように、息を切らせたマリアが入ってきた。彼女と別の職員も一緒だ。

「やはり、すり替えられていたわ!全部じゃないけど、幾つかの物品が偽も——」

 そこで仲間の異変に気付いた彼女は、傍に駆け寄る。そして、画面に映った者を見、驚愕する。

「ッ?!?この影は……貴女が…」

 マリアの言葉に、白髪の少女はようやく言葉を紡ぐ。眼前の、モニターの向こうの、金色の目を見据えて。

 

「お前は…確かに……あの時ッッ!!」

 

 その映像は、画像処理をしても尚見辛く、所々が暗転し、はっきりしていない。

 しかし、一時停止でも確かに映り込んでいる、その巨躯を、

 

 包帯が巻かれた剛腕と顔

 カールがかった乱れ髪

 

 そして、その金色の眼光の鋭さを

 

 相対し、確かにトドメをさしたはずの

 

 他でもない、雪音クリスが見紛うはずはなかった。

 

 

オートスコアラー レイアの妹

 

 

「一体…何が起きているの……」

 友里の言葉が、プラントの虚空に消える。

 

 

     否、始まっていたのだ。既に

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「上手い事抜け出せましたね!あとで助力下さった唐渡さんには感謝しないと!」

 

 そう言う詩織に、何とも言えない表情を浮かべる創世。しかし辺りを見渡し、頷いた。

「確かに。ホテルからの景色もすごかったけど、浜に来るとまた一段と綺麗だね」

「でしょ!!私の目に狂いはなかった!」

 

 はしゃぐ三人の後から、響と未来も続く。空には満点の星、綺麗な砂浜と、静かに波打つ海のコントラスト。どこを切り取っても、絵になる空間だ。五人は、抜け出したスリルも相まって、目を輝かせながらあたりを堪能していた。

「さぁ!目的の岩片まで行くよ!」

 走り出そうとする弓美を止める創世。皆景色を楽しみ、時に波で遊びながら、歩いていく。

 

「どうしたのさ」

 響の横に、いつの間にか創世が来ていた。

「ん??」

 首をかしげる少女に対し、大きくため息をつく。

「言っておくけど、ビッキーの友達は、ヒナだけじゃないんだよ?」

 気付けば未来を、詩織と弓美が波の方へ引っ張っていく。三人は波の近くまで寄っていき、避けたり水の冷たさに笑ったりと、楽しそうだ。

「ビッキーの誕生日パーティーからちょっと経ってから、何かと伏し目がちだよ。気付いてる?」

 響は一瞬驚いた顔をした後、申し訳なさそうに頭を掻いた。

「アハハ…私、そんな感じだった?」

「もしヒナに話せないような事なら、私たちでよければ聞くからね?」

 友人の優しい心遣いに、彼女は曖昧な相槌をするしかなかった。言えるはずがない。自分が背負っているものを、別の誰かに背負わせてはいけないと、彼女は思った。

 

『救えなかった、人々の顔、か』

 ガスマスクの男の言葉が、彼女の中でフラッシュバックする。

 連鎖して思い起こされたのは、鼠色の空、舞いあがる粉塵。瓦礫と化したビル群。

 

そして、

 

その中に佇む   私

 

 正義を握りしめることへの疑念は、親友のお陰で解決できた。

 しかし、ディバインウェポンによって植え付けられた、破壊の爪痕、惨状。ティキと呼ばれたオートスコアラーと、アダム・ヴァイスハウプト。大半の破壊を行ったことは、その攻撃を受けていた響本人がよくわかっている。

「あの場所で、私も…」

 自分も、そうだった。

 誕生日会を終えて数日後、蘭堂に見せてもらった、資料。そこには、神の力をその身に受けた彼女自身が行った、破壊についても記載されていた。

    それから、夢を見る。

 

「ッッ!!」

 

 思わず口を押えた。あの時、あの場所で、最善を尽くせたのだろうか。水疱のように浮かんでくるのは、誰かの顔。瓦礫の前で、それまでの日常が崩れ去った跡地で、泣き苦しむ人々の顔。救えなかった、人。

 響は、自分の足元が覚束なくなるのを感じた。

 

 

「誰か…いる?」

 

 親友の呟きが、聞こえた。波の音に溶けかけた言葉を頼りに、方向を探す。顔は暗礁に向いていた。

 

 そこに座す、人影。

「立ち入り禁止じゃ、なかったっけ?」

 隠れ始めた月の光によって、かろうじて見える風貌。夜目を凝らす創世であったが、他同様判別が出来ていなようだった。ただ、ひとりを除いて。

 

 

「らん…堂さん?」

 

 

 まるで口から零れ落ちたかのような、意図しない一言。呟いた響自身も、己の言葉を聞いたことで理解する。

 

 腰かけているのは、S.O.N.G.所属の聖遺物研究員、伴成蘭堂だ。

 

 空に浮かぶ、三日月を、海上の岩から見上げている。

「…おーい!蘭堂さーん!」

 響は大きく手を振りながら、そちらへ近づいていった。頭の中では、先ほどの感覚が尾を引き、疑問も湧いていた。当人に聞けば答えてくれるはずだ。

 月明かりの中で、男がようやく気が付いた。常に口元だけをガスマスクで覆っている男の顔は、遠くからでは普段以上に読み取ることができない。手には何やら書物を持っている。

「……ヒビ割れ少女。そうか、そうだったか」

 男の何か納得したような言葉は、誰にも届かず、消えていく。いつもの妙な呼び方への思いは置いておき、響は声を掛けた。

「蘭堂さんも、この島に来ていたんですね!何かあったんですか?それ…は?」

 岩片に阻まれ、少女と男は相対する。海に入らなければ、双方手を伸ばしても届かない距離。

「これか?ゲイハーニ断章、グ=ハーンとも呼ぶんだったか。先史文明期、いや、ルル・アメルが生み出される以前。混沌蔓延る時代から連なる、遺跡遺物群が記されている。地を穿ち住まうモノドモについての記載もあるが、今回は省こう」

 すると、蘭堂は持っていた書物を、響に向かって放った。響は慌てて受け取り、何事かと男を再び見上げた。

「借り物なんだ。返しておいてくれ」

 普段なら、こちらの問いに嘘なく答えてくれる男。要領を得ない言葉に、響は目をしばたたかせる。

 

「重要なのは遺跡の配列。天空のレイラインと同調し、この星から星雲間に干渉する場所を割り出したんだが…」

「えっと…言ってること全然、わからないん、ですけど…?」

 蘭堂は響に構わず空を見上げ、微かに笑った。

 

「やはりと言うべき、か。ココ、だったんだな」

 そして、姿勢を変えずに響に告げる。

 

「折角だ、お前も見ていくといい」

 いつもの雰囲気とは明らかに違う。響はそう感じながらも、男の目線の先を追った。

 天上の星々、月。鮮やかに瞬き、揺蕩っている。その揺らめきが、少しずつ、少しずつ、収まっていく。

 いつの間にか、眼前の大海。波の一つも経てず、動きを止めていた。

 

 

 

「至った」

 

 

 揺らめきが、消えた。

 

 と同時に感じる違和感。

 上下が反転し、方向感覚が綯い交ぜになる。

 見下ろしているのか、見上げているのか。

 海面に写っていたはずの星々が、頭上に浮かんでいるような感覚。

 

 

『立花響!!!』

 

 意識を強引に引き戻された響。頭を振り、あたりを見渡す。場所は変わっていない。相変わらずの砂浜、海面、目の前の岩礁に座っている蘭堂。

 しかし、明らかに、幻覚でなかったと物語るモノが、そこにはあった。

 

 

月が、二つある。

 

 先程まで、天空で輝いていたのは三日月が一つ。

 

 今は背を合わせる形で、二つ。三日月達が、天空に座している。

 

「何が…起きて……」

 友人たちも唖然として見上げている。異様な光景の中、男は少女たちとは別の感想を持っているようだった。

「星海の位置は整い、今‟世界„に楔は打ち込まれる」

 立ち上がり、目を細めて笑っている。現状のあり様を、まるで楽しんでいるかのようだ。

「これは…蘭堂さんが…?」

 問いに対し、男は平然と答えた。

「解読に時間は掛からなかったが、実行するタイミングが重要でな。ぶっつけでも成功して、まずは第一関門クリアといったところか」

 その目線の先、月に再度異変が生じる。月が、非常にゆっくりとだが、重なっていく。重なった場所は

「水面に写るは別世界。鏡、湖面、いろいろあるが、やはり世界線丸ごと捻じ交わらせるには、この規模でちょうどいい」

 はじめは背中合わせのχのような形。重なりは、欠けた側面を補い合うためか、円へなるよう動き出す。移行するにつれ、まるで引き絞られた弦のように、揺らぐ。月の欠けている側が、揺らぎを無視して円へと近づいていく。何が生じているのか理解が追い付かぬ少女たち。ついに二つの月の中央に真円が形成された時

 

 

 ソレは、起きた。

 

 

 破壊音。

 

 まるでガラスが粉々に砕け散るような。円形は崩壊し、片方の月は揺らぎの中に消えていく。しかし、消えぬものが一つ。月明かりに微かに見える、

 落下物。

 

「!!!」

 動き出したのは、響だ。落下してくるものが何なのか。見えた彼女の行動は早かった。

 

「Balwisyall nescell」

 胸元より出づるは、鮮血のような、赤い結晶。

 

「Gungnir tron!!!」

 

 聖唱と共に展開される、月明かりを受けた装甲。橙と白のシンフォギアを装い、跳躍。彼女の心根を表した、最短の道行。

「響!!」

 親友の言葉を置き去りに、慣れた動きで姿勢を調整する。そして、空中を舞うソレをしっかりと抱きとめた。

 人だ。それも女性。響よりも年上か。意識を失い、身体は完全に脱力している。響は女性の身体を気遣いながら、砂浜に着地する。

「…大丈夫。息はある」

 まずは一安心。安堵した響は、その顔を暗礁に戻す。

「丁重に保管してくれ。大事な楔だからな」

 口を開く彼女だが、言葉が出ない。何を言えば、聞けばよいのか。

 

「…そうだ。折角だから一緒に連れて行ってくれ。あとで本部に届けるのも面倒だからな」

 指さしたのは、砂浜と林の境界線。未来がそちらに走っていけば、見知った者の姿があった。

「エルフナインちゃん!?」

 形式上、蘭堂の上司である錬金術師、エルフナイン。木に背を預け、こちらも脱力している。未来が必死に声掛けをするが、意識は戻らない。

「大丈夫!息はしている!!でも起きないよ!!」

 弓美の声を聞き、響は再度、蘭堂に向き直る。

「こういう時は…例のアニメの敵役が言っていたことを、言うべきか」

「蘭堂さん…いったい……何を?」

 ようやく紡がれたのは、か細く、そして弱弱しい言葉。交差する視線。男ははっきりと、宣言した。

 

 

「俺は、S.O.N.G.を離反する。紛うことなく、

 

 

人類の敵だ」

 

 

音も無く、天空が光を放つ。

眩しさに目がくらむが、そのシルエットを忘れるはずもない。顕現したのは、響には、S.O.N.G.には因縁浅からぬモノだった。

 

「チホージュ・シャトー?!?」

 半壊し、ビルを支えに鎮座していたはずの建造物。それが、初めて遭遇した時と同じく浮遊している。その様子に、男は満足そうにうなずいた。

「やはりいい腕だ。短期間でこれほど修繕するとは。流石だよ」

 

「そんな…まさか……」

 彼女の目が捉える、そのシルエット。浮遊城の上、常人では見えぬほどの遠い距離。そこに確かにいる。

 

「キャロルちゃん?!サンジェルマンさん?!?」

 かつての敵、この手が届き損ねた者たち。その姿は、これ以上ないほどに響の心をざわつかせた。

「さて、転がる石は白日の下に躍り出た。ここにはもう用はない。撤収しよう」

 蘭堂は立ち上がり、おそらく城内と連絡を取ったらしい。去ろうとする彼に、少女はどう声をかければよいかわからない。

 

「お前が抱えている奴、重ねて言うが、丁重に扱うように。そいつがココにいること自体が重要なんだ。ゲンにも言っておいてくれ」

 男は振り向き様に、少女の目を見据えて、告げた。

 

「では、ヒビ割れ少女。おさらばだ」

 

 

 男の姿と共に、浮遊城が消失した。

 戻ってきた月、星空、静かな波音。時間にしても数分の出来事。しかし、大きな何かが変容してしまったという実感が、少女の中にはあった。

 

「お……ねえ…ちゃん」

 腕の中で、女性が呟く。未だ意識は失ったまま。微かにこぼれたものは、誰に向けたものだったのか。

彼女には、まだ何もできない。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「響。起きて」

 親友の静かな声掛けで、目を覚ます。

「…ここは?」

「修学旅行のホテル。忘れちゃった?」

 不安の籠っている疑問に対し、響は身を起こし、首を振る。

「ううん!大丈夫!心配させてごめんね、未来」

 悪い意味で、いつも通りの姿を前に、小日向未来は何とか笑みを浮かべるしかなかった。

 S.O.N.G.メンバー、伴成蘭堂が起こした、管渦島での謎の発光事象。そして東京から消え、島上空に現れたチホージュ・シャトー。

『情報を精査し、君たちが帰ってからブリーフィングだ。修学旅行の最終日、しっかり楽しんで来い!』

 そう、通信の先で言っていた風鳴弦十郎。彼の声音からは、抱いている感情は読み切れなかった。蘭堂とは旧知の仲だと、彼は以前笑いながら言っていた。響と自分くらいの、長い付き合いなのだろうか。もし、同様の立場なら、と未来は思わずにはいられない。

 

「さ!朝ご飯食べに行こう!食事はすべての基本だからね!」

 あっけらかんと陽気にふるまう、親友。

「わかり合うって、難しい…」

 自然とこぼれてしまう言葉。この狂おしい程埋めたい、溝。統一言語さえあれば、容易に飛び越えられると、信じたい。

「未来?」

「ううん!行こ!」

 気持ちを切り替え、お日様の後を追う。いつか必ず、追い付くことを願って。

 

 

 

「昨日はまた妙なことがあったねぇ~。とりあえずエルフナインちゃんは無事に病院に着いたみたいだし、一安心だ!」

 弓美の明るい振る舞いに、同意する一同。

「お土産もいっぱい買えましたし、大成功ですね!」

 詩織の手には、想像以上の袋一杯のお土産がぶら下げられていた。その様子を後ろから覗きこむ創世。

「そんなにいっぱい、誰にあげるの?」

「勿論、ヒミツです!」

 和気あいあいと向かっているのは、空港。最終日の自由時間を終え、彼女らはこの島を後にしようとしていた。

 

「……」

 先程まで共に笑いあっていた響だったかが、何か引っかかるようで、心ここにあらずといった様子だ。

「響?」

 未来が顔を近付ける。響は親友の目を見、意を決したようにうなずいた。

「みんな!ごめん!!先に行ってて!」

 一行は不思議そうに彼女を見る。

「え?集合時間までそんなに時間ないよ?」

「それに!空港にしかない珍味ソフトクリーム食べようって、初日に言ったじゃん!」

 友人たちの言葉を受け、少女はポケットからあるものを取り出した。

 

「これを、返してこないと」

「それは…崖で拾った石、ですよね?」

 彼女の手のひらには昨日の見晴らしのいい崖、そこで彼女が手にした石があった。

「帰るのに夢中で、戻し忘れちゃったんだ。だから」

 その言葉に、友人たちは少し呆れたような、しかし卑下の無い表情で頷いた。

「わかった。行ってきなよ。ビッキーの荷物は、私たちで持つからさ」

 創世は弓美の肩に手を置いて言った。

「え?!詩織もいるじゃない!」

「お土産担当!一番身軽な私たちが持つの!」

 創世に抗議する弓美といさめる詩織。

「でも……」

 響の言葉を遮るように、未来がお土産袋を受け取った。

「響は、響がしたいように、すればいいよ」

 親友の優しい笑みに感化され、彼女の迷いが掻き消えた。

「うん!ごめん、行ってくる!」

 理解ある友人たちに背中を押され、少女は昨日進んだ道を走り始めた。

 

 

 

「ハァ…ハァ……」

 日頃から体力づくりをしている彼女だ。そう易々とバテたりはしない。そう思っていた。しかし、崖への坂道が、体力を想像以上に削っていく。帰りは大丈夫だろうかと、微かに過ぎる。

「平気…へっちゃらッ」

 父からもらった言葉で己を鼓舞しつつ、前へと歩を進めていく。中腹の、海が見える道を突き進んでいた時、彼女の足が止まった。

 

「あら?何か、忘れ物?」

 

 それは、昨日の老婆だ。杖を付き、崖へと向かっていたのだろうか。響の姿を見、老婆は首を傾げた。

「あッあの!!」

 響は手に持っていた石を、老人の前に差し出した。

「これ!返しそびれちゃったので…」

 息を切らしている少女を見、老婆は優しそうな顔をした。

「気にしなくていいのに。ありがとうね…」

 響は頷き、老婆は石を受取ろうとした。

 

しかし、

 

「え?」

 老婆が受け取る寸前。石が砕けた。

「……」

 そのまま、響の手の中で崩れ落ち、風にさらわれ消えていく。

 七色の光を放っていた石は、細かな粒子と変わっていく。そしてそのまま海の、先の見えない大海へ溶けていった。

 

「あ!私来るまでに握ったままきちゃったから…それで…」

 落ち込む彼女の肩に、老婆の手が置かれた。

「いいのよ。あの子も、きっと役目を終えたから、いったの。だから、貴女が気負う必要なんて、ないのよ。ここまで連れて来てくれて、有難うね」

 老婆の語り掛けに、響はその顔を見た。優し気で、でもどこか寂しそうな、そんな顔。率直に、彼女は思った。

「ほら、貴女は貴女の行くべきところがあるでしょう?」

 老婆の言葉に、端末に目をやる。集合時間まで、もう幾ばくも無い。

「どっどうしよう?!」

 慌てふためく彼女を見、老婆は、笑顔を向けた。

「こっちよ」

 老婆は、今まで彼女らが行き来していた道の脇へ、手招きをする。響は少々迷いながらも、老婆の後に続いた。少し獣道を歩くと、老婆は止まる。

 

「さあ、ここよ」

 彼女らの前には、樹齢何年かわからぬほどの、大きな、大木があった。圧倒される響に対し、老婆はその木の根元を指差す。そこには虚がぽっかりと開いた、不可思議な空洞があった。ほのかな風が、少女の頬を撫でる。どうやらどこかに通じているらしい。

「ここを真っ直ぐに行けば、近道」

 少々その暗闇に恐れこそよぎったが、激昂する担任の顔が、そのかすかな迷いを吹っ飛ばす。

「ありがとうございます!」

 そう言ってお辞儀をする響の手を、老婆が握った。響はその手の感触に、少し驚いた。農作業をするからだろうか。あちらこちらに、消えない傷が刻まれた手だった。

「どうか、どうか諦めないで。例え間に合わないと、もう手遅れだとわかっていても、それでも、手を伸ばした先に、必ず目指した楽園があるから」

 

「はい!」

 その言葉の真意を、響は掴むことができなかった。しかし、握られた両の手。そこから感じる温もり。その確かな温かさが、彼女を強く頷かせた。

「本当に!有難うございました!」

 もう一度大きくお辞儀をし、響は暗闇の先へと走り出す。真っ直ぐに、一直線に。

「行きなさい。……儚く気高い小鳥たち」

 老婆はその後ろ姿を、暗闇で見えぬはずの少女の背を、最後まで見つめていた。

 

 

「タチバナサン!!!!」

「スッすびばせぇぇん!!」

 

 案の定、ゲートの締め切り時間ギリギリに帰ってきた響。いつものように、否いつも以上にこっぴどく叱られている。そんな姿に、未来は少し、笑ってしまった。世界を幾度となく救ったヒーロー。賞賛されてもいいはずの彼女ら。だが、そんな存在でも、一皮むけば年頃の少女に変わりないのだ。

 

「いやぁ…流石に今回ばかりは弁解の余地なしだよぉぉ……」

 こってり絞られてきた響に、未来は笑顔と共にソフトクリームを手渡した。

「あれ?!何で??」

「そこの売店でも売ってたの。響だけ食べられないのは、ね」

「未来ぅぅぅ!!」

 親友に抱き着かれ、慌てふためく未来。そんな二人を、周りの友人たちは笑いながら見ていた。

「それで、石は返せたの?」

 嬉しそうにソフトクリームを頬張る響。その隣で、無垢な表情の少女に問う。

「うん、返せなかった。途中で砕けちゃって」

「…残念、っていう感じには見えないけど?」

 響は最後の一口を堪能し、満面の笑みを浮かべた。

「でも、お婆ちゃんに会えたんだ!」

 嬉しそうに話す姿に、未来は一先ず胸を撫でおろす。

「近道も教えてくれて、でもちゃんとお礼を言えなかったのが、心残りだよ…」

「じゃあ、また来なきゃね」

 響は力強く頷いた。

 担任が呼んでいる。

 彼女たちは、自分たちのいるべき場所へ戻っていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「さて、全員…そろったな」

 

 特徴的な赤みを帯びた頭髪をなびかせ、大柄な男性が向き直る。その場にいるものは全員、無言で頷いた。ここはS.O.N.G.の潜水母艦。招集された装者をはじめとしたメンバーの顔は、一応に不安を隠せていなかった。

「先に発生した…蘭堂の離反騒動について。まずは現状を共有しておく」

 モニターに移されるのは、少女の姿。しかし、病衣を着て伏せっており、目覚める様子はない。

「響ちゃんたちが保護してくれたエルフナインちゃんは、未だ目覚める兆しはありません。バイタルは正常ですので、おそらく心的な問題が生じているものと思われます」

 モニターを操作する友里あおいは苦々し気に報告する。その後を、藤尭が引き継ぐ。

「忽然と姿を消し、また直後、管渦島上空に出現したチホージュ・シャトーですが、あれ以降出現する兆候はありません。東京からの消失時、城内に人員はいなかった、と日本政府からは来ています」

 

『弦、今いいか』

 音声のみで、弦十郎に声がかかる。

「八紘兄貴か。どうした?」

『丁度ブリーフィングの時間に間に合ったからな。この人から、話があるそうだ』

 

 変わってモニターに移されたのは、蕎麦。そして日本人には心地よくもあるすすり音。

「新波田事務次官!」

 現日本政府、外務省事務次官、新波田 賢仁。箸を持った手で画面向こうのS.O.N.G.メンバーへ手を振りつつ、咀嚼している。

「あ、あの!」

 話が始まる前に、響が前へ出る。

「いろいろバタバタしてお伝え出来ていませんでした。あの時は、有難うございました!」

 勢いよく頭を下げる響。先の戦いの折、彼女への反応兵器攻撃をギリギリまで食い止め、結果彼女がここにいられる一端を作ったのが、この御仁だ。否決されながらも使用された反応兵器をめぐって、米国政府含む各国とのやり取り。忙しい中で、満足に礼の一言もできていなかった。

『いいってぇことよ。こちとらそいつが仕事なんでな。それに』

 彼の特徴的な江戸風のイントネーションと共に、ウインクを送る。

『子ども守るんは、大人として当ったり前よ』

 この人物も、弦十郎と同じくOTONA、ということだ。もう一度お辞儀をし、響は後ろへ下がった。

 

「新波田事務次官、どうでしたか」

 弦十郎の問いに、蕎麦を持ち上げながら首を振る。

『少なくともこの件前後に動きを見せた国はねぇ。まぁ国外の協力機関はひとまずなしで考えていいだろう。国内の方は…ダメだ。古いツテも使ってみたが、かなり無理くり情報統制してやがる。例の法案を後ろ盾にしている動きが見えっから、握ってるところは明白だな』

「護災法…風鳴機関……か」

 日本の国防、そしてS.O.N.G.メンバーにとっては根深い存在。そしてそのトップを担っているのは、他でもない八紘、弦十郎の父、そして翼の祖父にあたる漢。

『ッても伊達に何年も背広つっかけて走り回ってたぁ訳じゃあねえ。国内からのアプローチがダメなら、こっちのオハコから攻めるって寸法よ』

 新波田が提示したのは、衛星写真。チホージュ・シャトーの鎮座していた特別指定区域。そこへ入っていくトラック群のものだった。

『反応兵器騒ぎ以降、物資搬入のトラックの数が3倍に増えてやがる。無論推測の域を出ない以上、下手に疑ってあたりゃあ余計な家にも火が付くってもんだがな。それにこの前の消失前に、同じトラックが区域に入るために検問所で確認を受けていた』

 その得意げな様に、思わず苦笑が漏れる。

「国外からか、相当無茶したでしょうに」

『なぁに。俺の個人的な知人が、たまたま軌道上に持ってた衛星カメラで、偶然同じ場所を撮ってただけのことよ』

 うなずく弦十郎。映し出されていた画像は、藤尭の手でデータベースへと保管される。

『あの人と蘭堂が手を組むことは…まずないだろう。となると手引きした者がいる可能性と、全くの単独の可能性が出てくるが…』

 八紘の言葉に、弦十郎はうなずく。

「蘭堂なら後者、だろうな」

 そこで切歌が首を捻る。

「ハッキリわかるって感じデスね…そんなに仲が悪かったデスか?」

 切歌の呟きというよりは大きい発言に、横に居た調が止めに入る。その様子を見、少し弦十郎は笑った。

「俺たち兄弟と蘭堂は結構長い付き合いだからな。だが、それ以上に、あの二人には因縁めいたものがあるらしい。蘭堂は二年前まで、日本から締め出し食らったほどだ」

『記録、見たよ。風鳴機関が無理やり難癖を付けまくって、極刑にしようとした、ウォーキングデッド事件だろ?』

 頷く弦十郎と、少し俯く友里、藤尭。

 

「あの島で、私には、キャロルちゃんと、サンジェルマンさんが見えたんです」

 こぼすように、響が言う。管渦島で相対した時に見た、その陰。明るく振る舞ってはいたものの、その姿が時折浮かび上がり、彼女は拳を見た。

「二人とは…もう…戦いたくないのに」

「しっかりなさい」

 響は落としていた視線を横に移す。真っ直ぐに彼女を見ていたのは、マリア。

「例えかつて並び立ったことがあったとしても、刃を向けられたのならば、立ち向かう他ないわ」

 マリアは列を離れ、響の前へやってくる。

「って、前の私なら言うかもしれないわね」

 自嘲気味に笑う彼女。そして響の肩に、手が置かれる。横に立っていたクリスだ。

「まだハッキリド突きに来たわけでもないんだ。もしかすると、ウマく行くかもしんねぇ。そうくよくよすんな!」

 響の仲間たちは、彼女へ力強く、頷く。

「覚悟は、しっかり携えなさい。でもそれは、戦い倒すためじゃない。貴女のやってきた、これまでと同じように、ね」

 そう言いながら、彼女は司令官に向き直る。

「まだ、ランドから声明も何もないの?」

 問いに対し、頷く弦十郎。

「ああ、まだだ。目的も、動向も、やはり把握できていない」

「まぁ、もともと何を考えているのかさっぱりわからない奴だったし、もしかするとお得意のフィールドワークの一環、かもね」

 珍しく茶化す彼女に、弦十郎は苦笑しながらうなずいた。ここにいる誰もが、そう願う。もう、仲間の離反は避けたいという認識は共通していた。

「そうだ。あの、空から降ってきた…あの人はどうなんですか?」

 響の問いに、友里が答える。

「エルフナインちゃん同様、バイタルは安定しているけど、意識は戻らないわ。データバンクを照合したんだけれど、誰かも特定できていないの」

「まさしく天空からの謎の少女。映画とかでよくありそうな展開だな」

 同意を求める藤尭だったが、友里は少し呆れるようにため息をついた。

『いいチームになってきたな』

 新波田が、弦十郎に言う。弦十郎は向き直り、頷いた。

『俺の方でも出来るだけ情報を集めてみる。まぁ気になることはあるが、それについてはまた今度だな。健闘を祈る』

「ああ。いつも有難うございます」

 

 ミーティングが終わり、それぞれが己の為すべきことのために動きだす。

 

 

 

「あのことは、言わなくていいんですか?」

 解散後、緒川に声をかけられ、向き直る弦十郎。

「……」

 手には、端末。会議の少し前に八紘から送られてきた資料が入っていた。しばし沈黙する。

 

「まだ、アイツが関わっているかはわからない」

 

 再度端末を操作し、画像を表示する。写された楕円形のものを見つめ、弦十郎は口を固く閉ざした。それは画面の奇妙さをこらえるものか、彼の直観が導き出した答えを、言わないためか。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「じゃあ、まだ詳しいことはわからないのね」

「そうなんだよ…おっさん二号はいなくなるし、シャトーはなくなるし…もうちょっとスローペースで来いッてんだ」

 会話をしながら、廊下を歩く小日向未来と雪音クリス。特に進展がある訳もなく、皆一様に釈然としないまま次の日を迎えていた。未来は協力者として機密の開示が許可されている。しかし当人としては、内情を話し過ぎている隣の少女が少し心配になる。

「前から気になっていたけれど、そんなに話しちゃって、大丈夫?」

 陰ながら、突起物と揶揄されていたのは今や昔。れっきとした国連の組織だ。だが、銀髪の少女にそんなことは関係なかった。

「そりゃ……ッいいンだよ。細かいことは。それより、ここだ」

 

 二人はある一室で立ち止まる。クリスが端末をかざすと、ドアが微かな音と共にスライドする。そこはモニタールームのような場所だった。薄暗く、多くの画面の光が部屋全体を気味悪く照らしていた。そこにいた幾人の中から、未来は直ぐにお目当ての一人を見つける。

「響」

 声をかけられた少女は、顔をあげる。疲れが出ていながらも、笑顔を浮かべる。その表情が何かをごまかそうとしたものであることを、彼女は知っていた。

「ごめん未来。昨日はいきなり…」

「いいの。それよりこれ」

 未来は持ってきていた荷物を手渡す。中には響の着替えが入っている。

「ごめんね…」

「謝らないの。私がしたくてやったんだから。心配なのはわかるし、勿論私もだけど…」

 目線がモニター、隣の医務室を移す画面に移る。そこには、医療機器に繋がれた二人。片方は管渦島にて響が救出した女性。もうひとりは。

「エルフナイン…」

 クリスが拳を握る。彼女たちの盟友、エルフナインの姿があった。ベッドで眠っている姿は、かつて魔法少女事変の終わり、身体の限界を迎えてしまった時の彼女を彷彿とさせた。

「エルフナインちゃんが起きた時、響が倒れてちゃ、元も子もないでしょ?」

 会議の後、休憩をとる時以外、響はずっとここにいた。ずっと、二人を見守っていた。

「調子狂うんだよ!何時もなら、いてもたっても居られなくなって、明後日の方向に突き進むもんだろお前は!しっかりしろ」

 未来の諭す言葉に重ねるように、クリスが響に言い放つ。彼女なりの不器用な優しさなのは、良く知っている。

「ありがとう…二人とも」

 少し元気の戻った笑顔を向けられ、他方は笑い返し、他方は頬を赤らめながらそっぽを向いた。

 

「会う?」

 PCを操作していた若い女性職員が、三人に尋ねる。

「ここに運ばれてから、バイタルに急激な変化はなく、安定している。外側からの刺激で、もしかしたら覚醒する可能性もあるから」

 みれば、他の職員も頷いている。

「許可も取れました。ごめんなさい。待たせてしまって…」

「いえいえ!私が無理言って居させてもらったんですし…」

 そんなやり取りを見、未来とクリスは顔を見合わせて笑う。考えてみれば、昔はおっかなびっくりな人助けで、自分を犠牲にしていた少女。そんな彼女を支えてくれる人たちが、今はこんなにも大勢いる。

「それで…どうする?」

 

「はい!是非!」

 三人は医務室へのドアをくぐる。

 

 

 白を基調とした、清潔な室内。何人かの医療スタッフも交代で常駐している。頷き、三人がベッドに近寄れるよう取り計らってくれる。

「エルフナンちゃん…」

 未だ目覚めぬ小さな身体に触れ、呟く響。あの時は消え入りそうだったか細い手。しかし、今は違う。触れればわかる。少女は今もちゃんと、生きようとしている。もう一人の自分から託された身体で、しっかりと息をしていた。その姿に触れ、響の張り詰めていたものが少し和らいだように、未来は感じた。

「コイツが易々と負けるわけがねぇ。大丈夫だ」

 傍らのクリスが、響の肩を叩く。敵として出会った二人の様子に、未来から自然と笑みがこぼれた、

 

 

 その時だった。

 

 

「…お…………ん」

 

 

 未来の腕を、誰かが掴んだ。

 そのあまりの強さに、未来は驚愕と痛みで短い悲鳴をあげる。

「未来?!?」

 

 自身の手を掴んでいる先、それは隣のベッドから伸びていた。手、腕、肩、そして。

 

 

 女性の表情は、なんだっただろうか。絶望、に近いものを未来は瞬間的に感じとった。二年前、月が欠けたあの日。響が帰ってくるまでの時間。身支度を整えようと向かう鏡の先に、同じ顔を見ていたことがあったからだろうか。

「んだ?!オイ!!」

 クリスが声を荒げ、未来を掴んでいる手を解こうとする。しかし、離れない。

『なに?!何が起きているの?!?!これは……まさか?!』

 モニタルームでも何かを観測しているらしい声が、遠くから聞こえる。未来は、まるで蛇に睨まれたカエルのように動けなかった。痛みからではない。己を離そうとしない病人の顔から、目が離せなかった。

「……」

 

 表情から、だけではない。もっと別の、感覚が、女性の声無き声を彼女に届けていた。濁流にも思える圧。絶望、悲嘆、苦悩、そして贖罪。

 未来自身、押し寄せるそれら全てを、理解し形容し得る言葉を持ってはいなかった。ただ、彼女の身体は、思考を巡らせる前に動いていた。

 

「…未来」

 

 

 未来は、女性を撫でていた。

 優しく、慈しむように。

 

「大丈夫だよ」

 掴まれていないもう片方の手を動かしながら、未来は笑顔を向けた。見開かれた女性の瞳孔を、真っ直ぐに見据えて。

 

「……」

 

 女性の身体から、徐々に力が抜けていく。それと合わせて、女性の目も再び閉じられた。解放された手を庇いながら、未来はその場にへたり込んでしまった。

「未来!未来!?大丈夫!?!」

 相当に焦っている親友に向かって、かろうじて頷く。じわりと戻ってくる、掴まれた腕の痛みを抑えながら、手を借りながら立ち上がる。

「一体…なんだったんだ…?」

 クリスも息が荒く、エルフナインのベッドの端に身体を預けている。モニタルームと医務室のスタッフが明らかに慌ただしく動き出す。未来の腕へ簡易的な処置をするため、医療道具を取り出している者もいる。慌ただしくなった外野と対照的に、女性は静かな寝息を続けていた。

 

 

 

 

「……確かか」

 

 廊下で報告を受けた風鳴弦十郎が、念押しに問う。相手方は肯定したらしく、短く対応を任せる旨を伝え、通信を切った。弦十郎は数歩動くも、手に持っていた書類を見るために、廊下の壁へ背を預けた。

「……」

 今回の件に関する様々な項目から、目的の資料を見つけ、もう一度目を通す。バイタルサイン、身元不明、そして突起項目に書かれた、脚部に関する報告。

 

 

「アウフヴァッヘン波形…だと」

 

 

石は、速度を増していく。

 

ゆっくり、ゆっくりと。




伴成蘭堂 離反

これこそ、VCのスタート。


こんにちは。
サリッサと申します。
お読みいただき、有難うございます。

長かった…
岩礁に立つ彼と、浜から見上げる少女。

この構図が脳裏に浮かび、私の歩みは始まりました…


これまでのVC短編は、この伴成蘭堂というキャラクターをココに立たせるためであったと…
いえ、流石に過言ですねw

しかし、ポッとでのキャラクターを序盤数話で脱退させると、
どこかの白衣メガネの英雄さんと被ってしまうのは事実ですw

明言する機会が拙作ファーストコンタクトでしかありませんでしたが、
彼の加入は原作Gの時間軸からになります。
その頃のお話や、もっと以前の話も書きたいところ…

とりま、ついに白日の下にさらされた物語。
稚拙ながらも続けていく所存デス!
(あれ?前回投稿からいち…ゲフンゲフン)

今後もどうぞよしなにお願いいたし〼
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