戦姫絶唱シンフォギア VC   作:サリッサ@無期限休止

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なお暗き 深淵の底から











澱み濁ったハザマの淵より

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 霞がかった思考の中、ゆっくりと、目を開ける。

 

 

 

「……ここは?」

 

 

 思考と同様、眼前には薄い靄が広がっていた。自分はこの空間を知っている、そう感じる。

 

「やっと起きたか。だいぶかかったな。エルフナイン」

 声を掛けられ、エルフナインは周囲を見渡す。靄の中から、見知ったモノが現れた。

「…蘭堂さん」

 ガスマスクと汚れた白衣を纏った同僚が、散歩するような足取りでやってくる。その様子はエルフナインが良く知る容姿だ。たが、纏った雰囲気は何か違ったモノを感じた。

「ここは…Beatriceの中、ですか?」

 数週間前に、電界顕微観測鏡を用いて、マリアの脳領域へ入り込んだ時を思い出す。蘭堂はしばし考えた後、頭を振った。

「半々だな。不正解だが、同時に正解だ」

 肩を竦めるようにして、掌を開く。

「ここはハザマ。現実と夢の間に存在する領域。お前の意識が干渉し、Beatriceと同様の形をとっている。だから、半分正解」

 その場で一回転して見せる蘭堂の所作。その様は、引き笑いをする聖遺物研究員から、少し離れているとエルフナインは思う。やはりどこか、ナニかが違う。

「欠損した記憶を補強修復しようとした自癒意識のためか…ホムンクルス故に干渉する力がルル・アメルよりも強いのか…興味深いと、言ったところかな」

 独り言をつぶやく蘭堂に向かって、エルフナインは口を開いた。

「ボクは、あなたに言われて、南の島で…」

 おぼろげな記憶を手繰り寄せようとするも、上手く行かない。

「休暇名目だったものな。知り合い、に違いはなかったろう?」

「…ボクの中から、キャロルを…」

 蘭堂は視線を移し、頷いた。

「すまないな。どうしても、自由に動ける彼女の助力が不可欠だったんだ。悪い事をしたよ」

「あなたは…一体…」

 

 疑問を口にするエルフナインに対し、白衣に手を入れると、蘭堂は上空を見やった。

「そろそろ時間のようだ。まぁ、この空間に正確な時間の流れは存在しないが、ね」

 そう言うと、蘭堂は踵を返す。

「待って!」

 声を掛けるエルフナインだったが、再び意識に霞がかっていく。

 

「あぁそうだ。一つ、‟彼〟から伝言があったんだ」

 

 去っていく蘭堂を、夜空の蒼が包んでいく。その姿は、衣を纏ったような姿だった。

 

「逃げる時に路地裏はオススメしない、とのことだよ」

 

 

──────────────────────────────────────

 

「現時刻をもって、伴成蘭堂及び錬金術師、サンジェルマンとキャロル・マールス・ディーンハイムを、明確な敵勢力と断定。S.O.N.G.は各国機関と連携し、この三人の捕縛と人々の解放のために動く。いいな」

 弦十郎の言葉に、一同頷く。しかし、胸中はそれぞれ複雑であった。各々が持ち場に戻っていく。弦十郎は足取りの重い彼彼女らの後ろ姿を、見送るしかできない。

 

「弦十郎さん」

 目線を落とすと、そこには小柄で金髪の少女。エルフナインがいた。

「無理するな。エルフナイン君。君もまだ本調子ではないだろう」

 弦十郎の優しい声掛けに、うつむいてしまう。自身の服の袖を掴み、拳を震わせていた。

「先程お伝えした通り、ボクの記憶は一部欠損しています。特にシンフォギアに関する知識記憶が、です。これは恐らく、キャロルの自我を強固なものにする骨子として用いられたこと。そして、現存のシンフォギアへの脅威制限のためかと…」

 彼女は、蘭堂だけでなく、再びキャロルと対峙しなければならない。譲り受けたその身体で、譲り渡した者と戦う。エルフナインと共に困難を乗り越えてきたからこそ、想像に難くない残酷さであった。弦十郎は、そんな俯く頭に手を置く。

「君の錬金術の知識は、戦うためのものではない。前回の動向を鑑みるに、蘭堂らには目的がある。その目的を探り当て、再度交渉のテーブルに付かせることも可能なはずだ。そのためにも、君の力を貸してくれ」

「…はい!」

弱弱しさは残るものの、まだ希望はある。大きく頷くと、小柄な錬金術師は、研究室へと駆けていく。

 

「…司令」

 物音をさせず、背後に立つは緒川慎次。その表情は、普段の彼を知る者からすれば、少々だが意外にも歪んでいる。

「…そう怖い顔をするな」

 弦十郎の言葉に自身を顧みたのか、頭を振っていつもの彼へと戻る。

「お前は昔から蘭堂…バンのことが嫌いだな」

「…ハハ。お恥ずかしい。なんででしょうね。どうにも、合わない。と言いますか…」

 緒川は少し苦笑いしつつ、タブレットを渡す。受け取った弦十郎は、素早く資料に目を通していく。

「先日目覚めた女性。名前を弾焚 琉璃と名乗っています。国内外のデータバンクにアクセスし、身元を調べましたが…」

「該当なし、か」

 顔を上げた弦十郎に、緒川は頷く。

「身体検査にも協力的に応じて下さったので、先ほど結果が提出されました。概ね一般的な人のソレ。と酷似しています」

最後の言葉に弦十郎は眉を顰める。

「ええ。酷似しているのです。血液の中にも、微量ながら未知の細胞が入っており、同様の相違点が表皮や内臓のいたるところに見られました」

緒川はタブレットを受け取り、スクロールしていく。ある写真で手を止め、弦十郎に見せた。

「極めつけは、脚です。両足の膝より下は、生身ではありません。形状は人間の形をしていますが、中はレントゲン等の検査機器ではまともに測定ができませんでした」

 写真を見つめる弦十郎。確かに、写真を見るに機械的な、それでいて流線型をしている。だが、それ以上に、彼の心をざわつかせる印象を受けた。

「これでは、まるで…」

 

 

 同時刻

 

 

「えっと…ヒタキ ルリさん、でしたっけ?」

 

 響が小首をかしげながら問う。彼女たちは、本部の廊下。検査のために陸上の病院から護送されてきた、謎の女性を迎え入れたところだった。傍らには、未来もいる。

「ちょっと!そんな聞き方!」

「ハハ…ごめんごめん。聞いたのが騒ぎの最中だったから、自信がなくて…」

小突く未来と、困ったように笑う響。そんな二人を見、女性は可笑しそうな、どこか嬉しそうな笑みを浮かべて肯定する。歳は、マリアや翼に近いような印象を受ける。

「気にしないで。弾焚 琉璃であっているわ。といっても、自分のこと、名前くらいしか憶えていないんだけどね。お恥ずかしい限りだわ」

 そう言ってはにかんだ女性は、響たちよりやや背の高い出で立ちだった。今は響も見知った拘束具をしたまま。服装も病衣にズボンを穿いている。全く意に介していないのか、平然と二人と連れだって歩いていた。

「お二人は、タチバナ ヒビキさんと、コヒナタ ミクさん、よね。忘れてないわ。大丈夫」

 そして二人にむかって顔を近づける。

「お二人は、お友達?」

 急なことで、驚いたが、未来が頷く。

「はい。幼馴染です」

「幼馴染!いいわねぇ」

 やや興奮した様子の女性が、今度は響の方に顔を向ける。

「幼馴染ってことは、ガッコーも一緒?お泊りとかしたことあるの?」

 質問に対し、響は頭を掻きながら答える。

「そうですね…というか、今は高校の寮で一緒に生活しています」

「えー!一緒に!!いいなぁ」

 何故か上機嫌な女性は、鼻歌交りに廊下を進んだ。見た目よりも幼い印象を受ける挙動と、手錠と病衣のミスマッチ。混乱しそうになる二人を置いて、女性は踊るように歩く。

 

「あ、そういえば」

 女性が振り返り、笑いかける。まるで取って置きのおもちゃを見せようとする、子どものような表情だ。

「この子の自己紹介が、まだだったわ」

 そういうと、彼女は自身のズボンを左足首から膝までまくり上げる。そこにはおおよそ生物とはかけ離れた、それでいてどこか親近感のある、機械の義足が現れた。息を飲む響と未来。

 

「これは…シンフォギア?」

 

 口を開いたのは、響だった。自身が纏う、ガングニールに似ていると、直観的に感じる。

「やっぱり同じなのね?私たちもビックリ!怪異に誘われて行ってみたら、この子と同じようなのを纏った少女たち!!こんなに嬉しいってことは、もしかしたら私たちも初めて同族に会うのかも」

そういうと女性はそのままバク宙してみせた。あまりの軽やかさに感嘆の息が漏れる二人。彼女は着地の動作の延長で、スカートを摘まむ仕草をした。露わになった、膝より下の姿。それは足先に至るまで。正しくシンフォギアの装甲の義足であった。

 

「カドゥケウス。それがこの子の名前。弾焚 琉璃と、その名前だけは憶えていたの。どうぞよろしくね」

 

──────────────────────────────────────

 

「シンフォギア装者、それだけでなく、響ちゃん以来の融合症例なんて…」

 友里の言葉が、モニターとコンソールに照らされた部屋に溶ける。検査結果を受け、弦十郎は他の職員と共に調査を開始していた。キーワードは、聖遺物。

「アウフヴァッヘン波形はどうだ?」

 弦十郎の問いに、別の職員が応える。

「対象がパーク内に出現する寸前、かなり微弱ながら、未登録の波形が検出された痕跡がみつかりました。それが、これです」

 正しく、アウフヴァッヘン波形。聖遺物が、歌の力により起動する際に生じる、特異なエネルギーの波形。他のシンフォギアの由来となる聖遺物と比べると、波形がかなり複雑、重なって見えると、弦十郎は感じる。

「波形がわかったならば、何の聖遺物かはどうだ」

 問いに対し、友里が首を横に振る。

「各国の秘匿データベースまでは調べられないので、完全ではありませんが。少なくとも、国連に開示されているデータ上では発見できませんでした。それと、ここまで複雑に絡まったようなものは類をみません」

 友里も同じ感想を持ったらしい。弦十郎は眉を顰めて考え込んだ。

「パヴァリア光明結社の残党…?」

 かねてより会った疑念を口に出す。対して、横に控えていた緒川は肯定しなかった。

「現存する結社残党の根城は、摘発が進んでいます。しかし、その中で、聖遺物による大規模な実験をした施設は見つけられず、捕縛した構成員からも手掛かりとなる情報は得られていません」

 そこまで言うと、彼は何とも言えない顔を、弦十郎に向ける。

「こんな時に、蘭堂さんがいてくれれば、なんて」

 その表情と言葉に対し、弦十郎は少し笑ってしまった。確かに、蘭堂がいれば、と思わずにはいられない。

「わかった。収集したデータを纏めて、エルフナイン君に回してくれ。きっと何かを見つけ出してくれる」

 弦十郎が言い終わった瞬間、突然ブリーフィングルームの扉が開き、何者かが飛び込んできた。

「司令!!!」

藤尭だ。トイレ休憩と席を立っていた彼が、血相を変えて駆け込んできたのだ。

「どうした?!」

 ただならぬ雰囲気に、二人とも緊張する。息も絶え絶えに、藤尭は言葉を紡ぐ。

「トレー…ニング…ルームで…」

「?」

 意外な言葉に、驚く二人。彼らもよく使っている、本部の一区画にある戦闘訓練場のことだ。

「マリアさんと、……が、模擬戦するって…」

 不可解な言葉が連続し、弦十郎が藤尭に近づく。

「マリア君と、誰なんだ?」

 

「例の女性です!弾焚 琉璃と、マリアさんが、模擬戦するって!!!」

 

──────────────────────────────────────

 

「さ、いつでもどうぞ?」

 

 弾焚琉璃は、言葉と共にトレーニングルームで跳ねてみせる。拘束具を付けたまま、服装だけ短パンに病衣を突っ込んだ出で立ちだ。対するは、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。トレーニングウェアを着ているが、しかしいつもの彼女とは違った表情で、髪に手を伸ばす。

「…拘束具は?」

 髪を結びながらの問いに対し、琉璃は一周軽やかに回り。そのまま片足を身体へ引き寄せた。腕を封じられているにも関わらず、その姿は全く支障を感じさせない。構えた姿は、歴戦のボクサーを思わせた。

「仔細ないわ。お好きなタイミングで——」

 

「なら、遠慮なく!!!」

 

両腕を正面に構え、突貫。一気に詰め寄ると、そのまま鋭いストレートが琉璃の顔面に迫る。

「フフッ!」

 楽し気な吐息と共に、琉璃の足が腕の軌道をそらす。遮っていた足をそのまま突き出す形で、マリアの上半身に蹴りを叩き込んだ。思わず後退するマリアだったが、その蹴りはしっかりとガードされている。

「さ、モヤモヤは運動して発散が一番♪」

 琉璃の軽い発言に対し、マリアは無表情のまま構え直す。再びの激突。マリアの鋭利な打撃に対し、琉璃は躱しながらのカウンターを狙う構図。刀剣の立ち合いならまず間違いなく火花が散る苛烈な応酬だ。

「ちょッ?!飲み物買いに行っている間に一体何が?!?」

 缶ジュースを腕一杯に持った響と、付き添っていた未来が駆けてくる。やってきた二人に対し、翼が手で止める。

「翼さん!これは…」

 未来の問いに対し、翼は苦悶の表情を浮かべる。

「双方同意の元の立ち合いだ。私には…」

 視線を、攻防を繰り広げる二人に戻す。互いに一歩も譲らぬ立ち回り。しかし、一方の表情は明るく、もう一方は険しい。

「で、でも!琉璃さんの足は、たぶんシンフォギアで、それで!えっと…」

 焦って言葉のまとまらない響に対し、言葉が掛けられる。

「ダイジョーブ!今は普通の足と遜色ないからー!」

「ッ!!」

 苛立ちをはらんだ拳に対し、琉璃は足を組み合わせて封じる。寄った両者の顔。

「模擬戦とはいえ、よそ見するな!」

「そうカッカしないで。ストレス発散アンド、リラーックスと行きましょう?」

 強引に振りほどくマリアに対し、軽い跳躍で距離を取る。どう見ても不利であるはずの琉璃が、完全に主導権を握っていた。遊ぶように飛び回る彼女を、マリアは捉えられない。

「逃げるなッ!!」

 一層険しい表情のマリアの追随に対し、琉璃は驚いた表情を見せた。

 

「思ったよりだいぶ溜まっているのね。そんなにショックなことだったの?」

 

 その言葉を受け、マリアが目を見開いた。

 

「マズイッ」

翼の顔色が変わる。同時にマリアの挙動から、完全に理性が消えた。無茶苦茶な打撃が、それでも積み重ねた修練により、確実な一撃となる。琉璃も片足では追い付かず、一気に押されていく。

「待て!!!」

「師匠!!!」

 廊下から、藤尭に呼ばれた弦十郎たちが駆けてくる。溜まらず叫んだ響の顔を見、彼は状況の悪さを理解する。

「マリア君!!!」

 しかし、その声はマリアに届かない。大きく振りかぶった一撃が、ついに琉璃の顔面を打ち据えんと迫る。

 

「ッ!!!」

 

 そこで弦十郎は懐の装置を作動させる。鼻先数センチのところで、拘束具のランプが緑に光った。

 

 

「ガッ?!?」

 

 

一同が、何が起きたのか理解できなかった。吹き飛ばされたのは、マリアの方だった。我に返った彼女は、激しく息をつく。無意識に息を止めていたこと、そして身体の数か所からくる痛みに対し、思考が追い付いていなかった。

「マリア!!」

 駆け寄る翼に対し、ようやっと頷いて答える。

「何を…したの…?」

 琉璃に対し、問うマリア。彼女は開放された手でもって、口元に人差し指を立てる。

「‟ヒカ拳„、か」

 トレーニングルームに入ってきた弦十郎の言葉に対し、琉璃は肩を落とした。

「ネタバレ!と言っても、見様見真似。贋作紛いもいいところ、ですけどね」

 そして弦十郎に近づくと、下から探るように見上げた。

「貴方がここの司令官さんね。うん、見ればわかるわ。私は弾焚琉璃。よろしくね」

「…風鳴、弦十郎だ」

 悪戯っぽく笑う琉璃に対し、弦十郎はため息をついた。

「この状況の説明は、誰がしてくれる?」

「叔父様、申し訳ございません。私が——」

 翼の進言を遮り、琉璃がおどけてみせた。

「私が誘ったんですよ!丁度ここでマリアさんたちと会いまして。響さんが飲み物を取ってきてくるのを待っていたんですけど、どうにも顔色が優れないから、身体を動かしてストレス発散出来たらなぁって!」

 背格好に合わぬ無邪気さをはらんだ言動を聞き、弦十郎は翼を見る。無言なところを見ると、大きく違わないことがわかった。

「止めるべきでした。申し訳ございません」

俯く翼とマリアを見、改めてため息を漏らす。そんな彼の眼前に、拘束具が差し出された。

「さ、ここは私が悪かったと手打ちにしていただいて、ね」

 笑顔の琉璃に対し、弦十郎は険しい顔を崩さない。常人あれば、緊張して声も出せなくなるであろう巨漢に対し、全く怯まない女性。

「拳法は、誰から?」

 弦十郎の問いに対し、琉璃は上を向いて考える仕草を見せる。しかし徐々に眉間に皺が寄り、唸り出す。

「うううーん…これまた思い出せないんですよね。護身用にって、教わったってことはなんとなーく覚えているんですけど」

そう言うと、その場で構えを取って見せる。劈掛拳。手を伸ばし、リーチと遠心力を活かして打撃を叩き込む打法。袈裟に振り下ろされた手刀が、空気を切り裂く鞭や斧のように舞っていく。彼女はそこに足技も織り交ぜているようで、独自の動きはまるで舞踊のようにも見えた。響から、感嘆の息が漏れる。

「至近距離のカウンターから、遠近感を狂わされる手刀と、腕の打撃の連打…。なるほど、それで何をされたのかわからなくなったわけ…ね」

 マリアの呟きに対し、琉璃は動きながら答える。

「それと、貴女自身の迷い。私が応戦しなくても、あの瞬間、貴女は迷った。だから私の動きがわからなくなったのよ」

 その言葉に対し、マリアは自嘲気味に笑うと、よろめきながらも立ち上がった。支えるよう翼に対し、無言で首を垂れた。

 

「お騒がせしてごめんなさい!さ、皆さん持ち場に戻って~私も拘留所に戻りっまーす」

 琉璃の場違いな明るい声が、木霊した。

 

──────────────────────────────────────

 

「ハァ……」

 医務室のベッドに腰かけ、マリアは大きく息を吐いた。身体は軽い打ち身程度で済んでいる。疑う余地なく、手加減されたのだ。改めて、自嘲気味に笑った。

「何やってるんだろ、私」

「マリア」

 そこへ、翼が入ってくる。手には湯気のたつ二人分のカップがあった。渡されたそれには、コーヒーが入っていた。一口啜る。安心する味だ。

「友里さんにお礼を言わなきゃね」

 マリアの言葉に、翼が少々不機嫌な顔になる。小首をかしげたマリアに対し、そっぽを向く翼。

「……確かに豆の配合は友里女史だが、淹れたのは私だ」

 驚くマリア。手に持ったカップと翼を交互に見た後、溜まらず噴き出してしまう。

「笑わずともよいだろう」

 更に不機嫌そうな態度を取る翼の肩に、マリアは頭を預けた。

「あったかい物どうも、翼」

「……ああ」

 しばしの沈黙。二人は鼻孔をくすぐる香りと口内に広がる優しい味わい、心地のよい静けさに身をゆだねた。

 

「聞いても?」

 静寂を破り、翼が言う。マリアは頭を預けたまま、頷いた。

「どうした?らしくもない。あんなに取り乱して、あれではまるで……」

 その先を翼は、隣の戦友には言えなかった。かつての自分。立花響という、ガングニールを纏った少女を容認できなかった、風鳴翼に重なって見えたからだ。

「なんで、かしらね」

 マリアは静かに、答える。

「心のどこかで、ランドは裏切らないって、思っていたからかしら。あのガスマスクで気怠そうな目の男が」

 微かな笑い声が、重なる。表情の見えないマリアに、視線を向ける。

「初めてガラス越しで会ってからずっと、違和感があった。国連のエージョエントとなって、S.O.N.G.に転属になって。そうやって共に居る中で気付いたの。彼は己自身に、もっと言えば生存にほとんど頓着がない。諦めているのとは違う、希薄さ。ただ眼前の事象をそのまま理解することだけに、興味を傾けているような」

 珈琲の湯気が、彼女らの頭上に登っていく。その水蒸気は空気に溶けて、消えてしまう。その様は、つかみどころのない、件の男を思わせた。

「奇々怪々な男。気に障る言動も無神経な行動も多々あったけれど。でも、彼は目の前の事柄への向き合い方に嘘偽りはなかった。そして、私たちにも欺きや隠ぺいもない。その点は、うん。信頼してたんだと思う。大抵説明不足だけどね」

 呼吸音が、医務室に木霊する。言葉を紡ごうと巡らせる彼女を阻むものは、ここにはなかった。

「最初は、きっと何か訳がある。問いただせばいつものように答えてくれる。そう思っていたわ。でも、そうはならなかった。ずっと実体のない雲のような人だったけれど、今回は、本当に手が、届かなかった」

 マリアの身体が強張るのを感じる。

「裏切られた。そう感じた、んだわ。欺かれて、裏切られて、FISの時はずっと、その渦中に身を置いてきた。でも、マムの優しさと、S.O.N.G.の皆に受け入れられて。忘れていた感覚が…」

 両手で己の身体を掴む。震える彼女の肩に手を回し、静かに抱き寄せる。

「さっきも、そして追いかけている時も、私は悔しかった。どうして、行ってしまうのか。わからなくて、そして怖くて。そしたら、刃を彼の背に投げる、自分がいた」

 そこまで言って、マリアはたまらず崩れそうになる。喪失感と、自責。押しつぶされそうになる感覚を、翼もまた知っていた。

 

「真面目過ぎるぞ、マリア」

 

 自然とこぼれた言葉に対し、マリアが顔を上げた。翼は困ったような笑顔を浮かべる。

「きっと、そう言うだろうな」

「……天羽 奏、さん?」

 無言で頷いた翼は、視線を前へと向けた。

「私も、ずっと一緒に居てくれると思った友を、腕の中で失った。その失意と己への怒り。ずっと圧し掛かっていた感情。そして、突然現れた立花に対し、刃を向けた」

 あの道路の上で、駆け寄る少女に対した行為。過去のことと、流し忘れてよいものではない。

「私は、立花を否定した。ガングニールを宿し、無邪気に笑うあの子を認めることができなかった。でもそれは、結局のところ、あの日、何も出来ず生き残ってしまった感情。うやって引き摺っていた重石を、体よく押し付けようとしたのだと、今は思う」

 絶唱、死を覚悟した刹那。その瞬間でさえ、翼が響に向けたのは、亡き友とは反対の想いであった。

「そんな私を、それでも立花は見限らなかった。そして、私に教えてくれたんだ。奏が、私たちが守ってきたものを…」

 立花響は、どんな感情をぶつけられても、だとしても、翼に笑顔で手を差し伸べた。その時から既に、彼女の強さの片鱗はあったのだ。

「立花が言っていた」

 翼は改めて、マリアを見た。

「自分の人助けは、奏から受け取った『生きるのを諦めない』気持ちだと。手を伸ばし、相手からも繋いでもらうこと。そのために、自ら手を伸ばし続けるのだと」

 なかなか真似出来るものではない、と翼は零した。

「今でも立花からは教えられる。マリアも、そうだろう?」

 マリアは無言で、頷く。差し伸べられた手に救われたのは、彼女も例外ではない。

「私が言ったのよね。『覚悟は、しっかり携えなさい。貴女のやってきた、これまでと同じように』って」

 この事件の最初のブリーフィングを思い出し、マリアの顔に笑みがさす。自虐的な笑いではあったが、しかしその中に、確かに力が宿っていることを、翼は見とめた。

「ありがと翼。お陰で胸が軽くなったわ」

 そう言った彼女は残ったコーヒーを呷った。拍子に上半身を揺れる。その様を見、翼は若干恨めしそうな表情を浮かべる。

「その表現に、いささか意趣返しを感じるのだが?」

「そう?私は好きよ?」

「すッ好きって——」

 頬を赤らめ慌てる可愛い剣に対し、マリアは悪戯っぽく笑いかける。勢いよく立ち上がると、翼へ手を差し伸べた。

「それじゃ、作戦を練らないとね。あのくねった蛇雲を、今度こそひっ掴むために」

 戦友の言葉に、翼も頷き、手を取った。

 

 

 

──────────────────────────────────────

 

「これは…どういうことだ?」

 

 サンジェルマンは首を傾げつつ、状況を見守っている。常人を遥かに超える時間を生きていた彼女でも、目の前の出来事を受け入れるのに時間がかかった。

「…ン?どうした?」

廊下の奥から、蘭堂が歩いてくる。小脇に抱えた金属製の箱が、微かな光の中で鈍く光る。サンジェルマンは無言で正面を指さした。

「………」

そこにはレイアの妹がいた。彼女用に拡張された一室では、上半身のみを床から出しており、そのカールがかった髪の毛には水滴がついている。そして彼女のまわりには。

「ミー!」

 ユゴス・ノイズたちがわらわらと集まっていた。一部は棒立ちのままであるが、あるモノは妹を見上げ、別のモノたちは構わず駆けっこをしている。それ以外にも多様な仕草を見せている。蘭堂自身も小首をかしげた。

「これは…また…」

 レイアの妹は、明らかに困惑していた。包帯で巻かれた顔は、眉間に皺をよせ、その巨大な手は置き場を見失って右往左往している。一部のユゴス・ノイズはその腕を追いかけているので、余計にどうすればいいのかわからないといった様子だった。

「妙、だな」

 そう言った男は特徴的な引き笑いが木霊する。嬉しそうに目を細めた男は、ノイズ一体一体に目をむけた。

「元となったノイズの影響は考えないとすると、ヒトの脳を転移している弊害、だな」

 ガスマスクの位置を調整しながら、呟いた。

「アレと、アレは、最初期の奴らだ。余計に多彩な動作をしている」

「媒介としているが故に、影響を受けていると?」

 サンジェルマンの言葉に、蘭堂は小さく首を振った。指さしたのは、駆けっこをしているモノたちだ。

「あっちの連中は、まだ転移はしていない。逆にあの壁に向かって立っているのは、昨日転移したやつだ」

サンジェルマンは眉を顰める。整合性がないと感じたからだ。その意図には気づいていない様子で、しかし眼前の事象に愉快そうに男は続けた。

「保持していることで受ける共鳴と、アレらでの情報共有進度、だろうな」

 そこへ、小さい影が入ってくる。

 

「オイ!お前たち!!騒ぐな!!」

 その鋭い声は、しっかりと空間に響き渡る。驚いたノイズたちは散り散りに去っていく。

「まったく…」

 キャロルは頭上を見上げ、だが途中で踵を返した。

「……お前も、自分で対処できるようにしろ」

 告げられたレイアの妹は、微かに肩を落とした。

「ずっとあの調子だな」

 蘭堂が小首を傾げながら呟いた。

「それは…彼女たちの悲願を打ち砕いたアナタが言うの?」

「魔法少女事変のことか?俺がやったことなんぞ、エルフナインに主任の座を譲ったくらいだぞ?あとはハチと一緒にイヴたちの戦線復帰を奨めたのもあったか」

 サンジェルマンはため息まじりに首を振る。

「アナタがどうこう、ということではないわ。彼女の、キャロル・マールス・ディーンハイムの計画は、どんな形であれ、結果として阻止された。その事実にかわりはないワケだ。一方は悲願を寸前のところで打ち砕かれた者。もう一方は、その計画に最期まで従事したモノ。お互いに、遂げられなかった想いが邪魔をして、すれ違い続けているのね…」

 プレラーティ、カリオストロも、サンジェルマンと同意見のようだった。蘭堂はキャロルと妹の微妙な距離感を、マスクを弄りながら眺めた。

 

「名前」

 

「?」

 蘭堂の呟きに、サンジェルマンは眉を顰めた。

「名前を付けると、関係性が進展すると、以前言われたことがある。今、型式番号もなく、妹としか呼んでいないからな。アイツに名前を付けてやるといいんじゃないか?」

「いいわねー!名前名前!確かに前から呼びにくいと思ってたのよー!」

 内なるカリオストロが喜び勇んで賛同してくる。

「シスターちゃん、はそのまんまだし、カールちゃん、包帯ちゃん。ヒトガタちゃんも、体を表すという意味ではアリよねぇあとは…」

 途中でサンジェルマンに止められそうになりながらも、名前の候補を次々と上げていく。

「オイ!!!」

 暴走する彼女を止めたのは、他でもない主だった。キャロルは苛立ちを表に出しながら、二人の元へ歩み寄る。

「話を進めるな!!勝手な命名は許さんからな!」

 蘭堂と、サンジェルマンの中のカリオストロは目を合わせ、肩を竦めた。

「だったら貴女がつけてあげればいーじゃない」

「名前くらいくれてやればいいだろう。減るもんじゃなし、と言うべきか?ここは」

「ッ!!!」

 キャロルは何も言い返さず、再び踵を返して立ち去ろうとする。その後ろ姿に、サンジェルマンはため息をついた。

「あなた達。余計なことで仲たがいするのだけはやめて頂戴。ただでさえ動きにくくなっているのだから…」

「名前と言えば、」

 蘭堂はキャロルの態度を意に介していないようで、思い出したようにつぶやいた。

「命名は近しい者の一部を貰うのだろう。いや、日本だけか?まぁこの場合、姉がレイア・ダラーヒムだから……」

 そのまま蘭堂は沈黙してしまう。何も浮かばない様子で、首が真横を向いて戻らない。その様子に、再びカリオストロの命名熱が再熱しかける。

 

 

「リエラ」

 

 

 そこで、小さい声が響いた。

 

「リエラ・ダラーヒム。それでいいな!!」

 

 キャロルが二人を睨みつけながら宣言する。そのまま足早にその場を去ってしまった。

「Riel、か…フム」

 妙に納得したように頷く蘭堂。その隣で、サンジェルマンは切り替えるように頭を振った。

「で、ソレはどうするの?」

サンジェルマンは蘭堂の手に納められた、黒い箱をさす。その外殻は、不思議と吸い寄せられる魅力と、恐怖心を湧き起こさせる奇怪さを両立している。蘭堂は手の中で弄んだ後、答えた。

「ウム、元の場所に戻してくる」

「事象のズレは、観測されなかったワケか?」

 サンジェルマンと同居しているプレラーティだ。疑り深い視線に対し、蘭堂は軽く肩を竦めた。

「ああその通り。これなら数年は時間が稼げる」

 蘭堂はマスクの位置を正しながら、再び歩き出す。去り際に一言付け加える。

「それに、これから起きる別事案に、使わんとも限らんからな」

 廊下を歩いていく背を静かに見送り、サンジェルマンはため息をついた。

 

「サンジェルマン、本当にイイの?」

 今度はカリオストロだ。声音には心配の色が見える。己から発せられた問いに対し、サンジェルマンは間を置いて、頷いた。

 

「彼には、残されていないもの。手繰るべき手が」

 

 

──────────────────────────────────────

「わーー!!すごいすごい!!」

 

 人々の行きかう路地で、琉璃の歓声が響く。時間は夕刻。一部の学生や勤め人は、家路の途中の道草を楽しんでいる。

「る、琉璃さん!あんまり早く行かないで、下さい!」

 人の流れに逆らい、響と未来がやってくる。電車の駅を出た瞬間に走り出した琉璃に、ようやく追いついた状況だ。

「あ!ごめんない!あまりに人が多いものだから興奮しちゃって」

 あっけらかんと笑う彼女に対し、響と未来は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「自分で言うのもなんだけど、よかったの?一応不穏分子よ、私?」

 他愛もないことを切り出す口調の琉璃。それに対し、響は頷きつつ、様子を見やる。彼女は職員たちから借り受けた服を身に着けている。グレーのトップスに、黒のミリタリーパンツ。パンツの持ち主の男性職員は、貸し与えた際に複雑そうな表情をしていた。

「琉璃さんは嘘をついてないですし、記憶に障害があるのは検査で確認できてます。師匠からも、『外出をきっかけに何かを思い出せるかもしれないから』と、許可はいただきました!」

 未来は響の横から顔を覗かせて続いた。

「学校の帰りの一、二時間だけですけど、外の空気を吸うのもいい気分転換になるかなって」

「なーにを隠そう。私たちは、翼さん公認のデートプランナーだからね!」

 はしゃぐ響と若干呆れ顔の未来。琉璃も自然と笑みがこぼれた様子だった。

「あ!あれなに!?あのビカビカ光ってるの!あと、あっちの美味しそうな匂いのするのは?」

 琉璃が指さしたのはゲームセンター、クレープ屋などなどだった。響や未来からすれば、日常の一部であるそれらに対し、琉璃は初めて見るようにはしゃいで見せる。中でも本屋には興味を示し、ページをめくっては目を輝かせながら中身を読んでいた。

「いいの???買って貰っちゃって!」

 本屋で熱心に持っていた本を買ってもらった琉璃はとても嬉しそうだ。

「大丈夫!何だかんだ普通の学生よりもちょこっと多くお小遣いがあるからね!」

 得意げな響を窘める未来だったが、琉璃の持つ本に興味を示した。

「星、好きなんですか?」

 買った本は星座の図巻だった。琉璃はページをめくりながら、にこやかに頷いた。

「ええ。星座の名前は昔教えてもらったんだけど、その元となった伝承とかは知らなくて…へぇ、コト座って琴って楽器のことなんだ…」

 熱心に読んでいる琉璃。その様子に二人は顔を見合わせて笑った。すると、琉璃は二人を置いたまま歩き出してしまう。慌てて追う二人の前で、一層人が増した街路を琉璃は巧みな足さばきで進んでいく。

「ねぇ!よかったらこれ食べて…あれ?」

 ようやく琉璃が止まったのはジェラート屋の前だった。再びやっとの思いで追いつく二人に対し、琉璃は申し訳なさそうに頭を掻いた。

「あちゃー…ごめんなさい。またやっちゃったわ」

「いえ…全然…大丈夫です…。それにしても、よくぶつからないで、進めましたね」

 元陸上部の未来や、鍛錬を積んでいる響を置いてきぼりにするほどの走法。琉璃は片手で脛辺りを小突いた。

「この子が自分で進んでくれるから。私は特に指示だしとかも必要ないしね」

 当然のことのように言う琉璃。その足は衣服でカモフラージュされているが、聖遺物であるのだ。

 

「…あの!」

 響は息を整える。そして胸に手を添えてから、意を決して口を開いた。

「実は私も以前…琉璃さんと同じような状態だったんです!」

「え!そうなの!!」

 喜びがあふれる女性に対し、少女は少々気の重い調子だった。

「今はもう、そうではないですが…あの、私の時は、融合が進んで大変なことになっちゃって、それで未来に助けてもらって…だから……」

 言葉がうまく組めない響を落ち着かせようと、未来が手を添える。

「そう…心配してくれたのね。ありがと」

 琉璃は笑顔を、響に向ける。

「記憶はまだはっきりしてないけど、私はこの子と、カドゥケウスとずっと一緒。それはわかる。身体にも異常はなーし!」

 明るい女性の姿に、響も安堵する。蝕まれる恐怖は、勇気で抑えられても、消せていたわけではない。同じ境遇ではないかと、彼女なりに心配だったようだ。

「必要とあらば、この通り宙に浮くことだって…」

「ワワワワッッ!?!」

軽く空中に浮かんでみせる琉璃を、二人で地面に引き戻す。周囲を見渡し、誰も気付いていなかったことに胸を撫でおろす。

「「ダメですって!」」

「アハハ!ごめんごめん」

 三人は急におかしくなったのか、揃って噴き出した。夕日が優しく、三人を照らしている。

 

 

「……あら?」

 

 誰かの声が、響く。振り返ると、二人には見慣れた顔ぶれがいた。

「響じゃん!」

「やっほーヒナ!…そちらの方は?」

 クラスメイトの三人娘だ。手にキッチンカーのドリンクを持っており、琉璃は興味津々といった具合で見つめている。

「こちらは弾焚 琉璃さん。ちょーっと込み入った事情で……」

 響が言いよどむと、琉璃が一回転してからお辞儀をした。三人はその軽やかな動作に驚く。

「ご紹介いただきました、弾焚 琉璃と言います。なーにを隠そう、記憶がすっかり無くなっちゃってて、名前と相棒のことくらいしか覚えておりません!こんな私ですが、どうぞよろしく!」

 言葉を発しながらフィギュアで言うトリプルアクセルを決める彼女。少女たちは唖然としつつも拍手で応えた。

「またアンタはアニメみたいな状況に巻き込まれているのね…記憶喪失…新ジャンルだわ」

「コラ!そんな言い方しないの!その場で三回転捻り、凄いですね!」

 弓美の物言いを注意しながら、創世は賞賛の眼差しを向ける。嬉しそうな笑みを浮かべて、琉璃は再度お辞儀をした。

「そうだ、ドリンク気になってらっしゃいましたよね?ハチミツジュースですけど、飲まれます?」

「え!?いいの!」

 はしゃぐ琉璃。創世と弓美、響を交え、談笑が始まった。専ら学校の話をしているらしい。その様子を微笑ましく見守っていた未来だったが、ふいに肩を突かれる。

「?」

 隣にいた詩織だった。彼女は少し悩んでいる様子で、未来に問う。

「小日向さん。すみません、変な質問なのですが…?」

 未来は無言で頷き、続きを諭す。一呼吸おいて、詩織が口を開いた。

 

「私たち、琉璃さんと一度、会っていませんか?」

 

 その言葉に、未来はひどく驚いた。出会ってからこれまで、琉璃について誰一人、何一つ情報がなかった。そこへ来て、友人からのこの言葉だ。

「えっと…」

 確かに、琉璃が下りてきた夜、三人はその場に居合わせてはいる。しかし、琉璃の顔までは見ていない。

「私にも『引っかかる』程度なんです。どこかで…顔を合わせたことがある…ような…」

当の詩織すら、自身の認識に対し疑問を持っているようだった。

「空似とか、ではなくて?」

 未来の言葉に、詩織は考え込む。

「上手く言葉にできない感覚です。たぶん、今の琉璃さんの姿では、ない形で…」

 詩織は四人が笑い合っている姿を見、頭を振った。

「いえ、私の思い違いですね。忘れてください」

 

 詩織がぎこちない笑みを浮かべたところで、二人は話の輪に呼ばれた。

「もうちょっと時間あるから、折角だしそこのお店でおしゃべりしないかって!」

 興奮気味の琉璃に、未来は頷く。

「師匠には既に延長のオーケーを貰っています!なーんか帰った後で話があるみたいだけど…それは一旦置いといて、ささ行こ!」

「ねね!実は近場に期間限定コラボスイーツカフェがあるのだよ…」

「それはナイスなタイミングですね!」

「いやいや、ついさっきコレ飲み切ったらダイエット始めるって言ってなかったっけ?」

 

 会話の輪に混ざりながら、小日向未来は微かに燻る疑念を振り払えずにいた。

 

 

 記憶が戻れば、出身地や家族、これまでの来歴がわかるはずだと思っていた。

 しかし、そもそも国連機関であるS.O.N.G.のデータベースでもわからない素性。

 現れ方は、弓美の言う通りアニメのような、空からゆっくりと落ちてくるものだった。

 

 果たして、記憶が戻ったとして、琉璃にどのような過去があるのだろうか。

 見た目とギャップのある、無邪気な笑顔を見せる彼女に笑いかけながら、未来は思う。

 

 もし、響やマリア達のような、それ以上の壮絶な過去があったとしたら。

 

 

 クリスの時のように 出来ることは あるのだろうか、と。

 

 

 

 

──────────────────────────────────────

 

「さて…どうしたものか…」

弦十郎は模擬戦用の一室で、目の前の状況に脚の力を抜くことができない。周囲に集まっている、クリス、翼、マリアも同様だ。三人とも、ギアを握りしめ、駆け出したい思いを必死に抑えていた。

「うん、大丈夫だよ」

 彼彼女らと壁を隔てて、二人の少女がいる。調と切歌。共に万が一に備え、ギアを纏っている。しかし、敵意はない。

「……」

 二人と違って、待機している者たちにとっては敵で然るべきモノがそこに居た。ユゴス・ノイズ。先の戦闘時、弾焚 琉璃に砕かれるのを免れた個体だ。部屋の中央で、その四肢を縮こませて震えている。

「二人とも!リンカーの使用限界も間近です。これ以上の接触はッ!」

 エルフナインも焦りを滲ませた声を発する。

「し、調!流石に不味いですよ!いくらこの子が…」

 鎌を持っていない切歌も、ツインテ―ルの少女に向かって言う。だが、それでも調は退出しようとしない。長い時間、この膠着状態は続いていた。

「…透過機能がないのは確認済みですが、それでも…」

 人に対し、無害であるはずもない。蘭堂が脳抜き事件での使用を示唆していたのだ。何かしらの特異性質を持っているはずだと、弦十郎は拳を握る。

「怖いの?」

 調の言葉が、空間を微かに揺らす。ユゴス・ノイズは、言葉に対し頭部の触手をくねらせるばかりだ。

「…これ以上は看過できん」

 弦十郎がマイクへと手を伸ばした。

「二人とも、接触実験は中断だ。一度戻ってくれ」

 その言葉に対し、切歌は振り返り頷く。少し安堵もしているようだった。

 

 

「そっか、それじゃ…」

 

 瞬間、その場の全員が眼前の出来事を理解できなかった。

 鎮座するは、特異災害、その発展改良系と思われる、ノイズ。容姿は違えど、これまで数多の人間を恐怖と絶望へと叩き込んできた存在だ。

 その存在を前にして、

 

 

 

 月読 調はシュルシャガナのギアを解除した。

 

 

 

「調ェェェェ!!??!!」

「何をッッ!?!!?」

 

 切歌の悲鳴と、マリアの絶叫にも近い言葉が発せられ、ドアへとなだれ込むギア装者たち。切歌も状況が呑み込めず、一瞬動きが出遅れた。その間に、既にいつもの私服へと装いを変えた調の手が、ノイズへと伸びていく。誰もが蒼白になる中で、

 

「……平気だよ、さあ」

 

 調はあの時と変わらず、ノイズへ手を差し伸べた。

 

 

 

「へ、ヘェ???」

 

 静寂の後、切歌の間の抜けた声が通過した。他の装者たちも、ギアを装着した上で、棒立ちになってしまっている。

「これは…一体」

「どうなってンだ?」

 この中で一番戦闘経験が多い翼とクリスが、理解できないと言った声を上げる。モニタリングしている、弦十郎を始めとしたS.O.N.G.職員たちも同じ心持だった。

「調、貴女…」

 その中で、マリアがゆっくりと前へと進む。そこに悲哀は微塵もない。驚きと戸惑いの渦の中で、少女の肩に手を置く。

 

「大丈夫だよ、マリア」

 

 調はにこやかに答える。彼女の両の掌では、ユゴス・ノイズのハサミ、前腕にあたる機関が置かれている。ユゴス・ノイズは、調の掌を上下にゆすっている。まるで遊び、喜んでいるかのようだった。

 

 

 

 

「本当に!何をやってるの!!」

 マリアの声に対し、縮こまる切歌と調。一同はユゴス・ノイズを残し、模擬戦室を出ていた。早速廊下に正座させられた二人は、お叱りを受けている。クリスは頭を振りつつも、胸を撫でおろしていた。

「ご、ごめんなさい…」

「ごめんなさい…デス…」

 二人はうつ向いたまま申し訳なさそうなにしている。マリアがため息をついた。悪気などないことは、彼女も十二分にわかっているようだった。

「ンにしても、だ」

 クリスが振り返り、ガラス壁の向こうを見る。先ほどよりも警戒していないユゴス・ノイズ。そして、一定の距離を取って立っている翼がいた。

『こ、これでいいのか?』

 翼は手に持った何かしらの測定器を、おっかなびっくり扱って見せる。

「はい。そのままぐるっと一周してもらってもよろしいでしょうか」

 エルフナインの指示のもと、片手に測定器、もう片手に剣を携え、翼はノイズの周りを一周する。ノイズは動かず、大人しいままだ。

『なんとも…慣れない光景だな』

 翼の呟きに、クリスは同意する。眼前には無抵抗の特異災害 ノイズ。いくら容姿がこれまでのモノと違っていても、違和感は拭えない。

「有難うございます。完了しましたので、戻って下さい」

 翼が模擬戦室を出るまで、ノイズは翼の方を見続けていた。それ以外に何かしらの行動の兆候は見られない。

「何か変化はあったか?」

 戻って来た翼に対し、クリスは首を横に振った。

「マリアのクールダウンが終わったくらいだ。こっちから見てても動きはなし。調子狂うってンだ全く…」

「実体からの情報は、エルフナイン君の解析を待つしかあるまい。従って…」

 弦十郎の言葉と共に、それぞれの視線が再び一点に収束する。

「デ、デスよね…」

 切歌が困ったような表情で頭を掻いた。

「もう怒ってはいない。どういう経緯での行動か、聞かせてもらおうか?」

 弦十郎の言葉に、切歌は焦った口調で返し始める。

「あ、あのですね!遊園地での騒動の前に、園内で実は一回会ってたんデス!で、でもデスね、その時はノイズだとは思わなくて、マスコットかなぁと思ったんデス!だって子どもたちに虐められてたしすごく心細い感じだったので……」

 まとまりのない話にクリスが耳を傾けていると、調が顔を上げた。視線はモニター越しのノイズに向けられている。

「お前らが会ったって言うのは…」

「はい」

 クリスの疑問に、調が頷いた。

「あの子です」

 画面のノイズは、頭部を左右に振っている。首を振っているつもりなのだろうか。暇をつぶしている姿に眩暈を覚える。何もかも、これまでの彼女らの常識を覆す状況だ。

「暁は、どう思う?」

 翼の問いに、切歌が焦りもそのままに答える。

「ええっとデスね。正直なんとなくそうかなぁ…くらいの感じデス。園内で暴れていた他のノイズとは違う…あ、でも騒動前に他に二体…会いましたけど、二人とも動きが違ったので、そういう意味でも私たちが助けた子っぽいような…」

「ノイズそれぞれに、個体差が存在するということ…?」

 マリアが眉を顰めて呟く。

「一層トンチキな話になってきやがった…群体として機能していた奴らに個性を与えた?あンのガスマスクのおっさん二号、何考えてやがんだ」

 

「おそらく、個体差は副次的なものかと、推測されます」

 そこで操作パネルに向かっていたエルフナインが入って来た。どうやら一通りの検査が終了したらしい。その小さい見た目で、流石聖遺物研究主任、錬金術師と言ったところだろう。

「結果から推測しますと、このノイズ、ユゴス・ノイズは、従来の認定特異災害としての機構。すなわち人類だけを殺戮するために組み込まれた、炭素変換し分解する機構を廃した、これまでとは全く違う用途で作成されたモノであると思われます」

「炭素変換機構のない…ノイズ?」

 翼が咀嚼するように言葉を反芻する。彼女の頭の中で、先の騒乱が思い起こされる。確かにノイズたちは、専ら打撃でもって装者たちと相対していた。

「はい。調さんが触れても問題なかったのは、人類へ直接的に害を及ぼす機構が取り除かれていたためです」

「違和感の理由はそれかよ…」

 雪音が頭を掻きむしりながら吐き捨てる。ノイズとも、アルカノイズとも違う新たな脅威にして、最も戦力の乏しいノイズ。そう形容する他なかった。

『よろしいでしょうか』

 友里の声だった。藤尭と共に管制室で有事に備えつつ、通信で会話を共有していた。弦十郎が許可し、友里は続ける。

『先の戦闘時におけるユゴス・ノイズの不可解な点はもう一つあります』

「ノイズ間での転移…」

調が零した言葉に、友里も同意を示す。

『一部の生きていた監視カメラでも、調ちゃんたちが目撃した状況が確認されました。ノイズたちは、自身の身体から、別の場所で負傷した別の個体を転移させるような動きをしていました』

映し出されたモニターには、遊園地の二か所が映し出されていた。一方はジェットコースターの柱の傍で、二体のノイズがいる。もう一方は広場にて、響たちが通り過ぎた後の様だった。そこらには、消えていないノイズが散らばっている。

『ここからです』

 藤尭の言葉と共に、映像が早送りにされる。すると、広場で上半身のみでバタついていたノイズの身体が、ジェットコースターの柱の近くにいたノイズの身体より引き出され始める。

『これじゃあ…新手のマジックショーにしても…』

 小声でつぶやく藤尭に操作され、映像が進行していく。柱のノイズたちは、片方の身体からバタつくノイズの上半身と下半身を引き出すと、その場で圧着させた。少し間を置き、接続が上手くいったらしく。ノイズたちは三体で戦線に復帰していく様が最後に映っていた。

「確かに、これでは完全に倒しきらねばならない。継戦能力としては秀でていると言えるが…」

 翼の疑問を、マリアが引き継ぐ。

「明らかにパワーダウンしているノイズを、それでも運用している意図…つまりこれは…」

 エルフナインへと視線を投げると、大きく頷いた。

「これは、戦うためのノイズではありません。おそらくは…」

 しばし沈黙し、エルフナインは真っ直ぐに一同を見やった。

 

「記憶を収集するためのノイズです」

 

 

「従来のノイズに備わっていた、位相差障壁。これは、自身の存在を異なる次元に跨らせることで、既存の物理法則次元での存在比率を低下。攻撃を受ける、物質を通る際に、言ってしまえばその場にいない状況を作ることで、攻撃や物質の質量影響を軽減、無効化する手段となります」

 エルフナインの説明に、一同は頷く。

「以前、減退されるエネルギーよりも上回るエネルギーを与えるという方法での駆逐を実践した国がありましたが…攻撃の余波により周辺地域への甚大な被害が発生しました」

 緒川の補足に、弦十郎は複雑な表情を浮かべる。

「別の次元へ存在を拡散させるなど、埒外技術に相違ない。論法として整合性があっても、そのために必要とされるエネルギーは計り知れん…」

 生き残るための策が、結果己の最悪を引き寄せてしまった、非常に凄惨な事件だったと、記録されている。

「シンフォギアによって行われる位相差障壁の『調律』は、複数の次元にまたがった存在比率を物質法則下へと調整することで、ロス無くダメージを与える技術です。ここまでは皆さんもご存知かと思います」

 難しい顔をした切歌に対し、調がなだめるように小声で何かを言っている。あとでもう一度教えてもらうつもりらしい。

「けどよ、それってつまり霧みたいなもんだろ?その場にはあるけど、構成している水分子がスカスカだから掴めねぇ…みたいな」

 クリスが腕組をしながら言う。

「そうですね。その表現を借りると、一部の水分子はA次元へ、他の水分子はB次元へ。残った僅かな分子は通常の物理世界上に位置している…といった説明になるでしょうか」

 エルフナインが、頷くと、翼が眉を顰めて考え込む。

「しかし、それはつまり‟場所„としては変わっていない。今回の転移には当てはまらないように思うのだが…」

 

 

「ハザマ…もしくは、ユメセカイ…」

 そこまで押し黙っていた弦十郎が、小さく、呟いた。

「風鳴司令。確かそれって、ランドが時たま言っていた…」

 伴成蘭堂が、埒外事象が起きた際に、数回呟いていたフレーズだ。響の地底昏倒案件や、マリア自身の遭遇した、草原での埒外事象。夏に調と切歌、そしてクリスたちが囚われた湖畔での失踪事件。引きつくような笑いと共に、彼は言っていた。

「ボクも話は伺っていました。精神と物質の狭間に存在する不安定領域…」

『その世界、次元?があるとして、それでも位置情報は変わらないはず…』

 藤尭が改めて、疑問を呈す。

 

「その次元に、時間や空間の概念を、任意に変更できる特性があるとしたら?」

 エルフナインの言葉を受け、藤尭は生唾を飲み込んだ。

「おそらく正確には時間や空間の概念が、そもそも希薄なのだと思います。以前の事件では、曝露した方の体感時間及び移動距離と、物質世界でのそれらが乖離していたことを確認しています。つまり…」

 その言葉を、翼が引き継ぐ。

「一旦、そのハザマもしくはユメセカイと呼ばれる次元を経由することで、対象物を任意の場所に移動させることが出来る…」

「まさかそれが…脳を抜いている方法…ッ?!?」

 クリスが驚きと共に声を上げる。全員が見守る中、小さき錬金術師は頷いた。

「その筋書きが正しいのであれば、錬金術によるテレポートジェムよりも遥かに自由度が高い転送が可能です。仮に名付けるのであれば、位相転移機構。脳抜き事件の事例を鑑みれば、特定の一部分だけの転移も可能と推測されます」

「その技術を有しているということは…」

 緒川の呟きに、弦十郎が重い息を吐いた。

「今アイツがどこにいるか、知る術は無いに等しい…ということか」

 どこにでも、どんな形でも表出し、そして消え去っていく。そんな存在を相手にどうやって尻尾を掴めば良いというのか。事態を理解した者たちの間に、静寂が漂う。

「ちょっと頭が追い付いてないデスよ~」

 切歌がたまらずといった口調で言葉を漏らした。隣の調も困ったような笑顔を浮かべる。

「たぶん、どこにでも通じる穴…を開けるというか…」

 調の説明に、更に切歌は首を捻る。

「つまり家のドアを開けたら学校の教室に繋がってる…とかデスよね?そんな便利なコトが出来るなら…」

 切歌は一呼吸おいて、疑問を投げかけた。

 

「どうして攻撃に使わないデスか?」

 

『そう。そこも腑に落ちないんです』

 友里がモニターを切り替える。園内の監視カメラに残された映像で、位相転移機構を使ったと思われる場面を抽出したものだ。

『攻撃はおろか、有利な位置取りへの移動にも転移を使用していない。あるのは攻撃を受けた対象を別の場所に避難させる時だけ…可能性として考えられるのは…』

「攻撃の、こちらを害する意思が…ない?」

 マリアが驚き交りに続いた。

 

「結論を出すのは早計だろう」

 弦十郎が口を開く。皆が弦十郎に視線を移し、言葉を待った。

「とは言え、蘭堂の言動やこれらの情報を鑑みるに、現時点で人間を殺傷することは目的や手段に含まれていない。本拠地ごと転移をしているのであれば、発見は非常に困難だが、猶予はまだ、ある」

 

 そこで一呼吸を置き、弦十郎はその場にいる一同を見渡した。

「…」

そして懐の端末を操作し、どこかへと電話を掛ける。

「……俺だ」

 見守られる中、弦十郎は通信越しの相手に、一言伝えた。

「皆に、言おうと思う」

 しばらくの沈黙の後、相手が何事かを返した。弦十郎はそれを聞き、深く息を吐いた。

「有難う。八紘兄貴」

 通信を切り、向き直った漢の顔には、大きな覚悟を持ったことが見て取れた。

「響くんには、あとで伝えるとして…」

 全員が只ならぬ雰囲気を感じ黙り込む中で、弦十郎は静かに、語り出す。

 

「皆に伝えるべきことがある。バン、伴成蘭堂という男について、俺たち兄弟、風鳴八紘と弦十郎…そして、風鳴訃堂しか知らない、アイツのことを」

 

 

─────────────────────────────────────

『手傷を負わすことすら出来ず、逃げられた、ということか』

 モニター越しの一言一句に、まるで首筋に刃を当てられているような寒気を感じる。ノーブルレッド、ヴァネッサは努めて冷静に、言葉を紡いだ。

「……はい」

 モニターの向こうに座す、老齢の男は、しかし齢を感じさせぬ気迫を放っている。故に、隠し事やごまかしは命とりだ。

「取り繕っても、結果は変わりません。事実、私たちの攻撃はアレに躱されました。しかし次は-——」

『よい』

 非常に重い言葉に、ヴァネッサは言葉が詰まる。たった二文字に、身が竦む。

『物は受け取った。以後は沙汰があるまで身を隠しておれ』

 思いがけない言葉に、彼女は驚きの表情を浮かべる。切り捨てられるものとばかりに思っていたからだ。

『期待、しているぞ』

 凡そ心にも思っていないであろう台詞を最後に、通信が切れる。緊張が解かれ、ヴァネッサは息を吐いた。

「ヴァネッサ…?」

 柱の影より窺っていた犬耳の少女、エルザが声を掛ける。ヴァネッサは優しい笑顔を浮かべ、頷いた。

「よくわからないけれど、試験には合格のようね」

 未だに疑問は残されたままだが、自分たちの利用価値は認められたらしかった。

「ここからで、アリマス…」

 エルザの表情が安堵の後、引き締まる。聡明な彼女らしいと、ヴァネッサは思った。

「今から気を張っていたら、あとでバテちゃうわよ?」

 そう言ってエルザに近づき、優しく頭を撫でてやる。恥ずかしさと嬉しさの入り混じった表情に変わった少女を見、別の場所のもう一人の身を案じる。

「まずは、お祝いしましょう。ミラアルクちゃんが戻ったら三人で、ね」

「ハイ!でアリマス!!」

 

 

「肝が凍結でもするかと思ったゼ…」

 心もとない光が点在する、コンクリートの通路。ノーブルレッド・ミラアルクはため息を漏らしながら歩いていた。時折微弱に感じる振動は、地下鉄道の行き交いのせいだろう。

「場所は…あと少し」

 指定されたポイントはもう間もなく。万が一にも関係が明かされぬよう、館より離れた地点でのテレポートジェムの使用を命令されたためだった。

「それにしても、改めて直接会うと…」

 一時だけ対峙した男を思い出し、身震いする。聞くところによれば、すでに百歳は越えているらしい。

「アタシらよりもよっぽど…」

過ぎった思いに、頭を振った。

「アタシらは、化け物じゃ、ない」

 この異形の身体から、元の人の身へ戻るために。そうして彼女らは、決死の覚悟で飛び込んだのだ。

「とりあえず、第一関門は突破、って所だゼ」

 有用であることを示すことができた、ということか。しかし、彼女は即座に否定する。

「アタシじゃない…」

 この結果は、あのガスマスによるものだ。彼女らの攻撃を躱し、ミラアルクの追撃をいなした上で、己の腕を差し出してきた者。連動して想起されたのは、そのウデをあの男に献上した際の。

「ッ!!!」

 ミラアルクの身が硬直する。思い出しただけでも戦慄し、悪寒が走る、その時の姿。その時だけ、男からの彼女へのプレシャーは一切なかった。

 

 なかったはずなのに

 

 あのカオ。

 

 凡そ人間のソレとは思えぬ、名状しがたい表情。

 

憎悪も、殺意も、憤怒も内包しながら、

 同時に恍惚としたものだった。

 

 

「まるで…鬼…だゼ」

 

 そこまでの形相をさせるに至る経緯は何なのか。

 

 あの男は、どうして鬼となったのか。

 

 

 

 

「…………………」

 

 通信を切った男は、しばし虚空を見ている。男は自身の執務室にいた。天井に備え付けられた灯りは絞られ、外から入ってくる月明かりも合わせて、ようやっと部屋の中が見えるくらいの明るさだ。そして、鈴虫の微かな音色が聞こえていた。

「…」

 男は、目線を下へと移す。そこは彼の事務机があり、そして

 人間のものと思しき右腕が場違いに転がっていた。横には使い古されたガスマスクが置いてある。

「……」

 腕を取り上げ、まるで灯りを遮るかのように掲げる。異質な腕の色は、凡そ普通の人に備わっているものと変わらず、肌色のままだった。

「………」

 良識ある者が見れば、精巧に作られた人形の物だと判断するだろう。しかし、男は違った。

「………」

 嗚咽のような音が、鳴る。男の喉から、少しずつ漏れ出したそれは、次第に勢いを増していく。

 

「!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 その人間のモノとは思えないウデの状態が、男を確信させ、そして表し得ない狂気の笑いへと誘った。目は大きく見開かれ、勢いで立ち上がった姿は、全身で歓喜を享受しようと喘いでいるかのようだった。

 

「…………」

 

 やがて落ち着いた男は、椅子へと身を沈めた。そして、備え付けの端末を操作し、情報を目で追っていく。そこには、最近の南極大陸にまつわる事柄が表示されていた。

「間もなくだ」

 男の低い声が、こぼれる。と同時に、男の視線の端で、何かが動いた。

 

「………」

 

 目だけで、男は腕の方を見る。光を飲み込むかのような、黒。机には微かに、澱んだ黒い液物が零れていた。

 

 

─────────────────────────────────────

「つまり…どこにでも行けるドアを持っているってこと?」

 エルフナインを聞き、自分なりに解釈した響が呟く。

「そーデス!私も同じことを思いましたデス!!」

 切歌が誇らしげに胸を張る。諫める調とのやり取りに、未来は笑みを浮かべた。

 場所は本部の廊下。解説役のエルフナインと生徒役の四人。それに弾焚 琉璃も交えて歩いている。政府高官との連絡のために外した弦十郎の代わりに、エルフナインが先に位相転移機構の説明をしていた。

「そう考えていただいて問題ありません。テレポートジェムは先に座標を固定していなければ使うのは非常に危険です。が、今回の位相転移機構はそういったリスクなしに使用されているとみて間違いないと思われます」

「…」

エルフナインの説明を聞き終え、響は少し押し黙る。

「響?」

 未来がのぞき込む様に問うと、響は焦ったように手を振って取り繕った。

「あ!ゴメンゴメン!そんな便利なものがあったら、助けられる人がいっぱい増えるのになって…これまで、手を掴み損ねてしまった人だって……」

 言葉を聞き、未来がしばしの躊躇いの後、手を伸ばした。切歌と調、エルフナインは静かに二人を見ていることしかできなかった。

「ねー!ここには何があるの?」

 その静寂を破ったのは、琉璃だった。気付けば先に行っていたらしく、一室を指さして問いかけて来ていた。

「えっえっとそこはですね!」

 響はその声に反応し、琉璃の後を追う。未来の手は響の肩には届かなかった。

「あ!待ってください!そこは!!」

「ン?ちょちょちょそこはダメデス!!」

 エルフナインと切歌も後に続いてかけていく。

「未来さん…」

 調が躊躇い気味に声を掛けた。未来は頭を振り、笑顔を向けた。

「大丈夫だよ。響も私も…さ、行こ」

 調も、未来と共に後を追った。

 

「あ!入っちゃだめです!」

 琉璃が興味を引かれてはいったのは、意外な場所だった。

「こ、ここって……」

 調が息を飲む。少し前に、ギアコンバータを受け取った場所。伴成蘭堂の研究室だった。琉璃はエルフナインの制止も聞こえていない素振りで、室内を見渡している。

「ちょっとフクザツな気持ちデスね…」

 切歌も同じような気持ちらしい。既に証拠品、彼の動向に繋がりそうな物品は運び出されている。元々そこまで散らかってはいなかったが、調はどこか空虚な感覚に陥る。

「……」

 響が静かに、机に手を添える。

「ホント、最後まで名前で呼んでくれなかったな」

 蘭堂が彼女のことを‟ひび割れ少女„と呼んでいた、彼の座る定位置だ。調が近寄ると、響が笑顔を向けた。笑顔の中に、困ったような、色が見えた。

 

「さびしい、の?」

 調の口を突いて出た言葉に、響は一瞬驚いたような表情を浮かべる。そして、間を置いて、頷いた。

「やっぱり、寂しいよ。ずっと共にいてくれた人が、遠くに行っちゃうのは」

「だったらなおさら!」

 調の身体が響の方へと詰め寄る。響は更に驚いている。

「今側にいる者のことを——」

 

「             」

 

 そこまで言って、調の動きが止まった。調自身、自分の行動に理解が追い付いていなかった。

「調?どうしたデスか?」

 切歌が心配そうに顔を覗き込む。しかし、調は大好きな友人たちの方へ目線を移すことが出来なかった。

「何か……こえる……」

 調の口から洩れた言葉に、他の者たちも調の視線を追う。

「これは…」

 エルフナインの呟きの先には、人が一人入れそうな、円筒状の機械が、あった。

「フィーチャリング…クラット・システム…」

 噛み締めるような響の言葉が、円筒状の機械の開かれた内側に吸い込まれる。銀一色のソコは、無限の重力を持っているかのような重圧で、彼女らの前に鎮座している。

「…ダメ!」

 微かな声が木霊した。調だ。その手は、別の者の手を掴んでいた。琉璃だ。円筒状の機械の内側に手を触れようとした女性の手を、後ろから寸前のところで止めていた。

「調ちゃん?」

 未来の声を聞きながら、調は自分の行動に戸惑いを隠せない。確たる意思があったわけではない。そうしなければと何かに突き動かされた。掴まれた琉璃の表情は、こちらからでは見えない。

「これは、どういう機械なの?」

 振り返った琉璃は響たちの知っている人懐っこそうなものであった。

「えっとですね…あ、いけません!証拠物はないとは言え、無断で入出してはいけない場所なんですから!」

 流されて紹介をしそうになったエルフナインが首を振った。琉璃は怒られたといった様子で頭を掻く。

「ごめんなさい。なーんか変なオトがしてたから…」

 と言って、円筒の機械を指さした。当然、誰も機械を起動はしていない。首を傾げた切歌が前へと歩を進める。

「そうデスか?何も音なんて…およよ??」

 機械に耳を付けた切歌が眉を顰めた。身体を機械に預け、

「切歌さん?」

 エルフナインの問いかけに、切歌は首を捻りながら顔を向ける。

「何か聞こえ…デデデデス!??」

 切歌が機械から離した途端、勢いよくスライドドアが閉じた。下手をすれば手を挟んでいたかもしれない。手を擦りながら若干慄く切歌。

「あ、危なかった!大丈夫?」

 驚き放心状態となった切歌に、響と未来が近づく。外傷はなさそうだった。

「電源は入っていないのに…どうして…」

 エルフナインは殊更に驚いている。近くに置いてあった使用マニュアルを手に取る。当然、蘭堂が作ったものではあるが。

 

「……」

 

 調は、切歌の元へ行けず、まるで金縛りにあったかのように動けなかった。視線は円筒状の機械に注がれ、離せない。

 

「……」

 

 急に視線を何かが遮る。琉璃だ。彼女がのぞき込むような形で、調を見ている。

 

『ダメ!!!』

 

 誰かの声が聞こえた気がした。しかし、止まらない。

 

 

 

 

「調ちゃん?」

 

 未来の声が耳を打ち、調は我に返る。調の手は機械のスライドに触れていた。

「…え?」

 調が手を離すと同時に、今度はドアが開く。ソコに広がっていた光景を見、一同は

 

 

 絶句した。

 

 

─────────────────────────────────────

 

 

「……フンム」

 

 蘭堂は、静かに目を開ける。椅子に預けていた身体を起こし、そのまま立ち上がる。

「……そうか、」

 彼は右の義手でガスマスクの位置をいつも通り調節する。その後、右腕の状態をみるかのように、握ったり開いたりを繰り返した。

「少々、予定が狂いそうだ、な」

 独り言をつぶやくと、部屋を出て歩き出す。目的地へ向かう中で、協力者へ連絡を取るために再び右腕を動かす。

「ああ。察しの通りだ。移動する……俺ができるのはそんなに便利なものじゃない。原初のモノであれば見通せるだろうが、俺ができるのはせいぜい、‟盗み見る‟のが限度だ。すまないが、リエラにしばし対応を頼んでくれ」

 そうして廊下を進むうちにたどり着いたのは、不自然に広い空間だった。窓一つなく、物も置かれていない。蘭堂は部屋の扉をくぐり、大きく伸びをした。

「さて———」

 

 彼が言い終わらぬうちに、強烈な破壊音が空間を埋め尽くした。蘭堂は前方へ飛んで避けたらしく、衝撃の勢いを受け身で殺し、片膝を付けて止まる。彼がいた直ぐ近くの壁が、コンクリートの霧の中に沈んでいる。

 

「よう。早かったな」

 

 霧の中へ呼びかけた蘭堂。返答は、即座に帰って来た。

 

 

 

「フィーチャリング・クラッド  着奏」

 

 

 

 黄色い閃光が迸る。首だけで躱した彼の後方には、鋭利な刃が突き刺さっていた。

 その形状は、銀色の投擲剣。その刃を、黄色い装甲が覆っている。

 立ち上がりながら後方を横目で見た彼。その視線を霧の向こうへ戻し、眉を見初めた。

 

「ほう…これは、予想外と、言うべきか」

 

 白銀の装甲に、橙色のプロテクタ。周囲には黄色い六角形の結晶が浮遊し、流線と鋭利さが共存した出で立ちだ。

 そして、その姿を、彼女のギアを知っている者であれば、一際目をひかれるのが、拳。

 白地のアームプロテクタの先には、橙色と黄色の徹甲が備わっていた。

 

「お久しぶり」

 

 霧の中より現れた一人。マリア・カデンツァヴナ・イヴの声が、空間に響いた。

「そうね、一応、聞いておこうかしら」

 マリアは真っ直ぐに彼を見つめたまま、告げる。

 

 

「貴方、‟人間では„、ないんですってね」

 

 

 

 その言葉を聞き、 彼は、 ガスマスクの男は、 ソレの目は、  笑った。

 

 





こんにちは。
サリッサと申します。
お読みいただき、有難うございます。


まーた半年以上空いてしまい、申し訳ございません…
どうにか五話を投稿です。

シンフォギアの五話と言えば、
響さんがデュランダルを始めて手にしたり
響さんの手をネフィリムがパックンチョしたり

また、何度かツイッター等でお伝えしておりますが、
私のファーストコンタクトは無印の第五話でした。
ハマったのはそのだいぶ後でしたが、
かなり衝撃が大きかったことを覚えております。


さぁ!内容ですが、これまたいつも通りごった煮でお送りいたしました。
今回は特に場転が多かったので読みにくかったと存じます。
本当にスビバセン……

弾焚 琉璃や蘭堂陣営の動きなど、出したいところが多いッ
そして賛否両論…いた否論が多いか…
レイアさんの妹さんに、このシリーズだけ、名前を付けさせていただきました。
リエラ・ダラーヒム
どこかでレイアさんの名前が大天使サリエルからではないか?というのを見たので
そこから浮かんだものでした。
今後名前必須だったので……ユルシテ

また、位相転移機構
これもなーかなか言語か難しい設定で…雰囲気でなんとなく把握していただければ…(;´・ω・)
語彙力が欲しい……



ともあれ、ようやっと再登場したフィーチャリング・クラット!
一話に出て来てから約2年経っての再…登場……

ええええい!!頑張ります(((>ω<)))



今後もどうぞよしなにお願いいたし〼



PS.うわーんギアマニ落ちたァ( ノД`)
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