オーバーロードの モモンガが しょうぶをしかけてきた! 作:maximum
「またどこかでお会いしましょう」
ㅤㅤ 最後の来客は去り、聞き慣れた静寂、慣れてしまった孤独を引き連れて新たな空席が出来上がってしまった。
───またどこかで…ね。
モモンガは独り言ちる。形容し難い感情をのせた拳を円卓へぶつけたが、ダメージも、それに対する動きも、声も、そもそもそんなモノを発するヒトも無い。
無い、無い、何も無い──
画面上に表示された0が、モモンガを嘲る。またどこかで、またいつか。
どこで会えるというのだ…いつ会えるというのだ。そんな無責任な言葉に誰もいないナザリックに声を荒らげても、何にもならないのだ。
だからこそ、モモンガは立ち上がる。きっと、ここに客はもう来ない。
苦難を共にし、輝かしい思い出を築いた40人──いや、41人も。
悪名を轟かせたギルド、アインズ・ウール・ゴウンに挑戦する勇者も。
であれば、最期ぐらい好きにやらせてほしい。
所有金貨量と1億単位の換金アイテム所有数のカンスト、
全盛期時代に1度は浮かんだやってみたいこと、皆のためと蓋をした欲求たちが立ちのぼる。
コンソールを操作し、所有する
拘束系のネガティブな効果が発動していないのは状態異常欄から確認できている。ギルド武器を振るう、それもモモンガがやってみたかったことのはずだ。そう、やってみたかったのだ、全盛期に。栄光の残滓すら無い今に、栄光の遺産を失墜させたくは無い。このアイテムには、腹にある
わざとマントをはためかせ、力強く振り返る。
スタッフに照らされて出来た己の影を眺めながらモモンガは転移した。
「ふう、ようやく外に出られたなー。それにしても、パンドラズ・アクター…ああ、恥ずかしっ!」
モモンガの自室、宝物殿にあった金貨の9割──所有制限の都合で一部換金アイテムにしたが──高レアアイテムを手当り次第アイテムボックスに突っ込み、黒歴史と再会。懐かしき思い出たちの埃を払い、地上へ出たモモンガを待っていたのはいつも通りの沼地だった。0と1で出来た遺品の整理に時間を使ってしまい、残り時間はあとわずか。
そこで、モモンガに光が走る。
〈
(花火を使うのも良いが、やっぱり最後はこれだな!)
そして、モモンガを中心に青白い魔法陣が展開される。
その様はかなり目立つようで、他のツヴェーク達も声を上げ、こちらに突っ込んでくる。最後の最後まで組み込まれたルーチン通りに動く彼らに思わず微笑む。与えられた役割に殉ずる彼らに感謝と敬意を込めて、砂時計を握り潰す。
〈
課金アイテムの効果により、発動時間が短縮されて発動した超位魔法。
毒に侵された大地を空が浄化する。
眼前の景色を光が塗り潰し、画面にツヴェークの殺害履歴が表示され──
───気が付けば、モモンガは光と相対していた。
─────────────────────────────────
「ここは じかんもくうかんもこえた わたしのうちゅう」
「よくきてくれました」
「いや、誰だよ」
いきなり別世界へ飛ばされ、ベラベラと喋り始めた光にモモンガはつっこむ。コンソールの表示がなくなっていたり、まだ骨の手であることに焦りを禁じ得ないが目の前の輝きは気にもとめてないのか、まだ語る。
「わたしはアルセウス かつてあなたたち ひとがそうよんだもの」
アルセウス、その言葉に一致する記憶はモモンガにはなかった。ユグドラシルの隠しボスだろうか。いや、であればコンソールが無くなっている理由にならない。
まさか、運営か?
いきなりユグドラシル2が始まったということか?
「モモンガ」
「あなたが これから おりたつせかいには ひとがポケモンとよぶ ふしぎないきものたちがいます」
名乗ってもいないハンドルネームでモモンガを呼ぶ光は、希望を絶つ言葉を紡いだ。
ポケモン、なんだそれは。
初めて聞く種族名だ、異業種か?
そもそも今の自分の状態はなんなのだ、ユグドラシルの時と同じなのか?
瞬間、目の前に11個の光が飛来する。10個は赤と白の球体となり、1つは白くて薄い縦長の板に、2本ずつ対になって曲線で繋がった、左右に生えている4本の突起付きのものになった。
前者はなにか分からないが後者は確か、ケイタイ、と呼ばれるものだった気がする。小学校の歴史の授業でちらと見た程度だから自信はあまりない。
「モモンガ」
光はモモンガの理解を置き去りにして告げる。
どこぞの運営の面影を感じたモモンガは文句の1つでも言ってやろうと前を見て、息を呑んだ。徐々に、四足歩行の生き物の形へと変わっている。
「すべてのポケモンにであうのです そのときまた すがたをみせましょう」
一切の説明なく、モノと使命を押し付けた光が大きく─いや近づいてくる。咄嗟に発動していた〈
周りの黒を塗り替えて、じわりじわりと光に呑まれる。
───間に合わない。
「せめて少しは説明しろよぉぉぉぉぉッ!」
─────────────────────────────────
モモンガは昼の森林に立っていた。なんてことはない、光によって飛ばされた先がここだったのだ。日付を跨いだあたりの時間のはずだったのだが、これが時差、と言うやつだろうか。
手を見る、骨だ。
そのままなぞって見ていくとローブが見え、肩にある装飾が目に入る。
その先には活力に満ちた木々が生い茂っているのが見え、ここはヘルヘイムでないことがわかってしまった。
モモンガとしてのアバターのまま、ここに来たということか?
加速していく思考、答えが出ぬ先を探し求めるばかりのそれを止めるために深呼吸して、気づく。
(匂いがある…なんなんだよ)
ここまで非常識ばかりに出会うと、驚きより先に怒りが湧いてくる。
ユグドラシルにおいて、嗅覚は制限されていた。
なので、モモンガが嗅いだことの無いそれ─アーコロジー内では青臭いと言われる─はユグドラシルではないことの何よりの証明だった。
この世界が何なのか…情報が足りない。
では、光がモモンガに渡したアイテムは一体何なのだろうか。
アイテムボックスから取り出して右手に赤白球体を持ち、〈
「わかんねぇんだよ、それじゃあ」
「ポケモン」、「野生」の定義を理解できない限り何も始まらない。
次の板切れに全てをかけるしか無さそうだ。左手に握りしめたそれに祈るように〈道具上位鑑定〉をかけ、その名と機能の文字が頭に入り込んでくる。
名前はアルセウスフォン。
ポケモン図鑑、道具の整理、手持ちポケモンの状態確認、マップ、ピン機能があるようだ。
「いや、だからわかんねえって」
あまりの説明量の少なさ、あの光はユグドラシルの運営の生まれ変わりではないだろうか。次会ったら〈
ここであの糞光を愚痴っても何の進展も得られないので、思考を切り替える。
「手持ち」という言葉が出てきたが、もしモモンガの世界と辞書的意味が同じならば「野生」の対義語として考えて良いだろう。
だが、ここまで「ポケモン」について何も分からないのはどうなんだ。
アルセウスフォンをいくらいじっても、ポケモン図鑑や手持ちポケモンについてばかり──「ポケモン」そのものに関する情報はどこにも見当たらないのだ。
糞光の言葉が正しいのなら、この世界には人間が存在し、彼らが「ポケモン」と呼ぶ生き物がいる。
もしこの世界の人間がユグドラシルと同じく、
右手にあるものをじっと見つめて、その思考を止める。
(やはり、1匹は捕獲すべきだな。あまりにも情報が足りなすぎる)
予想に予想を重ねるのはあまり良くないが、何事も備えは必要だ。
モンスターボールをグッと握りしめようとして想定より柔らかい──モモンガの筋力が高い──のに気づき、瞬時にアイテムボックスへ仕舞う。
周りに何がいるかを知るため、下位アンデット創造を発動しようとして…聞こえる。
カサリと草木に何かが擦れる音、苦しみに喘ぐ息遣い。
モモンガは即座に〈
それらのことに気づいて、一種の諦めのような気持ちで取りやめたのだ。
「あれだけ強者の可能性を考慮していてこれか…」
どこか抜けている自分にモモンガは憂いを覚えたが、そんな場合ではないと〈飛行〉で上昇。
一面に雄々しく生えた木々はただそこにあるだけでモモンガを圧倒する。
仮想現実ではない、本物の自然の美しさだ。緑に照り輝く木の葉、引き込まれるように青い川、雪化粧を施した山々、どこまでも続く青空…どれだけ金を持っていようとも見ることの出来なかった景色が、モモンガの眼前に広がっている。もしブルー・プラネットが居たら、どれほど熱く語ってくれただろうか。愛しい追憶に無い目を細めていると、モモンガは1点のシミを見つけた。心奪われる調和した景色だからこそ、そのシミは目立った。
それは折れた木々に囲まれた灰色の物体。より黒い灰の線が体に走っており、そこから細く伸びた所には光を照り返す金が4つ生えている。
あのシミが先程のノイズの正体だとモモンガは踏んだ。
「〈
モモンガは念の為、バフをかけながらその場所目指して降りていく。到達した頃には最低限の戦闘準備が整い、無詠唱化で〈心臓掌握〉を発動できるように身構えていた。
だが、やはりと言うべきかそいつは満身創痍。〈
(ポケモンってやつは食事を必要としない種族なのか?それとも嗜虐心に塗れている個体がいるのだろうか)
だとしたら俺よりもアンデッドらしいな、つい先程ヒトから
目の前の生き物がポケモンであるのならポケモン図鑑とやらに登録されているのでは、とアルセウスフォンを取り出しそのタブをタップする。
「ほう、ギラティナというのか」
名を呼ばれた本人はビクッと体を跳ね、その紅の瞳でモモンガを見つめている。図鑑曰く、ギラティナは自分の世界を持っているようだ。
ようやく手に入れることの出来た正しい情報に気分が幾分か浮かび、かつての振る舞い…アインズ・ウール・ゴウンの元締めとしての言葉がスラスラと紡がれる。
「素晴らしい。その領域であれば私のスキルや魔法の実験が安全に行えるな」
モモンガの言葉にギラティナの目が輝く。自分の世界を荒らされると聞いて不満を覚えたのだろう。だが──
「安心しろ。実験が成功した暁には、お前も強くなることが出来るぞ」
「……!」
───メリットは、モモンガのみに収まらないはずだ。
この世界がどのような仕組みなのかはまだ分からない。だが、こうして「モモンガ」というユグドラシルのアバターが存在する以上、ユグドラシル産の強化は通るかもしれない。
レベルが上げられなくとも天使化、悪魔化、アンデッド化──取れる手段はいくらでもある。
モモンガは目を見る。昏い感情を孕んだギラティナの目は、「次」を望んでいる。己を虚仮にした存在への反逆を。そしてこれはまだモモンガが知り得ないことだが、かつてニンゲンと組んだ時の屈辱を返上する時を。
「さあ、ギラティナ。我が軍門に下り、共に覇道を歩もうではないか」
(頼む、これで納得して捕まってくれよ…!)
語れるだけのセールスはした。あとはギラティナが納得してボールの中に収まってくれるかどうかだ。
わざわざメリットを口にしたのはギラティナに納得してもらうためだ。ボールの中に入っても仮に向こうの自由意志で
〈
最初の個体ぐらいは、心からこちらに従ってほしい。
震える手でボールを投げる。コツリとギラティナの頭頂部にぶつかり、その巨体を手の平サイズの玉へ押し込む。ボールが閉じるのをきっかけに、モモンガはこれからのことを考え始める。勿論、ギラティナがいつ飛び出してもいいように用意はしているが。
揺れる。
───元の世界に帰るよう努めるべきか?
最低限で良いだろう。ユグドラシルが終わった以上、帰りを待つ存在はもういない。ただ、手段は多いに越したことはないので可能な限りの労力を割くのが得策だろう。
揺れる。
───この世界はなんだ?
分からない。ユグドラシルの魔法を発動できたが、遭遇した新種のことを考えるとこちらの常識が通じない異世界かもしれない。命を感じさせる緑の匂いが、何よりの証拠だ。
マジックアイテムや
揺れる。
───これからどうしようか?
これも不明だ。この世界に転移したのはモモンガだけなのだろうか。もしかしたらヘロヘロや、他の皆が来ているかもしれない。そんな彼らを探しに行こうか。
先程の光景が思い浮かぶ。荒み、くすんだリアルでは見られなかった本物の自然に圧倒されたあの時を。
───そうだ、あのような景気を見て回ろう。この身1つで来たし、根無し草の旅で様々な場所を訪れて見ようではないか。
この体であれば、凍てつく氷の大地を踏みしめ、燃え盛る炎の水を泳ぎ、空を……その先を飛び回ることだって。
カチリと、ボールが閉まった音が響いた。