自分の一番好きなシーンはエスカーを登りきった先で記念撮影のシーンです。三人の無理して笑った顔がかわいい。
その後のカップルの会話でテンションが急降下するのも大変Good。
虹夏さんのバイトをしようという提案にひとりは絶句し硬直した。まあ無理もない、こいつにとっては死刑宣告となんら変わらないからな。
そんな窮地に追い詰められたひとりがとった行動は豚の貯金箱を差し出すことだった。
「なにこれ、ブタさん?」
「おい待て、ひとり。それって……」
「おっお母さんが私の結婚費用に貯めてくれてて……これでどうか、バイトだけは……」
「あたしたちを鬼にする気!?」
なんてものを出すんだ、というかなんで持ち歩いているんだ。使わないからなんて言ってるが、それでもバイトしたくないからって理由で出すものじゃないだろ。
「ありがとう、大事に使わせていただ――」
「いただかない、いただかない! そんな大事なお金使えないから」
というか使わせないからな。美智代さんがコツコツとひとりのために貯めたお金を、こんなしょうもないことに使わせてなるものか。
そして虹夏さんから断られると、ひとりはぽろぽろと泣いて震えながら俺に助けを求めてきた。
「でも……たっ助けて、いっくん! 私、死にたくない……! 死にたくないよぉ……っ!」
この数秒間でどんな想像をしたらこんなに怯えるのだろうか。想像力が逞しいというか、ネガティブというか……
だが、すまない。今回は助けられないし、どちらかと言えば俺は追い詰める側だ。
「ひとり、実を言うとだな。お前はもう働くことが決まっている」
「……へ?」
「だから、すでにこのハコの店長に働かせてくれと頼んである。ついでに言うとお前の両親からも許可はいただいた」
「いっいつの間に……」
「昨日、店長へ挨拶したのでついでに頼みました」
俺の仕事の早さに虹夏さんが驚いているが大したことはない。ようはコネである。
昨夜、星歌さんからの連絡で俺のバイト開始日を決めるときにお願いしたのだ。
もともと高校生になったらひとりにはバイトしてもらう予定だった。たが、こいつに真っ当な仕事が務まるとは到底思えない。さてどうしようかと悩んでいるときに降って湧いた星歌さんの提案はまさに渡りに船であった。
コンビニや飲食店などより仕事量は少なく、店長の星歌さんも基本的に寛容だ。多少のミスがあったところで受け入れてくれるだろう。むしろ気に入るかもしれない。
そして仕事内容や店長が俺の知り合いであること、俺も同じ職場なのでフォローすることをひとりの両親へプレゼン。無事、承諾を勝ち取ったのである。
ひとりには悪いと思ってるが、すべてはこいつのコミュ障を改善させるため。少し荒療治だがこのくらいしないとどうにもならないからな。
そして俺に裏切られたと理解したひとりは、物の見事にバグっていた。
「あ……あアァ……が、ガがガガ……」
「話進まんから戻ってこい」
「ピッ!」
「……そのデコピン、ほんとに大丈夫?」
大丈夫です、少し額が赤くなるくらいなんで。
「まあ、でも安心して。あたしもリョウもここで働いてるからさ!」
「アットホームで和気あいあいとした職場です」
「俺も一応ここで働くから、フォローくらいはしてやるよ」
「ね、どうかな?」
俺たちはひとりの不安を和らげるよう言葉をかける。俺らにそんな気はないが、ひとりには圧力をかけてるように感じるだろう。でも許せ、これもお前のためだ。
「う、あっ……がんばりましゅ……」
彼女はか細い声で了承した。おそらく断ろうとしたのだろうが無理であった。いや、断っても強制的に働かせるけど。
こいつの場合、ちやほやされたいとか言ってるのに学校以外どこにも出かけず、家でギター弾いてるだけだからな。少しは交流の輪を広げないとその夢を叶えるのは難しいぞ。
ちなみにリョウさんが口にしたアットホームな職場というのはブラック企業の代名詞みたいなキャッチフレーズだ。実態は
そしてバイトの話は一息つき、次は経費の話になった。
「それとバンドの経費は私が管理するね」
「えっあの、リョウさんに預けたほうがいいんじゃ……」
「どういう意味じゃ」
虹夏さんが机を拳で軽く叩いて抗議する。
まあ言いたいことはわかる。虹夏さんもしっかりしてるが、リョウさんのほうが大人っぽくお金の管理も容易そうだ。しかし俺にはわかる。この人は金遣いが荒いタイプだ。
「リョウはね、こう見えてすっごくお金遣いが荒いの」
「えっ?」
「家がお金持ちだからお小遣いも多いんだけど、楽器とかに費やすから常に金欠なんだ〜」
「テレッ」
「どこが褒め言葉に聞こえた?」
ほら、やっぱり。
まあ楽器なんてのはつぎ込もうと思えばいくらでもつぎ込めるからな。上を見たら際限はないのでしょうがない部分はある。
そうして雑談やらやることやらを決め、ミーティングも終わりに近づいた頃、虹夏さんは自身の目標を高らかに宣言した。
「じゃあ近いうちにまたライブできるようにがんばろ〜! そして高校生でメジャーデビュー!」
なかなか夢が大きいように思えるが……成長次第では可能性はなくはない。それに目標があるのはいいことだ。
そしてミーティングが終わった後、俺たちはそろそろ遅い時間なので帰りの支度をする。
準備を整えライブハウスの入り口の階段で、俺とひとりは彼女らに別れを告げた。
「バイト来週からね。学校終わったらうちに直行で!」
「二人とも、ばいばい」
「あっはい」
「お先に失礼します」
……そんなことがあったのが一週間前。バイト開始の前日、俺はひとりに正座させていた。
◇◆◇
時は遡ること数十分前。俺は後藤家のキッチンで夕飯の支度を手伝っていた。
とはいえこの光景は後藤家では頻繁に見られる。前にも言ったが俺の両親は帰りが遅く、よくご馳走してもらっているからだ。ただ、食べるだけでは申し訳ないので手伝うようにしているだけである。食費も払うと言ってるのだが気にするなと受け取らないし、できるところは精一杯頑張らなければ。
「いつもご飯の支度手伝ってもらって悪いわねぇ」
「いえ、このくらいは。こちらこそ今夜もお邪魔してすいません」
「あら、気にしなくてもいいのよ。ひとりやふたりも喜ぶし、私たちも嬉しいんだから」
「そうそう、僕らも君と過ごす時間は好きだからね。大歓迎さ」
美智代さんと直樹さんはそう言ってくれるが、流石にほぼ毎日来ている身としては少し申し訳ない。
とはいえ相手の気遣いを無下にするのは気が引けるし、俺も後藤家で過ごす時間は好きだ。ここは素直に受け止めておこう。
「それにしてもひとりは明日からバイトかぁ。大丈夫だろうか」
「そうねぇ、いっくんがフォローしてくれるとはいえ、少し心配だわ……」
「ですよね、俺も少し心配ですが……店長や他のバイトの子もいい人たちですし、なんとかなると思いますよ」
というかあそこが無理ならもうどうしようもない。これ以上簡単な仕事なんてそうそうないぞ。
するとひとりの話題になったからか美智代さんがそういえばと疑問を口にする。
「ひとりちゃん、遅いわねぇ。まだ入ってるのかしら」
「……確かに遅いですね、そろそろ呼んできましょうか?」
「じゃあお願いしてもいいかしら」
俺は風呂に行ったきり戻ってこないひとりを呼びに行こうとするが、その前にふたりちゃんがリビングに飛び込んできた。
「お母さ〜ん、いっく〜ん、お姉ちゃんが沈んじゃった〜!」
「……あ〜うん、ふたりちゃん。お姉ちゃんは水着か何か着てた?」
「ううん、すっぽんぽん!」
「……そうか。じゃあ調理変わりますんで美智代さん、ひとりの救出お願いできますか?」
人が風呂で沈むなんて一大事なのだが、ひとりが相手だといつものことと思ってしまう。慣れって恐ろしい。
ひとりの裸なんて微塵も興味無いが彼女は気にするだろうし、家族も自分の娘の裸体なんて見られたくないだろう。適材適所、任せられる人に任せよう。
「あら、別に
「あんた、なに言ってんの?」
あまりの発言に思わず敬語を忘れてツッコミを入れてしまった。いいのか、思春期の娘を持つ親がそれで。
なお、副音声でなにやら恐ろしいことを言われた気がするが聞き流す。俺はなにもキイテナイ。
「じゃあ少しキッチン離れるけどその間よろしくね」
「はい、任せてください」
そう言って美智代さんはひとりを救出しに行った。それまでは俺はキッチンで料理、直樹さんは箸やコップなどの配膳にふたりちゃんの世話をしていた。
ひとりの危機を知らせてくれたふたりちゃんは直樹さんやジミヘンも楽しげに遊んでいる。
少し時間が経って料理があらかた完成した頃、美智代さんはひとりを連れて戻ってきた。何故かひとりの顔色が青白く、体も震えている。
理由を聞くとなんとも馬鹿げた話でどうやら風呂に氷水を貯めて入浴していたらしい。普通に死ぬぞ。
「ひとり、飯食い終わったら部屋で待ってろ」
「ヒッ……は、はい」
そして後藤家の晩餐が始まった。
後藤一家はひとりを除いてみんな明るい。美智代さんやふたりちゃん、ジミヘンは言わずもがな、直樹さんも他の面々よりは大人しいがそれでも愉快な性格をしている。
なぜこのような家庭でひとりはあれだけ残念な性格に育ったのだろうか。いや、方向性がおかしいだけで根っこは割と愉快な性格だからおかしくはないか。星やハートのサングラスとか、私服のセンスとか。
そうして夕飯に箸を進めること数十分後、俺は後片付けの手伝いをしていた。この行為も慣れたもの、先にひとりを部屋へ待機させたのでいつもより気持ち早めに作業する。
やがて片付け終わった俺は遊ぼうと誘ってくるふたりちゃんを振り切りひとりの部屋へ向かった。すまないふたりちゃん、今はお父さんやお母さんと遊んでいてくれ。
俺は通い慣れた後藤家の階段を上り、ひとりの部屋へ向かう。襖で遮られた部屋の中から、なぜかギターをかき鳴らす音とひとりのブツブツとした独り言が聞こえる。
俺は部屋へ入る前に一言かけてから襖を開けた。
その先にあったのは部屋の片隅で扇風機を最大風速で回し、その前でギターを弾いてるひとりの姿だった。それも下着姿で全身に冷却シートを貼ったまま。
「うおぉぉぉっ! 風邪ひけ風邪ひけ風邪ひけ風邪ひけ、風邪ひけぇぇぇっ! って……えっ?」
「……お前、何してんの?」
「いや、ちょっ……や、えっとその……あ、ああ……」
現実を受け止められてないのか、こちらを見たまま固まっている。下着姿のままでいさせるのもなんだし、さっさと着替えさせるか。
「とりあえず部屋出てるから急いで着替えろ」
「あっえと、うん……」
そして俺が部屋から出て数秒後、部屋から大きい悲鳴が響いてきた。近所迷惑だからやめて欲しい。
待つこと数分、入室許可が出たので俺はひとりの部屋へ入るなり、彼女を正座させた。
「それで、さっきや今みたいな馬鹿げた行動を起こした理由は?」
「あっあの、それよりさっきのことなんだけど……」
「そんなクソほどどうでもいい話が聞きたいんじゃない。さっさと理由を吐け」
「あっはい……無価値なものを見せてごめんなさい」
何やら真っ赤な顔でこちらに質問してくるが封殺する。今はお前の下着姿なんかよりお前の頭のおかしい行動の理由を聞いてるんだ。質問に質問で返すな。
俺の返答に死んだ魚の目になったひとりは粛々となぜこんなことをしたのか話し始めた。と言っても複雑な事情など一切ない、ただバイトが嫌だから風邪引いて休もうとしただけだ。
ひとりの奇行の理由とバイトをしたくないという切実な願いを聞き、俺は判決を下した。もちろん
俺はひとりの頭を片手で鷲掴みにし、徐々に力を込め始める。俗に言うアイアンクローだ。
「何か言い残すことは?」
「……じっ慈悲はありますか?」
「ない」
その夜、後藤家から痛みに苦しむような女の叫びが響き渡った。
◇◆◇
そして翌日、俺たちは今日働く職場であるスターリーへと辿り着いた。
ちなみにひとりの体調は崩れていない。いつもの体温に比べたら高いが平熱の範囲である。
しかしひとりは自身の頑丈な体を憎み、仮病で休もうとしたらしい。だが虹夏さんから連絡が来て反省したようだ。流石は大天使ニジカエル、このどうしようもない幼馴染を改心させるとは驚きだ。
「それで、いつまでそこで固まってるつもりだ? さっさと入れよ」
「で、でもやっぱり怖いし。さっ先にいっくんが開けてぇ……っ!」
「これからお世話になる職場なんだから、このくらいなんとかしろ。それにお前だけで来ることもあるだろうから今のうちに慣れておけ」
「そっそんなぁ……」
そんなこんなで店の前でうだうだしていると背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「チケットの販売は五時からですよ。まだ準備中なんで……って、なんだお前か」
「はい、今日からお世話になります」
俺と長い金髪の女性、星歌さんの会話をしていると、俺の背後で縮こまっていたひとりがボソリと呟く。
「し、知り合い……?」
「俺らの雇い主だよ」
「そういうこと、それよりさっさと中に入りな」
「あっはい」
初対面の、それも見た目が怖い星歌さんの催促にようやく観念したのかひとりはライブハウスの扉を開けた。
なんとこの度、UAが1万超えました!
いつも見てくださってありがとうございます。ホントもうマジ感謝!
この調子で次に目指すは総合評価1000超え!
応援よろしくお願いします!
今回高評価を入れてくださった
☆10 : 蛾は柄さん
☆9 : ユキト❄さん、永遠の王さん
☆8 : strawberrycakeさん
ありがとうございます。
評価のコメントもちゃんと読んでるんですが、暖かいコメントばかりで来る度にはしゃいじゃう。
というわけで高評価、お気に入り登録、ここすき、感想なんかもよろしくお願いします!
ついでにTwitterやマシュマロもやってるので、もしよろしければフォローしたりしてくれると嬉しいです。ほぼ更新報告や独り言だけなんですけどね(笑)
ツイッター
→ https://twitter.com/haiiro_no_tora
マシュマロ→ https://marshmallow-qa.com/haiiro_no_tora