ついにみんな大好き、きくりお姉さんの登場だよ!
結局、SICK HACK随一の問題児は時間に間に合わず、俺と残りの二人はリハを開始した。
とはいえ彼女の遅刻など今に始まったことでもないので、PAさんや照明などのスタッフ達も気にせず作業を淡々と進める。
その後もスタッフさんの指示に従って各自で音出しして調整したり、最後に全体で流してから問題がないかを確認しリハは終了した。
主役バンドのベース兼ボーカルがいないにも関わらず的確な仕事をしてくれる優秀なスタッフ達に労いの言葉をかけてから、俺たちは銀ちゃんさんと話して待っていたモブの元へ戻る。
「待たせたな」
「いや別に。店長さんが詳しく教えてくれたから暇しなかったよ」
「そうか、ならよかった」
リハではそこまで派手なことはしないから退屈だろうと思ったが、銀ちゃんさんのおかげで飽きることはなかったらしい。
すると俺らがこちらへ戻ってきたことを確認した銀ちゃんさんは椅子から立ち上がり、席を外すと告げた。
「さて、私はやらなくちゃいけないことがあるから少し離れるわね。ライブ始まるまでの間、ドリンク一杯なら飲んでいいわよ」
「えっ、いいんすか?」
「いいのよ、一心ちゃんが友達連れてきた記念にね。お礼なら気に入ったらでいいから、またライブ見に来てちょうだい。楽しみにしてるわ」
「はい、ありがとうございます!」
どうやらモブは気に入られたらしい。
俺やイライザ、志麻さんも飲んでいいとのことなのでお言葉に甘えてさせていただく。
俺らがそれぞれ選んだ飲み物を飲んでいると、モブはリハのことで気になることがあったのかこちらへ質問してきた。
「それにしてもリハーサルって思ったよりも地味な作業なんだな。本番前にやる最後の練習みたいな感じに思ってた」
「時間があればそれもやるけど、基本的には音の調整がメインだな。練習なんてライブ前からやってるんだから、お客さんにどう聞こえるのかってほうが重要なんだよ」
そう、基本的にリハでは本番前の練習なんかより、機材のチェックや音響の調整の方が大事だ。これがダメだとどれだけ素晴らしい演奏をしても微妙なものになってしまう。
特に観客に向けて流れる外音とステージ上の演者に向けて流れる中音には気をつけないといけない。
外音が悪いと観客に届かないし、中音が悪いと演奏中に自分や他のパートの音が聞こえづらく、リズムを保つのが難しくなる。
それ以外にも演出や照明の確認なんかも忘れてはいけない。リハの時間内でできる限りのイメージや要望を伝えて、すり合わせていくのも必要不可欠なことである。
要するにリハでは練習なんかしてねぇで、本番で自分たちが演奏しやすい環境を作ったり、お客さんに楽しませるよう準備しろってことだ。
「なるほど、そんな意図があったのか」
「ちなみに言うとお前みたいな考えの初心者が、リハの時間を練習に使って本番ぐだぐだなんてのはよく聞く話だな」
「練習が長引いて時間過ぎちゃうなんてのもあるあるですヨ」
あとアンプの上に飲み物置いてこぼすなんてのも初心者あるあるだな。
……何故か飲み物だけでなく酒と吐瀉物をこぼすイカれたベーシストもいるがあれは例外だ。
そんなことを考えていたからか、遅刻した奴がタイミングよく重役出勤してきやがった。
大きなリボンを付けて結った赤紫色のサイドテールに、酒のせいか赤らんだ顔。緑色のキャミソールの上から白と黒のスカジャンを羽織り、下駄を履いた姿。
爪は黒く塗られており、右手の甲にあるタトゥーが視界に映った。
彼女こそ、我ら(特に俺と志麻さん)を振り回す諸悪の根源。SICK HACKの酒カスベーシストである。
「へ〜い! 天才べーシスター、廣井きくり登場〜!」
「久しぶりだな、この野郎」
「ん〜? って一心じゃん、おひさ〜!」
遅れたことを悪びれる様子もなく、俺を視界に入れた時には呑気に挨拶までしている。
さてはこいつ忘れているな。それとも考えないようにしているのか。
……どちらにせよ、やることは変わらない。
「ああ、それよりも……そろそろ貸した金返せ」
そう、貸した金の取り立てである。
「あははは……もう少し待って?」
しかしその返事はあまりにも厚かましいものであった。
あまりにふざけたことを言う彼女にイラッとした俺は、星歌さん直伝のコブラツイストをかける。
何度も繰り返し、洗練された技は一切の抵抗を許さず彼女を拘束した。本当に嫌な慣れだな。
何やら呻いているが知らん。さっさと返せ。
「ギ、ギブ……次は絶対に返すから助けて……」
「さっ流石にやり過ぎじゃないか?」
こういう事態に慣れていないのかモブはやり過ぎではないかとこちらを止めてくる。まあ常識的な行動だろう。
だが俺の、ついでに志麻さんの味わった苦痛からしたらこれくらいなんともないはずだ。
「お前にわかるか? こいつの吐瀉物を片付けたり、
どっかに忘れたベースを必死に駆け回って探す気持ちが……」
「な、何を言って……」
「こいつが道端で酔い潰れて警察に保護されたとき、引き取りに向かった先で哀れみの視線に晒される俺の、ついでに志麻さんの気持ちがお前にはわかるか!?」
おかげで警察官の何人かと顔見知りなんだよ。ほら、志麻さんもめちゃくちゃ頷いてくれてる。
この酒カスによる憤死ものの行動を聞いた彼はドン引きした様子で彼女を見る。流石に庇えないと思ったのだろう。
だがしかし、仮にも彼を招いた側としてはこれ以上は忍びない。ゲストを放っておいて処罰なんて実にナンセンスだ。
なので穏便に済ませてやるとしよう。
「……本当か?」
「……へ?」
「次こそ本当に飲み代返すと誓えるか?」
「はい、誓います。なので許してください……」
……とりあえず言質は取ったため解放する。
だがまあ何度も許すと調子に乗りそう、というか乗るので釘をさしておこう。
俺は解放されて一息ついている彼女の肩を掴み、目を合わせながらゆっくりと言い聞かせるように、そして笑顔で言葉を紡ぐ。
「仏の顔も三度までって言葉あるじゃないですか。俺、今回で待つの三回目なんですよ。……四度目はねぇからな?」
「……ごめんなひゃい。次こそ本当に返します」
まあ、"仏の顔も三度撫ぜれば腹立つ"というのが元なので本来なら今回でアウトなんだが……これからライブなので抑えてやろう。次回は身ぐるみ剥がしてでも返してもらうけど。
「よし、ひとまず返済の言質を取ったし紹介するな。この人こそSICK HACKのベース兼ボーカルの廣井きくりさんだ。この通りライブのリハに遅刻したり、学生から金を借りるダメ人間だから敬うとかしなくていいぞ」
「わ、わかった……」
「そんでこっちがライブに興味あるってんで連れてきた木部隼人だ。まだあんたのような変人に耐性ないから変に絡むなよ」
「へぇ〜、一心の友達か〜! お近付きの印に一杯どう?」
「いや自分未成年なんでいい、ってか酒くさッ!!」
だから変に絡むなって言ったばかりなのに。
すると志麻さんが呆れた様子できくりさんの服の襟を掴んで猫のように持ち上げた。
「はあ、初対面の相手に迷惑をかけるな」
「は〜い」
「それと私たち、そろそろ準備があるので失礼します」
「ライブ、期待して待っててネ〜!」
そう言って彼女達はきくりさんを引きずりながら控え室のほうへ向かって行った。そういえばそろそろ時間か。
もちろん俺もライブの準備があるため向かわなければならない。
「じゃあ俺も準備があるから行くけど、場所取りはしておいたほうがいいぞ。結構な数のお客さんが入ってくるからな」
「了解、ライブ頑張れよ」
「おう、度肝を抜いてやるから楽しみにしておけ」
そうして俺は先程SICK HACKのメンバーらが向かった方向へ歩いて彼女たちと合流する。
控え室へ向かう道すがら、きくりさんはこちらへと話しかけてきた。ちなみにもう彼女は自分の足で歩いている。
「それにしても本当に久しぶりだね〜。半年ぶりくらい?」
「ええ、受験とかで忙しかったんで」
特にひとりに勉強を教えるのが大変だった。
なにせ真面目にやってるのに成績が悪い不器用タイプである。よく彼女の面倒見れたなと過去の自分に拍手喝采を送りたい。
「そうなんだぁ〜。あっそうそう、新しいアルバム聞いたよ……って、何驚いてんの?」
「あっいえ、いつも金欠なのにそんな金あったんですねって思っただけです」
「くそーっ、ヤケ酒してやるーっ!」
「飲ませるわけないだろ、バカ」
あっ、きくりさんの懐から取り出した酒を志麻さんが取り上げた。いつもお疲れ様です。
「こいつが買ったんじゃなくて、私が買ったのを聞いたんだよ」
ああ、そういうことか。お買い上げどうもありがとうございます。
さらに聞けばイライザも買ってくれたらしい。曲の感想も好評で、聞いてるこちらとしては少しこそばゆいものがある。
そうして話していると、急にきくりさんは立ち止まった。
そしていつものちゃらんぽらんな雰囲気を抑え、ライブ上での他者を惹きつけるカリスマを纏ってこちらに問いかける。
「それで一心にとっては久しぶりのライブなわけだけど、大丈夫? 錆び付いてない?」
口調こそ心配しているけど声が、それに薄く開かれた目から見える色は違う。完全に煽られている。
そして、そんな問いかけをしてきた彼女に俺はため息を吐いた。仰々しい雰囲気を出してする質問がそれか……なんて思いながら。
そしてその問いをしてきたきくりさんへ俺は笑って答えを返す。
「ハッ、誰にもの言ってんだ。錆び付くどころか万全ですよ」
──それこそ、主役を喰らう気で演奏するつもりだ
そんな生意気な答えに彼女は目を開き、その暗く深い瞳でこちらを見ながら挑発するように言う。
「うん、それでこそだ。できるならやってみなよ」
──喰らい返してやるから
「「あはははは!」」
「二人とも、とっても仲良しネー」
「だいぶ火花散ってるように見えるけどな」
気のせいですよ。
◇◆◇
俺の名前は木部隼人。
サッカー部に所属する秀華高校の一年だ。不本意ながらモブというあだ名を付けられている。
今日俺は同じクラスの獅子堂がゲストで出演するというライブハウスで開始時間まで待っているのだが……
「マジでお客さんの数すごいな。何人いるんだ?」
いや、獅子堂の言うことを信じてなかった訳では無いが本当に人が多い。多分200人以上いるし、まだ増えていく気がする。
最初はこっちから週末空いてないかと誘ったんだが逆に誘われて、いざ来てみたらこんな大人数の前であいつは演奏するという。
今更ながら獅子堂って実はスゲー奴なんじゃないかと思えてきた。
事前に店長さんや獅子堂から聞いた話だと、今日出演するSICK HACKはサイケデリック・ロックという人を選ぶジャンルに加えて、リーダーの奇行のせいで人を選ぶバンドらしい。
それでもこんな大人数を集めて、定期的にライブを開けるというのはすごい実力なのだろう。
そしてそんな実力のあるバンドからゲストとして誘われた獅子堂は今回、同期演奏という手法を使って演奏するのだという。
店長さんから聞いた話では足りない楽器の音、つまり獅子堂の場合はギター以外のベースやドラムといった音をスピーカーから流して、それに合わせて演奏するそうだ。
イライザさんには期待しててと言われたし、獅子堂からは度肝を抜いてやるなんて言われたからな。どんなライブか楽しみだぜ。
やがてお客さんで観客席が溢れかえり、開始時間になるとライブハウス内の明かりが消える。
そしてステージの幕が上がり、演奏が流れ始めた。周りの人たちも歓声を上げ始める。
俺も負けじと声を上げるのだが、すぐに息を呑む。
幕が上がるに連れて姿を現していく獅子堂の姿に目を惹き付けられる。視界の端では同じように呑まれた人が何人も映った。
スピーカーから流れる音に合わせて弾くギターの音に耳が奪われる。教室で聞いたときの何倍も迫力のある演奏にただ聴き惚れた。
「スゲェ……」
そして、これが本当のライブなんだと感動した。
やがて観客席とライブを仕切っていた幕が完全に上がる。
曲のイントロが終わると獅子堂はマイクに顔を近付けて歌い出し──
──そして世界は彼に染められた。
なんと、評価者が50人を超えたので評価バーがMAXになりました。それも赤色のまま。めっちゃ嬉しい。
今後も応援よろしくお願いします。
今回高評価をくださった
☆10 : クラミンさん、おとぎソールさん
☆9 : みけへこさん、世界は俺を愛しているさん、肝油ドロップさん、lragさん、人形原白絵さん、ジョン白嶺さん、完全無欠のボトル野郎さん、konsome11さん
☆8 : フットマンさん
本当にありがとうございます。
感想も気軽にバンバン送ってきてください。
次の更新も早めにできるように努力します