能力バトルかと思ったら魔法少女、相手は怪獣 作:ハピ粉200%
第一話 始まりの魔法少女、怪獣と対峙す
7月に入り茹だるような暑さを感じる夏の初め頃。
学ランを着て片手にスポーツバッグ、もう片方にはスマホを持った男が通学路を歩いていた。
身長は170cm程度、学ランの上からでもわかるほどがっしりとした体格をしている。
彼の名は「三上ユウ」、16歳。高校二年生。
体格に反して大きな目を持つ、いわゆるベビーフェイス。しかし今は口をへの字にし、不機嫌な顔でチラりと通行する学生を見ながらスマホを操作していた。
学生たちは、ユウの姿を見つけると慌てたように道を変えたりそそくさと引き返してゆく。
一見すると暴力的なヤンキーや番長にでも会ったかのような反応であるが、ユウ自身は別に学ランはきちっと着ているし、身なり自体は小綺麗に見えた。
(……まあ、しゃあないよな)
ユウは彼らの反応に内心ため息をつきながら、スマホを握りしめるのだった。
今はちょうど下校時。
一日の授業を終えて、てくてくと部活にも顔を出さずに家へ帰る道すがら。
ユウはくるくるとお気に入りの特撮ヒーローモデルのスマホを指で回す。
人通りの少なくなった通学路でスマホを操作しながら歩く学生と書けば違和感はないが、よく見ればユウは腕の筋肉を緊張させ、額から珠の汗を流している。
最近伸び始めた前髪をからもぽたぽた汗を垂らしながらもスマホ操作の手は止まらない。
そのままスタスタとユウは通学路を外れ、狭い空き地へと入る。
昔火事があった後、買い手が付かないまま空いた空き地。
壁だけ残っているため、人目に付かない場所として最適な場所。
そこでユウは一旦手を止め、学生服の上着を脱いでネクタイを解く。
「……強化、解除」
ふっと、張り詰めた『力』を緩めると、かたりとスマホが地面に落ちた。
拾い上げて傷がついていないことを確認し、どさりと地面に腰を下ろす。
「なんでこんなこと……できるんだろな」
ぽつりとつぶやいた声と共に、まだ『強化』状態の右腕で地面に落ちている石を拾い上げ、握り潰す。
ぐっ、とまるで豆腐でも握っているように抵抗なく潰れた石は、ぱらぱらと砂になって手から零れ落ちた。
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平成日本に生まれて、平和な日常を送っている彼には少しだけ不思議なことがあった。
生まれてこの方、ユウは人より少しだけ強くあることができた。
それは精神的なあれこれではなく、物理的に、ということだ。
何を言っているかわからないと思うが、落ち着いて聞いてほしい。
端的に言うと、身体能力が人を少し超えているのだ。
小学生までは特に人と変わらない誤差レベルだったが、小学5年生ごろから『意識』して身体を強化できることに気づいた。
きっかけは取るに足らないものだったのでユウは覚えていないが、ボールを投げた時にもうちょっと強い球を投げたいと思ったときに『カチリ』と何かが頭で動いた気がして、気が付けばそれができていた。
ユウが自分で名付けたその能力は『強化』。
文字通り自分の筋力や触れているものを少し『強化』できる能力である。
目覚めた小学生時の強化倍率は、握力計で計測した結果、1.2倍だった。
20%アップと書くと大したものだが、そこまで異常には見えない。
しかし面白そうな能力を見つけたユウはそれから地道に能力を使い続け、使い道を探すと共に鍛え続けた。
残念ながら『強化』以外の能力は発現しなかったものの、毎日使い続けたおかげで能力の強化倍率は増え続けた。
最初は1年に2%程しか上がらなかったが、負荷のかけ方を工夫することで飛躍的に強化倍率を上げることができた。
その方法とは自分の触れた物体…例えば今、スマホの強度を『強化』し、自分の『強化』した筋力で壊さないようにバランスを取りながら負荷をかける。
強化対象のスマホと肉体を同時に強化する。
普通に身体の強化だけではすぐにへし折れてしまうために、物体の強化と筋力の強化をして同時に訓練している。
『強化』の倍率とコントロール力も今では人間の範疇を大きく超え、望めば力づくでできそうなことは大抵実現できるぐらいの力を有している。
───だが、それが必要になる日は、あるのだろうか。
「……ふぅ」
飲みかけのペットボトルからスポーツドリンクを一口飲み、ユウは過去の一幕を回想した。
今までの生活でこの力が必要になったことは殆どない。
ただ、一度だけクラスのいじめを見て見ぬふりできず介入してしまった事がある。
ユウは目立つのを嫌い、当初静観していた。
いじめ対象だった子も表向きは大丈夫そうだったのだが、あるとき校舎裏で嗚咽しながら泣いている声を偶然聞いてしまい、仲裁に入ったのだ。
結果として最終的にいじめていた者が応援を呼んだために20名を叩きのめす結果となった。
それ以降目に映る範囲ではいじめは収まったので、結果としてはよかったのだろう。
特に教師陣にばれたりすることもなかった。
しかし、代償として『三上ユウ』は恐怖の対象として周知されてしまった。
クラスメイトに視線を送れば縮み上がり、教師からは目を逸らされる。
食堂に足を運べば混んでいるにも関わらず4人席が空けられるし、トイレに行けば大をしている者も急いで出て行った。
助けた対象ですら同じ反応だったので、ユウは地味に傷ついていた。
……誰も、まともに話してもくれなくなったのだ。
それ以来、ユウは自分自身に『強化』使用時の心得……というか制約を心に刻んでいる。
①誰かを助けるのは、誰かに助けてほしいと言われた時だけ
②身バレ防止
③諦めないこと
①は、言わずもがないじめ事件の反省から。一方的に力を貸してもいい結果にはならない。
②も同じく。今の境遇に陥らないための反省。
③は……彼の好きな仮面ヒーローから学んだ、大切なこと。
彼ら偶像のヒーローに、ユウは頭が上がらない。
作品によってスタンスは様々だが、総じて彼らは人から疎まれても、恐れられても、それでも諦めずに立ち向かう。
眩しすぎるその姿がフィクションだとわかっていても、それは心の中に師匠として刻まれた。
これのおかげで今までこの力を持っていても暴走しなかったといっても過言ではない。
心の支えである。
おかげで人から疎まれる事には耐えることができた。
しかしもう一つ、ユウにはこの力を自覚してからずっと、ある不安があった。
(もしかして、これを使わないといけないような恐ろしい敵が現れるのではないか)
どうして力を持ったか分からないが、それが神に類するものの手配りだとすると、十分に考えられる懸念事項だ。
この懸念から、ユウはずっと自分以外の能力者や超常現象について目を光らせ、時には現地へ飛んで確認してきた。
子供の身では海外まで飛べないため、その時だけ特例として『強化』を使用して無理やり海外へ渡ったことすらある。
夏休みを利用した海外遠征を3度ほど実施し、そして得た結論としては自分以外の能力者も超常現象も存在しない、であった。
ユウは少し安心はしたが、それでも未来において現れない保証はない。
身バレした場合のリスクが怖いが、それでも鍛え続けることを決めたのだった。
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「……え」
ぼんやりと空を眺めていたユウは、唐突に自分の頭上に現れた黒い穴……のようなものを見て目を見開いた。
今まで6年以上、世界中を探してみつからなかった異常現象───それは唐突に表れたのだ。
まさか敵が……と身構えたユウの頭にぽふん、となにか柔らかいものがぶつかる。
それは猫のような四足で、ぴょこんと伸びた長い耳がなんか4つもある。
地球上の生き物は大抵耳は2つある。4つあるような生き物は地球上に……知る限りいない。ユウは知らなかった。
「やっと魔力を持てる人間を見つけたポヨ」
そして、くりくりしたどんぐりのような目を持つ謎の生物は、なんかいい感じの高い声でそう言った。
「魔法少女に、なってくれないポヨ」
(まさか……ジャンル違いだったのか!)
学ランの男子高生、三上ユウは突如現れた謎の生物に慄き声で答えた。
「魔法少女……だと!」
「そうポヨ」
今まで能力バトルが始まると考えていたら、まさかの魔法少女ものだった。
いや、まあユウは特撮好きの嗜みとしていつも視聴するニチアサ番組の30分後まで見ているため、『そちら方面』にも理解はある。
そちらは魔法少女というよりも、少女戦士バトルものという方が正しいのだが。
「ええと……色々聞きたいことはあるが、まず、お前は誰だ」
「自己紹介ポヨね! ポヨはプリリス・ティーア・ヨーム、みんなは『ポヨ』って呼ぶポヨ!」
「どこをどう略したらそうなるのかわからんが、とりあえずおいておこう」
話す毎に頭痛がする幻覚を覚えながら、ユウは続けた。
「ええと…俺は三上ユウだ」
「ユウポヨね! 早速だけど今すぐ魔法少女になるポヨ!」
「待て、話が急すぎる。まず俺の質問に答えろ」
「そんな時間ないポヨ! 急がないとあいつが……あ、もう出てくるポヨ!」
ずずーん、と地鳴りのような音。同時に、金属が擦り合わせた様な異様な鳴き声が響く。
ユウが驚いて振り向いた先に、巨大な存在がいることに気づいた。
え…という驚きの形に口を固定したまま、ユウは今までの価値観やら何やらがガラガラと崩れている感覚を覚えた。
あれは……正しく『怪獣』だった。
魔法少女もので出るようなファンシーチックではない。
シルエットは恐竜───『ティラノサウルス』のようでありながら、複眼のような巨大な目が無数についている。
手もその身体に比して発達しているのかゴリラのように地面について歩いている。
というか、でかい…とてつもなくでかい。
高層ビルを軽く超えるその巨体は、全長100mぐらいはあるように見えた。
刺々しい鱗に覆われた手を地面につけただけでアスファルトが捲り上がり、咆哮でガラスが割れる。
だんだん、と歩き始めると通行車を踏みつぶしながら、蹴りの一撃で高層ビルを吹き飛ばす。
(……これもう、ウル〇ラマン案件だろ!もしくは怪獣王)
ユウは心の中で咆哮した。
小学生時から能力バトルの準備をしていたら、始まったのは魔法少女で、相手はゴジ〇クラス。
バランス調整をしている神がいるのだった正気を疑うところだ。
「ユウ! いろいろ急ぎで申し訳ないポヨ! でもあれをどうにかできるのは君だけポヨ!
どうか魔法少女になって、『助けて』ほしいポヨ!」
「───助けて、ほしい。のか」
「ポヨはこの世界に落ちてきたのは事故ポヨ。移動中にあいつに見つかって…。
この世界だと、ポヨの魔力はほとんど使えないポヨ。だからこの世界の中で魔力に適合する人に使ってもらう必要があるポヨ」
三上ユウは、ゆっくり息を吐いて心を整えると、赤い猫のようなウサギのような生き物へ言った。
「とりあえず、一つだけ聞かせろ。男でも魔法少女になれるのか?」
「なれるポヨ。ていうか男って何ポヨ?」
ポヨなる謎の生き物は雌雄がないらしい。お前プラナリアみたいに分裂して増えるのか。
てか魔法少女の『少女』という単語はどこで知ったんだ。
気になるところだが、優先度を考えてユウは気にしないことにした。
「今からポヨの残り魔力を───」
「いや、それはいらん。それよりお前は助けを必要としている。そうだな?」
「そ、そうポヨ。早く魔力を分けるポヨ! そうしないと変身しても大したことはできないポヨ!」
変身───その言葉に三上ユウは不謹慎ながら少し心躍った。
特撮好きとしては見逃せない要素だ。魔法少女でなければ。
「わかった。とりあえず変身できるだけの最低限の魔力とやらをくれ。後はこちらでやる」
「え、ええ!? それだとあいつには……」
「急ぎなんだろ」
「わ、分かったポヨ。行くポヨ───『三界を統べる精霊の名のもとに、汝の力の一欠け呼び覚まされし、我が半身へと与え給う』」
ポヨとかいう生物が緑色に光輝いたと思うと、すっとユウの身体へ入っていく。
特に物理的な感触は無かったが、何となくあったかい感覚がへその奥に宿るのを感じた。
そして胸元に虹色の石が現れる。
ユウはそれが『変身アイテム』であることを直感的に理解した。特撮オタク的に。
「……これで、変身できるのか?」
「そうポヨ! でも魔力最低限だから───」
「それはいい! 身バレ対策が最優先だ」
そこまで言うと、ユウはポヨをむんずと首ねっこ?と思しき場所を掴んだ。
「とりあえず近くまで行く。舌噛むなよ。舌があるか知らんが」
「え? 何をいうポ───」
どん、とユウは地面を蹴る。ただそれだけで空き地に凄まじい衝撃が走り、半円状の跡ができた。
脚力を『強化』したユウは人外の速度で跳躍し、屋根づたいに空を掛ける。
どん、どん、どんと空を掛けたユウは怪獣がよく見えるビルの屋上まで一気に跳躍。
「ユ、ユウ? まだ変身してないポヨ、これは一体……」
「これからするさ。
……変身するには、どうしたらいい?」
「涙虹石に魔力を集中しながら、聖唱を唱えるポヨ。
変身出来るのなら、頭に何を言えばいいか浮かぶポヨ!」
「そこはお約束なんだな」
ユウは左手で虹色の石を前に掲げながら、嗜みとして右腕を大きく回してぴしっと伸ばす。
なんの嗜みかって?言わせんな恥ずかしい。ちなみに腕の動きは変身には必要ない。
「───変身」
そう言い放った途端、眩い光があたりを包んだ。身バレ防止になってないじゃん。目立つじゃん。
……と思ったが、眩しすぎて見えないからいっかとユウは思い直した。
瞬く間にすぱんすぱんと服がはじけ飛び、気が付くと筋肉質だった肉体は丸みを帯びたしなやかな曲線を描いている。
肉体変化を実感する間もなく、両手を横に伸ばしたユウの身体にきらきらした光が降り注ぐと上半身から短いマントに覆われ、腕まで2重フリルのついた袖が伸びる。
背中とお腹が大きく開いたデザインの黒いインナーが下半身まで覆われ、足は左右色違いのニーハイソックスが包む。
首には先ほどの涙虹石が中央にあしらわれたペンダントが取りつき、短めのフレアスカートがふわりと伸びた。髪はすらりと腰まで伸び、燃えるような赤に染まる。最後にタイトな革ロングブーツで足が包まれた。
(あ、口上が頭に浮かんでくる……てか、オートで口上まで言わされるパターンなのねこれ)
「願いと約束を力に変えて、今私は生まれ変わる」
オートで動く身体に従い、ユウは腰をくの字に曲げ、右手の掌底を突き付けたポーズで啖呵を切る。
「───魔法少女、イスタス」
「助けを求めるなら、諦めない限り俺が守る」
───いや、恥ずいな。
オート操作が切れたユウは思わず膝をついた。
やっぱりジャンルが違うのはきつかったのだった。次からはオートを切ろうとユウは心に刻んだ。
※オートは切れません