能力バトルかと思ったら魔法少女、相手は怪獣 作:ハピ粉200%
みんみんしゅわしゅわ鳴きだしている夏の教室。
三上ユウに通う学校ではごく普通の歴史の授業が行われていた。
「はいー、次の7ページから……七井土読んで」
「は、はぃぃ……」
老先生に当てられた七井土がふにゃふにゃになりながら立ち上がって読み出す。
「……」
その様子に構わず、三上ユウは手元のノートへ向けてがりがりと内職を行っていた。
いつもの能力的な内職ではない。まあ、怪獣の事であるが。
(人間並みの知能を持つ怪獣が、少なくとも1体は居る)
先日ポヨ公から判明した事態に、ユウの考えていた防衛構想は根底からひっくり返った。
今までの3体から獣並みの知能と考えていたら、そうではなかったのだ。
とりあえずポヨ公は雑巾絞りの刑に処して干してきた。
(ただ単に駆除すればいいというものではない。
場合によっては講和の可能性すら、ある)
人間並みの知能があるならば、大人しく隠れて情勢を見守っている可能性が高い。
そして全世界的に報道された『魔法少女』という天敵を認識もしているだろう。
その上でどういう手で出てくるか……だが。
(……共存できる、のか?
でも相手は元の世界の知的生命から、次元のはざまに放逐された怪獣。
およそ善性を持っている……というのは、期待しない方がいい)
その巨体を維持するためのコストも膨大であるはずだ。
結局、人類とは星のリソースを奪い合うものとなる。
人類視点では相手が善性であれ悪性であれ、排除するのがベターだろう。
(相手が悪性でも、死よりは降伏を選ぶ可能性はゼロではない。
……その場合、どうする?)
傲慢とも取れるが、三上ユウの『強化』能力は絶大だ。
前回3体も倒し難さはあれ、怪獣側に勝ち目はほぼ無かった。
それは知能の有無というよりは、純粋な能力差である。
(油断はできないが、こちらには選ぶ余裕がある。
その時考えればいいだろう)
ユウは問題を保留にした。
これに関しては、相手次第なところが大きい。
最初に対応を決めてしまうより、相手を見極めないと難しいだろう。
視界の端で何とか教科書を読み終えたあかりを見つつ、ユウはノートを閉じる。
夏の授業は、みんみんと鳴くセミの声と共に、ゆっくり流れていくのだった。
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───その日のお昼休み。
「七井土、一緒に食うか」
「あ……うん」
ここ最近のお昼は、三上ユウと七井土あかりは連れ立って中庭に移動して弁当を食べていた。
今日もクラスのやっかみを受けながら二人は弁当片手に教室を出る。
ちなみにこいつらまだ付き合ってない。『お試し』継続中である。
「あ、ナナ先輩こんちゃーす」
「あ……こんにちわ、琴音ちゃん」
二人で中庭に向かう途中、一人の後輩の少女とすれ違う。
派手な少女だった。
肩までのウェーブが入った髪に、さり気なく青系のエクステ。
にかっと笑う顔には少し濃い目のシャドーが入っていた。
「ナナ先輩のカレシさん?お熱いっすねー」
「ち、違うって!」
校則に引っ掛かりそうな少女は、気安くあかりの肩をぽんぽん叩きながらユウを見る。
そしてくんくん鼻を鳴らして何やら不思議そうに首を傾げた。
「あ、今日あたし部活休みまーす。
って、最近先輩も来てないっすよね」
「え、あそうね」
ころころと話題が飛ぶ少女は、あかりと同じ部活繋がりの後輩。
名前は雪下琴音と言う。
彼女はそれだけ言って、ふらふらと去っていった。
「部活入ってたんだな。帰宅部かと思った。
一緒に帰るのまずかったか?」
「いや、ほとんど幽霊部だから。大丈夫、大丈夫だから」
二人に戻った後にユウが訊くが、あかりは妙に焦ったように「大丈夫」と繰り返した。
「何部だっけ?」
「……あ、えっと……そんな事より、ちょっと気になるんだけど」
「何が?」
露骨に話題を避けたあかりは、ユウに顔を寄せてくんくんと鼻を鳴らす。
ユウはあれ、何か臭かったかなと不安になった。なんか後輩も同じことしてたし。
洗濯サボってはいないが、部屋干しがまずかったか?と思わず回想する。
「三上君、最近その、えっと……『魔法少女』みたいな人に会った事……ない?」
「はぇ?」
思わず変な声が出るユウ。
2回目なので改めて言うまでもないが、あえて言うと三上ユウ=魔法少女イスタスである。
ユウはポン過ぎるあかりに対して自らの正体バレリスクを考えて、隠し通していた。
(あれ、何か疑われる要素あったか?)
意味深ゼリフを吐いた事はある。
でもその時はまるで気付いていなかった筈だ。
「……いえ、いいです」
ユウは何となくぶすっとした表情のあかりに戸惑った。
歩く速度を上げるあかり。
ふたりはそそくさと中庭に出ると手拭いを敷いて座りながら弁当を広げた。
「いただきます」
「いただきます」
ちなみにあかりはもちろん、母親謹製のバランスの良い冷凍もの詰め合わせ弁当。
そしてユウは自分で作った野菜炒めとブロック肉の胡椒和えを飯の上に乗せている。
しなしなになったキャベツは歯ごたえが無いが、出汁が染みて飯のあてにはいい具合だった。
しばらく雑談しながらもくもく食べて、食休みに芝生の上で少し休憩。
あーんとかやったって?いやしねーよ。
まだどちらも初彼氏・彼女にはまだ荷が重かった。
それはさておき、一通りの話題も尽きた二人はそれぞれスマホでニュースやトピックを漁る。
そして、『それ』はでかでかと目に入ったのだった。
「な……っ!?」
───そこには、『怪獣』が映っていた。
動画を再生する。
『日本の皆さん。そして世界中の国家の皆さん、こんにちわ。
私は、ルクス。皆さんから『怪獣』と呼ばれている者です』
ルクスと名乗る怪獣は、前三体に比べれば大人しい外観をしている。
つるりとした質感のきめ細かい鱗を持ち、体色は緑だが定期的に色が変化している。
飛び出し気味の2対の眼はぎょろぎょろと動き、4足で歩行で巻いたしっぽも見える。
似た生物で例えると、『カメレオン』が近いだろうか。
舌が飛び出してきそうな大きな口は器用に動き、日本語を発していた。
ちなみに言うまでもないがクソでかい。
森の木々を大きく上回る大きさをしていた。
背景はどこかの森林に見えたが、特定できるほどの情報は読み取れない。
巨大な口で人間と同レベルの周波数で喋れるとかうっそだろお前、とユウは思ったが現実は非常だ。
(そりゃ、そうだよな。
人間並みの頭があるなら、相手の得意なフィールドで戦うようなバカはいない)
ユウは『怪獣』に対し、一歩出遅れたことを自覚した。
『強化』能力は絶大?降伏してくるかも?
そんな事を考えていた自分が恥ずかしくなった。
『私は今、元々生まれた世界から放逐され、皆さんの世界へとやってきました。
私は他の『怪獣』とは違い、確固とした知能を持つ生命体です。
人類に危害を加える気はありません。
私は人類に……日本国に対して保護を求めます』
奴はこの一週間、学んでいたのだ。
人類の言葉を。人間の生態を、社会を。そして天敵の弱点を。
そして、その知能で『魔法少女』が手出しできない状況を作り出してしまった。
ユウは臍を噛まざるを得なかった。
(……これは、下手に手出しできない)
『私は保護の対価として、異世界の知識、技術を提供する用意があります。
私は、あなた方人類から見れば夢のような技術を保有しています。
一つ、証拠をお見せします』
怪獣は後ろを振り返り、森林の中にある一本の木を指し示す。
それは急に光り輝くと、にょきにょきと明らかに不自然な形で天高く幹が伸び、枝葉が茂っていく。
怪獣の頭頂高すら超えて生物としてあり得ないほどの巨大な木として育った。
(なんだそれ……ドバイのやつに似てんな)
奴は樹木自体が怪獣だったが、これはそんなことなく、明らかにただの樹木であった。
ただし幹の大きさだけで既に山レベルまで肥えている。
『世界樹』と言ってもいい出鱈目な大きさだった。
『私が持つ技術は、これだけではありません。
そちらは、保護を頂きましたら提供します。
私は今、恐ろしい存在に追われ困っています。
ぜひ、保護をお願いします』
動画はそこで終わっていた。
(……場所は、高知県、四国か)
怪獣が巨大化させた樹木から、直ぐにネットでは場所が特定されていた。
四国は高知県の山中にある森林、その一本らしい。
これがCGではないという証拠も次々とネットには挙げられていた。
敵の怪獣は人類が欲しがるメリットまで、用意している。
そしてこの配信を実施している時点で、既に何らかの形で協力を得ていると考えるべきだ。
怪獣だけで動画を取ったり配信に乗せるのは無理がある。
(これは……まずい)
ユウはびっくりしながらものんきに週末天気情報なんぞに目移りさせているあかりを横目で見つつ、ポヨ公にメッセージを打つ。
ちなみにポヨ公には足が付かないよう、プリペイド携帯を持たせている。
犯罪者みたいだって? まぁ、その、うん。
『放課後に、イスタス名義で七井土を呼び出せ』
『分かったポヨ』
あかりに見つからないように、ポヨ公にメッセージを打つ。
今日の帰りもあかりは邪魔されてむくれそうだった。
みんみんとゆっくりと流れていた空模様を見つつ、ユウはスマホを投げ出して横になる。
これから一層荒れそうな予感に、何も考えたくなくなって、ぼけっと休み終わりまで眺めるのだった。
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───放課後、いつもの廃神社。
「ブラックはあの動画……見ましたか?」
「え、はい……」
で、いつものようにいつもの場所にお呼ばれしたイーリス・ブラックこと七井土あかり。
ユウとの帰りを邪魔された上になんかいつも以上にぶすくれた様子のあかりが座っている。
魔法少女イスタス(勿論変身中)は、天幕下のホワイトボードで深刻そうにあかりへ問いかけた。
「どう思いました?」
「どうって、保護を求めているんだから、保護すればいいんじゃ?」
パイプ椅子に座って腕を組み、妙にイスタスへ向けて刺々しい言い方のあかり。
変身できるだけの闘争心を持ったにしては、やはり根は優しい少女である。
態度はともかく。
「大変まずい状況です。
このままでは、私たち『魔法少女』を世界の敵にされかねません」
「はぁ……」
それはあなただけじゃない? とでも言いたげなあかりの視線がイスタスを貫く。
イスタスはめげずに、なぜかサングラスをかけてジャケットを肩掛けする。
上着を腰で巻く妙なスタイルにコスプレしてから、あかりへ厳かに告げた。
「という訳で、私たちも始めます」
「何をですか?」
イスタスがバンッ! とホワイトボードを叩いてぐるりと回転させる。
そこにはでかでかと無駄に時間をかけて書いたであろう、ゴテゴテした字が躍っていた。
「『魔法少女』チャンネル、開設します!」
あかりは意味が分からずに、胡乱な目でホワイトボードとイスタスを交互に見つめた。
「……で、何するんです?」
「もちろん、お茶の間に魔法少女の『正しい』情報をお届けするの。
正当性を主張しないことには、一方的に負けることになるわ」
「はぁ……」
ピンと来てないあかりへ向けて、イスタスはチャンネルURLだの申請情報だのを見せる。
色んな伝手を駆使して用意されたことは、あかりにも見て取れた。
「あかり、あなたはご近所さんの噂の的として一生後ろ指を差されながら生きていきたいの? 違うでしょ?」
「それはあなただけじゃ……。
それに正体は隠せばいいだけ、じゃないんですか?」
ジト目でイスタスにぶーたれるあかりは、まだ他人事だと思っているフシが見て取れた。
そんなあかりを責めるように、イスタスは無駄に金を掛けた自分用のふかふか椅子へ腰かけてこれ見よがしに足を組む。
あかりは無駄にイライラした。
「馬鹿ね。今はいいけど、いずれ隠し通せなくなるのは目に見えてるわ。
だから、あえてこちらから情報発信することで出す情報を選択できるようにした方がいい。
できるだけ、ポジティブな情報をね」
ネガティブな方に傾いたイメージを覆すのは容易ではない。
だからそうなる前に、手を打つことをイスタスは主張する。
「でもあれだけ正体は隠せって言ってたのに……」
「正体までは言わないわよ。身バレを防ぐのは当然。
でも、私たちの目的とかは隠すようなものじゃないでしょ?」
「それは、まぁ……」
「謎の集団じゃなくて、正義の魔法少女。
そう言っておいて損はない。そうでしょ?」
謎に勢い込むイスタスに、反発しながらもあかりはトーンダウンした。
まぁ内容は分からんでもないし、言ってることもそれなりに一理あるとあかりは考えた。
「という訳であかり、これから動画撮るわよ。
あなた、これから変身してなんかこう……腰とか振りながら、愛想よく媚び売りなさい」
「は?」
「お子さんがご覧になっても大丈夫なように、健全にね」
「なんであたしがっ!?」
すこーん、とあっさり言い放つイスタスへ、顔を真っ赤にしたあかりが憤怒の形相となる。
これまで世間に露出していたイスタスじゃなくて何で私が、という理不尽が顔から溢れていた。
「だって私はプロデューサーやるし? カメラマンもだし?
何なら手続きだってやったし。キャストぐらいやってくれてもいいんじゃない?」
イスタスの妙なコスプレはプロデューサーイメージだったらしい。
更に黄色いメガホンを持ち出してあかりの頭をぽこぽこ叩く。
「どうせならあの妖精にやらせて下さいよっ!」
「ああ、それもいいわね。
あかりの頭に乗せて盆踊りでもさせておこうかしら」
「そこはせめて肩でしょ!
てか盆踊りじゃなくて、もっと可愛いのにして下さい!」
ぜはーぜはーと肩を怒らせながら噛みつくあかり。
いやー前に比べて強くなったもんだと、イスタスは妙な感慨を得てニヤニヤした。
(これだけ元気に騒げるようになったようで、何より)
「まーまー、分かったわよ。動画には私も出るから。
それにしても精神的には一皮剥けたわね、あかり。
あんだけオドオドしてたクセに」
「それはあなたにだけですっ!」
以前なら押されるまま乗せられるか、逃げていただろうあかり。
イスタスというか、三上ユウとしてはつい嬉しくなってしまったせいだろうか。
よこからぴょこんと飛び出した人影に気付かなかった。
「───あれ」
いきなり現れた謎の人影は片手になぜかポヨ公の耳を持ち、明るく挨拶をする。
イスタスは一瞬身体を硬くしたが、ポヨ公を見て顔を顰めて構えを解いた。
「ナナ先輩こんちゃーす。ここにいたんスね」
「こ、琴音ちゃん……!?」
そこに居たのはお昼に会った後輩少女、雪下琴音であった。
制服姿のまま、ポヨ公を持つ反対側の手には、チェーンにぶら下がる謎の八角形の石を持っている。
「……ポヨちゃん、何してるの?」
「捕まったポヨ……」
四つ耳をむんずと掴まれて獲物のように運ばれるポヨ公は、さめざめと涙を流しながら言った。
ポヨ公は周りの警戒を任せていた筈だが、琴音には敵わなかったらしい。
「噂の『魔法少女』っスね。ついに見つけたっスよ。
ここら辺にいると思ってたんスよねー」
長いまつ毛の片目をパチクリさせて、琴音がイスタスへ向けて笑う。
「でもナナ先輩やりますねー。
オカ研メンバーに先を越されるとは思ってなかったっスよ」
「……先って、私は別に」
オカ研? うちの学校にオカルト研究部あったのか。
てか、あかりのやつそんな怪しげな所に入ってたのか、とイスタスは内心驚いた。
「……で、そのあかりの後輩ちゃんが何の用?」
「そうそう、あたし『魔法少女』さん探してたんスよ。
今日のナナ先輩、めっちゃ怪しいーと思ってきてみたら案の定でしたー」
探してただと?
訝しがるイスタスへ向けて、琴音は何でも無いように横向きピースサインを作りながら答えた。
「危険よ? 好奇心だけで、入ってこれるほど簡単なものじゃないわ」
「そう?
これだけ魔力垂れ流しながらなーんも対策してない方が危険じゃないスか?」
魔力だと? イスタスは困惑した。
さらっと言い放つ琴音には、中二病的な『らしさ』を感じない。
「……あなた、私たちが何しているか、分かるの?」
「マホーでしょ?知ってるよ。おばあちゃんから習った」
琴音は片手に下げた石───ペンデュラムをくるくる回すと、独りでにふいっと浮かび上がってイスタスを指し示す。
糸や風などのトリックではない。
何か別の理によりその石はイスタス───正確には『涙虹石』を指し示していた。
「あたし、こう見えても『魔法使い』の末裔なんスよ。
先輩たちのサークル、混ぜて貰いたいなーって。
あ、動画撮影もやるやるー!」
固まる二人の前で、元気の塊のような少女が元気よくピースサインを浮かべるのだった。