能力バトルかと思ったら魔法少女、相手は怪獣 作:ハピ粉200%
───三上ユウとミアが連れ去れてから、すぐ後。
ポヨの導きで駆け付けた琴音は、七井土あかりを抱えて琴音の自宅へ収容した。
あかりの怪我の状態は結構酷く、そのままだと救急車で運ばれかねない。
普通の怪我ならいいが、もしレントゲンで『涙虹石』が見つかって摘出でもされたらあかりは死んでしまう。
なので、こうやって琴音の家に寝かされて自己再生されていた。
「ナナ先輩、大丈夫っスか?」
「傷は大体治ったポヨ。
……でも、問題は『涙虹石』の損傷ポヨね」
傷自体は『涙虹石』の再生能力で癒えつつある。
しかし、肝心の『涙虹石』に損傷が発生し、その力が大きく減じられていた。
「イーリス・キャパシタ……丁度魔力を貯める回路が故障しているポヨ。
故障回路はパターンカットしたから、漏れ出すことは無いポヨが……魔力貯蓄量が現状でもマイナス。
徐々に減っていってるポヨ」
「それは……どういうことっスか?」
前足をあかりの胸の上にあて、調整していたポヨが眉を寄せて言う。
「たぶん、まだどっかに細かい損傷があってショートしているポヨ。
今の魔力を使い切った時───あかりは死ぬポヨ」
「そんな! あたしの魔力なら供給するっスよ!
あたしの魔法はそういうの、得意なんスよね?」
琴音は自身の月形をした『涙虹石』を押し付けるような勢いでポヨに詰め寄る。
しかしポヨは額についた月型の痕を撫でながら憮然とした態度で答えた。
「うーん……。
イーリス・ブルーの魔力整流枝……整流器で外部供給はできるポヨ。
でもキャパシタに損傷がある状態だと、結局残り時間を元に戻すだけポヨ。
それに修復不能の細かいショートのせいで、魔力収支がマイナスのままなのは改善できないポヨ」
「そんな……直せないんスか?」
若くして透析患者のように、ブルーから定期的に魔力供給を受けなければならない。
即座に死ぬことは無いが、健常者とは言い辛い状況となってしまう。
琴音は別に苦に思うことは無い……が、不憫には思う。
「この世界では材料と設備が無いポヨ。
妖精の国に帰るか、あるいは……」
「……龍の国っスか」
「そうポヨね。『涙虹石』の生まれ故郷である龍の国なら、設備も材料も申し分ないポヨ。
……もう元居た世界から消えている、ポヨが」
どこか沈んだ様子のポヨに感化されたか琴音が黙っていると、寝かされたままの七井土あかりが身じろぎをした。
「う……」
「あ、起きたっスか! ナナ先輩!」
うっすらと目を開けるあかりを、ポヨと琴音が覗き込む。
二人の前であかりは意外とすんなりと上体を起こして口を開いた。
「ここは……琴音ちゃんの家?
ていうか……三上君! ポヨさん、三上君は!」
「落ち着くポヨ! あの二人は龍の国の騎士に連れ去られたポヨ」
「な……ええ!?」
ポヨに掴みかかって尋ねるあかりに、ポヨは苦しそうに答える。
しかし、あかりはそれどころではないとばかりに目を見開いて絶望の表情を浮かべた。
「あかりが気絶した後、琴音の家に運び込んだポヨ。
今あかりの身体の修復はできたポヨが、『涙虹石』が───」
言い辛そうに、先ほどの説明を繰り返すポヨ。
それでもあかりはきっと、睨みつけるようにポヨに切り返した。
「……私はどうなっても構いません。
それより、まだ変身できるんですか?」
「それは……自殺行為ポヨ!
今変身したら、フレームが耐え切れずに今度こそ完全に故障するポヨ!」
「それでも……私は、三上君を取り戻す! 絶対に!」
ぐっと拳を握って決意を新たにするあかりに、琴音もポヨも何も言えなくなった。
少し前まで自分を主張しない少女だったあかりは、こんなにも戦士になっている。
琴音はあかりの決意に改めてあかりを見直し、そしてポヨに向き直った。
「ねえ、ポヨさん。
そろそろ色々教えてくださいっスよ。
なんでスタ先輩が居ないのか。
ポヨさんが……何をしようとしてるのか」
それを聞くまでは梃でも動かないとばかりに、腕を組んで圧を掛ける琴音。
二人の眼光に怯んだポヨは必死に考える。
(イスタスの正体はまだ隠すとして……流石に、経緯は説明しとかないと納得しなさそうポヨ)
気圧されたポヨは身体を傾けながらも、首を縦に振る。
しぶしぶ、と言った態度でいたポヨは口をへの字の曲げて話し出した。
「……わかったポヨ。ポヨも腹を括るポヨ。
イスタスは今、敵の……龍の国に潜入しているポヨ。
───あの二人を助けるために」
ポヨは空を見上げる。
そこには、中天に明るい満月が浮かんでいるのだった。
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───三上ユウとミアが連れ去れてから、約三日。
三上ユウは目隠しのまま何らかの乗り物に乗せられ、どこかの施設へ連行されていた。
移動の間 ガタゴトと無暗に揺れることもなく、加速と減速だけの実に快適な謎の乗り物で移動したユウ。
どこまで移動したのか、見当もつかなかった。
乗り物を降りた後、ユウは鉄格子の嵌った白い牢に収監された。
服装は頭の穴だけ開いた灰色マントのような服に着替えさせられ、足枷を付けられている。
食事は1日2回で、硬いブロック肉のようなものと水が与えられるのみ。
収監から1日程経ったが特に誰が面会に来ることもなく、非常に暇していた。
ミアも姫と呼ばれたからには要人なのだろうが、あちらも軟禁でもされているのだろうか。
暇にあかしていつもの訓練でもしようかと考えたが、監視がある状態で手札は見せたくない。
仕方なく、一般的な調査だけに努めることにした。
(……物の落下が遅い)
牢番が持ってきた食事の食器を、水平に持って手を放す。
その速度は明らかに遅く、落ちるまでにたっぷり3秒ぐらいかけて地面に落ちる。
「……よっと」
今度は、自分自身でジャンプする。
天井までの高さは目測で3mほどあるが、特に強化もせずに楽々とそこまで到達した。
「……月面か」
そこまで分かれば、大分絞られる。
普通に考えてコロニーのような遠心力を利用した人工重力発生装置か。あるいは月面。
前者も考えられなくは無いが人が住めるほど巨大な構造物が宇宙にあって、人類が捉えられないのは考え辛い。
確かに琴音のような魔法で隠されれば分からないかもしれないが……魔力が無いと言ってる連中がそんな無駄使いするだろうか。
琴音の結界だって部屋一個レベルがせいぜいだったのだ。
「月にあるとすれば、地球から見えない反対側にある……かな」
地球から見えない側であれば、人類からの隠ぺいはやり易い。
月面にあること自体にあまり驚きはなかった。
どちらかというと、ここまで運んできた移動手段の方がびっくりだ。
「アポロ計画に謝れ……」
アメリカがアポロ計画に幾ら金掛けたと思ってる。250億ドルだぞ。
今の価値なら更に桁一つ上がるとも言われている。
それが1日2日で大した苦労もなくほい、と月に送られては情緒もへったくれもない。
自分で月に来た時だって大分苦労したのに───とユウは歯噛みした。
退屈な上何もすることがないユウは益体もなくこんこんと、壁をほじりながら座っていた。
……そこへ、ミアが例の騎士と一緒に現れた。
「ユ=ウ……申し訳ありません」
「いえ、別にミアが謝る事はない。
それより、できれば色々教えて欲しいんだが……」
ユウとミア二人してチラチラと騎士を見ると、騎士はため息をついて手を広げた。
「私が離れることはできんが……ここからは出してやろう。
どこかゆっくりできる場所で話すがよい」
「それはどうも」
ホームだからか騎士も前回の刺々しさはない。
服装も鎧をしておらず、すらっとした簡単な黒地のマントを被っている姿である。
騎士は持っていたカード型の鍵で牢を開けると、同じく足枷を外してくれた。
「貴方の名前を伺っても?」
「……そうだな。失礼した。
私はラ=グラリア・アール・バラット……第一近衛大隊の騎士だ」
「どうも、三上ユウです」
ユウは右手を出したが、ラ=グラリアは首を傾げてそれを見た。
どうやらミア同様握手の習慣は無いらしい。
所在なく突き出した手をわきわきさせてから引っ込めた。
「行きましょうか……歩きながら説明します」
「はいよ」
ミアに手を引かれ、ユウ達はかつかつ歩き出した。
出る際牢番に手を振って挨拶してみたが、つれない態度で反応もなかった。
一行は月面重力のせいもあり、地球に比べると殊更ゆっくりと歩く形で牢の区画を出た。
それほど広くない白い通路を抜け、歩く歩く。
「これからどこに向かってるので?」
「展望室です」
「ほほう」
SFばりの扉ががしゅっと開き、案内された場所はなんと草木が生えた区画だった。
水の音や緩い風、土の匂いまでするとあってユウは大変驚いた。
でも、辺りに生える木を触ろうとすると、ふっと手がそれをすり抜ける。
「映像か。なんだかこういうのに縁があるな」
「そうなのですか?
ここは私たちの故郷の世界を再現した、リラクゼーションルームともなっています」
そう聞いて見回すと、確かに植生はよく知らない植物である。
大きな木っぽい植物の枝はくるりと丸まってシダ植物っぽいし。
「空を見上げて下さい。
其処にこちらを上から見下ろす形の映像を映しました」
「おお、これは……」
展望室から見上げる空の一角は大きく切り抜かれ、そこには暗い宇宙が拝める。
その中で白い月面が浮かんでおり、そこにぽつん、と構造物があった。
比較対象が無いのでサイズ感が湧かないが、大きい……それこそkm単位のものだとユウは推察した。
それは四つ足で背中に翼を持ち、長い尻尾を伸ばし、牙を持つ首を備えた龍。
それを模した姿の巨大な構造物であった。
「かつて私たちの世界は一匹の祖龍より生まれ、世界が形作られたと伝説が残っています。
この移民船───アル=ラツェルトもその名前を引き継いでいます」
「移民船。
ここは、この巨大な龍型の船の中なのですか」
「はい。
私たちの世界で危機が迫った際、我らはこの船を造り、国を一つに纏め、そして別次元へ逃げ出しました」
巨大な宇宙船を造ったり、別次元に漕ぎ出す力といい、どうやら地球を凌駕する科学力があるようだ。
「なるほどな。
魔法でも科学でも、どうやらこっちの世界よりだいぶ進んでるらしい。
でも、何があって世界から逃げ出したんだ?聞く限り不本意だったんだろうけど」
「はい……。
事の起こりは100年以上前、我々の世界で魔力が急激に減少し、魔力由来の生物が死に絶えた事。
そして……それに伴う宇宙の縮小が観測されたのです」
「え……縮小?」
しゅん、とした表情でミア腕を振ると、空に別の映像が流れた。
其処には科学者たちと思しき人物が風船のようの物を膨らませている所だった。
「まだこの世界では分かっていないと思いますが……『魔力』とは宇宙の膨張と共に膨らむ電磁波のようなものです。
『魔力』が無くなれば、宇宙は支えをなくし急速に萎んでしまいます」
映像の中で、科学者風の男は膨らんでいた風船を放すと、それは飛んで行ってぺちゃりと落ちた。
「ふぅん……で、原因は?」
「不明です。
かなり長い時間、それこそ国費の50%以上掛けて調査が進められましたが、原因は分かりませんでした」
ミアの悲し気な表情からは、ラツェルトの歴史を想起させる。
ユウは何と声かけていいか分からずぽりぽりと頬を掻いてから、その場に座り込んだ。
「原因が分からなくとも、そのままでいれば世界は縮小し、消滅……或いは大爆発を起こします。
その為に、今度は『魔力』を作り出す方法を模索しました」
「あー……なるほど」
ユウはそれで、隣に立つ騎士ラ=グラリアの胸元を見上げた。
其処には鎧についている赤い宝石がある。
「あの時の、なんちゃら石」
「はい。
別次元より現れた客人の手を借り、我々は人工的に高次元の穴を開け、その波を魔力に変換する装置を作りました。
それが『涙虹石』であり、その完成形である『極光石』なのです」
「ほーん」
ただ単に盗んだわけじゃなかったのね、とユウは心の中でポヨ公を少しだけ見直した。
それはそれとして、やはり秘密を黙っていたのかと、憤慨したが。
「それがあれば、世界は消滅しない……って訳には、行かなかったのね」
「はい」
それが上手くいっていれば、そもそも彼女たちはユウの世界に来ていない訳で。
「『涙虹石』で生み出される魔力は消滅する魔力の0.001%にも満たないことが分かりました。
完成形である『極光石』も……それは変わりません。
例え、全国民が使ったとしてもです」
「なるほど」
「そして、『涙虹石』のスピンオフ技術で別次元への扉を開ける事が出来るようになりました。
エクソダス計画───我々は故郷の世界を捨て、別世界へ活路を見出しました」
ミアが手を振ると、今度は空に浮かぶ映像は巨大な移民船である龍を建造している状況に変わる。
「それで、次元の穴に逃げたと。
でも、幾ら大きいとはいえ……一つの世界の生き物をこの船に載せることは可能か?」
「それは……」
それを言うと、ミアは騎士をちらりと見て頷く。
「……お見せします」
ミアはユウの手を引いて立ち上がらせると、展望室を出てまた別の通路へ歩いた。
一行は結構配線やらむき出しのごつごつした通路を通り、垂直かぐらいの階段を2、3個上る。
ユウはまあ、動けるのだが、ミアも結構お姫様然とした割にはするすると動けているのは意外だった。
やがてかつかつと歩いた先のちょっと豪華目な扉を通り、巨大な吹き抜けに出る。
温度調整されているのか結構寒く、ユウはともかくミアと騎士は身体を縮こませて歩いた。
「……おお」
そこは、結構壮観な光景だった。
一行が出たのはキャットウォーク。
其処から見える構造物は巨大な吹き抜けは天井から下までビル何階分だというぐらいの巨大な高さがある。
巨大ロボの格納庫にも似た雰囲気のそこに収まっているのは、見た感じ螺旋に捻じれる謎の樹木のような構造物。
金属でできているのか光沢があるが、ユウはかつて戦ったドバイの『怪獣』を連想した。
「これは?」
「……記憶の間。
ここに、我が国の国民3億人が眠っています」
「……ん?」
そう言うミアの表情は、悲しげだった。
騎士も目を閉じ、どこか祈るような心地で佇んでいる。
「移民船は可能な限り大きく作られましたが、とても全国民を載せられはしません。
そこで限られた者だけ残し、国民はデータ化されこの樹に保存されました。
来るべき、復活の日に備えて……」
「……」
ユウは、腕を組んで熟考した。
ここは巨大サーバールームだったらしい。
船に乗り切れない人材はデータ化されて、保存されていると。
(……なーんか、引っかかるな)
ユウは己と戦った今までの『怪獣』との共通点を、否が応でも意識せざるを得ない。
───騎士はニューヨークで戦った翼竜の能力である、音波攻撃を持っていた。
───巨大サーバの見た目は、ドバイで戦った樹木怪獣に似ている。
───人間のデータ化はまんま、四国のカメレオン怪獣の能力と同じだ。
(もしかして、『怪獣』ってこいつらが作ったりしたのか?)
ポヨ公は別世界だとか言っていたが、考えてみれば『龍の国』の世界もポヨ公から見れば別世界だ。
ミアの世界から捨てられた……という考えもできなくない。
「ここにデータ化された人たちって……肉体に戻れるの?」
「……いえ、流石にそこまでは無理です。
でも個別に活動用筐体を用意して、現実世界で動かすことはできます。
あれを見てください」
「おお」
ミアが指す先を見ると、そこには人間大の機械人形……ロボットが列を成して歩いている。
流石は『龍の国』とばかりに、そのロボットは尻尾を持つ龍人のような姿だった。
「機械の身ですが、必要に応じて筐体が割り当てられます。
彼らは、船のメンテナンス要員ですね」
「なるほど」
機械とはいえ、後々個別の身体を持てるとは中々有情だ。
自分の身体が持てる希望があれば、データ化にも抵抗は減るだろう。
龍の国の技術なら、かつて自分が葬った『ルクス』に蓄えられたデータももしかしたら……と、思わなくもない。
だが精神衛生上よろしくないので、ユウはそれから先は考えないことにする。
「……龍の国、か」
ミアに案内されるまま見て回ったが、まあ、ユウは同情はする。
世界の消滅に備え、何とか逃げ出してきた可哀そうな国ではあるだろう。
(問題は、これからだ)
過去は大体分かった。
問題はこれから、何をしようとしているのか。
何をイスタスにさせたいのか。
「……大体、今までの流れは分かったよ。
で、これからこの世界で何をしようとしているの?」
「それは───」
続けて話そうとするミアに、突然横から声が掛かった。
「───ここに居ましたか、ミ=ア殿下」
ざ、と。
突然ユウの横に立っていた騎士が膝をつく。
「……ガ=ヘリクト執政官」
其処に現れたのは、壮年と思わしき龍人の男性。
騎士の鎧に、少しだけ金の刺繍が入り豪華になった鎧を着ている。
顔に刻まれた深い皺が、その苦労を物語っているようだった。