能力バトルかと思ったら魔法少女、相手は怪獣 作:ハピ粉200%
竜人とオーロラ・スカーレットの戦闘が続く交差点を望むビルの屋上。
そこから身を躍らせたイスタス(使い魔のすがた)が、『涙虹石』の光に包まれる。
瞬く間に女性ものスーツと白衣がはじけ飛び、黒い光が注がれる。
両手を横に伸ばしたユウの身体にきらきらした光が降り注ぐと上半身から短いマントに覆われ、腕まで2重フリルのついた袖が伸びる。
そしていつもより心なしかフリルが控えめになっており、所々露出が増えている。
背中とお腹が大きく開いたデザインの黒いインナーが下半身まで覆われ、足は左右色違いのニーハイソックスが包む。
首には先ほどの涙虹石が中央にあしらわれたペンダントが取りつき、短めのフレアスカートがふわりと伸びた。髪はすらりと腰まで伸び、燃えるような赤に染まる。最後にタイトな革ロングブーツで足が包まれた。
いつもの白基調だったコスチュームはインナーよりも暗めの色に変わっている。
最後に、目元を覆い隠すマスクと口元を覆う長いマフラーが装着された。
「願いと約束を力に変えて、今私は生まれ変わる」
マスクとマフラーで顔を隠したイスタスが、心なしか声量低めで啖呵を切る。
「───魔法少女、シャドウ・イスタス」
「助けを求めるなら、諦めない限り俺が守る」
手早くいつもの口上を(ぼそぼそと)言い終え、黒いイスタスが大地に降り立つ。
いつもの白ではなく、黒を基調としたコスチューム。
目元を隠した仮面と、口元を隠す長いマフラーがたなびく姿。
───これが、シャドウ・イスタス(使い魔のすがた)である。
この姿は、ヒーロー然としたイスタスとダーティーワークを使い分けるため。
出来るだけ違う姿になりたいとユウが願った結果、この形になった。
まあ、詳しい者が見ればバレバレであるという説もあるが。
それでも別人であるという言い訳に使えるレベルなら、問題ないとユウは妥協したのだ。
黒いイスタスは、今まさにスカーレットへ殴り掛からんとしていた竜人へ蹴りを放つ。
蹴られた竜人は冗談のように空を飛び、ビルのエントランスを突き破って壁に激突した。
突然現れたイスタスに対し、驚いた竜人達が距離を取ろうとする。
しかしイスタスはすかさず、手に持った幾つかの鉄球を指で弾いた。
いわゆる、指弾である。
イスタスの『強化』された筋力で打ち出され、更に重力を『強化』された鉄球である。
重量を強化とは即ち、質量が増えることを意味する。疑似的にだが。
速度自体は環境への影響を考えて(マッハ1程度に)抑えているが、その凄まじい質量により高い運動エネルギーを持つ。
ばすばすばす! と鉄球が竜人達の鱗を貫いた。
竜人達は魔力により各段に防御力を増しているのだが、それを上から貫通する程に。
ユウは竜人達が離れる前に粗方弾き終え、その半数を指弾で打倒した。
ちなみに『強化』能力範囲2mを超えた時点から自重が戻り始める。
なので、有効射程は精々数十mから長くて数百mといったところ。
もちろん『怪獣』相手にはかすり傷にもならない小技であるが、こういう場面では役に立った。
「キサマッ!」
残る5人程の竜人が、慌てたようにイスタスへと飛び掛かる。
イスタスは慌てず半身を向け、半歩ずらすように動いてその攻撃をいなす。
続いて5人が次々と入れ替わり立ち代わりその手を振るう。
しかし、シャドウ・イスタスはマフラーをたなびかせながらそれを躱していく。
当たってやってもいいが、意図的に回避主体で立ち回っているのだ。
ちらり、とイスタスは路地を見やる。
そして、空に砂のようなものをばら撒いた。
───瞬間、閃光が路地を埋め尽くす。
ばら撒いたのは、マグネシウムで閃光は『強化』された燃焼反応である。
一瞬、12万ルクス程の照度まで強化されたそれは瞼の上からでも目を焼く。
竜人達は、致命的な隙を晒すことになった。
「───今だっ!」
黒いイスタスが飛び退く。
それと同時に、オーロラ・スカーレットが待機させていた技を解き放った。
「命の炎をここに……極光の風が万物を穿つ」
<<ヘリオポーズ収束、オーロラ・ストーム照射>>
スカーレットの手から、極光が照射される。
太陽風と似たプラズマの照射。
最低でも5000℃は超えるであろう眩い光が、5人の竜人を薙ぎ払った。
その余波はついでに通りのアスファルトを破壊し、対面にあった商店を融解。
粒子の移動で強烈な電界が発生し、周辺気温が一気に上がる。
電線が所々でショートを起こし、樹上トランスが火花を上げて黒焦げとなる。
エネルギー量自体は少なめだったのか調節したのか、それ以上の破壊を齎す前に光は消滅。
それなりに被害が大きかったが……とりあえず、敵は一掃された。
「……」
黒いイスタスが戦闘態勢を解きながら、スカーレットをちらりと見やる。
そして、背を向けて去ろうとした時───スカーレットが呆然と呼びかけた。
「黒いイスタス……ドノ過去デも見ナイ姿」
「……」
驚いてるのか憤ってるのか、見た事のない表情をするスカーレット。
それを見たイスタスは仮面で隠した目を少し細めた。
「イレギュラーヲ……あタシニ見せルナ……ッ!」
<<ウ・ィ・ス・ク・ム・パ・ワ・ー、キ・ド・ウ>>
「……!?」
はぁはぁ、と息を荒げながらスカーレットがよろよろとイスタスに歩き出す。
その胸元からは、異様なほど溢れんばかりの極光が溢れ出していた。
そればかりか、噴き出した魔力がスカーレットの背後に歪な『0』を描く。
生きているかのような、ドス黒い魔力がスカーレットを包む。
スカーレットのコスチュームにあるベルトが弾き飛び、ひらひらした布が硬質化する。
まるで一回り大きな生物になったかのような、その姿。
スカーレットは血走った瞳で、もがきながらイスタスへ手を伸ばす。
『スタ先輩! なんか、やばめの魔力が増えてるっスよ!』
その時、琴音からイスタスへ焦ったような念話が入る。
(やばめって、何だよ?)
『属性付きの魔力っス! あたしが呪い使う時の魔力みたいな……』
魔女の使う、呪い属性付き魔力。
スカーレットの言った『魔女』への言及。
(魔女に暗示か何か、受けているってところか?)
明らかにスカーレットは正気を無くしつつある。
琴音以外の『魔女』とやらに、操られているかもしれない。
琴音もあの『豊穣の呪い』と『飢餓の呪い』とやらで人や動物を操れるから、その類が怪しい。
「ソノ可能性───ゼんブ燃ヤシ尽クスッ!」
イスタスへ向けて弾丸のように接近したスカーレットが、その拳を振るう。
まるで無拍子のように『おこり』の無いその所作に、イスタスですら反応が遅れた。
「……っ!」
ばしんばしん、と受け流し損ねたスカーレットの拳打がイスタスの身体を揺らす。
(先読みされている!?)
空手の達人かと言うぐらい、スカーレットの動きが洗練されすぎていた。
イスタスのにわか仕込み拳法では太刀打ちできずに食らうしかない。
……まあ、『強化』された防御力の前にダメージ自体は無いのだが。
「落ち着け。こちらは危害を加える気はない。
……と言っても、聞く耳持たないか」
突き出された両手を握ったついでに、イスタスが話しかける。
しかし、スカーレットの目は血走ったまま歯をむき出しにしぎりぎりと噛み締める。
スカーレットは手の皮膚ごと無理矢理掴んだ両手を引き抜き、離脱する。
そして、血を流したままの右腕をイスタスへ向けた。
「喰ラえ……オーロラ・カッターァァァァッ!」
<<刀身形成>>
スカーレットの右腕から零れた血が水平に伸びる。
それはスカーレットの腕を中心にVの字を描き、やがて黒い刀身へと変わる。
あかり───ブラックと同じ、魔力による武器形成。
だが、スカーレットのそれはまるで規模が違う。
左右へ……およそ10mはあろうかという長く分厚い刀身。
ブラックの作成できるものを、明らかに凌駕している。
「……ッ!」
巨大な刀身が街並みを、電柱をなぎ倒しながらイスタスへ向けて飛翔する。
イスタスはそれを片手で抑えながら、上空へ弾き飛ばした。
刀身が落ちてきて町を破壊されても困るので、そのまま『強化』された拳で叩き割る。
イスタスが割ってみた感じ、これまで出現した怪獣にさえ勝るとも劣らない強度だった。
(あまり町を破壊されても不味い。
でも、こいつを上手く抑えられるか……?)
破壊力では比類なきイスタスでも、殺さずに手加減するのは中々骨が折れる。
特にスカーレットの技はどれも、規模がでかい。
まるで怪獣と戦う為に作った技のように。
「人ノ意地ガ、ココロガ……負ケテたマルカッ!
オーロラで未来ヲ照らセ───」
<<魔力核融合開始、オーロラ・リアクター最大出力>>
スカーレットの魔力が収束し、イスタスを捉えているのが分かる。
大技が来ることを確信したイスタスが跳躍し、上空へと逃れた。
少しでも、地上への被害を抑えるために。
「ニュートロン───ビームッ!」
スカーレットの背後に立つ、魔力でできた『0』の意匠が発光し回転する。
そして、強力な磁場でガイドされた光が秒速2万kmという速度でイスタスへ殺到した。
(ニュートロン……中性子ビーム!?)
まるで原子炉から取り出してきたかのような、非常に高エネルギーを持つ高速中性子の束。
人間が被爆したらたちまち身体の水分子と反応し、β線やγ線……放射線を放ちDNAが壊れる。
数秒で絶命に至るの程の暴力的な光線がイスタスを包んだ。
勿論、イスタスの防御力に不備はない。
大気膜や金属等の物体では極端に『小さい』中性子を防ぐことはできない。
なので身体中の水分子の共有結合を意識して『強化』し、中性子を弾く。
しかし弾かれた中性子はスカーレットが展開した磁場に導かれ、偏向して歪む。
そして偏向したニュートロン・ビームは細切れに地上に着弾。
海にまで到達した一部は高エネルギー中性子を水分子と大量に反応し、水柱を上げた。
(不味い! このままだと放射能汚染させちまう!)
内心焦るイスタス。
このまま戦闘が続けば、怪獣が暴れた時に匹敵する被害が出かねない。
『スタ先輩! 町が!』
(分かってるっ!)
スカーレットの技はどう捌いても地上への影響が大きすぎる。
特に中性子ビーム……電荷を持たない中性子は大抵の物質をすり抜けて生物の持つ水素原子に反応し被曝する。
あんなものを振り回されたら、建物なんてあまり遮蔽にもならない。
水分子豊富な分厚いコンクリートなら大丈夫かもだが。
恐ろしい殺傷力に特化した技である。
「こんな場所で使うなっ!」
とにかく、目標である自分が地上から遠ざからなければならない。
イスタスは叫びつつ、懐から取り出したスプレー缶を噴射。
高高度に急速離脱するべく、急加速を開始した。
「フォームチェンジ、V-STOL」
<<アクセプト。ソーラー・セイル展開>>
それを見たスカーレットが、翼が描かれた一枚のカードを嚙み砕く。
その背から2対の翼が展開。
セイルに照射された太陽風で加速し、イスタスを追う。
スカーレットの翼が生む加速力は、イスタスが見た前回よりも更に早く見える。
最初こそ噴射で距離が開いたが、容量が先細るに従って距離が近づく。
スプレー缶の噴射力を『強化』しただけのロケット推進力では、捉えられてしまうだろう。
しかし……今度はイスタスも無策ではない。
「こっちもあるぞ。今回はな。
アポジキック・スラスター……ツールコネクト」
<<ツール接続、PIDコントロール開始>>
ポヨ公が新たに作成したイスタス専用強化ツール第一弾。
まだ試運転すらしてないが、この状況では使わない手はなかった。
イスタスがポヨ公に渡された強化ツール───翼が描かれたカードが光る。
そしてイスタスの全身に光が分散し、コスチュームに光る粒子を持ったスラスター・スリットが生まれた。
イスタスの腰部左右に、特に大きな『メイン・スラスター』が生まれ光を放つ。
そして、さっき以上のスピードでイスタスの身体が加速された。
「……とッ!?」
近づいてたスカーレットが目を見開く。
急激に加速したイスタスに驚いたため……だが、それだけでもない。
加速で外乱入力が狂ったPID制御が暴れ出し、イスタスが飛びながら上下に激しく振動し始めたからだ。
「P(比例)制御、0.03にダウン!
D(微分)制御も0.1ダウン……もっと、0.2ダウン」
全身スラスター分の制御合計値を可視化した数字を、飛びながら調整する。
細かい分析をする暇はないから、イスタスの感覚だけで振動を抑えるしかない。
このスラスター自体は、その名の通りアポジキック───遠点投入用軌道修正スラスター。
元々地上から宇宙まで持ち上げるエンジンとは違い推力は小さいが燃料効率のいいエンジンである。
しかし今はイスタスの『強化』能力で推力を上げて吹き飛んでいる。
そのため、強化具合でPID制御値が変動する……という、面倒くさい特性がある。
解消するには兎に角時間を掛けて、データを収集するしかない。
今はそんなことをして居る時間がないので、イスタスがカンで調整する。
しばらく数字を上下して何とか安定方向に持って行けくことはできた。
だが、安定したということはスカーレットから見ても『狙いやすい』という事でもある。
「あタシノ拳デ、墜チロ。
オーロラ・スマッシャー……パァァァーンチッ!!」
<<1番、2番、射出>>
イスタスの振動が収まったのを見て取ったスカーレットから、攻撃が飛ぶ。
スカーレットの両手の先に構成された巨大な拳……の、ような物体が。
激しく魔力の炎を噴射しながら、イスタスへ向けて小刻みに誘導されている。
(誘導弾か、厄介だな)
イスタスへのダメージという意味なら、もちろん問題ない。
だがPID制御での飛行中に余計な外乱を受けると、たちまちバランスを崩す。
高速な中性子ビームよりも質量攻撃を狙ってきたという事は、スカーレットもそれを意図している。
「……このッ!」
どかん、とイスタスはメインスラスターの推力強化値を引き上げる。
細かい誘導で振り切れないのであれば、速度で振り切るよりない。
魔力から推進剤を用意できるメインスラスターを、遠慮なく『強化』。
断熱圧縮の炎を引きながら加速したイスタスは既に成層圏を超え、中間圏……高度50kmを超えようとしていた。
その速度は既に7.7km/s、つまり第一宇宙速度まで近づいている。
大気密度が非常に小さく、-100℃以下にまで下がる人間には厳しすぎる環境。
しかし、イスタスはともかくスカーレットも負けじと加速して追尾していた。
流石に誘導弾は、イスタスの加速に付いてこれずに落ちたが。
(粘るな……このまま宇宙で根負けさせれば、穏便に捕まえられるか?)
まだ大気圏ではあるが、既に通常ジェット機では難しい高度。
スカーレットもイスタス程ではないが徐々に加速しつつあり、その高度を上げている。
『極光石』に単独での大気圏脱出能力があるとは、少し驚きである。
『スタ先輩、ポヨさんから伝言っス。代わりまーす』
「出たか、分析はどうだった?」
電話変わりますみたいに気軽にテレパシー相手を切り替える琴音。
それは置いといて、イスタスはポヨ公の話に耳を傾けた。
『聞こえるポヨ? ラ=グラリアから詳細を聞いたポヨ。
『極光石』に対して魔力切れは期待しない方がいいポヨ』
「どうしてだ?」
製造元(アル=ラツェルト)がまだ居たのは幸いと言うべきか。
居候であるラ=グラリアから情報を得ることができる。
しかし、手に入った情報は中々に厳しいものであった。
『『極光石』は『燃料自己精製型核融合炉』……つまり、無限動力炉なんだポヨ』
(ええ……)
あんなちっちゃい手の平サイズで核融合炉とかウケる。笑えないけど。
『涙虹石』の後継機というだけのことはある。
『いや、『涙虹石』が負けてる訳じゃないポヨ!
原理的には『涙虹石』の方が高度なんだポヨ!』
「それはいいから、要点だけ教えてくれ」
必死に『涙虹石』を持ち上げるポヨ公を宥めつつ。
少しでも役立つ情報が欲しいイスタスは、話を促した。
『魔力を生成する方法は2種類あって、一つは星の核融合。
『星の輝き、生み出す』と言う概念が魔力を生み出すんだポヨ。
『極光石』が使っているのはこっち』
魔力生成方法の違いによる、二つのリアクターの違い。
初めて聞いた話だったが、イスタスは腑に落ちた。
特に、『極光石』が核融合炉ってことに。
さっきからスカーレットの使っている技は大体、核融合炉で生成される副産物ばっかりなのだ。
魔法で奇跡や呪いを起こして~な琴音タイプの方が意味不明まである。
『もう一つが、高次元に存在する『波』と言うエネルギーの塊。
これをポヨ達の次元まで引き落とした際の相転移で生まれる魔力。
これを利用したのが、『涙虹石』だポヨ』
(つまり、核融合エンジンと相転移エンジンの違いってところか)
原理で考えれば確かに『涙虹石』の方がわけわからん。
でも、エネルギー収支常時+なところはオーロラ・リアクターの方が良い。
安定性と汎用性が高くて量産できるって、流石ガ=ヘリクト。いい仕事してますねー。
「つまり……このままだと、あいつは暴走しっぱなしか」
『それについてなんスけど……。
さっきから『飢餓の呪い』系統の匂いがスカーレットからぷんぷんするんスよね』
「お仲間か?」
魔女云々の関わりがあるのは、スカーレットの言動からほぼ確実。
心の片隅に後輩を疑う心があるのを感じながら、聞いてみるイスタス。
『この世界に『魔女』はもうあたし一人だけ。
だから多分……『別の世界』から来たんじゃないかなーと』
「そうか……」
琴音の言葉を吟味しつつ、相槌を打つイスタス。
多少の怪しさは、これまでの貢献を考えれば飲み込むことにした。
『で、ですよ。呪いには呪い返し。
『飢餓』には『豊穣』の呪いで返してあげるのが一番。
スタ先輩、ちょっくらスカーレットに何か精神的なショックを与えてくださいっス』
「精神的なショックって?」
ちらりと彼方に点と見えるスカーレットを見やる。
あの怪物のようになったスカーレットに精神的ショックとは難しそうだ。
『なんでもいいんスけど、呪いって所詮暗示みたいなもので。
びっくりしたー、とか、ドキドキしたー、とかそういう気持ちを切っ掛けに発動するんス』
「でもな……あれだけ暴走してたらなんかもう、なにも驚きそうにないぞ?」
殴る蹴る、ひっぱたいた所で敵愾心を少し煽るぐらいだろうか。
最悪、特異点を見せたところで無視して突っ込んできそうな『気概』がある。
『うーん……こうなったらスタ先輩。
スカーレットと“キス”して下さい』
「キ……え?」
あっけらかんとした声でそう言う琴音に、イスタスは思わず聞き返した。
『粘膜的接触というか、電気的接触というか。
乙女心的なショックを使って強制的に『豊穣の呪い』の因果を結ぶんスよ。
呪いの内容的にポジティブな方がいいんで』
「えぇ……」
まさかここで奇跡の作戦、キスか。
思わず飛行制御の手が狂いそうになったが、何とか立て直すイスタス。
「今、女の身体だぞ?女同士で乙女心も無いだろ」
『このままだと無駄に地球をぐるぐる回るしかないっスよね?
やってみる価値はありますぜ!』
まあ委員長を殺さずに取り押さえるには、現状それ以外のプランはない。
琴音のテンションには妙に腹が立つが。
いつまでも電離層を超えて飛行していると、各国の防空レーダーにご迷惑がかかる。
多分弾道ミサイルと勘違いした迎撃部隊にスクランブルが行ってるだろうし。
(……やってみる、か?)
イスタスはぎゅっと拳を握り、腰部メインスラスターをぐいと反転。
そして逆噴射を掛け、接近するスカーレット目掛けて減速を開始。
ここまで高速な物体同士のランデブーはかなり難しい。
しかし、スカーレットの軌道修正機能が優秀なのが幸いした。
右拳に凶悪な刃を形成して突っ込んでくるスカーレットに、狙い過たずイスタスが衝突。
襲い掛かる右手をいなし、両手でがしっと抱き着いた。
「ハナセ……ッ!」
「離さない。少しだけ聞いて」
「聞クコとなドナイッ!」
案の定暴れまわるスカーレットを抑えながら、ごつんと額をぶつける。
空気密度がめちゃくそ低いので、骨伝導で話をするのだ。
高度33333mのネ〇ロイよりも高い高度である。まだギリ空気はあるが。
二人の前髪を絡まらせながら、イスタスが口を開いた。
「あかりを……守りたいんでしょ?」
「ッ!……」
スカーレットの顔が引きつったように見えた。
イスタスはすかさず、たたみ掛ける。
「あかりってさ……不憫よね。
運命があいつを殺しにかかってるのか……ってぐらい」
「そう……だから私は」
七井土あかりの性質、性根。あと運命とか。
多分、世界が変わっても変わらないであろうそれ。
そこに引き付けられたのは、イスタス……三上ユウだけではない。
「お───私もそう思ってた。思ってたんだけど……あいつは自分の足で立ったの。
私たちと肩を並べてさ。ガ=ヘリクトを討ち果たしたのよ?」
「……だが、それがどうした。
あとどれだけの厄災が残ってると思ってる。
あと一月もしない内に……早く戦力を集めないと」
ぽつぽつと話すスカーレットからは、少しだけ理性が戻ってきたようにも見える。
巌のようだった形相で、その瞳には涙が浮かんでいた。
「きっと、苦労するんでしょうね。
でも……あいつが必死になって生きようとする姿。
あいつの背中って、結構好きなんだよね」
「……」
正直スカーレットの話は気になるところがあったが……。
今は素直な気持ちをぶつける。それが、一番スカーレット……委員長に響くんじゃないか。
そう、思ったのだった。
「きっとお前も、それが……好きだったんじゃないの?
それを見たかったから、ここまでしてるんじゃないの?」
「……」
沈黙、それがスカーレットの答えだった。
「あんたを見てると、昔の自分を見てるみたい。
助けたいって気持ちだけで突っ走ってるっていうか……」
イスタスは苦笑しながらスカーレットへ語り掛ける。
過去の自分、突っ走っちゃった自分に対するように。
「でもさ、今のあかりは多分、もう……大丈夫だと思う。
だから……少し肩の力を抜け。
あんたの、自分自身を振り返ってみろ」
「ジブン……自身?」
ガ=ヘリクトによりこの世界は滅びの危機に陥った。
あかりへの仕打ちも中々だが……でも、感謝していることもある。
彼のおかげで、あかりは誰かのために立つことができるようになったのだから。
そして、スカーレットについて。こいつ実はイスタスそっくり。
何かと思えば自分の相似。少し力の足りない三上ユウ。
ただその諦めない心は、イスタスには無いもの。
そう思えば、何だか可愛く思えてくるから不思議であった。
「眉間に皺が寄りすぎて、スゲー形相。
せっかく可愛い顔が、台無し?」
「!?……わたしなんか、関係ない」
スカーレットの血走った瞳が見開かれる。
それなりに精神的ショックではあったようだが……まだ弱かった。
イスタスは少しだけスカーレットを抑える手を緩め、改めて柔らかく抱く。
「そんな事ない。全然まったくない。
頑張って人を助けようとしてるのはいい。
でも助ける側が擦り切れてたら、結局助けられる側が悔いてしまう。
あんたの姿、あかりが見たら絶対に悲しむ」
「……」
力が緩んでも、スカーレットは暴れなかった。
イスタスは右手でマスクを外し、口を覆うマフラーを下げる。
そしてスカーレットを真正面に捉えて言う。
「だから眉間の力を抜いて、頬がガサガサだからファンデーション塗りなさい。
コンシーラーで隈を消しなさい。
そんで───」
スカーレットの頬をイスタスの右手が撫でる。目尻をなぞる。
そして口の端を少しむにっと摘まんだ。
「ちょっとだけ、自分を許してやれ」
「!? ……」
───イスタスと、スカーレットの唇が重なった。
スカーレットの瞳が大きく見開かれ……。
唇を通して、琴音がかけた『豊穣の呪い』がスカーレットに流れ込んだ。
スカーレットへ、そしてイスタスにも因果の光が溢れるのだった。