能力バトルかと思ったら魔法少女、相手は怪獣 作:ハピ粉200%
『怪獣』二体同時出現、しかもドバイとニューヨークに現る。
それはユウが考えていた防衛構想とは全く異なる状況であった。
空き地にある次元の穴の残り香に向けて進行する怪獣を迎え撃つ迎撃戦と想定していたら、世界各地に現れる怪獣を遠征して倒さなければならない。
それは普通の学生生活を送る三上ユウにとって大変負担の大きいものであった。
「明日祝日とはいえ……え、今から36時間以内に2体倒さないといけないわけ?遅刻しないために」
数字にしてみると、かなり時間がない。
場所的にも2か所は正反対であるから、ほぼ地球1周コースとなるかも知れない。
「やっぱり手が足りないポヨ……」
「……ああ、そうだな。前言撤回する。
今、仮に七井土あかりを魔法少女にしたとして、どのくらい戦えるんだ?」
「うーん……固有魔法もまだ分からないし、未知数ポヨ。
感覚的には前回のイスタスが戦った時、最初に変な力を纏ったぐらい……にはなると思うポヨ」
「『強化』×32倍か……」
低めの平成〇イダースペックに相当する。
特撮怪人みたいな相手には戦えるが、怪獣を相手にはできないレベル。
うーん、とユウは使い道に迷った。
これから成長するのかも知れないが、今は成長を待っている時間もない。
付いて来させるにも海外は遠すぎる。
「……まだこの2体と戦わせるには早すぎる。
まず、俺がこいつらを倒してから育成プランを考えよう」
「わかったポヨ。
まあ、彼女はもうどちらにしろ『魔法少女』ではあるポヨ。
戦うべき時が来たら、彼女は自分でそれを選ぶと思うポヨ」
運命論的なセリフを吐くポヨ公を脇に見ながら、ユウはため息をついて遠征プランを練ることにした。
「まずどっちから先に片づけるか……鳥かな」
「どうしてポヨ?」
「見るからに機動力が高いからな。
今はニューヨークに留まっているが、時間が経てば被害が拡大しそうだ」
翻ってドバイの樹木は移動力が低そうだ。
あまり迷っても精神衛生上良く無さそうなので、ユウはすっぱり決めた。
「次はどうやって移動するか。当然ながら航空便は全便欠航。
船で行くとか時間が掛かり過ぎてだめだ。
となると……『飛ぶ』しかないか」
「ユウは飛べたポヨ?」
「多少強引だがな。
『重力』をマイナスに強化してバランスを傾斜させるか、何か手持ちの『推力』を強化すれば飛べんこともない」
ユウは手提げカバンから手持ちの制汗スプレーを取り出した。
スプレーのか細い噴射力も、ユウが『強化』すれば立派な推力になる。
「ただ制御が難しくてな……飛ぶだけならそれでいいが、まっすぐ飛ばすのと減速がえらくムズイ」
「やったことがあるような言い方ポヨね?」
「もちろん試したことがある。
誰だって比較的安全に空飛べると分かったら飛びたくなるだろ?
……毎回減速をミスって海にダイブしていたがな」
ユウ若かりし頃(小学生)の黒歴史である。
ちなみにダイブという表現を使っているが、実は一度秒速1kmを超える速度で突っ込んだこともある。
かなりえらいことになって、海底火山の噴火か?と調査船が派遣される事態になった。
これが陸地であれば大惨事だった。
「そんなので大丈夫ポヨか?」
「昔よりは制御の腕は上がったさ。
……まあ、着水地点に船とかいないことを祈る」
ポヨ公の疑いの視線を受けながら、ユウは力こぶを見せた。
「あとは……そうだな。空飛んだらまず間違いなく迷う。
地図とか全くあてにならん。geegleMAPのGPSとか使えたらいいんだが……いや、GPSは使えるな」
オフラインでもGPSであれば使えるはずだ。
ユウはいそいそと地図をダウンロードしておく。
「そうなると、考えられるルートは三つ。
①低高度で陸地伝いに飛んでいくルート。
②高度1万あたりをGPS伝いで飛んでくルート。
③最初に方角を定めて弾道飛行するルート」
ユウはぴしっと三つの指を立てた。
「どう違うポヨ?」
「①は迷いにくいが、到着が遅い。
千島列島から……そうだな、カムチャッツカ、アラスカ、バンクーバー、ロッキー山脈を越えてニューヨークまでアメリカ大陸横断だ。
もしGPSが使えなくても紙の地図見ながら飛べる利点がある。
ただ雲の下の高度を維持するから、せいぜい900km/hぐらいしか速度が出せん。
たぶんニューヨークまで20時間以上かかるんじゃないか」
あまり低高度で無理やり速度を出そうとすると、断熱圧縮で火の玉になる。なった(2敗)。
空気抵抗を『強化』で無理やり抑え込んでいる関係上、飛行機より圧倒的に小さいにも関わらずうまく速度が出ないのだ。
世の中の航空機設計者はすげぇなとユウは改めて感服したものだった。
「②の場合は直線距離で飛ぶから、①より早く付ける。
ニューヨークまで10000kmだとして、音速まで行けるから約8時間ぐらいか」
「2倍以上速いポヨ」
「GPS便りだから、もし使えなかったら高度を落として地図見ながら行くしかないがな」
世の中の旅客機と同じルートを飛ぶ。
下手したら謎のフライングヒューマノイドとして見つかる可能性もあるか。
「③はもっと高度を上げて速度を出す。うまくいけば30分ぐらいで到着する」
「じゃあそれにするポヨ」
「でもそれは秒速3kmとかとにかく速度が出せるから早いんだ。
高高度のジェット気流やら推力のズレで出る誤差をGPSで修正しながら飛ぶが、
下手したら目標地点から5000km以上離れてもおかしくないぞ。
俺はΔVの計算とかしたくないし、スプレー缶の『強化』倍率からΔVの計算とか頭がおかしくなる」
ユウがよく遊ぶ緑君を宇宙に飛ばすゲームでも、MOD無しでは正確に弾道飛行させて着弾させるなんて不可能に近い。
その難しさをユウは自身で体験していた。
「じゃあどうするポヨ……」
「うーん……いや、そうか。
一度地球周回軌道に入れてからアメリカ大陸を目視して、減速を掛けて行けばいけるか……?」
第4の地球周回軌道案は、弾道飛行に比べれば誤差修正がやりやすい点で優れていた。
計器なんか無い以上、GPSと自分の眼で見ながら降りるしかないのだ。
多少時間はかかるが、再突入をミスらなければ1~2時間で行けるかもしれない。
「問題は感覚だけで地球周回軌道に入れるか、か。
弾道飛行もそうだが……下手したら永久に地球に帰れなくなる」
ユウはまだ考えることを止めたくはない。
減速材(スプレー缶)は大量に持っていくしかないだろう。
重力制御も地球上からの距離に比例して弱くなるため、これまた制御が難しい。
「飛ぶ方法はこれとして……あとは『怪獣』対策か。
勘弁してくれ……考えることばっかりで頭が痛くなってきた」
「がんばるポヨ」
「おめーも頑張るんだよポヨ公!」
途中から話に飽きたのかポヨ公はテレビを点けて生返事を返す。
知恵熱が出そうなユウは思いっきりポヨ公の四つ耳を掴んでぶんぶんと憤りのまま振り回した。
「もういい、初手『特異点』で速攻で倒す。
これしかない」
「飛んでる相手に当てられるポヨ?」
「そこなんだよなぁ……」
攻撃力だけ見れば絶大なユウの必殺技『特異点』。
しかし今度の相手は大空を舞う鳥となると、ユウに当てられる自信が無かった。
前回は悠々と地上を歩く怪獣で、しかも自分が無視されていた為に集中できたのだ。
「重力崩壊点まで圧縮しないで爆発力を取り出せば、それで広範囲にダメージは加えれるけど……周辺の被害もかなりでかい」
そんなのは大量破壊兵器と変わらない。
範囲が広すぎてγ線制御もできないから、ニューヨークは死の都市と化すかも知れない。
「やはり鳥が止まっているうちに奇襲で倒すか、駄目なら接近戦で倒すしかない。
作戦名『初手強く当たって後は流れで』だ」
「八百長みたいな名前ポヨ」
「お前本当に妖精か?実はマイクとスピーカーでどっかから喋ってないか?」
ユウはポヨ公を上に下にひっくり返しながらチャックと機械を探したが、見つけられなかった。
「ドバイの方も同じ手順だな。樹木型なら『特異点』をぶち当てるのは容易だろう。
変な特殊能力が無ければいいが……」
「当然ポヨが、ただの大きな樹ぐらいで次元のはざまに捨てられるわけないポヨ。
絶対変な力を持ってるポヨ」
「だよなぁ……」
ティラノもどきにレーザーと超回復力があったように。
ユウとポヨ公は揃ってため息を吐いた。
「最後に連絡手段だ。
ポヨ公、PC使えるか?固定電話でもいいぞ」
「ぴーしー?ってのはまだ自信ないポヨ。
でんわなら覚えたポヨ」
ポヨ公は受話器をがちゃがちゃさせながら、肉球でポチポチボタンを叩く。
四つ耳のどこで聞いているのか知らないが、使えるのなら都合がいい。
「まじかすげぇな。
じゃあ、俺のスマホの携帯番号を渡しとくから、何かあったらかけてくれ。
でもアメリカ到着してからじゃないと掛からないからな。
テレビ見て必要ならかけてくれ」
「分かったポヨ」
「……でも極力かけるなよ。
発信履歴を探られたら俺の素性がバレる。
それ以外に手が無いって場合の最後の手段と考えてくれ」
もし通話履歴を遡られた場合、アメリカの基地局経由であることがばれるだろう。
まあ、使わないに越したことはないが、緊急時なら仕方がない。
「わかったポヨ。ユウは頑張ってくるポヨ」
「はいよ。果報は寝て待ってろよ」
ユウは遠征準備のため、二階へ上がっていくのだった。
──────────────────────────
あの後コンビニを回って制汗スプレーと殺虫スプレーを買い集め、リュックに詰めたユウ。
パンパンに膨れたそれを担ぎ、片手に地図をダウンロードしたスマホ。
すでに変身済みで魔法少女の姿となったユウ───魔法少女イスタスは空を見つめたのだった。
時の頃は既に宵の口に入り、すっかり暗くなった街中でぽっかり空いた空き地。
すっかり慣れた魔法少女のコスチュームは少し浮いているように見えなくもない。
しかし一人と一匹は決意を持ってここに立っていた。
「……はぁ、怖いけどやるしかないよな」
「最終チェックするポヨ」
ごそごそとリュックから出て来たポヨ公が荷物を点検する。
残念ながらポヨ公は連れていけない。
ユウの『強化』は自分以外の生物には適用外なのだ。
「じゃあ、打ち上げ前の最終チェックだ。
……ブースター」
「GOポヨ」
『加速用』とマジックで書かれたキン〇ョール缶を確かめてポヨ公が返事する。
「逆噴射」
「GOポヨ」
同じく『減速用』とマジックで書かれたキン〇ョール缶を確かめてポヨ公が返事。
「燃料」
「GO、フライトポヨ」
缶が合計7本入っていることを確認。
「誘導」
「誘導GOポヨ」
イスタスはスマホにダウンロードした地図上にGPSが機能していることを確認。
「医療」
「GOポヨ」
買ってきた絆創膏やら包帯がバッグに詰め込んでいるのを確認。
「環境」
「GOポヨ」
イスタスの『気圧強化』により1気圧が維持できることを確認。
有害宇宙線対策の強化具合も問題ないことを意識して確認。
「航法」
「GOですポヨ」
geegleMap上の移動ルート設定を確認。
「ネットワーク」
「GOポヨ」
スマホのアンテナを確認。まあ、すぐに無くなるが。
「回収」
「GOポヨ」
減速後の回収パラシュート……なんてものはない。
後は自力で頑張る必要がある。なんでGOかって?うるせぇGOだ。
「交信」
「GOポヨ」
ポヨ公が固定電話に張ったスマホの電話番号を確認。
「打ち上げ準備完了ポヨ」
「よし行くか。重力『強化』-2倍
───魔法少女イスタス、宇宙へ!」
静かにすっと浮き上がるイスタス。
落としたボールが静かに落ちていくように、暗い空へイスタスが溶けていくのだった。