能力バトルかと思ったら魔法少女、相手は怪獣   作:ハピ粉200%

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つづき


第八話 始まりの魔法少女、後輩を育てる

 ───朝の教室。

 

 麗らかな小鳥の囀りと共に登校した三上ユウは、巨大なあくびを噛み殺しながらうつらうつらとしていた。

 原因は言うまでもなく寝不足。

 弾丸世界一周怪獣討伐ツアー(1日コース)による徹夜明けである。

 怪獣のせいとはいえ、こんな生活をしていたら三上ユウは死んでしまう。

 

 人手不足解消のためには、早いところ後輩となる『魔法少女』を増やすのが近道だろう。

 しかし───と、ユウは通路側の席を見やる。

 

「……」

 

 そこには朝からどんよりオーラを巻き散らし、机の一点を見つめたまま微動だにしない少女がいた。

 俯いて長い髪で横顔を隠した少女の表情は、ユウには窺い知れない。

 しかし彼女が全身から発する澱み、のようなもので教室内の雰囲気は最悪だ。

 いつも窓越しに話している友人でさえ今日は一言挨拶しただけで、そそくさと去っていく。

 

 彼女こそ(ポヨ公に)選ばれし二人目の『魔法少女』、七井土なないどあかりである。

 

 魔法的なあれこれはユウには分からなかったが、適性的には高いそうで、三上ユウより上だそうだ。

 怪獣と戦わせるには早いが、鍛えればドバイで現れた樹木型怪獣みたいなのであれば十分活躍できそうだ。

 まあ、彼女はそれ以前の問題だが……。

 

「……」

 

 七井土あかりは先日謎の珍獣ポヨ公の脅迫により、強制的に『魔法少女』として戦うことを承諾させられた。

 彼女の心臓は『涙虹石イーリス・リアクター』───魔法少女の力の源となっている。

 一度空き地で心臓を穿たれ、『涙虹石イーリス・リアクター』の力で心臓を再現している彼女は、魔力が切れたら心臓も消えてしまう。

 自分の命そのものとも言える『魔力』を削って戦え、とはさすがのユウも言い辛い。

 

 それに何より三上ユウはメンタルセラピストでも、凄腕の教官でも、ましてや彼女の親兄弟でもない。

 なんと言って『戦え』と焚き付ければいいのか、皆目見当が付かなかった。

 

(うーん……でもまぁ、最低限鍛えたほうがいいよな)

 

 あかりを積極的に戦わせる気は、今のところユウにはない。

 しかし世間は大怪獣時代。

 どこでレーザーを吐く恐竜やら、鳴き声で分子にまで分解してくる翼竜やら、頭のおかしい四つ耳の畜生やらが現れるか分かったものではない。

 実際彼女は一度襲われている上に、下手人はまだどこかに潜伏してもいる。

 

 この状況で勝手にどうぞ、と見放すほどユウも鬼ではないのだ。

 自衛できるだけの実力が付くまでは、面倒を見る覚悟である。

 

(でもやる気なんて出ないよね、そうだよね……)

 

 三上ユウは彼女の難易度の高さに、内心ため息をつきながら眠気に任せて机に突っ伏した。

 

(あ、そういえば空き地呼び出しの件、何か訊くの忘れてたな……)

 

 会ったら訊こうと思っていたが、既に眠気の勢いがすごい。

 全身を包むだるさで起き上がる気を無くしたユウはそのまま夢の世界へ旅立って行くのだった。

 

 

──────────────────────────

 

 

 放課後。

 『魔法少女イスタス』は自分名義で『七井土あかり』宅に招待状を送っていた。

 内容は言わずもがな、今後の活動についての打ち合わせである。

 『魔法』を使う関係上、人目につかない所が望ましいと探した結果、廃れた街はずれの神社の境内が密会場所と相成った。

 

「大変、申し訳ございません」

「え……」

 

 初手、階段を登って参道に現れた七井土あかりへ、変身済みの魔法少女イスタスはポヨ公を掴んで現れた。

 そしてポヨ公を手で地面に押さえつけて土の味を堪能させながら、魔法少女イスタスは早○女流奥義、猛虎落地勢ただの土下座の構えを取る。

 戸惑う七井土あかりに構わず、イスタスは優に1分は頭を下げ続けた。

 

「……この珍獣の言った事は、とりあえず忘れていいわ。

 『涙虹石イーリス・リアクター』は差し上げます。

 あなたの心臓を無理やり取り上げることは、私がさせません」

「……はぃ。その……分かりました」

 

 許しを貰い、ぱらぱらとほこりを払いながら立ち上がるイスタスを、怯えた瞳で見る七井土あかり。

 二人の身長差で見上げる格好になったあかりは、生来いじめたくなる容貌である。

 軽く咳払いして気を取り直したイスタスは、『女言葉』を意識しつつ話し始めた。

 

「で、その上で聞くけど……。

 あなた、やっぱり『魔法少女』やった方がいいと思うわ」

「え……」

 

 これで魔法少女にならなくて済むかな、と安堵したであろうあかりへイスタスは容赦なく切り込んでいく。

 あかりはイスタスの手のひら返しに目を見開いて手をぐーぱーさせた。

 

「少なくとも、自分の身体がどうなってるのか知って、自衛できるまでにしないと。

 不幸な目に会うことは想像に難くない。

 ……自分でも分かってるでしょ?」

「……」

 

 胸の下で手なんぞ組みながら、妙に威圧的なモデル立ちをしてイスタスは言う。

 女性の立ち方なんぞ分からないので、この前見たグラビア雑誌の立ち方をマネていたのだ。

 ちなみにあかりは『動きやすい服装で』と書いたせいか芋ジャージである。

 バリバリに魔法少女としてふわふわ、ふりふりの衣装をキメているイスタスからの圧により、あかりはますます俯いた。

 

「別に取って食いはしないわ。

 それに『魔法』が使えたら現代で再現できないようなことだってできるかもしれないのよ?

 少しでも好奇心があるのなら、ちょっとだけ齧ってみてもいいんじゃない?」

「……」

 

 イスタスは頑張って片目を瞑ってウインクなどして見せる。

 我ながらどういうキャラ造形だとイスタスは内心突っ込みながら、何とか警戒心を解く努力をした。

 

「……はい」

 

 か細い声であったが、あかりは肯定の返事を返した。

 投げやりな中にも少しだけポジティブなニュアンスを感じ取ったイスタスは、目を細めて微笑んだ。

 

「よし。じゃあまず、私たちのスタンスから説明しましょう」

「スタンス?」

「ええ。

 私たち『魔法少女』は怪獣に対抗できる戦力として世界中から認識されているわ。

 だから、私たちの正体は厳重に秘匿しないと平穏な生活なんて送れなくなっちゃう。ここまではいい?」

「はい。聞いています」

 

 イスタスの力は魔法とは実は一切関係ないのだが、そこは黙っておく。

 イスタスの脳内Need to Know的には『強化』能力について一段上の秘匿レベルなのだ。

 

「正体がばれないため必要な心掛け。

 変身前を見せない、名前を出さない。

 そして変身前と後に繋がるような接点を持たないことが大切。

 もちろん友達、恋人、親兄弟、親類縁者もそれは同様になる。

 結構、きついと思うわ。それは守れる?」

「……はい」

 

 それなりに決意の感じられる声音だったので、イスタスはそのまま続けた。

 

「よし。

 じゃあ、ポヨこ……ポヨちゃん、あかりちゃんに変身について教えてあげて」

「分かったポヨ!」

 

 土ペロしていたポヨが元気よく飛びあがり、イスタスの肩に乗る。

 イスタスには慣れてきたあかりも、四つ耳の畜生はまだ怖いのか露骨に視線を下げて警戒した。

 

「変身方法は簡単ポヨ!

 涙虹石イーリス・リアクターを手で翳して『変身したい』と強く願うだけポヨ!」

「彼女は心臓が涙虹石イーリス・リアクターになってるけど?」

「あ、そういえばそうポヨね」

 

 思わず突っ込んだイスタスは、ジト目でポヨ公に疑惑の視線を向けた。

 またやったかこいつ?

 

「……まさかとは思うけど、変身の度に自分の心臓を自分で抉りだせとか言わないわよね?

 最終回のガン〇スターじゃあるまいし」

 

 切腹よりレベル高いセルフ心臓摘出をやるとはなかなか頭おかしい。武士かな?

 ほら、あかりは顔を真っ青にして震えている。

 

「そんなこと必要ないポヨ。

 ただ変身したい、敵を倒したいと強く願えば、涙虹石イーリス・リアクターは出てくるポヨ。

 それで変身するための聖唱が頭に浮かぶから、唱えるポヨ」

 

 あからさまにほっとした表情であかりが息を吐く。

 ブラッディな変身方法にならなくて一安心である。

 

「じゃあ、あかりちゃん。やってみてくれる?」

「分かりました」

 

 あかりは左胸に手を置きながら、目を瞑って考える。

 

(変身したい……変わりたい……あたしも、強くなり、たい)

 

 それはそれなりに、あかりの本音であった。

 今までの人生でいつも一歩も二歩も下がってきたあかり。

 彼女は生来『視線』に敏感で、うまく活用できれば気が利く人間として振る舞えたかもしれない。

 しかし失敗を恐れる心が引っ込み思案とさせた。

 悪意の視線を向けられるのが怖かった。

 

 はっきりしない態度が悪化し、9ヶ月前に女子グループからのちょっかいが悪化しいじめにまでなっている。

 それは途中で『三上ユウ』の乱入により解消されたが……。

 

(三上君みたいに、いや、三上君と話せるように、なりたい!)

 

 目を閉じて集中し、千路に飛ぶ思考の中で、あかりは自らのやるべきことを自覚した。

 そのためには、『魔法少女』になることでできるかも知れない、そうも考えた。

 むむむ、と顔を一生懸命しかめながら考え続ける事10分。

 

「……石も、言葉、も、浮かびません……」

「うーん……」

 

 しかし無慈悲にも、変身はできなかった。

 

「ポヨちゃん、どうして変身できないかわかる?」

「だから言ってるポヨ。

 変身したい、敵を倒したいと強く願えばいいだけポヨ」

「傍目にも、彼女はそう考えているように見えるけど?」

 

 イスタスの見立てでも七井土あかりの決意は本物だ。

 ここまで引っ込み思案な彼女の頑張りには内心驚いてもいた。

 何が彼女をそうさせているのかと。

 

「優先度の問題ポヨ。

 涙虹石イーリス・リアクターが待機状態から変身するイスタスと違って、あかりは『心臓』として先に動いているポヨ。

 だから心臓としての機能よりも優先度を上げて願うだけポヨ」

 

 イスタスとあかりは二人、顔を見合わせてクエスチョンマークを飛ばした。

 

「……つまり、どう願えばいいんだ?」

「さっきから言ってるポヨ。

 自分の心臓なんていらない死んでもいいから、変身したい、敵を倒したいと強く願えばいいだけポヨ」

 

 武士かな?(2回目)

 なんだろう、人間に達成出来無さそうな条件出すの、止めてもらっていいですか?

 てかむしろ物理的に抉り出すよりある意味ハードル上がってないか?

 あかりは再び顔を真っ青にして震えだした。

 

「……死んでもいい、という覚悟を持たないと、あかりは『魔法少女』になれないってこと?」

「そうポヨ」

 

 武士だったわ。

 え、現代のJKに武士メンタルを持たせないといけないの?

 ハードル高けぇなおい。

 

「……」

 

 無言であかりへ振り向くと、彼女は絶望の表情で目のハイライトをOFFにしている。

 引っ込み思案な彼女なりに勇気を振り絞った結果が、コレか。不憫なやつよ。

 彼女の決意を踏みにじりおってポヨ公め。お前死生観おかしいよ……。

 

「うーん……でも、どうしようかしら」

 

 流石のイスタスもこれは予想外だった。

 七井土あかりが変身するために必要なのは、薩摩武士めいた決死の覚悟。

 そんなもの一朝一夕で身につく筈がない。てか、現代人に可能か?

 

「無理矢理心臓を取り出す方なら、優先度関係ないポヨ」

「お前は少し黙ってろ」

 

 最悪ブラッディな方の変身ならできるかも知れないが、子供たち泣いちゃうよ?

 ラ〇ダーでもそんな変身しねーよ。

 

「……やっぱり魔法少女、やめます……」

「ですよね……」

 

 こうして第一回、七井土あかりの魔法少女計画は失敗に終わったのであった。

 

 


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