「む...」
そろそろ日が差してくる時間だろうか。
ぼんやりと目が覚めていく感覚。
だが、日が差す前に起きるのはいただけない。とにかくやることがなさすぎて早く寝てしまっているものだから、余計なのだろうけど。
まあ目が覚めてしまったものは仕方がない。私はゆっくり起きあがろうとして...
音を聴いた。
「...っ!?」
外だ。
震えるような鼓動。
これは...この振動は、エンジンだ!
長い間人っ子一人通らなかったこの荒野に、ついに誰かが現れたのだろうか?
毛布を蹴っ飛ばして、慌てて外に飛び出す。
音の出る方向にあたりをつけて、全速力で駆け出した。
「おーい!誰か...げほっ...」
久しぶりに声を出したものだから咽せてしまうが、そんなことに構ってはいられない。
「おーーい!!」
「ん...?」
砂埃で見えないが、その音に発生源はどうやら止まってくれたようだ。
「た、頼む!私はここで遭難をしているんだ!どこか近くの街まで連れて行っ...」
「ああ、良いよ...って、リーダー!?」
砂埃が晴れ、ようやくその正体が視界に入る。
四人乗りの、屋根のない車に荷物を詰め込んで運転していたその少女は...
かつてロドスと共に戦った、ペンギン急便のオペレーター、エクシアだった。
「リーダー...!?リーダーだ!生きてたんだねー!」
エクシアは勢いよく私に飛びかかってくる。運動不足が祟った私の体は、女の子一人支えることもできずに地面に倒れ込んだ。
ああ...人だ。知り合いだ。戦友だ。
夢にまで見た、今の私の唯一の願い。
一体いつぶりだろうか、他人の体温を感じるのは。
人は...一人ではやはり、生きていけないようだ。
「エクシア...!君もよく無事で...」
エクシアは荷物をちょっと寄せて私の席を作ってくれた。
「私達、トランスポーターやりながらずっとリーダーのこと探してたんだよ?ずっとここにいたの?」
「ああ...そうだな。確か、一年くらいここに...」
「こんななーんにもないところでそんなに...相変わらずリーダーは凄いねぇ。」
少し振り返って、今まで住まわせてもらった小屋を眺める。
着の身着のまま出発することになったが、あそこには残り僅かな食糧とボロボロのカレンダーくらいしか残っていない。
「偶々さ。誰かが残した食糧があったから...」
実際私はここで何かしていた訳ではない。ただ一人、死人のように生きていただけだ。
エクシアは車のエンジンを再度点火させる。
その車は、驚くほどスムーズに駆動を開始した。
「...?これは...」
「あ、気づいた?リーダー。あの日以来、源石製品が軒並み動かなくなっちゃってさ。これ、電気と液体燃料で動いてるんだよ!」
...そうか。やはり源石はその能力を失い、ただの石ころと化してしまったとうだ。
そもそも源石製品に触れる環境にいなかったから気づかなかったが、外ではかなりの混乱があっただろう。
「この銃もね...急に、うまく撃てなくなっちゃった。」
彼女は見覚えのある銃を取り出す。
「でも今は平気だよ。なんかロドスが前に、アーツがなくても撃てる銃を作ったことがあったみたいで、偶々会った詳しい人達に中身をちょっと弄って貰ったの!リーダーに貰った、大事な銃だから。でも、何でそんなもの作ってたんだろうね?」
アーツを必要としない銃...確か以前読んだ報告書に、ロドスと契約を結んでいたレインボー小隊なる部隊が使用していたとの記載があった記憶がある。彼女達だろうか...?
「よーし、隣町で結構あるし飛ばしちゃうよ!しっかり捕まってて!」
「ああ...頼む!」
エクシアがアクセルを踏み込む。久々に人に会えた嬉しさで、この時私は忘れていたのだ。
彼女の運転は、特別スリリングであったことを。
―――――――――――――――――――――――
「うごご...」
「大丈夫?リーダー。」
エクシアの暴走特急に揺られること...何分だろう。記憶がない。
周りを見回すと、チラホラと人が見える。もう長いこと人を見ていないものだから、なんだか不思議な気分だ...
「ここはリターニアの片田舎って感じ。今走ってきた方向と逆方向にずっと行けばシラクーザがあって、ここから南下すれば私の故郷、ラテラーノがあるよ。」
ここは...リターニアだったのか。長いこと不明だった現在地がようやく判明した。
流石に市街地ではスピードを低下してもらえた道中、一軒家の隅で新しそうな機械に苦戦しているお爺さんを見かける。
この国もあの事変の後はきっと苦労しただろう。リターニアはアーツの技術水準がかなり高かった国だ。アーツの消失した影響は計り知れない。
「エクシアはシラクーザから走ってきたのか?」
「うん。ようやくまともに動く車が手に入ったからね!今、クロワッサン以外のペン急のみんなはシラクーザに居るんだ。あそこも...まあ他と比べたらマシだけど、色々大変な状況だからね。」
テキサス、ソラ、バイソン...
彼女達も生きていてくれたようだ。元々逞しい人達だから、きっと上手くやっているのだろう。
「クロワッサンは?」
「そのクロワッサンに荷物を届ける途中でリーダーを拾ったの。つまり今はリターニアで商品を売り捌いているってわけ。」
「なるほど...」
これほどまでに世界が変わっても、これは商機だと奔走するクロワッサンの姿が容易に思い浮かぶ。きっと彼女は使い物にならなくなった源石製品に代替するものを即座に探したことだろう。
「じゃあ、さっさとクロワッサンに荷物を届けに行こう!ここ田舎だからロクな宿場ないし、もうひとっ走りね!」
「まってちょっとまって!」
以前から思っていたが、こんな有様で荷物は無事なのだろうか?
―――――――――――――――――――――――
「ロドスのみんなは...生きているのだろうか。」
「うーん...」
渋々安全運転(比較的)をしてもらい、リターニアの大きな町に着くまでのドライブとなる。
「ごめん。ちゃんとした移動手段が手に入ったのは最近だし、近くの中継所は機能不全でトランスポーター同士の連絡もうまくいかないから...ほとんど分かってないんだ。」
「そうか...いや、ありがとう。探してくれていたんだな。」
「そりゃ、もちろん。一緒に戦った仲間だし。」
しばらく無言で、風を浴びる。
「でも、何人かは会ったよ。ほら、最後の戦いに行く前にさ。ロドスに入院してる人たちや非戦闘員を別の施設に降ろしたじゃない?あそこに行ってみたら、ススーロさんとオーキッドさんが居たよ。」
最後の戦場に向かう前に、ロドスに入院をしている患者や非戦闘員、一部のオペレーターなどをロドスから独立して運用できる病院に移動させる必要があった。
前々から計画されていた施設で、治療やその後の生活のサポートなどもできるようになっていたはずだ。
「ススーロとオーキッド...彼女達はあの時、施設に残ってくれたんだったな。無事でよかった。」
「そうだね、あの時は結構広い範囲で被害があったから...でも、その施設ももうそろそろなくなりそうだよ。」
「なくなる?」
「ほら、もう鉱石病ないでしょ?みんな元気になったから、後は元の生活に戻してあげたり、仕事を斡旋したり...それで最後に一人が居なくなったら、解散するって。」
「...そうか。」
私達が最も直視してきた危機、鉱石病。
それが消え去ったという事実は、それと向き合ってきた私達への影響も、当然大きい。
重度の鉱石病に侵されながらも戦い続けたオペレーターだっている。彼女達は今、自分の人生を生きることができているだろうか。
「あ、アレだよリーダー。あの町にクロワッサンの事務所があるから、そこで一泊しよう!」
「ああ。」
風を切って町に入る。
なんだか慣れないな、こんなに人が多いのは。
「おーい!こっちやエクシアー...って、え!?旦那さん!?嘘やろ!」
遠くで手を振っているのは、まさにクロワッサンその人だ。
「オマケも拾ってきちゃったよ!びっくりしたでしょ!」
「クロワッサン!よく無事でいてくれたな...!」
「それはこっちのセリフやで旦那さん!」
車から駆け降りて、クロワッサンと抱きしめ合う。
知り合いに会うたび、目頭が熱くなる...
しばらくはこれが続いてしまいそうだ。
「あの荒野でそんなに?旦那さんは大したもんやなぁ。」
「運が良かっただけさ。」
目の前に並べられた、リターニアの家庭料理を口に運ぶ。
美味い......
特に高級料理という訳ではないが、長らく缶詰&エナジーバー生活だった体には、温かみのある料理というものがあまりにも染み渡る。
「.........!んぐっ」
「もー、リーダー慌てすぎ!ほらお水!」
エクシアが渡してくれた水を飲む。
水まで美味しい気がする。いや水は飲んでたけど。
「...はぁっ、すまない...久しぶりに美味いものを食べたからつい、な。」
「旦那さん...大丈夫やで。これからはいくらでも食べれるもんやし!」
「ああ...」
この日、久方ぶりのまともな食事と、ふかふかのベッドで眠る。
今の私にとってはあまりにも上質な一日の締めくくりによって、停滞していた私の日々は終わりを告げたのだった。
――――――――――――――――――――――
「今日は旦那さんも付いていくん?」
クロワッサンの事務所を借りて数日経った朝。
以前とは比べ物にならないほどの良い目覚めをしている私はこの日、エクシアと共に配達の手伝いをすることにした。
「ああ、邪魔じゃなければ。この町も少し見て回りたいからね。」
「私はオッケーだよー。そんじゃ行こう!リーダー。」
幾つか荷物を積んで、車に乗り込む。
エクシアも流石に人通りの多いところでは爆走を始めたりはしない(基本的には)。
「......」
車の外を眺める。
町の人々は、皆仕事に励んでいるようだ。
世界が急激に変わったとはいえ、一般の人々がやることはそう変化するものではない。皆が皆、未来のために働いている。
...それに比べて情けないことに、私は今のところただクロワッサンのところに居候をしているだけの男である。
流石に何かしなければならないと思ったのも、今日配達を手伝った理由の一つだ。
「...!おっと。」
後ろに積んであった箱が倒れて空いたので、元に戻す。
中は平気だろうか...ん?これは...
「これは固定しなくて大丈夫なのか?」
「どうせ廃品回収の人のところに押し付けるやつだからへーき。でもそれ、なんだろうね?」
かなり重い黒鉄の装置。見覚えのある形状だ。
「これは、蓄音機だな。アーツを込めると作動して、自動攻撃や回復のアーツなどをばら撒いてくれるものだ。」
かつてリターニアの都市、ウォルモンドでの作戦行動を思い出す。蓄音機は戦略によって敵にも味方にもなる、特殊な存在であった。
そして頭によぎるのはあのフード姿のシャーマン。あいつめ苦労して奪取した蓄音機をああも容易く...!
だが、そんな思い出も遠い過去。アーツのない今となっては...ただの大きな鉄の塊だ。
「よく知ってるねぇリーダー。クロワッサンもよく分かってなかったし、検品とかできるんじゃない?」
「そうか...そうだな。私もそろそろ、できることを見つけないといけない。いつまでもクロワッサンやエクシアにおんぶに抱っこではダメだな。」
...ロドスでの戦いは終わった。では残った人生、私はどう使うべきなのだろうか?
「別に私はそれでもいいけどねー......っ!リーダー捕まって!」
私が思案していると、エクシアは急ブレーキをかけた!
突如すぐ先の建物から爆発音が聞こえ、土煙が舞い上がる。
「っ...!なんだ...!?」
エクシアは咄嗟にハンドルを切って爆風を交わし、路肩に車を停めた。
「動くんじゃねぇぞ!オラお前らとっとと詰めろ!」
「...強盗か?」
土煙の先にある建物では数人の男が、小さい銃とナイフを持って大声を出している。
「あそこは...貴金属を扱ってる店だね、配達先だ。リーダーはここでちょっと待ってて。」
「エクシア...」
「任せといてよ!リーダー。」
そう言うと、エクシアは守護銃を持って車から飛び出し、土煙の中へと姿を消した。
―――
銃弾の音だけが響く。
車の影に身を潜めながら、建物内の様子を伺う。
あれはきっと、一般化したらしい源石を使わない銃だろう。ただ持っているのは二人だけだったから、以前ほどは供給がなく入手しづらいのだろうか。
音からして、大した射程も安定性もなさそうで、あの物陰であればあの射角からは...
ふと我に帰る。
これは、昔の癖だろうか。目覚めて以来、戦いに明け暮れていた私の。
私自身武器を取って戦っていた訳じゃないが、それでも数多の戦場の指揮を取ってきた。
.........やはり、私にはこれしかないというのか。
私は戦術予測を基にエクシアの位置を割り出し、意を決して土煙の中に突入した。
「わっ...ってリーダー!?来ちゃったの?」
予測通り、敵に発見されることなくエクシアの元へ辿り着く。
「すまない。だけど、私にできることをしたくて...とりあえず、 向こうの扉の影に移動するべきだ。あそこなら一方的に敵の位置を探ることができる。」
「...オッケー!」
揃って走り出す。
「帽子の男は宝石を物色していてすぐには気づかないはずだ。店員を脅している奴と入口の見張りを優先しよう。」
「りょーかい!」
エクシアは難なく狙いをつける。彼女の狙いは、銃の中身が変わったとしても正確で...
私達が揃って、強盗犯がお縄に着くのはそう時間のかからないことだった。
――――――――――――――――――――――
「ふぅ...大変だったけど、無事届けられて良かったね、リーダー。」
「ああ...」
...目を閉じて、先ほどの感覚を思い出す。
戦いの空気。一度感じれば、戦況と最適解を求めて思考を回してしまう。
長いこと発揮していなかったものだが、あまりブランクは感じられない。敵の動きが、戦場の空気が、手に取るようにわかる。
やはり私のいるべき場所は、そこなのか。
何かの手違いで生き残った戦略プログラムは、入力の目的が果たされた後も稼働するべきなのか。
「ね、リーダー。」
「ん?」
エクシアはこちらを向かずに、私に呼びかけた。
「助けてもらって今更なんだけどさ。もう戦わなくっても大丈夫だからね。」
「...っ」
心臓が跳ねる。
なんだか自分の考えを見透かされたような気分だ。
「昔のリーダーの事は詳しく知らないけど...今のリーダーは、進んで戦いをしたいわけじゃないってこと知ってるから。私達よりずっと優しいってこともね。」
「それは....」
「全部って訳じゃないけど、目に見えるおっきな問題は解決したんだし、しばらくはゆっくりしよ?大丈夫!私たちとなら、きっと楽しいよ!」
最後にこちらへ振り向いた彼女の笑顔がどうにも眩しくって...
彼女の目にはいつかの私ではなく...全てを無くした後の、何もない私を見ている――
「なあ、エクシア。」
「なに?リーダー。」
「クロワッサンの手伝いが終わったら、次はどうする予定なんだ?」
「そうだね、シラクーザに戻って、それからは...ラテラーノにでも顔を出そうかなって。後はトランスポーターとして飛び回るってだけ!」
「...そうか。」
――――――
「本当に行くんか?こう言っちゃなんやけど、エクシアについてくんは大変やで〜?」
「ああ。覚悟の上さ。」
「...そっか、じゃあ幸運を祈っとるで!まあエクシアが一緒なら大丈夫やろ!」
「任せといてよ!」
あれから数週間後、クロワッサンに別れを告げてリターニアを離れる。
荷台に荷物を積んでいく。
ここ最近少し筋肉がついた気がする。手伝いを始めたての頃はこれだけで筋肉痛になっていたのだが。
「ねぇ、リーダー。本当に良かったの?私と一緒にトランスポーターやりたいって...」
「ああ...迷惑じゃなきゃいいんだが。」
「全然!リーダーと一緒ならきっと楽しいよね。でも大変だと思うよ?きっと、戦いもあるし。」
「エクシア。私は...他のオペレーター達を探したいと思っている。」
エクシアは真面目な表情で話を聞いてくれている。
「それは、きっとリーダーがトランスポーターにならなくてもできるよ?」
「そうかもしれない。だけどね...彼女達に会えた時、私が私のやりたいことをしている姿を見せてあげたいと...そう思うんだ。」
彼女は少し驚いた表情で、私を見つめた。
「それって...リーダーはオペレーター探し抜きで、トランスポーターがやりたいってこと?」
「ああ...エクシア。君と共にできたならきっと楽しいだろうと...数日だけど、思ったんだ。」
「...!」
「そっか...うん、すっごい嬉しい!私とリーダーの、最強トランスポーターコンビ爆誕、だね!」
車のエンジンがかかる。目指すはラテラーノ。それからは...当てのない旅になるが、不安はない。
「ね、リーダー。」
「ん?」
エクシアはこちらを振り返って、満面の笑みを見せた。
「この銃に誓って、最後まであなたを守る...いや、最後まで一緒にいるよ。リーダー!」
―――――――――――――――――――――――
◼️年7月6日に発生した地震による被害について
当日リターニアで発生した大規模な地震によって、源石消失以降の手探りなシステムを使用していた周辺地域のインフラが多大な影響を受けた。
この事態に、リターニア支部とシラクーザ支部の職員、そして依頼可能状態にあったトランスポーターに連絡を取り、物資の運搬を行うこととした。
リターニア北西部へのルートは地震の影響で悪路になっていたが、協力を要請したトランスポーター◼️◼️◼️が単独で突破、救援を可能とした。
地震発生から18時間で運搬を完了。地域の安全確保をしたのち任務を終了とした。
以下はこの任務に参加した職員、トランスポーターの一覧である。
1.――
2.―――
※番号5.◼️◼️◼️は、ロドス・アイランドの元オペレーターの可能性あり。後日連絡を推奨する。
―――――――――――――――――――――――
「......」
報告書に添付された写真を眺める。
数ヶ月前、情報網に報告の上がっていたトランスポーター。
どんな悪路や困難があっても、その悉くを乗り越えて荷物を届ける、二人組の凄腕トランスポーター。
並び立つ彼女達の姿。
彼は全てが終わった後彼女と出会い、それからどのような心境でいるのか...もはや私には分からない。
だが不思議なことに、彼は今が一番良いのだと...根拠もなく思えてくる。
通用口を抜けて外に出る。もうすぐ合流地点だ。
見せてくれ。
君の役割が終わったこの世界で。
君はどんな姿になった?
君の手を強引に引く手が居なくなったこの世界で。
君はどんな答えを出した?
教えてくれ。ドクター。
ED No.003 Exusiai
エクシアとクロワッサンのヒモになりたい(台無し)